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週明け、わたしは早速、ユーグから貰ったネックレスを着け、ジェシーと共に寮を出た。
いつも通りに、ユーグとディオールの姿があった。

「お義兄様、ディオール様、お早うございます!」

「お早う、エリザ、今日も元気だな」

ユーグが笑みを見せ、わたしの背中を叩いた。

「うふふ!お義兄様___」

これを見て!と、首に着けたネックレスを見せようとしたが、ディオールに遮られた。

「本当に、元気が良くて羨ましいわ、元気の秘訣は何かしら?」

「元気の秘訣ですか?今を楽しむ事じゃないでしょうか?
楽しい事を考えていると、元気が沸いてきますから!」

「まぁ、凄いのね、ユーグ様の楽しい事は何ですか?」

ディオールは話の矛先を自然にユーグに移した。
成程、ユーグと話したかったのね…
わたしは控えようと、二人から一歩下がり、ジェシーと並んだ。
だが、ユーグは全くもって、気の利かない返しをしていた。

「俺はそういう事は苦手でね、エリザに教えて貰うといい」

アンジェリーヌが好きだからって、塩対応していたら、流石のディオールも愛想尽かすんじゃないかしら?
わたしは義兄が心配になってきた。
無理心中エンドを避けた後は、幸せになって欲しいわ…
でも、そんな事になれば、ユーグはアンジェリーヌを追って、異国へ行ってしまうかしら?
それは嫌だな…
だって、異国になんて行ってしまったら、会えなくなってしまうもの…
ここは、ディオールに頑張って貰わなきゃ!

「そうですか、私は音楽を聴くのが好きですわ、ユーグ様はいかがですか?」

「お義兄様はヴァイオリンを弾けます!昔から習っていて、上手なんです!」

わたしは話を盛り上げようと、話に入った。
ディオールはわたしの事は見ず、ユーグを見つめたままで返事をした。

「まぁ!ヴァイオリンを弾かれるのですか?私はピアノを嗜みますので、今度ご一緒に…」

「エリザの話を真に受けないで欲しい、学院に入る前の話で、もう何年も弾いていない」

「お義兄様なら、直ぐに勘を取り戻せるわ!体は覚えているものよ!」

「ええ、是非、聴かせて頂きたいですわ!」

ユーグは苦笑し、「機会があったら」と気の無い返事をした。
話を盛り上げようと思ったのに、失敗だった。
ユーグも、もう少しは努力をして欲しいわ!
自分が幸せになる努力を…

女子部棟に着き、ユーグと別れ、ディオールとも別れ、ジェシーと二人になった時、
ジェシーが解放されたかの様に伸びをした。

「あ~~~、疲れるわぁ!こんなのって無いわよねぇ?」

何かしら??

「エリザは二人の仲を取り持とうと必死だし、ユーグ様の関心はエリザだけだし、
ディオール様は何とかユーグ様を振り向かせ様と空回りしているし…
端で見ている私には氷上を踏んでるみたい!凄い緊張感よぉ!」

あら、端から見ていても、分かるものなのね…

「お義兄様はシスコンだから…
あんなに素敵な人が好きになってくれたんだから、いい加減、義妹離れをして欲しいんだけど…」

「そんな事言ってぇ、離れると今度は寂しくなるんじゃないのぉ?」

否定はしないわ。

「いいの!わたしは大好きなお義兄様に、幸せになって貰いたいから」

「それなら、エリザが幸せにしてあげたらいいじゃない!」

「わたし??」

「血が繋がっていないんだし、どうにだってなるわぁ。
シスコンとブラコン、相思相愛!最高の相手だと思うけどなぁ」

わたしは茫然とし、足を止めていた。
ジェシーの言葉が頭を巡る…
そして、カッと赤くなった。

「も、もう!何を言い出すかと思えば…!
幾らシスコンを拗らせていても、家族愛と恋愛は違うのよ?
お義兄様は絶対にわたしを好きになったりしないわ!
つまり、わたしたちが結ばれる事は、天地が引っ繰り返っても、絶対にない事だから!!」

「ふーん、そっか、つまり、エリザはお義兄様に本気なんだぁ?」

「!!そ、そんな事、言ってない~~~!!」

「えー、でもぉ、分かっちゃったもん♪」

ジェシーが「ふふふん」と笑い、スキップを始める。
わたしは慌ててジェシーを追い駆けた。

「ジェシー!絶対に誰にも言わないでね!特にお義兄様には…
知られたら、気に病むし、避けられるから…」

「エリザってば、恋愛には後ろ向きなのねぇ。
絶対に気に病むって決めつけてない?避けられるとは限らないよぉ?」

決めつけなんかじゃない、これが現実だ。
わたしは全て知っているんだから…

「お義兄様とは長い付き合いだもの、全部分かるわ」

ジェシーは納得していないのか、肩を竦めて見せた。


◇◇


週の中程、名門王立クレール学院に、煌びやかな馬車が三台、
馬に乗った騎士団員たちに囲まれ、入って来た。
それを目にした生徒たちは、何事かと驚き、それは人伝えに直ぐに学院中に知れ渡った。

「豪華な馬車が来たんですって!しかも、三台!」
「一体、誰が来たのかしら?王太子かしら?」
「まさか、王様じゃないわよね?」
「王様でもおかしくない位、警備は厳重よ!」

何処に行っても、その話題で持ち切りだった。
そして、二時間ばかりが過ぎた頃…

「皆、聞いて!レオン様とアンジェリーヌが馬車に乗ったわ!」
「あの馬車は、アンジェリーヌを連行する為だったのよ!」
「アンジェリーヌって誰?」
「二年生の首席のアンジェリーヌよ!」
「でも、彼女、平民でしょう?」
「連れて行かれるなんて、何をしたのかしら?」

アンジェリーヌの名を聞き、わたしは漸く《それ》を思い出した。

アンジェリーヌが、大国の王女だと判明したのだ!

嘗て大国グランピュロス王国では、生まれて間もない王女が連れ攫われ、大捜索が行われた。
王女を連れ去ったのは、王の失脚を狙う大臣たちだった。
王女と引き換えに要求を飲ませようとしたが、目論見は外れ、幾らもしない内に大臣たちは捕らえられた。
王女の行方を聞き出したものの、教えられた場所にその姿は無かった。

王女の証は、珍しいストロベリーブロンドと緑色の瞳、それから、肩にあるハート型の痣だった。
偽者を見抜く為、ハート型の痣がある事は極秘にされていた。

何処かでアンジェリーヌの事を聞き付け、調べた所、攫われた王女である可能性が高く、大国から使者が来た…という流れだった。

「確か、レオン様と親しくしていた方よね?」
「ええ、婚約者のドロレス様よりもね…」
「レオン様とお二人で王宮に?もしかすると、もしかするかしら?」

生徒たちは、面白おかしく噂をする。
だけど、わたしには、全く面白く無かった。

ドロレス様___!

【溺愛のアンジェリーヌ】では、この後、婚約破棄となり、
ドロレスはアンジェリーヌを深く憎み、嫉妬した挙句に、暗殺を企むのだ。
そして、破滅する___

「絶対に、止めなきゃ___!」


その後、わたしがドロレスと話せたのは、放課後、彼女の寮の部屋で、だった。
わたしは逸る気持ちを抑え、ドロレスを訪ねたのだが、いざ、彼女を前にすると言葉が見つからなかった。
長ソファに座るドロレスは、いつもとは違い、何処か暗く、そのオーラは陰を潜めていた。

「ドロレス様…」

声を掛けると、わたしが居る事を思い出したのか、彼女は笑みを作った。

「エクササイズをするのでしたね?」

いつもは、放課後、二人でエクササイズに励んでいた。
ドロレスは体型に問題は無かったが、運動をすると体が楽になる様で、日課になった。
運動と栄養を考えた食事に切り替えた事で、彼女の髪質、肌艶は増々良くなり、血色も良くなっていた。

「はい、ですが、その前に少しだけ話したいのですが…」

「改まって、どうしたのです?あなたらしくないわね、エリザ」

改まらずにはいられない、難しい話だもの…
わたしは逡巡したが、覚悟を決め、それを聞いた。

「ドロレス様、レオン様とアンジェリーヌの事を、どうお思いですか?」

瞬間、ドロレスの紫色の瞳が、鋭く光った。

「どういう意味かしら?
まさか、あなたまで、あの愚かな噂話を信じているんじゃないでしょう?」

口元には笑みがあるが、その目は笑っていない。

「仮定の話です、もし、レオン様がドロレス様との婚約を破棄して、アンジェリーヌに求婚したら…
ドロレス様はどうなさいますか?」

「あり得ません、彼は王子ですよ?幾ら、欲に駆られたとして、不名誉な真似はなさらないでしょう。
ですが、万が一にもその様な事態になった時には、私も黙ってはいません。
婚約者をみすみす奪われては、公爵家の名が廃ります」

ドロレスは毅然としていた。
オーラが戻り、彼女からは女王の如く、威厳が見えた。
わたしは「ゴクリ」と唾を飲んでいた。

「具体的には、どうなさるおつもりですか?
非道な手を使えば、ドロレス様の方が責められる事になります。
レオン様をアンジェリーヌ様にお譲りする事は出来ませんか?」


「おかしな事をおっしゃるのね?
どうして、婚約者を他の女性に譲らなくてはいけないの?
横入りをした者が身を引くべきでしょう?」

「その通りです、ですが、《愛》には勝てません。
もし、二人が愛し合っていたら、レオン様はどの様な手を使っても、婚約破棄をなさるでしょう…」

「お止めなさい!そんな事を軽々しく口になさらないで!
婚約破棄など、絶対にありませんし、絶対に許しません___!」

ドロレスの瞳には怒りの炎があった。

「ドロレス様はレオン様を愛してはいないのでしょう?
愛されなければ不幸ではありませんか?
わたしはドロレス様にもレオン様にも、幸せになって欲しい…」

「《愛》は必要ありません、それに、私は自分が幸せになろうなんて考えていません」

「それでは、結婚は、公爵家の為ですか?」

ドロレスは質問には答えず、「今日はお帰りなさい」と静かに告げた。


「婚約者を譲れ」なんて、乱暴だった。
だが、あんなに怒るとは思わなかった。
ドロレスはレオンを愛している訳ではない…
公爵家の為でもなければ、どうしてレオンとの結婚に拘るのだろう?

自尊心?自己顕示欲?

《王子の婚約者》、《王子妃》は、自己顕示欲を満たしてくれるかもしれない。
だけど、それは、何と引き換えにしても手に入れたいものなの?

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