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最終章

おまけ:その後のことなど ユベール視点

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婚約式を無事に終え、翌週には、リゼットは魔法学園に入学する。
入学後、リゼットは週末は王宮で過ごし、妃の教育を受ける事になってはいるが、今までよりも会える機会は減るだろう。
休暇は終わったのだ。


『これから、学園に通いながら、妃の教育を受ける事になると聞いて…
リゼット、ごめんね、大変な事になってしまって…』

僕が王太子になったばかりに、リゼットにまで負担を掛ける事になってしまった。
心配する僕を余所に、リゼットは明るかった。

『あら!王妃なんてわくわくするわ!あたしの母は、王女だったのよ?
あたしにだって出来るわ!余裕よ!』

『君はいつも…』

『頼もしい?』

『眩しい、沈まない太陽だよ』

僕が感嘆と共に言うと、リゼットは輝くような笑顔を見せた…

「はぁ…」

僕は思い出し、息を吐いていた。

自分の、この幸運が信じられない。
二週間前までの僕は、生きているか死んでいるかも分からない、
リゼットの友達が言っていたが、正に『幽霊王子』だったのに…

リゼットに、『恋している』と言われた。

この分だと、三年後、リゼットが学園を卒業する時には、
テオにも結婚を許して貰えそうだ…

「いい加減、ぼけっとするのは止めて下さい、手を斬りますよ」

エドモンに言われ、僕は我に返った。
リゼットに贈る為のカメオを彫っている処だった。

『ロマンチックなもの』という、リゼットの注文とは違うかもしれないが、
入学のお祝いに、どうしてもあげたいと思い、彫り始めていた。

モチーフは、『うさぎ』だ。

きっと、リゼットは訝しげな顔をするだろう。
可愛く唇を尖らせて、『何故、うさぎなの?』と。

君は昔、僕をうさぎと呼び、うさぎの人形をくれた。
僕はもう、うさぎには見えないかもしれないけど…
君が何処にいても、僕がいつも傍にいると思える様に…
君の御守りにして欲しいんだ…

「相変わらず、粘着していますね、その病だけは治りそうにありませんね」

エドモンに嘆息され、僕は危うく、カメオ用のナイフで手を斬る所だった。

「ええ!?声、聞こえてた!?」

「気付いていない様ですので言いますが、駄々洩れています。
少し休んでお茶にしませんか?」

エドモンがお茶の用意をしてくれていた。
僕はソファに座り、紅茶を飲んだ。
エドモンがショコラの箱の蓋を開け、「どうぞ」と差し出した。
そこには、赤やピンクのハートのショコラが敷き詰められていて、
魔毒は抜けた筈だけど、僕は一瞬眩暈を起こした。

「君、相変わらずだね…」

嫌がらせは続行中なのだろうか?

「何の事でしょう?お好きだと思ったのですが」
「好きだけど、もう少し、普通のショコラでも僕は構わないよ?」
「婚約した主へのお祝いに選んだのですが…そうですか…これは捨てましょう」

エドモンが箱を取り上げたので、
僕は「待って!!」と、慌ててそれを奪い返した。

そんな意味があったなんて!
エドモンの想いに気付かず、僕はなんて酷い態度を取ってしまったんだろう!

「そうだったの!?勿論、喜んで頂くよ!ありがとう、エドモン…」
「相変わらず、チョロイですね」

エドモンは無表情で紅茶を飲んだ。

う…ん、これは、どっちなのだろうか?
照れ隠しなのか、本当に冗談だったのか…
やはり、僕の護衛は読めない…
僕は早々に考えるのは止め、ショコラを食べた。

魔毒に侵されていても、ショコラだけは不思議と美味しく感じられた。
あの魔蟲もショコラが好きだったのだろうか…
僕はぞっとし、急いでその考えを追いやった。

「ユベール王太子殿下、テオフィル=グノー様がお会いしたいとお越しです…」

その知らせに、僕は「直ぐにお通しして!」と返し、ショコラの箱を片付けた。
敏腕の護衛で僕の右腕でもあるエドモンは、さっと立ち上がると
自分の分のカップを下げ、新しくお茶を持って来る様にメイドに命じていた。

「ユベール、急に来てごめんね、いいかい?」

扉が開き、テオが姿を見せた。
驚く事に、テオはきちんとした貴族服を身に着けていた。
王宮に僕を訪ねて来たにしても、仰々しい…
不思議に思いつつも、僕は立ち上がり歓迎した。

「君ならいつでも大歓迎だよ、テオ!」

僕はテオと軽く抱擁を交わし、ソファに促した。
テオが座ると同時に、お茶とケーキが出される。

「実はね、今日は王にお願いに上がったんだ」

僕の病を治した功績で、王からグノー家に謝礼が出される事になっていた。
それとは別で、一番の功労者であるテオに、何か特別な謝礼を贈りたいと
王が望んでいたのだ。
テオは欲深くは無い、そんなテオが何を望むか、僕にも興味があった。

「決めたんだね、テオは何を望んだの?」

テオは頷き、それから僕をじっと見つめて言った。

「今回の事で、僕は自分の未熟さを実感したよ。
ヒューに聞かなければ、魔毒の事は何も分からなかったしね…」

思い掛け無い言葉に、僕は戸惑った。
僕の病を見破り、治してくれたのは、他でも無い、テオだというのに…

「僕が薬草に興味を持っている事は、君も良く知っているよね?
薬草の力は凄いんだ、僕はその薬草を人の為に役立てたいと思っている…
だけど、圧倒的に知識不足だし、勉強不足なんだ…
それで、この国と友好関係にある、ウィバーミルズ王国に、留学させて欲しいとお願いしたよ」

「留学!?」

全く、予想もしていなかった事に、僕は思わず声を上げていた。
テオは真剣に頷く。

「うん、ウィバーミルズ王国では、薬草の研究が進んでいるからね。
それに、王と親交がある薬師もいるらしくてね、頼んでくれると約束してくれた。
これから一年、二年になるかもしれないけど、フルールと一緒に、勉強して来るよ。
必ず、この国の民の為に、役立ててみせるから、楽しみにしていて、ユベール」

そのオリーブグレーの目には強い光があった。

「テオは凄いな…」
「そうかな、ただ、興味のある事を勉強したいというだけだよ」

それでも、その行動力と瞬発力には憧れる。
薬草を人の為に役立てたい___それが原動力なのだ。

「直ぐに行くのかい?」
「準備が出来次第ね、だけど、一月は先だよ」
「寂しくなるな…リゼットは承知しているの?」

一年、二年会えなくなるなんて…
兄を慕うリゼットは寂しいのではないだろうか?

「ああ、幸い、婚約者も出来た事だしね、
『国の為にしっかり勉強して来て下さいね、お兄様!』と、発破をかけられたよ、あの子はもう王太子妃の気でいるよ」

テオは苦笑し肩を竦めた。

か、かわいい…

僕は手で口を覆った。

「ユベール、実はもう一つ、王にお願いした事があってね…」

テオが言い、僕は目を上げた。

「エドモンに頼まれて、今回の事を報告書に纏めただろう?
それで思ったんだけどね、もっと詳細に書き残した方がいいんじゃないかと。
魔毒に侵されている人が、他にもいるかもしれない。
それに、今回、君の症状で魔毒を疑ったのも、古い文献に書かれていたからだ。
だから、僕も書き残しておきたい、きっと、誰かの役に立つだろうからね」

僕はもう、感嘆の息も出無かった。
ぽかんとする僕に、テオは真剣な目を向けた。

「王は、ユベール次第だと言われた。
書き残す為には、君にこれまでの事を詳細に聞く事になる…
君が思い出し、苦しい思いをするなら、許可は出来ないと。
僕も同じ気持ちだよ、だから、ユベール、君の気持ちを聞かせて欲しい」

僕は、これ程に愛されていたのか…
今になって、それに気付かされた。

「君の話を聞いて、僕は素晴らしいと思った、僕も同じ気持ちだよ。
僕の経験した事が、誰かの役に立つなら、今までの事も無駄にはならないね、
君に是非書いて欲しい、僕に協力させて欲しい___」

「うん、それなら、共同著作にしよう!
ユベール、今までの事を時系列で、なるべく詳細に書いて貰えるかい?」

テオが顔を輝かせ、提案する。
確かに、一度時系列で書き出してから見て貰った方がいいだろう。
僕はそれに賛成し、テオと打合せをした。

テオはすっかり先の事に心を奪われており、お茶を急いで飲むと、
「それじゃ、楽しみにしているよ、でも、無理はしちゃ駄目だよ!」と
明るい顔を見せ、疾風の如く帰って行った。

テオの方こそ、沢山仕事を抱えていそうなのに…
テオといい、リゼットといい…
グノー家の者は、なんと活力が漲っているのだろう…

「僕も負けていられないね!」

まずは、カメオを完成させて、
仕事の合間に、今までの事を時系列で書き出して…
テオが留学するまでには、形にしておきたい…

頭で整理しながら、すっかり冷えてしまった紅茶を飲む僕に、
エドモンが…

「まさか、魔法学園に通いたいなど、言い出すのではないでしょうね?」

鼻を鳴らした。
その表情を崩したくて、僕は軽口で返す事にした。

「それはいいね、テオも留学する事だしね、
実は、一度魔法学園に通ってみたかったんだ、編入とか出来るかな?」

案の定、エドモンは顔を顰めた。この上なく不愉快そうに。

「あなた、二十歳になるんですよ?」
「そう、僕は二十歳で、君は二十五歳だったかな?きっと楽しいよ、一緒に通おう!」
「私は嫌です、どうしてもと言うのなら、一人で通いなさい」
「でも、君は僕の護衛だからね、付いて来るよね?」
「私に付いて来て欲しいなら、相応の態度を見せなさい」
「え…んー……考えておくよ」
「フン!」


そんな、たあい無い僕たちの会話を、王が盗み聞いていて、
魔法学園への編入手続きを取ってしまったと知るのは、もう少し後の話。



《おまけ:完》
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