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王太子の婚約者選び

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広間を出て、ユベールは車椅子を止め、立ち上がると、庭に降りた。
そして、周囲を眺める…
そこは、造られた美しい庭園という訳では無く、庭園を繋ぐ通路のような場所だった。

「ここって、特別な場所なの?」

「うん、君と初めて出会った場所だよ」

あたしが、ユベールと初めて出会った場所!?
それは、ロマンチックだわ!!と思ったのだけど…
ユベールは、楽しそうに笑いながら続けた。

「君は5歳で、凄く小さかったんだけど、僕を転ばせたんだ」

「ええ!?」

そんなの、全然、ロマンチックじゃないわ!!
それって、完全に黒歴史じゃないのーーー!!

「とっても元気で、僕には眩しかった」

ユベールは、黒歴史をロマンチックにしてしまう魔法が使えるのかしら??
あたしの胸が、ぽうっと温かくなった。

「ああ!覚えてなくて残念だわ!」

「ふふ、いいよ、君の分まで、僕が覚えているから」

ユベールの笑みは優しく、そして、愛に満ちていた。
勿論、異性に対してのものではなく、『従兄妹愛』なのだろうけど…
それでも、あたしは、どきどきっとしてしまった。





ユベールのお陰で、あたしは思い掛けず素敵な午後を過ごす事が出来た。
ふわふわと夢を見ている気分で、晩餐の食堂に入ったのだが、
そこには、厳しい現実が待っていて、直ぐに目を覚まさせてくれた___


昼間とは違い、パトリックは「君の顔は見飽きた」と言い、あたしを末端の席に追い遣った。
他の令嬢たちは、移動するあたしに蔑む様な視線を向け、クスクスと笑い合っていた。
屈辱ではあったが、パトリックから離れられるなら、その価値はある。

だが、食事が始まると、またもやパトリックが陰険に絡んで来た。

「リゼット、君は何故、他の令嬢たちの様に、私の所に来なかった。
何もせずに選ばれると思っているなら、とんだ思い上がりだぞ」

令嬢たちはパトリックに同調し、笑う。

元より、あたしは選ばれる気なんて無いわよ!
あんたこそ、とんだ思い上がりだわよーーーだ!ふんっ!!

あたしは内心で暴れまくると、
無表情で「申し訳ございませんでした」と謝罪を述べたのだった。
頭にはくるけど、相手は王太子、我慢だわ!!
幸い、パトリックは執拗には言って来なかった。
あたしは安堵し、豪華な晩餐の料理を楽しむ事にした。

ああ、食事が出来るって幸せだわ!!

だが、メインである肉料理が運ばれてくる最中、
メイドがあたしのドレスに、派手にワインを零した。

「!?」

それは、完全に悪意あるもので、その証拠に、メイドは全く動じていない。
きっと、パトリックが指示したんだわ___!
あたしは流石に切れそうになったが、パトリックの方が早かった。

「リゼット!みっともない姿をいつまで晒すつもりだ!早く下がれ!」

鋭い声が食堂中に響く。
これじゃ、あたしが自分で零したみたいじゃないの!!
あたしは頭に来ていたが、家族の顔を思い浮かべ、冷静になろうと努めた。

「申し訳ございません、退席をお許し下さい」
「ああ、全く不愉快だ、戻って来るんじゃないぞ!」

あたしは美味しそうな肉料理に後髪を引かれつつも、退席するしか無かった。
食堂から出て、あたしは怒りのまま、足音を立てながら、
離宮の自分の部屋へ向かって歩いていた。

「リゼット!」

突然、呼ばれて、あたしは驚いた。
振り返ると、ユベールが車椅子で追って来ていた。

「ユベール!どうしているの!?」

「昼間の事があったから、また何かあるんじゃないかと思って来てみたけど…
酷いな」

ユベールが悲しそうに顔を顰める。
あたしは肩から派手にワインを被っていて、正直、悲惨な状態だった。
だけど、それよりも…

「そのなの!酷いのよ!あたし、まだ、お肉を食べていなかったのに!
デザートだって、楽しみにしてたのに!もう、最悪だわ!!」

おのれ、パトリックめ!!許すまじ!!

「可哀想に…同じ料理は無理かもしれないけど、部屋に運ばせるよ。
でも、その前に着替えないとね…」

ユベールはメイドを呼び、手伝う様に指示した。

「リゼット、ドレスは僕が責任を持って弁償させて貰うから、安心して」

ユベールの顔は青く、悲惨な状態のあたしよりも、余程動揺して見えた。

「いいわよ、ユベールの所為じゃないもの」
「パトリックのした事なら、同じ事だよ、異母兄としてね」
「いい異母兄ね!今回は、異母兄に免じて許してあげるわ、
でも、あなたがあたしにドレスを贈って下さるのは自由よ!」

あたしが付け加えると、ユベールはやっと笑った。

「ありがとう」


ユベールは部屋まで送ってくれた。
汚れたドレスはメイドが持って行き、あたしは湯浴みをし、部屋用のワンピースに着替えた。
そうして、すっきりとした所で、見計らったかの様に、ワゴンが入って来た。

メイドの手により、部屋の丸テーブルに料理の皿が並べられていく。
あたしが言っていた、肉料理に、デザートのケーキ、果物、紅茶、
そして、黒く高級感のある、薄い箱が置かれていた。

「ユベール様より、お詫びとの事です」

メイドはそれを言うと、下がった。
あたしは興味を惹かれ、その箱を開けた。
すると、そこには、ピンクや緑、青色…艶やかで輝きを放つ、
宝石の様に美しいショコラが並んでいた。

「うわあぁ!綺麗!素敵!ロマンチック~!」

どうして、直ぐに用意出来たのだろう??
きっと、王宮の貯蔵庫には、山の様に重ねられているんだわ!!
ロマンチックなショコラを前に、つい、現実的な事を考えてしまった。
あたしはそれを吹き飛ばし、まずは、料理を堪能させて貰った。

お肉は最高にやわらかく美味しいし、ケーキは夢の様にふわふわしていた。
皿を片付けて貰い、独りになった所で…
あたしはベッドにジャンプし、ショコラの箱を開けた。

「うふふ、どれから食べようかしら!」

ショコラの美しさとその甘美な甘さに、
あたしは『パトリックに意地悪をされて良かった!』とすら思ってしまった。

勿論、それは甘い考えだった。


◇◇


4日目、この日は、翌日の昼には、婚約者が発表される事もあり、
昼食会後、候補者一人ずつ、パトリックと話す時間が設けられた。

候補者たちはパーラーに控え、自由に過ごし、
順番に、パトリックが居る部屋に呼ばれる事になった。

最初の内は、パーラー内も、緊張と不安に包まれていたが、
一時間もすれば、それも解けてきて、雑談も増えた。

「ああ、緊張しますわ、私、いつ呼ばれるのかしら?」
「順番は、パトリック様がお決めになってますのよね?」
「順番の早い方は、パトリック様のお気に入りじゃないかしら?」

パトリックに呼ばれ、懇談が終わった令嬢たちは、そのまま自分の部屋へ戻る事になっている。残された者たちには、どんな様子だったのか、何を話したのかは、まるで分からず、パーラーでは憶測が飛び交っていた。

「先程の方、長かったですわね…」
「ええ、どの様な事を話されたのかしら?」

あたしはそれを聞き流しながら、持って来ていた本を読んでいた。
一月後には魔法学園に入学予定なので、それに備えて勉強を…という訳では無く、これは、お気に入りのロマンス小説だ。
今から、あのパトリックと懇談するのだから、気持ちだけでも明るくしておかなきゃ!

「リゼットってば~、幾ら、パトリック様に嫌われているからって~、
拗ねてちゃ駄目よぉ、あなたにだって、チャンスはあるわぁ」

クリスティナが、あたしの隣に座った。
最初、協力を頼まれていたが、あたしがパトリックに嫌われていると察してからは、彼女はあたしを無視していた。
あたしがパトリックから嫌がらせを受ける度、他の令嬢たちと一緒になって笑っていたのも、ちゃんと知っている。
あたしたちの友情はてっきり終わったものだと思っていたけど…
クリスティナにとっては、違っていたらしい。
まぁ、あたしが求められているのは、彼女を持ち上げる役でしょうけど!

「クリスティナはどうなの?上手くいってる?」

あたしが聞くと、彼女はそれはそれは、うれしそうな顔をした。
そして、あたしの両手を掴んだ。

「そうなのよ~!パトリック様は、私にとってもお優しいのよぉ!
パトリック様は私の事、気に入って下さっていると思うわ~、
でも、内緒にしてね、皆に知られたら、嫉妬されちゃうから!」

そんな事を話すクリスティナの声は、大きい。
絶対に聞かせる気でしょう、呆れつつも、あたしは表面上にこやかにやり過ごした。これ以上の面倒はごめんだわ!

「選ばれるといいわね、クリスティナ」

だけど、これは本心とはいえない。
あんな人と結婚して、クリスティナは幸せになれるのかしら??

「ありがとう~、リゼット、でも、私なんて無理よ~」

クリスティナは体をくねらせた。
乙女心は分からないものだわ。
そうこうしている内に、クリスティナが呼ばれ、「それじゃ、お先に、リゼット」と、余裕の笑みを残し、パーラーを出て行った。


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