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4 アンジェリーヌ/密談
しおりを挟む◆◆ アンジェリーヌ ◆◆
「聖女アンジェリーヌには、ベルトラン公爵子息、マリユスを!」
列から進み出たのは、赤毛の小太りの男だった。
年は若いが、醜男で見るに堪えない容貌をしている。
一目見て、アンジェリーヌはマリユスが嫌いになった。
それだけではない、その胸には、恐ろしいまでの嫉妬と怒りの炎が燃え上がった。
何故、セリーヌの相手が王子で、自分の相手が公爵子息なのか!
勿論、王や側近たちの前では、嫌な顔など出来ない。
アンジェリーヌは内心の怒りを隠し、その場はやり過ごした。
勿論、部屋に戻り人払いをすると、直ぐに怒りを爆発させた。
「寄ってたかって、あたしを蔑ろにして!絶対に許さないんだから!!」
あたしに相応しいのは、あんな醜男じゃない!
あたしに相応しいのは…
アンジェリーヌの脳裏に浮かんだのは、姉セリーヌの隣に立つ男だった。
そう、クレマン様よ!
「セリーヌなんかには勿体ないもの!クレマン様は、あたしが貰ってあげるわ!」
アンジェリーヌは嬉々として、その為の策を練り始めた。
アンジェリーヌはセリーヌと仕事を交換し、神殿から追い出す事にした。
アンジェリーヌが強く主張すれば、セリーヌは疑いもせずに従った。
アンジェリーヌは密かにクレマンに手紙を書き、神殿に彼を呼び出すと、
魅力をたっぷりと振り撒き、迫ったのだった。
「あたし、一目見て、クレマン様を愛してしまったんです…
こんなの、いけませんよね?でも、どうしてもお会いしたくて…
だって、愛し過ぎて、胸が張り裂けそうなんですもの!」
熱っぽく愛を訴え、しな垂れ掛かる。
上目に縋る様に見つめれば、アンジェリーヌの美貌に落ちない者はいない。
クレマンは直ぐにアンジェリーヌの細い手を取った。
「ああ、アンジェリーヌ、実は僕もなんだ、一目で君に恋してしまった。
君を見た後では、セリーヌなんて霞んでしまうよ。
王が君を選んでくれていたら良かったのに!僕は王を恨んだよ…」
「うれしいわ!クレマン様!」
「直ぐに王に話すよ、今なら相手を代えて貰えるさ!」
クレマンは明るく言ったが、アンジェリーヌの考えは違っていた。
「クレマン様、それは少しお待ちになって貰えますか?
この機会に、あたしは姉を罰したいんです___」
アンジェリーヌはセリーヌがどれ程酷い女かを訴えた。
外に出て民の人気取りをする事しか頭に無く、聖業を疎かにしている。
土地の者たちに、贅沢な持成しをさせ、旅行気分で楽しんでいる。
土地の浄化、邪気祓いは気が向いた時にしかしない。
少しでも機嫌を損なうと、『浄化は必要ありません』と帰ってしまう。
最近では、全てアンジェリーヌに押し付けていて、自分は疲労困憊で体調を崩す程だった…
全て嘘だが、アンジェリーヌ自身の事をセリーヌに擦りかえただけなので、
彼女は実感を込め、スラスラと話す事が出来た。
「何て酷い女なんだ!とても聖女とは思えないよ…」
全く疑っていないクレマンに、アンジェリーヌは内心でニヤリと笑った。
「このまま、セリーヌに勝手をさせていては、国の為にならないでしょう。
王や皆の前で罪を暴き、セリーヌに分からせたいんです。
クレマン様、協力して頂けますか?」
「勿論だよ!僕としても、そんな聖女は見過ごせないからね!」
アンジェリーヌは自分の計画を話し、クレマンは「良い案だ!」と乗ったのだった。
「聖女セリーヌは普段より聖業を怠り、その全てを聖女アンジェリーヌに押し付けていました。
その為、聖女アンジェリーヌは倒れ、先日まで病に臥せっていました。
その間も聖女セリーヌは神殿を抜け出し、遊戯に興じていたのです!
私は彼女の口から、どれだけ楽しく過ごしていたか聞かされていたので、確かです!
私は、この国の王子として、彼女の様な者を《聖女》とは認められません!
愛する事など、到底出来ません!」
クレマンが厳しくセリーヌを断罪するのを、アンジェリーヌは満足し、聞いていた。
セリーヌの顔から色が消えている。それ処か、震えが止まらない様だ。
ふふ、愛を誓った相手から断罪されるなんて、思わないわよね?
それに、こんなに大勢の人がいる中で恥を掻かされるなんて!
あたしなら、自害するわね!
アンジェリーヌは高笑いしたい気分だった。
フン!セリーヌの癖に、あたしを蔑ろにするからよ!
ずっと、邪魔で目障りだったけど、これからは違うわよ!
評判を落とした聖女は、もう二度と、表に出る事は出来ない。
求められるのは、《力》だけだ。
それに、セリーヌはクレマンに愛を誓った___
ふふ、これが狙いだったのに、すんなり騙されて馬鹿みたい!
セリーヌ、あんたを死ぬまで扱き使ってやるわ!
「聖女アンジェリーヌ、第三王子クレマンの婚約を認める!
尚、聖女セリーヌについては、後日、沙汰を下す!」
衛兵たちに囲まれ、引き摺られて行くセリーヌの絶望の表情を、
アンジェリーヌはクレマンに縋り、ゆったりと眺め、ほくそ笑んだのだった。
◆◆ 密談 ◆◆
「大司教!どういう事か!あの様な者を野放しにしておくなど…
それに、お前は相手を選ぶ際、姉の方が力は優れていると言ったであろう!
だから、クレマンを選んだというのに…我に偽りを申したのか!!」
王や宰相、側近、大司教たちは、早々にパーティから引き揚げた。
セリーヌの処分を決める為だ。
王から責められ、大司教は流れ落ちる汗を拭った。
大司教は以前より、美人で愛想の良いアンジェリーヌを気に入っていた。
アンジェリーヌを前にすると、厳しくは出来ず、我儘も聞いてしまう。
それで、修道女たちは不満を持っていたが、大司教は問題にはしなかった。
だが、ある日、大司教はアンジェリーヌに秘密を知られてしまった。
大司教と修道女が関係を持っている場に、アンジェリーヌが入って来たのだ。
大司教は性欲が抑えられず、複数の修道女と関係を持っていた。
修道女たちは問題になる事を恐れ、訴える事は無かったが、アンジェリーヌは違った。
聖女は大司教よりも地位が上である。
アンジェリーヌは二人を激しく罵倒し、王に申し上げると言ってきた。
そんな事になれば、大司教は神殿を出されるだけでなく、民からも批難され、
流浪の民となるだろう___
許しを乞う大司教に、アンジェリーヌは微笑んだ。
『それなら、これからはあたしの命に従いなさい』
『言う事を聞いていれば、あたしは黙っているし、これまで通り、修道女を抱かせてあげるわ』
大司教はアンジェリーヌに従うしかなかった。
アンジェリーヌの本性を知り、大司教のアンジェリーヌへの溺愛はすっかり消え、
逆に彼女をやり込めたいという思いが強くなった。
結婚相手を決める際には、それとなく王を誘導した。
だが、それが仇となった様だ。
アンジェリーヌを怒らせる事は出来ない為、大司教は重ねて嘘を吐くしかなかった。
「その…セリーヌの正体を知るのは、妹のアンジェリーヌだけでして…
私共も、すっかり騙されておりました…」
「大司教ともあろう者が、小娘に騙されるなど!」
王は怒ったが、直ぐに側近が口添えをした。
「王様、相手はただの小娘ではございません、聖女様ですので、
大司教様が騙されたのも無理はないかと…」
「フン、確かに、あの地味な娘が、まさか性悪だとは思わぬな」
王はまだ言い足りない様だったが、理解を示した事で、大司教は安堵した。
だが、問題はここからだった。
「では、あの性悪聖女をどうするか!
あんな者を国で養うなど、他に知れたら我への信頼も揺らぐであろう!
一刻も早く、何処かへ捨て置きたいが、相手が聖女ではそうもいかん…
誰か、何か意見を申せ!」
様々な意見が出されたが、王の気に入るものではなかった。
沈黙が流れ、側近の一人が言った。
「性悪な聖女ならば、他国に嫁がせてはいかがでしょうか?」
「他国に聖女をやれというのか!」
言語道断だと言わんばかりだったが、側近は続けた。
「このまま聖女セリーヌを国に置けば、聖女アンジェリーヌとクレマン殿下の障害になるでしょう。
ブラーヴベール王国との交渉が、十年近く進んでおりません。
聖女を差し出せば、我が国に有利な交易条件が結べるのではないかと…」
ブラーヴベール王国は北に位置する隣国で、金山、宝石鉱山を所有している。
加工技術も進んでいて、大きな財力を持っている。それに、軍事力を誇る国でもある。
以前より、交易を望んでいたが、互いに利益を譲らず、交渉は遅々として進んでいなかった。
「確かに、このままでは、聖女アンジェリーヌとクレマンを妬むであろう…」
良い案にも思えたが、王を始め、数人は唸っていた。
聖女の力で他国が豊かになれば、どうなるか…
我が国よりも国力が上がるのは避けたい。
それに、調子に乗り、交易条件を無かった事にされ、攻め込んで来ないとも限らない。
「聖女一人位、良いのではありませんか?」
「聖女の力は三十歳にもなれば消えるでしょうし」
「二十歳を超えたのですから、これから力は衰えていくでしょう」
聖女の一番力が発揮されるのは、二十歳前後とされている。
「それに、聖業を嫌う聖女ですぞ?他国へ行ったとて、良い働きはしないでしょう」
「性悪は治らないものです」
「他国はさぞ手を焼くでしょう、怒って殺すかもしれませんな!」
側近たちが笑い声を上げるのを、王はジロリと睨んだ。
「だが、万一、子が生まれたらどうするのだ、聖女の血を引く子だぞ!」
生まれたのが例え男子であっても、その子が結婚し、女子が生まれたら、
間違いなく力を持つだろう。
そうなれば、ファストーヴィ王国同様、《聖女の国》となる___
「聖女セリーヌはクレマン殿下への愛を神に誓っております。
これは言質を取ったも同然でございます。
大司教からよくよく言い聞かせて貰えば良いかと」
「ふむ、相手は聖女だからな、神との誓約と言えばまかり通るか…」
話しが纏まり掛けた頃、大司教が異を唱えた。
「お待ち下さい!それでは、我が国の聖女が、聖女アンジェリーヌだけになってしまいます!
聖女バルバラは力が衰えてきておりますし、聖女ジャネットはまだ力を十分には使えません。
聖女アンジェリーヌ一人ではとても…」
「これまでも聖女アンジェリーヌが一人でしてきた事だ、心配など無用であろう。
寧ろ、厄介払いが出来て良いではないか!
聖女アンジェリーヌも枷が無くなり、存分に力を発揮出来るというもの!
早急にブラーヴベール王国との交渉の場を持て!」
王が意気揚々命じるのを、大司教は青い顔で聞いていた。
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