上 下
13 / 28

13

しおりを挟む
週末、王城にて、結婚披露のパーティが豪華絢爛に、そして盛大に行われた。

わたしは聖女服とドレスとで迷ったが、結婚披露のパーティという事もあり、ドレスに決めた。
レースがたっぷりと使われた白色のドレスで、スカートはふわりと広がる。
清楚で可愛い…それは正に夢に見たものだったが、
華美に着飾った、王、妃、王太子、王太子妃、第二王子、王子妃と一緒に並ぶと、
自分が恥ずかしくなった。

幾ら化粧をしても、着飾っても、遠く及ばない…

体型にも容姿にも恵まれたオーギュストは良いが、わたしは絶対に見劣りしている自信があった。
侍女にしか見えないのではないか?
居たたまれず、直ぐにでもこの場を去りたい気分だったが、
パーティの主役となれば、それは叶わず、わたしは無理に微笑みを張り付けたのだった。
オーギュストなどは無表情でいても済まされるので徳だ。

パーティに招かれたのは、国の要人たち、高位貴族たちで、
これまた皆が豪華に着飾っている。
ドレスもだが、何といっても目を惹くのは《宝飾品》だ。
女性たちの髪飾り、耳飾り、首飾りは、全て大きな宝石と金細工で出来ている。
ファストーヴィ王国では王族しか身に着けない様な物だ。
それが至る所で見られるのだから、唖然とするしかなかった。

わたしも、王家から贈られた宝飾品を着けているが、とても重いものだ。
着飾った女性たちは、皆、平気な顔をしているので、それにも驚いた。

遠目に監察していたが、ふと、皆の視線が、わたしに向けられているのに気付いた。

「あれが聖女様かー」
「見た目は普通だな、平凡だ」
「オフェリー様やディアナ様と違って、威厳がない」
「だが、聖女様だろう?」
「ああ、結界を張ったらしい…」
「見た目には分からぬものだな…」

まるで見世物になった気分だ。
ファストーヴィ王国では聖女は珍しくもないので、《好奇》の対象にされた事は無かった。
それ処か、容姿がどうあれ、《聖女》として、皆、称えてくれていた。
だが、ここでは《聖女》に敬意を払ったり、感謝の念を持ったりはしない様だ。

無遠慮に見られ、益々居た堪れなくなる。
ああ、早く終わればいいのに…
いっそ、この場から飛び出したかったが、隣にはオーギュストがいる。
彼に恥を掻かせる訳にはいかない、わたしは形式上、《彼の妻》なのだから…

「セリーヌ、ダンスは出来るのか?」

オーギュストに聞かれ、わたしはそれを思い出した。
聖女は踊ったりはしない、軽率に見えるし、品位を貶めるからだ。
故に、踊りを習う事も無かった。

「いえ…ダンスは…した事がありません」

オーギュストが「そうか、困ったな…」と呟き、わたしは慌てた。

「す、すみません、次の機会までには習っておきますので!」

次の機会?
当然の様に言った自分に笑った。

「オーギュスト様、聖女様、ファーストダンスを___」

臣下に促され、オーギュストがわたしの手を取り歩き出した。

「オーギュスト様!わたし、ダンスは、本当にした事がないんです!」

わたしは青くなり、オーギュストに訴えた。
だが、彼は歩みを止めない。

「悪いが、ファーストダンスは避けられない。
私も想定していなかった、悪いが、適当に合わせてくれ___」

ダンスフロアの真中、広く開けられた所に、オーギュストと向かい合って立つ。
わたしは生きた心地がしなかった。
ああ、絶対に、酷い事になるわ!!

「私の言う通りにしておけば大丈夫だ、セリーヌ」

抑揚の無い声だが、何処か安心出来る。
それに、この場には、彼しか頼れる者はいない。

「それでは、失敗した時は、オーギュスト様の指示が悪かった事にします」

「ああ、責任を取るのには慣れている」

オーギュストは薄く笑ったが、わたしは内心、足を踏んでやりたくなった。
わたしは《部下》ではないわ!《妻》よ…

「礼を」と彼に促され、わたしたちは同時に礼をした。
オーギュストの指示で、わたしは彼の手に自分の手を乗せた。
ここまでは何とか形になったが、音楽が流れ出してからは、必死だった。

「右に…次は左、そう、繰り返しだ、音楽に乗って…」
「背を正して、私の方を見て…堂々としていれば大丈夫だ」

それでも、上手くいく筈もなく、わたしは躓き、彼の胸に飛び込んでいた。

「きゃ!」

流石に、オーギュストも足を止めるしかなかった。
わたしは彼にしがみついたまま、青くなっていた。

ああ!どうしたらいいの!!

すると、オーギュストがいきなりわたしを抱え上げた。
そして、そのまま、ダンスフロアから出て行ったのだった。


オーギュストはわたしを、脇に置かれたソファに下ろした。
遠くから、招待客たちがチラチラとこちらを伺っているのが分かり、
わたしは気まずく、小さくなった。

「す、すみません!台無しにしてしまって…」

「いや、私が伝えていなかった所為だ、それに言った筈だ、後始末には慣れている」

『責任を取るのには慣れている』では無かったか?

「あなたに従っていれば大丈夫だともおっしゃったわ」

恨みがましく上目に見たが、オーギュストは事も無げに言った。

「ああ、そうだ、私でなければ、この程度では済まない」

自信家だわ!

「飲み物は何が良い?」

オーギュストが聞いてくれたが、わたしは「結構です」と返した。

「何か食べるか?」

わたしは頭を振る。

「君は小食だな」

わたしは「むっ」としたが、それを教えてあげた。

「《聖女》ですから、こういった場では、飲食は控えなければならないのです!」

会食の場なら良いが、公の場で聖女が飲食をするのは禁じられている。
多くの者たちは、聖女には《聖人》でいて欲しいという、願望を持っているのだ。

「聖女だから、何だというんだ?」

逆に、わたしはオーギュストの問いに目を丸くしてしまった。

「喉も乾けば、腹も減る、当たり前の事だ。
王も妃もあの通り好きに食べている。
聖女だからと我慢を強いられるのはおかしいだろう」

「《聖女》は《聖人》でなければ、皆をガッカリさせますので…」

「装っていると知れば、更にガッカリする」

痛い所を突かれ、わたしは強く反発していた。

「何とでも申されて下さい!
理解不能であっても、これが《聖女》の規則なんです!」

規則に厳しい氷壁の騎士団長は、固まった。
そして、「ならば、仕方あるまい」と頷いたのだった。
凄い効果だわ!


「あれが、聖女様?」

オーギュストが呼ばれ、離れたのを見計らい、貴婦人たちが近付いてきた。
尤も、わたしに話し掛けるのではなく、わざと聞こえる様に話すのだ。

「普通の娘にしか見えませんわね」
「聖女というのですから、美人だろうと思っていましたわ」
「そうそう、先日結婚された、ファストーヴィ王国の聖女は凄い美人だというじゃない?」

アンジェリーヌ!?

わたしはギクリとした。
この国に来てまでも、彼女の名を聞くとは思わなかった。

だが…

アンジェリーヌとクレマン様は、結婚したのね…

不思議と胸は痛まなかった。
何の感情も沸かない。
もう、随分、遠い昔の事に思えた。

「国を挙げての結婚式だったそうね!」
「王都中がお祭り騒ぎですって!」
「他国の要人たちも呼ばれて、それはそれは、素晴らしかったとか!」
「我が国とは大違いねー」
「何もかも突然だったわよね、私たちに全く知らせないなんて、祝って欲しくなかったんでしょう!」
「政略結婚なのよ!」
「オーギュスト様も、あんな娘と結婚させられて…」

想像していた事だったが、耳にするとやはり気落ちした。
彼に相応しくない事は、誰よりも自分が良く知っている。
それに、オーギュストにとって迷惑なだけである事も間違いない。

「聖女というだけで、王子と結婚出来ていいわよねー」
「あら、オーギュスト様が《側室の子》だからでしょう」

オーギュストが、側室の子!?
わたしは聞かされていなかった事に驚いた。

「王妃様は勿論、王太子も王太子妃も、第二王子のガブリエル様も、
王子妃ディアナ様も、いつもオーギュスト様には誰も声を掛けないけど、
今夜は特に冷めているじゃない?」

わたしはついと、そちらを見た。
王と王妃は早々に用意されていた豪華な椅子に座り、食事を楽しんでいる。
王太子アレクサンドルと王太子妃オフェリー、
第二王子ガブリエルと王子妃たちは、それぞれ、招待客たちと歓談している。
こうして見ると至って普通に見えたが、確かに、祝いの言葉は言われなかったし、
挨拶も無かった気がする。
そういうものとばかり思っていた…
そんな事を考え眺めていると、不意に第二王子ガブリエルがこちらを振り返った。

!!

わたしは咄嗟に視線を反らした。

嫌だわ!見ていたのに気付かれたかしら?

無作法が恥ずかしく、頬が熱くなる。
恐る恐る目をやると、ガブリエルの視線はもう他に向けられていた。
わたしは「気の所為ね」と、安堵に胸を撫で下ろした。

「オーギュスト様もお気の毒ね!」
「でも、妃の子を、あんな得体の知れない者と結婚させる訳にはいきませんもの!」
「国を乗っ取られては大変だものね!」

貴婦人たちは笑い声を上げ、去って行った。

ふと、嫌な考えが浮かんできた。

オーギュストは側室の子だから、貧乏クジを引かされたのだろうか?
わたしを助ける為というのは後付けで、
本当はわたしが嫌で、早く結婚を解消したくて、そう言っていたら…

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!

吉野屋
恋愛
 母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、  潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。  美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。  母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。  (完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)  

呪われ令嬢、王妃になる

八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」 「はい、承知しました」 「いいのか……?」 「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」 シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。 家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。 「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」 「──っ!?」 若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。 だがそんな国王にも何やら思惑があるようで── 自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか? 一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。 ★この作品の特徴★ 展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。 ※小説家になろう先行公開中 ※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開) ※アルファポリスにてホットランキングに載りました ※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

【完結】無能な聖女はいらないと婚約破棄され、追放されたので自由に生きようと思います

黒幸
恋愛
辺境伯令嬢レイチェルは学園の卒業パーティーでイラリオ王子から、婚約破棄を告げられ、国外追放を言い渡されてしまう。 レイチェルは一言も言い返さないまま、パーティー会場から姿を消した。 邪魔者がいなくなったと我が世の春を謳歌するイラリオと新たな婚約者ヒメナ。 しかし、レイチェルが国からいなくなり、不可解な事態が起き始めるのだった。 章を分けるとかえって、ややこしいとの御指摘を受け、章分けを基に戻しました。 どうやら、作者がメダパニ状態だったようです。 表紙イラストはイラストAC様から、お借りしています。

孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます

天宮有
恋愛
 聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。  それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。  公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。  島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。  その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。  私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

【完結】金貨三枚から始まる運命の出会い~家族に虐げられてきた家出令嬢が田舎町で出会ったのは、SSランクイケメン冒険者でした~

夏芽空
恋愛
両親と妹に虐げられ続けてきたミレア・エルドール。 エルドール子爵家から出ていこうと思ったことは一度や二度ではないが、それでも彼女は家に居続けた。 それは、七年付き合っている大好きな婚約者と離れたくなかったからだ。 だがある日、婚約者に婚約破棄を言い渡されてしまう。 「君との婚約を解消させて欲しい。心から愛せる人を、僕は見つけたんだ」 婚約者の心から愛する人とは、ミレアの妹だった。 迷惑料として、金貨三枚。それだけ渡されて、ミレアは一方的に別れを告げられてしまう。 婚約破棄されたことで、家にいる理由を無くしたミレア。 家族と縁を切り、遠く離れた田舎街で生きて行くことを決めた。 その地でミレアは、冒険者のラルフと出会う。 彼との出会いが、ミレアの運命を大きく変えていくのだった。

【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜

よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」  ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。  どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。  国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。  そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。  国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。  本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。  しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。  だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。  と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。  目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。  しかし、実はそもそもの取引が……。  幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。  今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。  しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。  一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……? ※政策などに関してはご都合主義な部分があります。

処理中です...