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24 アンジェリーヌ
しおりを挟む◆◆ アンジェリーヌ ◆◆
その日、アンジェリーヌは学院の応接室に呼ばれた。
学院に豪華賢覧な馬車が、騎士団の護衛を従え現れた時から、アンジェリーヌの胸は小躍りしていた。
「とうとう、この時が来たのね!」
前世を思い出してから、ずっと指折り、この時を待ち望んで来たのだ。
緩んでしまう口元を引き締め、アンジェリーヌは背をピンと伸ばして学院の廊下を歩く。
まだ、この事は誰も知らない___
その優越感に浸りながら、アンジェリーヌは開かれた扉の向こうに足を踏み入れた。
重厚なソファには、王子服を纏った若い男、高位貴族の装いをした初老の男、
騎士団の装いの中年の男、そして、初老の学院長が座っていた。
「お呼びと伺いました、アンジェリーヌ=ロベールです」
その場にいる皆が息を飲んだ。
「確かに、髪色、瞳の色が同じだ、それに、顔立ちが王妃様に似ている…」
「だが、他人の空似という事もあります」
「最後の確認をしなければいけません…」
三人は小声で話し合うと、騎士団の装いをした男が立ち上がった。
「アンジェリーヌ、左肩を見せて貰えるか?」
「男性の前で衣を脱ぐ事は出来ません」
アンジェリーヌは自身を護る様に、腕を体に巻きつけた。
尤も、本気で恥ずかしがっているのではなく、前世の記憶から、
【溺愛のアンジェリーヌ】に合わせた演技だった。
「確かに、その通りだ、王家の者が肌を晒す事は許されぬ、侍女を呼べ!」
程なく、女性たちが現れ、大きな布でアンジェリーヌの体を覆い、上着を脱がせた。
そして、布から左肩だけを出して見せた。
左肩のハートの痣を見た彼等は、声を上げた。
「この娘で間違いない!」
「彼女こそ、我がグランピュロス王国、第三王女レティシア様である!」
皆が一様に驚く中、アンジェリーヌは誇らしげな笑みを浮かべたのだった。
アンジェリーヌ、それから立場上レオンは、迎えの馬車に乗り、急遽王宮に向かう事になった。
事の次第を聞いたレオンは驚いていた。
「君が、グランピュロス王国の王女だったとは…不思議な事もあるのだな」
「ええ、あたしも驚いています、これまで自分が王女だなんて、考えた事も無かったもの…
突然、こんな事になって、レオン様、あたし不安だわ…」
アンジェリーヌは縋る様にレオンを見た。
レオンは薄く微笑み返した。
「大丈夫だ、王女ならば悪い様にはしないだろう、それに、ただの王女ではない、
グランピュロス王国は大国だ、誰も君に危害を加える者はいない」
アンジェリーヌは、『あら?』と思った。
【溺愛のアンジェリーヌ】ならば、レオンはうっとりとアンジェリーヌを見つめ、甘い言葉を囁いていた所だ。
『安心しろ、私がついている!君の事は、何があっても、私が守る___』
そんな風に言ってくれるのを期待していたアンジェリーヌは、少々肩透かしを食らった。
きっと、今は驚いているからね…
アンジェリーヌは小さく息を吐き、隣のレオンに擦り寄り、その肩に頭を乗せた。
「アンジェリーヌ?」
「不安なの、少しだけ、こうしていて…」
レオンは何も言わなかったが、拒んだりもしなかった。
本当は、うれしい癖に!
普段は学院で、誰が見ているかもしれないので、接触は出来なかった。
レオンが接触するのは、ドロレスたちからの嫌がらせで泣いている時位だ。
馬車内は二人きりで、誰の目を憚る事もなかったが、レオンが触れて来る事は無かった。
大国グランピュロス王国の王女という事で、ビビってるのかしら?
アンジェリーヌは内心で嘲笑し、その肩に頭を擦りつけた。
王宮に着き、一同が謁見の間に集まった。
エマラージュ国王、王妃、王太子、第三王子レオン。
そして、グランピュロス王国からは、レティシアの兄第二王子ガブリエル、叔父の宰相、騎士団長だった。
事の経緯が説明されたが、【溺愛のアンジェリーヌ】で知っていたアンジェリーヌは、聞き流していた。
アンジェリーヌの出番は、その後、アンジェリーヌをレティシアと認め、国に連れ帰ると告げられる場面だ。
「___この上は直ちに、レティシアをグランピュロス王国に迎えたい」
「お待ち下さい!あたしはこの国で育って来ました、名はアンジェリーヌです!
家族、友達、学校、あたしの愛する全てがここにあります!
これを捨て、グランピュロス王国に行く事は出来ません、どうか、あたしの事は忘れ、国へお帰り下さい」
グランピュロス王国の者たちは、ショックを受けていた。
「こんな国にいて、何になると言うんだ!
君は大国グランピュロス王国の王女なんだぞ?
国に返れば裕福に暮らせるというのに___」
何とか、アンジェリーヌを説得しようと試みたが、アンジェリーヌは頷かなかった。
そして、頃合いを見て、取引を仕掛けた。
「それでは、せめて、学院を卒業するまでは、この国にいる事をお許し下さい!」
「王や王妃は、この十七年、あなたの身を案じて来たのですぞ?
一緒に帰らなければ、さぞ気落ちされるでしょう…」
「それでは、あたしから手紙を書きます、それを持って、一度国にお帰り下さい」
アンジェリーヌが厳として言うと、諦めたのか、手紙を持ち、一度国に帰る事になった。
アンジェリーヌは小説の通りに事が運び、ほくそ笑んでいた。
自分が大国グランピュロス王国の王女である事は、直ぐに学院中に伝えられる。
王女となれば、滅多な事があってはいけないからだ。
学院には護衛も増やされる。
そして、《アンジェリーヌ》は全学院生、いや、教師たちからも、羨望の眼差しで見られ、崇められるのだ!
アンジェリーヌはそれを想像し、胸を躍らせていた。
この先に待ち受けるのは、それだけではない。
ドロレス=カントルーブ公爵令嬢の破滅!
「悪役令嬢はどんな風に退場してくれるかしら?」
さぞかし、惨めったらしいだろう!
あの女、気が狂うかもしれないわね!
日頃王子妃然としているドロレスが、どんな醜態を晒してくれるか、想像するだけでも楽しい。
一目見た時から、ドロレスの事が嫌いだった。
『自分は特別だ』と自信に満ちた彼女を、どうにかして壊してやりたかった。
踏み躙り、許しを乞う姿が見たかった。
「ヒロインの性かしら?」
ヒロインと悪役令嬢の宿命よね___
「ああ、楽しみだわ!」
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