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初恋は、高校一年生の春だった。
相手は一学年先輩の高槻保さん。
テニス部の先輩で、スマートで格好良く、イケメンで、憧れている女子は多かった。

高槻先輩が卒業する時には、花束を渡し、号泣した。
もう、会えなくなってしまうのだと思うと、泣かずにはいられなかった。
高槻先輩は素敵な笑顔を残し、学校を去って行った。

学校からいなくなると、皆の興味は他の男子生徒に向かったが、わたしは違った。
いつまでも高槻先輩を想い続け、高槻先輩のSNSをチェックしては、
コメントを残し、心を通わせていた。

高槻先輩は、東京の大学に通っていて、夏休みになっても、地元に戻って来たりはしなかった。
わたしは先輩を追い掛けて東京に行きたかったが、
『今は勉強に励んで、同じ大学に入るのよ!』
『先輩と一緒にいる為に、今は我慢よ!』と、ぐっと我慢した。

だが、それは間違いだった。

何故なら、その夏、高槻先輩に彼女が出来たからだ。
わたしはそれを先輩のSNSで知った。
そこには、『彼女が出来た!』という一文と共に、
海を背景に、水着姿の女性と肩を組む先輩の画像が載せられていた。
満面の笑みだった。

わたしは泣いた。
そして、すっかり気力を失ってしまった。

大学受験には失敗。

実家がパン屋だった為、親の勧めで専門学校に入り、卒業後は東京のパン屋に就職した。
東京に出る事を考えたのは、まだ、高槻先輩が忘れられなかったからだ。

同じパン屋に勤める男性と良い雰囲気になるも、彼に恋人がいる事が分かり、
付き合う寸前に破局。

その後は出会いも無く、気付けば三十路を迎えていた。

高槻先輩はこの年の秋に、半年付き合った彼女と結婚した。
わたしはそれを先輩のSNSで知った。

周囲の女子たちは、皆、恋愛をし、責任のある仕事をし、輝いて見えた。
わたしはといえば、如何なる時も実用性を重視していて、
ここ数年はお洒落さえした事が無かった。

「わたしも、輝きたい…」

何かに取り憑かれるかの様に、婚活パーティに参加し、そこで出会いがあった。
三十代後半で、優しく穏やかで、気遣いの出来る、常識ある人だった。
身形もキチンとしていて、尚且つお洒落過ぎない所が良かった。

高槻先輩の時の様に、「好き好き♡大好き♡♡♡」という感じでは無いが、
冴えないわたしの人生を、輝かせてくれるに違いない___そう思えた。

だが、三度目のデートの時、彼と一緒に映画館に向かっていた時だ。
突然、一人の女性が彼に掴み掛かってきた。

「見つけたわよ!俊也!私のお金を返しなさいよ!!」
「金って何の事だよ、離せよ!」
「止めて!落ち着いて!彼は《俊也》じゃないわ、《卓》さんよ!」

わたしは女性を止めに入った。
だが、女性はキッとわたしを睨み付け、「騙されてんのよ!この男は、結婚詐欺師よ!」と叫んだ。

「嘘でしょう!?卓さん!」

わたしは彼に縋ったが、「ああ、勿論だよ!」と言いながらも、彼は動揺している様に見えた。

「信じられないなら、この男を警察に連れて行って、そこで話を聞けばいいわ!」

女性は彼の腕をキツク掴む。
それに焦った彼は、女性を振り払おうとした。
二人は揉み合いになり、止めに入ったわたしは逆に突き飛ばされた。

「きゃ!」

運悪く、そこにトラックが突っ込んで来た___


◆◆◆


「前々から言っているけど、僕は君と付き合う気なんて無いんだ!
もう、こんな事はしないでくれよ、正直、迷惑でしかないんだ___」

目の前で、顔を顰め、うんざりという様子を見せているのは、
ダークブロンドの髪に、チョコレート色の瞳をした、制服姿の男子…
エドウィン・コネリー侯爵子息様だ。

エドウィンをぼうっと眺めながら、わたしは意識が《現在》に戻って来たのを悟った。
わたし、アンジェリーナ・ロバーツ伯爵令嬢は、たった今、前世を思い出した所だった。
切っ掛けは、おそらく、エドウィンに振られた事だろう。
それも、辛辣に…
これまで優しい先輩だったのに…
その豹変ぶりにショックを受け、現実逃避したくなったのだ。

尤も、その思い出した前世の記憶は、何の慰めにもならず、
更にわたしを奈落の底に突き落としたのだけど…

「何て、男運が悪いのかしら…」

長年、一人の男性を想い続けたが、一度も振り向いて貰えず、他の女性と結婚してしまった。
いつだって、手の届かない存在だった。
他の男性はといえば、一人は浮気者、一人は結婚詐欺師…
挙句、わたしは命を落としたのだ!三十路で!!
思えば、わたしが成し遂げた事は、パンを焼く事だけだった気がする。

こんな人生で良かったのだろうか…?

わたしが鬱々としていると、目の前のイケメン…エドウィンは踵を返して行ってしまった。
わたしは自分の手にある紙袋に目を落とす。
エドウィンへの贈り物だ。

前世でも、学生時代はよく高槻先輩に差し入れをしていた。
ほとんどは、実家で焼いたパンや焼き菓子だったが、概ね好評だった。
それで、無意識に贈り物作戦をしてしまったのだろうが…

「迷惑でしかない、だなんて…」

わたしは紙袋を開け、それを取り出した。
上等のハンカチに、自分で刺繍をしたものだ。
正直、上手とは言い難いが、想いは込められている。
エドウィンを想い、一針一針、刺したのだ。

「そんな乙女心も理解出来ないなんて…」

碌な男ではない!
見た目はイケメンで、どことなく高槻先輩を思い出すけど…

「そこが間違いだったんだわ!」

雰囲気が高槻先輩に似ていたから、好きになった。
わたしは死しても尚、高槻先輩に縛られているのだ!
そして、エドウィンは決して高槻先輩ではない!!

「高槻先輩はあんなに偉そうじゃないし、あんな酷い事は絶対に言わないもの!」

わたしはそれに満足し、ハンカチを自分のポケットにねじ込んだ。


◇◇


前世を思い出したわたしが即座にした事は、《人生設計》だ。

「何事も、計画が大事だもの!」

前世では、自分を好きになってくれない男性を何年も想い続け、大学受験に失敗した。
パン職人は天職だったかもしれないけど…
大学に受かっていたら、全然違っていたかもしれない。
いや、そもそも恋に落ちていなければ、人生は違った筈だ。
キャリアウーマンになって、適当な相手と結婚していただろうか?
幸せな家庭が築けていただろうか?
わたしは輝けていただろうか?
その事に、少しだけ未練がある。

「唯一の救いは、この世界に、高槻先輩がいない事ね!」

ここは、高槻先輩のいない世界___
それはつまり、わたしの心は、誰にも奪われる事はないという事だ。
そりゃ、エドウィンには憧れたけど、あれは、少しだけ高槻先輩を感じたからだ。
前世を思い出した今、それが錯覚だと、はっきりと言える。

「高槻先輩はもっと素敵だもの!」

わたしは満足に鼻を鳴らした。

彼への想いは、今も胸の奥にはあるけど…
それでも、その存在がないのだから、きっと、薄れていく筈だ…

「ううん、忘れるのよ!」

忘れられなければ…

「この世界でも、きっと、わたしは結婚出来ない…」

この世界では《政略結婚》も珍しくはないが、高槻先輩を引き摺り、
相手を愛せなければ、結婚生活は地獄だろう。

それに、もう一つ、懸念している事がある。
わたしはロバーツ伯爵家の長女で、伯爵家には男子がおらず、
わたし…又は妹と結婚する者が、伯爵を継ぐ事になる。

「近付いて来る者は、財産目当てに決まってるわ!」

わたしは前世で学んでいる。
それに、わたしは男運が悪い!!

「斯くなる上は、爵位は妹の旦那に譲って、わたしは自立を目指すべきね___」

わたしはザラザラとした用紙に、大きく《自立》と書き込んだ。


わたしが転生したこの世界は、《魔法》が存在している。
だが、魔力を持つ者は限られていて、それは生まれながらに授かるものだった。
規定の魔力を持つ者は、魔法学園で学ぶ事が出来、将来も重要な仕事に就く事が出来る。

わたしは生まれながらに強い魔力を持っていて、魔法学園への入学が認められた。
それも、我がオースワイバーン王国で一番と名高い、王都の王立魔法学園に!
十五歳にして、エリートコースに乗ったと言える。

意気揚々、入学したものの、わたしの入学時の成績は『Bクラス十番』だった。
わたしは「成績優秀のAクラスで間違いない」と思っていた為、早々に挫折を味わった。

Bクラスに埋もれたわたしの学園生活を華やかにしてくれたのが、エドウィンだ。
エドウィン・コネリー侯爵子息、彼を眺め、彼と話す事がわたしの癒し、喜びだった。

だが、エドウィンを好きになり過ぎてしまい、勉強に身が入らなくなった結果…
二年生ではCクラスに落ちてしまった。

「いいのよ!これから巻き返すから!」

わたしは自分に喝を入れた。
幸い、魔法学園での生活は、半分が過ぎた所だ、これから心を入れ替えれば、
まだ間に合うだろう…

「自立するなら、なるべく給金の高い職に就きたいけど…」

王宮魔術師団?
それとも、魔法省?

颯爽とローブを靡かせる姿が浮かんだ。

「カッコイイ~!これぞ、輝ける人生ね!
だけど、軍隊は論外、事務仕事も眠くなるのよね~」

わたしは欠伸をし、用紙の上に突っ伏した。


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