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本編

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週末は、学園パーティ用のドレスを作る為、朝から町の仕立て屋を訪ねた。
クラーク公爵家御用達の店で、店の者たちは当然、全員がわたしの事を知っている。
それで、いつもの様に店に入って行ったのだが、思い掛けず、余所余所しい接客を受けた。

「いらっしゃいませ、どういった物を御捜しですか?」
「魔法学園のパーティ用のドレスを新着したいのですが…」
「魔法学園のパーティですと、二十日ですね…今からですと難しいかもしれません。
他の仕立て屋をご紹介しましょうか?」

いつもであれば、二週間あればドレスを作って貰えていたが、余程忙しいのだろう。
無理を言って迷惑になってはいけないと、わたしは「はい、そう致します」と、
他の店を教えて貰う事にした。

店を出る寸前に、店員たちの会話が聞こえてきた。

「学園のパーティ用のドレスですって、この店では勿体ないわ…」
「ここが上級貴族御用達の店だと知らないのでしょう…」
「学園生なんて、場違いよね…」

学園生が間違えて入って来たと思われていたのだろうか?
確かに、学園のパーティに豪華なドレスを着る必要は無い。
いつも、パーティといえば、公爵家の集まりや、一族の集まりだったので
そんな事まで考えていなかった。

「それにしても、わたしだと、全く気付かれませんでした…」

そんなに変わっただろうか?
改めて、店の窓に姿を映してみた。

上から下まで、スッキリとした姿…
嘗ての肉袋はすっかり削ぎ落されている。

「確かに、気付くのは難しいです…」

わたしは納得し、馬車に戻った。
教えて貰った仕立て屋《ハニーブルーム》は、通りの端にあった。
古い店で、客はおらず、繁盛している様には見えなかった。

カラン…

扉を開けて入って行くと、カウンターに居た、四十代位の女性が振り返った。

「いらっしゃいませ、今日は何を?」

穏やかで優しい雰囲気があり、わたしは安堵した。

「三週間後に魔法学園のパーティがあり、ドレスを新着したいのですが、
今から頼んで間に合いますか?」

「ええ、大丈夫ですよ、どういったドレスにされますか?」

女性は用紙を取り出し、ペンを握った。

わたしはそれを想像した。
ディランは王子なので、その相手として、相応しい恰好でなくてはいけないだろう。
だが、ディランは「軽薄な女は嫌い」と言っていたので、華美なものよりも、
きっと、上品なドレスが良いだろう…

「お相手に合わせて、上等のドレスにしたいのですが、派手なものは好まれないので、
落ち着いた、上品なドレスにしようと思います。
リボンやフリル、宝石は抜きでお願いします」

「お相手はどの様な方ですか?上流貴族?」

「王子です」

わたしが答えると、女性はペンをピタリと止め、薄い茶色の目を大きくした。

「まぁ!王子様!?
第三王子のディラン殿下が、夏にご婚約されたと聞きましたけど…」

「はい、ディラン殿下の婚約者の、プリムローズ・クラークです」

「まぁ!その様な方が、何故、ウチの店に?」

「御用達にしている仕立て屋に行った処、間に合わないと言われ、
こちらのお店を紹介して頂きました…」

女性は、信じられないという風に頭を振った。

「まぁ…光栄ですわ!ウチは三代続く仕立て屋です。
普段は礼服等の注文はありませんが、元は上流階級の方向けの
お店でしたので、全て心得ていますし、腕は確かです!
良い仕事をするとお約束致しますわ」

女性の言葉は信用出来た。
わたしは微笑み、頷いた。

「ありがとうございます、お願い致します」

女性…ポーラに寸法を測って貰った処で、店の主人が呼ばれて出て来た。
ポーラの夫で職人のベイリーは、話を聞き、驚いていた。

「本当かい?王子の婚約者のドレスを作るなんて…先々代以来だよ!」

喜んで貰うのは良いが、学園のパーティ用のドレスだ。
それに、少し前まで、《白豚》と呼ばれていたなど知れば、ガッカリするだろう。
わたしは内心、恐々としていた。

「学園のパーティ用のドレスで、申し訳ないのですが…」

「いや、それだって凄い事さ!公爵家の御用達は決まっているだろう?
普通なら、ウチになんて来ないさ」

「元は上流階級の方用のお店だったと、お伺いしましたが?」

ベイリーは渋い顔をした。

「ああ、先々代の頃は繁盛してたんだが、先々代が亡くなると同時に、
弟子が新しく店を出して、その上、悪評まで流されて、すっかり客を奪われてしまったんだよ。
先代は人が良くてね、それなら、町の人用に良い服を作ればいいと、手を引いたんだ。
だけど、技術と知識は受け継がれている、どんな注文でも受けれる様にね。
だから、安心して任せて欲しい」

「はい、お任せ致します」

それから、希望を聞いてくれ、ドレスの型や、生地の色を打ち合わせた。
ベイリーはサラサラとペンを走らせ、デザインを描いてくれた。

「素敵です!こんな風になるでしょうか?」

これまでのわたしのドレスとは全く違う。
こんな素敵なドレスに、自分が似合うだろうかと心配になった。
生地が弾け飛ぶのではないでしょうか…
だが、ベイリーもポーラも笑顔で請け負った。

「ええ、楽しみにしていて下さい!」





仕立て屋《ハニーブルーム》を出て、クラーク公爵家に馬車を飛ばした。
自分の変貌を披露する為だ。
案の定、家族も使用人たちも全員、驚いていた。

「本当に、プリムローズなのかい?」
「まぁ!こんなに痩せるなんて!それに、あなた、とっても綺麗よ!」
「お姉様すごいわ!あたしも、お姉様みたいになれる?」

わたしは薬を止めて一週間目の朝に激変した事を話した。

「一週間というと、明日じゃないか?」
「そうですよ!ああ!楽しみだわ!」
「明日、目が覚めたら、痩せてるの!?楽しみー-!!」

家族から泊まって行って欲しいと言われ、わたしは泊まる事にした。
だが、一番の功労者であるディランを誘わなかった事は後悔した。

「ディラン様も心配されていると思いますので、お呼びしてもよろしいですか?」
「ああ、勿論だよ!早馬を出そう、寮に居なければ、王城まで呼びに行かせるよ」

父が手配してくれ、わたしは安堵した。


わたしは母に、学園パーティ用のドレスを、他の仕立て屋で作る事になった経緯を話した。

「まぁ!あなたに気付かなかったなんて!私が一緒に行ってあげるのでしたね…」

「でも、そのお陰で、他のお店を紹介して頂けましたから、
お母様はご存じですか?《ハニーブルーム》です」

「《ハニーブルーム》?いいえ、聞いた事もないわ…」

「とっても素敵なお店でした___」

わたしは夢中になって、《ハニーブルーム》の事を話していた。
素敵な夫婦の事、歴史を感じる雰囲気の良いお店…
それから、悲しい過去、そこからの出発、地道で堅実な人たちだ。

母は、ドレスの出来次第では、他のドレスも《ハニーブルーム》に頼んで良いと言ってくれた。

「あなたの御用達にするといいわ、プリムローズ。
あなたと縁があったお店ですもの」

「ありがとうございます、お母様!」





お茶の時間近くになり、ディランが到着した。

「お招き頂き、有難うございます」

「良く来て下さった!今日はクラーク公爵家が《秘伝の薬》から解放される、前祝だ!
プリムローズには先を越されたがね」

父が笑ってわたしの肩を抱いた。
わたしは父の大きな体を軽く抱擁し、ディランの前に立った。

「ディラン様、急な招待を受けて下さり、ありがとうございます。
家族が薬を止め、明日で一週間目です。
ディラン様のお働きのお陰ですので、是非、効果を見て頂きたかったのです。
ご迷惑でなければ良いのですが…」

「ああ、俺も楽しみだ。
だが、着る物が無ければ、また困る事になるぞ?」

ディランの指摘に、「ああ!」と声を上げてしまった。

「ですが、どれ位痩せるか分かりませんし…」

「使用人の服を借りるのはどうだ?何着か違うサイズの服を揃えておけば、
どれか合う物もあるだろう」

「はい、でも、下着が…」

わたしは顔を赤くする。
ディランも珍しく口籠った。

「…店が開く時間を待った方が良さそうだな」
「はい…」





翌朝、誰もが驚く程の効果を期待していたのだが、それは、思った程では無かった。
十キロ程度は減っているだろうか…全体が一回り細くなっているのは、目に見て分かった。
だが、父、母、エイミーは少しガッカリした様だった。

「確かに、痩せているよ、思った程では無かったがね…」
「ええ、痩せていますわ!今までで一番痩せています、ですが、思った程では…」
「なんで、みんな、お姉様みたいになれないのー!?」

ディランは腕組をし、思案していたが、不意に顔を上げた。

「そうか、これは、プリムローズの頑張りによる差でしょう。
彼女は夏から食事制限と運動をしていました。
その時は目に見えていませんでしたが、効果はあったと考えられます」

あの、辛く苦しい、食事制限や運動は、効果が無かった様に見えたが、
本当は、効果があったという事だ。
母もそれを思い出した様だ。

「そういえば、あなた、夏休暇に、食事を半分にして、館内を歩き周っていたわね…」
「そうだったね、私たちは反対したが…いや、恥ずかしいよ」
「あたしも、もっと、頑張ったら、綺麗になれる?」

エイミーがわたしの手を引く。
わたしは「ええ、勿論よ」と頷いた。

「夏休暇が明けてからは、ディラン様に手伝って頂き、
毎日、食事制限や運動をしていました。
それに、剣術も教えて頂いて…初めて剣術の授業で勝つ事が出来たんです!」

わたしの報告に、家族は喜び、そして目を輝かせていた。

「それは素晴らしい!それじゃ、私たちも頑張らなければいけないね」
「ええ、私も負けてはいられませんわ!」
「あたしも、頑張る!絶対に、見返してやるんだから!」

エイミーが意気軒昂に腕を振り上げ、皆で笑った。
ディランに目を向けると、彼も口元を緩め笑ってた。
わたしは彼の傍で、幸せを噛みしめていた。


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