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王太子の婚約者選び
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しおりを挟むユベールはきょとんとした顔でこっちを見ているが、木に寄り掛かっている姿は、
具合が悪そうで、とても散歩をしている様には見えない。
「何してるの!?ユベール!」
あたしは驚き、危うく果実を落とす所だった。
ユベールは木に寄り掛かったまま、薄く笑みを見せた。
「うん、君が入って行くのが見えたから、気になって来てみたんだ」
「それって、ピクニックに付いて来てたって事でしょう?
あたしを見張ってろって、お兄様に頼まれたの?
お兄様ってば、妹が心配だからって、病気のユベールを使うなんて!」
呆れを通り越し、何か一言言ってやらなければ!という気になった。
だが、当のユベールが慌てて兄を庇った。
「違うんだよ、リゼット、テオは何も言っていない。僕が…心配だったんだ。
君が勇敢な令嬢だって事は分かっているけど、初めての場所では迷子になるかもしれない。
幾ら勇敢でも、困るかなって」
この言い訳は気に入った。
でも、あたしが『勇敢な令嬢』だって、何故分かるのかしら?
会ったのは、結婚式、披露パーティの時だけど、
その時は猫を被り、しとやかにしていた。少し噛みついてしまっただけよね?
「見張る様な真似をしてしまって、気味悪がらせて…許して欲しい。
気付かれない様にするつもりだったんだ、だけど、君があまりに元気で…
見惚れてしまって、隠れ損なってしまった」
あたしはついに、吹き出してしまった。
「気味悪いなんて思ってないわ!心配してくれてうれしいもの!
でも、隠れる必要なんてないって思わない?
あたしたち従兄妹同士だもの、仲良くしたいわ!」
「うん…でも、僕と親しくしない方がいい。
パトリックに目を付けられるかもしれないから…」
ユベールが急に声を落とし、表情を暗くした。
異母兄弟仲は良くないって事ね…だけど、そう不思議ではない。
相手はあのパトリックだ、あんな横暴で傲慢で自信家で自己愛が強そうな人と仲良くするなんて!普通の神経では無理だわ!
「それで、昨夜も隠れたのね」
「良く気付いたね、凄いな!」
「あたしを見縊らないで貰いたいわ!」
「見縊ってはいないよ、君はいつも僕の想像を超えている、それだけだよ」
その声に、あたしへの賛美が見え、あたしは気恥ずかしくなった。
ロマンチックは大好きな筈なのに…
実際に言われると、恥ずかしくなるものなのね?
あたしはそれを隠し、明るく言った。
「それじゃ、内緒で仲良くしましょう?それならいいでしょう?」
あたしは飛び上がると、もう一つ黒い実を採った。
それをユベールに渡す。
「はい!美味しいわよ!」
「ありがとう…」
あたしは齧って見せたが、ユベールは食べなかった。
王子は木に生っている実を採って食べたりはしないのかしら?
美味しいのに!
「それより、ユベール、立っていて大丈夫なの?車椅子は?」
「残念ながら、自然の作った道と、人が作り出した車椅子とでは相性が悪いらしくてね、表でエドモンと待って貰っている」
「エドモンも来てるのね、あなた、エドモンに苛められてない?」
あたしが聞くと、ユベールは赤い目を丸くした。
こうやって見ると、髪は白いし、肌も白くて…うさぎみたいだわ。
とびきり、痩せっぽちだけどね。
「エドモンを知っているの?」
「ええ、披露パーティで、あの人、あなたが困っているのを見て喜んでたわ!」
「ああ、僕が邪険にしたから、きっと拗ねてたんだよ、
エドモンは変ったユーモアの持ち主ではあるけど、優秀で頼りになるよ」
「それならいいけど…エドモンの所まで送るわ!」
あたしは実を食べ終えると、ユベールに肩を貸した。
幸い、ユベールは痩せているし、身長もあたしより少し高い位だ。
十分に支えて戻れそうだ。
だが、当のユベールはしきりに恐縮していた。
「リゼット、こんな事をして貰わなくても、僕一人で戻れるから…」
「とてもそんな風には見えなかったわ!
気にしないで、困った時は助け合わなきゃ!」
「とても有難い申し出だけど…君にこんな事をさせては…」
ぶつぶつと何か言っているけど、それは全く要領を得ていないので、
あたしは聞き流した。
「ユベール、観念して!あなたが言ったのよ、あたしを『勇敢な令嬢』だって!
あたしは勇敢に、あなたを森林から救い出すわ!」
ユベールは「頼もしいね」と笑った。
ユベールの言った通り、森林の入り口では、エドモンが車椅子を前にし、
待ち構えていた。
さっさと来て手を貸せば良いものを、あたしたちが側に来るまで、
彼は微動だにせず、ユベールが車椅子に腰かけるまで、無言で眺めていた。
全く!気の利かない護衛ね!
立っていた所為か、ユベールは車椅子に座るのさえ苦労していた。
腰を下ろしても、足が強張り曲げられないのだ。
あたしは腰を屈め、彼の膝を擦った。
「リゼット!そんな事をしてはいけない!」
ユベールが困った顔をし、焦って止める。
あたしはそれを不思議に眺めつつ、膝を擦るのを止めずに聞いた。
「どうして?エドモン、あなたも駄目だと思ってる?」
「ユベール様は恥ずかしいのでしょう、あなたが年頃の若い娘なので」
含みのある言葉だ。きっとユベールをからかっているのだろう、
気が利かない上に、大人気無い事!
ユベールは疲れた様に手で額を抑えていた。
ユベールがすっかり大人しくなったので、あたしはその膝を擦り、
曲げてあげると、背凭れに掛けてあった膝掛けを、彼の細い膝に掛けた。
「ありがとう、リゼット」
「どういたしまして、それじゃ、あたしは戻るから、気を付けて帰ってね!」
あたしは行こうとしたが、エドモンが止めた。
「王太子の一行でしたら、もう帰られましたよ」
「ええ!?置いて行くなんて酷いわ!!」
「酷い、ですかね?」
エドモンの灰色の目が、冷やかにあたしを見る。
「人が折角催した会を、勝手に飛び出す様な真似をしておいて、人並みに扱えというのは、些か自分勝手に思いますが?そこまで分別の無い者が、婚約者候補とは…選んだ者にも責任はありますが、このまま家に帰られた方がよろしいのでは?」
エドモンの言葉は毒舌だが、正論で、あたしは「ぐぬぬ」と唸った。
だが、『それじゃ、家に帰るわ!』という訳にもいかない。
そんな事をすれば、グノー家の名に傷を付けてしまう。
あたしは肩を落とした。
「そうね、あたしが考え無しだったわ、戻ってパトリックに謝るわ…
だから、王宮まで、あなたの馬車で乗せて行ってくれる?
幾ら礼儀知らずだからって、年若い令嬢を僻地に置き去りにしたとなると、
王太子の醜聞にもなるでしょう?」
エドモンが眉を寄せ、口を開こうとしたのを、ユベールが笑って止めた。
「エドモン、あまりリゼットを苛めないで、この大胆さはリゼットの美点でもあるから、きっと、大人になれば、大きく開花するよ…」
褒めてくれているのに、何処か切なそうに見えた。
ユベールは、さっと、その切なさを消し、微笑を見せた。
「リゼット、エドモンは最初から君を送り届けるつもりで待っていたと思うよ。
エドモンは王家の醜聞を何より嫌うから、ね?」
「その通りです、と申し上げれば、黙って頂けますか?」
エドモンは圧を掛ける様に言うと、車椅子を押して行く。
あたしは足を速め、ユベールの隣を歩いた。
馬車に乗り、一息吐いた所で、あたしのお腹が「ぐー」と鳴った。
行儀が悪かろうと、これは生理現象だ、文句は言わせないわ!とエドモンを一睨みしたが、彼は興味無いのか、窓の外を見ていた。
「リゼット、お腹が空いているの?」
「ええ、サンドイッチ一つしか食べさせて貰えなかったんですもの!
パトリックのヤツ!横暴過ぎない!?」
「そう、生憎僕には持ち合わせが無くてね…エドモン、何か持っている?」
「いいえ、私たちはピクニックに来たのではありませんので、
この近くに店があった筈です…」
エドモンは御者に店に寄る様、指示してくれた。
そこは道沿いにある小さな店で、店内にはカウンター席とテーブル席が四つ程。
昼の時間が過ぎている所為か、他に客はいなかった。
あたしとユベールがテーブル席に着き、
エドモンは何故か一人、カウンター席に座った。
「エドモンは何故離れて座るの?一緒に座ればいいのに」
「少し離れた方が、俯瞰して見えるそうだよ」
「成程、護衛の性ね」
あたしは料理を注文したが、ユベールは何も食べないと断っていた。
「本当に食べないの?あなた、もっと食べた方がいいわ」
兄ならきっと放っては置けないだろう…
兄は体の弱い人や、食の細い人を見ると、黙っていられないのだ。
そんな事を考えながら、あたしは運ばれて来たスープを飲んだ。
「あまり食べられないんだ、体質だと思うけど、無理に食べようとすると、
体の方が受け付け無くて…」
「少し食べてみる?」
あたしがスプーンでスープを掬い、ユベールに向けると、
彼は青白い顔を、一瞬で真っ赤にした。
こんな反応するなんて、なんて純朴なのかしら!
ちょっと感動してしまったわ。エドモンが苛めたくなるのも分かる気がするわ…
あたしは店員からスプーンを借り、ユベールに渡した。
そして、スープ皿を二人の間に置くと、勧めた。
「一緒に食べましょう!」
ユベールは苦笑し、「ありがとう、リゼット」とスープを一口飲んだ。
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