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ユーグは家族愛が強い。
その事を、わたしは勿論良く知っていたが、これまで深く考えた事は無かった。
ユーグと話した事で、それがユーグの心の裏返しの様に思えて来た。

「ユーグは寂しがり屋なのかも…」

家族の中で、自分だけ、血が繋がっていない。
それを強く感じていたのは、他でもないユーグ本人だろう。

両親はユーグを家族として受け入れていたし、本当の息子の様に接していたと思う。
わたしは、《義兄》というよりも、憧れ、初恋の相手として見ていたけど、それでも、愛は十分にあった。
いつもユーグを頼り、ユーグにべったりだった。
端から見ると、面倒な妹だっただろうが、ユーグが嫌な顔をした事は一度も無かった。
いつも、笑顔で受け止めてくれていた。
図らずも、わたしの態度は正解だったのかもしれない。
その方が、ユーグは《愛》を感じられるのかもしれない…

【溺愛のアンジェリーヌ】でのユーグは、ディオールの存在を盾にして、エリザから距離を取ろうとしていた。
だけど、今、目の前にいるユーグは、逆だ…
わたしが変に迫ったりしないからか、安心して、傍にいて、家族愛を欲している様に見える。

出来る事なら、ユーグの願いを叶えてあげたいけど…


「ユーグ様、週末に通りに参りませんか?
異国から商人が来て、広場で市を開くそうです、きっと珍しい物が見られますわ」

ディオールがユーグを誘ったのだが…

「エリザも一緒でいいかな?」

いきなり名を出され、思わず紅茶を吹きそうになった。

「お義兄様!わたしは行きたいなんて言ってないから!」

「おまえにも異国の品を見せてやりたいんだ、勉強にもなるだろう」

ユーグは屈託なく言うが…
ディオールはデートのつもりで誘ったんでしょう??
絶対に、わたしはお邪魔だ。
口をパクパクとさせ、チラリとディオールを見ると、彼女はわたしにニコリと笑い掛けた。

「ええ、エリザも一緒に行きましょう、良かったらお友達も」

良い人だと思うけど…
良い人なだけに、気の毒だわ…

「エミリアンは人の多い場所は苦手でしょう?」

エミリアンは断ると思ったが、ふわりと笑みを見せた。

「うん、だけど、エリザと一緒なら、行ってみたいな」

うれしい事を言ってくれる!!
わたしもエミリアンを連れて行ってあげたいわ!!

「ジェシーは?」

「勿論、行くわ!」

誰一人、断らなかったので、皆で一緒に行く事で落ち着いた。
適当な所で二人にしてあげればいいわよね?と、簡単に考えて___


◇◇


週末、王都の大広場では、多くの露店が並び、人も多く賑やかだった。
前世で言う、フリーマーケットみたいなものかしら?
商人たちの多くは、色鮮やかな異国の民族衣装を身に纏っていた。

わたしたちはゆっくりと店を見て周った。

最初はエミリアンの体調を心配していたが、意外にも、肌の色も良く、楽しそうだった。

「エリザ、凄いよ!異国の本だって!」

異国の本に夢中になっていて、大量に買い込んでいた。
本は重いので、学院寮まで送って貰うように手配もしていた。
本を買う為に、お金も用意してきた様で、意外としっかりしているエミリアンに感心した。

「エリザ、欲しい物があれば言うんだよ」

わたしは家からお小遣いを貰っているけど、何かあった時はユーグに頼む様にと言われている。
ユーグは両親から大金を預かっている様だ。
わたしは学院に来るまで、お金を持った事もなかったから、持たせるのは危険だと判断したのだろう。

前世は少ないお小遣いでやりくりしていたのよ!と言ってやりたいが、正気を疑われたくないので止めておいた。

「欲しい物は特に無いんだけど…」

だが、ここは甘えて買って貰った方が、ユーグはうれしいわよね??

「あ!お義兄様!あれがいいわ!美味しそう!」

わたしは屋台の方を指差した。
そこでは、林檎飴のような、棒付きの飴を売っていた。
お祭りといえば、これでしょ!

わたしはユーグの手を引き、屋台に向かった。

「エリザ、どれが欲しいんだ?」
「これがいいわ!」

わたしは林檎飴を思わせる、赤く艶やかな飴を指差した。
ユーグは料金を払い、飴を取って渡してくれた。

「お義兄様、ありがとう!」

ユーグが「ふっ」と笑う。

わたしは早速、飴に齧り付いた。
外側は飴で中は果実だった。

「美味いか?」
「うん!美味しい!お義兄様も食べる?」

わたしがそれを向けると、ユーグは一瞬迷ったが、口を開け、齧り付いた。

「どう?美味しいでしょう?」
「ああ、変わった味だな…」

口に合わないのか、変な顔をしていて、わたしは笑ってしまった。

「まぁ!飴を買って貰ったの?良かったわね」

ディオールが声を掛けてきて、わたしは彼女の事を思い出した。
いけない、いけない、ついユーグを独占していたわ!

「美味しいですよ、お義兄様、ディオール様にも買ってあげたら?」

「私はいいのよ、それより、向こうを見てみない?
珍しい宝飾品があるみたい___」

ディオールに促され、わたしたちは宝飾品を並べている店に向かった。

「素敵ね!どれにしようか、迷ってしまうわ!」

ディオールは宝飾品を前に、目を輝かせていた。
学院では派手な宝飾品を身に着ける事は禁止されているので、一体いつ身に着けるのだろう?と不思議に思う。

「こちらと、こちら、どちらが似合うと思います?」

ディオールが宝飾品を手に取り、ユーグに聞く。

カップルっぽいわ!

わたしはディオールの意図が分かった気がし、感心しつつ、もぐもぐと飴を食べた。
尤も、肝心のユーグは、「俺はこういう事には詳しくないから」と交わしていた。
全く!ユーグは女心が分からないんだから!

「エリザはどれがいい?」

困ったからって、わたしに話を振らないで欲しいわ。
「そうねー…」とわたしは宝飾品を眺めた。
あんまり豪華な宝飾品は、身に着けるには重そうだし、自身が霞みそうで面白くない。
もっと、素朴で可愛らしいのがいいわ…

あれこれと見ている中、わたしはそのネックレスに目を留めた。
白金色のチェーンに、小さな花を模したピンク色の宝石が付いている。

「これか?」

わたしが言う前に、ユーグがさっと手に取り、代金を払ってしまった。

「欲しいなんて言ってないのに!」

わたしは慌てたが、ユーグは全く気にせず、

「買ってやりたかったんだ」

正面からわたしの首に腕を回し、ネックレスを着けてくれた。
不覚にも、ドキリとしてしまったじゃない!

「ほら、似合うよ、エリザ」

うう…こんな風に言われたら、怒れないわ!

「ありがとう…でも、無駄遣いしちゃ駄目だからね!」

「無駄遣いじゃないさ、今日は誕生日だろう、十六歳おめでとう、エリザ」

耳元で甘く囁かれ、わたしは赤くなった。
心臓がバクバクとしてしまう。

「誕生日…?」

その言葉がゆっくりと頭に届き、わたしは「忘れてた!」と声を上げたのだった。

「今日、誕生日だったんだ!」

学院生活が充実していて、すっかり忘れていた。
わたしの声を聞き付けて、ジェシーとエミリアンがやって来た。

「エリザ、今日、誕生日だったの!?」

「エリザ、おめでとう!お祝いしなくちゃ!
ああ、だからディオール様は今日、ここに誘って下さったのね!」

それ、絶対に違うから!
わたしは心の中でジェシーにツッコミを入れ、笑顔を張り付かせた。

ディオールも違うとは言い難いのか、「ええ、お祝いしましょうか、通りのお店で…」と取り繕っていた。
ディオールの勧めた店で、わたしたちは果実水で乾杯をし、ケーキを食べたのだった。

「エリザ、僕から、誕生日のプレゼント」

それは、絵の描かれた栞で、花畑に立つ乙女の絵だった。
以前、エミリアンに栞をあげたのを思い出した。

「エリザみたいだったから…どうかな?」

「ありがとう!とっても素敵!うれしいわ!」

これがエミリアンの中でのわたしのイメージだと思うと、気恥ずかしくもうれしい。

「私からはねー、キャンディ!好きでしょう?」

ジェシーからは瓶詰のキャンディを貰った。
食べ物をあげておけば間違いないと思っているわね??

「しかも、これね、幾ら食べても太らないんですってぇ!」

「流石、親友ね!ありがとう、ジェシー!」

こんな流れもあり、ディオールも何か買ってくれると言ってくれたが、それは丁重にお断りしておいた。
散々にデートの邪魔をしたんだもの、何も貰えないわ!


皆のお陰で、わたしは楽しい誕生日を過ごす事が出来た。
ユーグから貰ったネックレスは、普段使い出来るものなので、直ぐに取れる様、アクセサリーケースの一番上に入れた。
エミリアンから貰った栞は、いつも使う手帳に挟んで鞄に入れた。
ジェシーから貰った飴を一つ口に入れて…

「今日は、楽しかったな~…」

わたしは満されたまま、眠りに着いた。


異国から来た商人たち___
この時に気付くべきだったが、わたしがそれに気付くのは、もう少し先になる。

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