23 / 24
23 /リーアム
しおりを挟むカラーン…
カラーン…
祝福の鐘が鳴る。
わたしと伯爵の結婚式は、町の礼拝堂で執り行われた。
参席者は、ミゲル、伯爵夫人ミーガン、ミーガンの世話人、
そして、ミーガンの親友、レミントン伯爵夫人だった。
『伯爵の再婚だというのに、参列者が少な過ぎる』と批難されるかもしれない。
だけど、ここには、わたしたちを祝福する者しかいない___
それは、わたしを安心させてくれた。
わたしはミゲルの選んだ、純白のふわふわのドレスに身を包み、ゆっくりと白い絨毯の道を進んだ。
その先には、白いタキシード姿の伯爵が立っている。
彼が、わたしを待っていてくれている___!
わたしの胸は、気恥ずかしく、それでいて、喜びに満ちていた。
わたしを迎えた彼の碧色の瞳には、優しさが溢れていた。
その微笑みも温かく、わたしを受け入れてくれていた。
例え、愛情でなくても、構わない…
これまで、これ程にわたしを受け入れてくれた人は、母以外、いないもの…
家族でさえ、わたしには遠い存在だった。
わたしはいつも愛に飢えていたが、加えて、温かく幸せな家庭を求めていた。
母が生きていた頃の様な、家庭を…
彼とならば、築ける___!
不思議だが、そんな自信があった。
『病める時も、健やかなる時も…生涯愛し続ける事を誓いますか?』
『誓います』
彼の声に安堵する。
わたしも背を正し、はっきりと『誓います』と答えた。
伯爵、ミゲル、わたし、三人で選んだ金色の指輪を手に取る。
その、大きく、ゴツゴツとした手に、わたしは意識してしまい、終始、手が震えてしまった。
指輪を落とさずに、彼の指に嵌められた時には、大きく息を吐きたくなった。
「ふっ」と、彼が笑った気がし、わたしは指に嵌る金色の指輪から目を上げた。
優しい瞳に吸い込まれそうになる。
わたしが見つめていると、顔が近付いて来て…唇に触れた。
ミゲルがはしゃいだ声を上げるのと、パイプオルガンの音色が重なった。
「行こう___」
伯爵が腕を差し出し、わたしは自分の手を掛けた。
「ミゲルが喜んでいる」
彼が教えてくれ、わたしは反射的にミゲルの方を見た。
ミゲルが飛び上がって、拍手をしていて、わたしは笑顔で手を振った。
伯爵夫人と世話人も、笑顔で拍手を送ってくれている。
ああ…この方と結婚出来て、良かった…
伯爵は、本来であれば、わたしなんかには望めない相手だ。
わたしはこの奇跡に感謝した。
礼拝堂を出て、用意されていた白い馬車に乗るまで、
わたしは夢の中にいるみたいに、ふわふわとしていた。
昼間は夢心地だったが、夜を迎える頃には、違う緊張に包まれていた。
今日からは、わたしの部屋は伯爵の部屋の隣だ。
それに、寝室も一緒に使う事になる。
以前、伯爵は『普通の夫婦になるつもりだ』と話していたので、そういう事になるのだろう…
ミゲルを寝かしつけ、伯爵はわたしを部屋まで送ってくれた。
そして、別れ際に、そっと、わたしの頬に口付けた。
「待っているよ」と___
わたしは真っ赤になっていただろう。
碌に返事も出来ず、逃げる様に部屋に入っていた。
胸がドキドキとして止まらない…
わたしは緊張したまま、寝支度をした。
用意していた、レースの多い下着を着け、薄い夜着に着替える。
髪を念入りに梳かして…鏡の中を覗き込んだ。
とても美人とは言えず、自分の容姿に落胆する。
伯爵の前妻は、目の覚めるような美人だったのに…
自分は、地味で若さしか取り柄の無い、野暮ったい娘…
今になり、ティファニーの心無い言葉が蘇る。
「灯りを消せば、大丈夫よね?」
それで顔は誤魔化せるものの、体はどうだろう?
この館に来てから体重は増えていたが、未だ細く、膨らみも十分とはいえない。
重ねてガッカリし、嘆息した。
「ガッカリされるかしら…」
もし、抱いて貰えなかったら…
きっと、立ち直れないだろうし、この先、ずっと不幸だわ___
怖くなったが、寝室に行かなければ、それこそ、伯爵に嫌われてしまう。
「今更、どうしようも無いもの…」
覚悟を決め、わたしは恐る恐る、寝室の扉を開けた。
ベッド脇の机にランプが置かれ、明々とベッドを照らしている。
思っていたよりも明るく、つい、尻込みをした。
ベッドでは、伯爵が枕を背に座っていて、わたしに気付き、持っていた本を机に置いた。
「おいで、ロザリーン」
呼ばれると、わたしの頭にあった色々な事は何処かに消え、ふらふらと彼の元に向かっていた。
「心の準備が出来ていないなら、私は待つよ」
微笑みを浮かべている伯爵に、わたしは少しだけ迷った。
怖い___
彼を失望させてしまいそうで…
でも、わたしは、彼と触れ合いたい…
「わたし、初めてで…きっと、満足して頂けないと…
それに、貧相だし…お気に召して頂けないかと…」
「余計な事は考えなくていいよ、私に任せて、君は私を感じてくれたらいい…」
引き寄せられ、額にキスをされる。
そして、頬にも、唇にも…
優しく、熱い…
「ぅん…っ!」
彼の手が、わたしの体に沿うと、反射的にビクリとなった。
「す、すみません、旦那様!」
慌てて謝ると、彼が「ふっ」と笑った。
そして、優しく、わたしの顔を指先で辿る。
びくびくとしないのは無理だった。
「謝る事じゃない、感じて欲しくてしているんだからね」
「は、はい…」
「それより、今日からは《リーアム》と呼んで欲しいな、旦那様や伯爵では、あまりに素っ気ない。
ロザリーン、呼んでみて…」
彼の吐息が、唇に触れ、わたしは眩暈を覚えた。
彼の何もかもが、わたしを狂わせる…
「リーアム…」
「良く出来ました」
熱く口付けられ、わたしはその波に飲み込まれたのだった。
◇◇ リーアム ◇◇
「久しぶりに、良く眠ったな…」
目覚めたリーアムは、それが、隣にある温かいもののお陰だと気付いた。
髪をくしゃくしゃにし、あどけない顔で眠る娘…
リーアムの胸に愛おしさが込み上げ、堪らず、彼女の丸みのある白い頬に、唇を落としていた。
「ふっ」
自分でも笑ってしまう。
年若い、初心な女性に夢中になるとは…
初めてなのだから、辛かった筈だ。
もし、もう嫌だと言われたら…
それだけが心配だった。
リーアムは徐にベッドから抜け出すと、シャツとズボンを穿き、部屋を出た。
メイドを捕まえ、朝食を寝室の前まで運ばせた。
リーアムがワゴンを押して寝室に入ると、ロザリーンは起きていて、上掛けで体を隠し、こちらを凝視していた。
「おはよう、ロザリーン」
照れくさく、声を掛けると、ロザリーンは更に目を見開いた。
どことなく、怯えている様に見え、リーアムの浮かれた気持ちは霧散した。
「その、昨夜は無理をさせて、すまなかったね…
君は初めてだというのに、配慮が足りなかった、次からはもっと気を付けるよ…
その、君が嫌でなければ…」
思い付く限りの謝罪を口にしていると、ロザリーンは遂に泣き出していた。
「!?ロザリーン!本当に、すまなかった!泣かないでくれ…」
リーアムは駆け寄り、ロザリーンの肩を抱いた。
ロザリーンは指で涙を払いながら、小さく頭を振る。
「違います…違うんです…」
「違う?何が?」
「目を覚ました時、あなたがいなかったから…
嫌われたと、思って…」
「ああ!君の為に朝食を運んでいたんだ、不安にさせて悪かったね、
君を嫌いになったりしないよ、私の方こそ、嫌われたんじゃないかと、生きた心地がしなかったよ…」
リーアムがわざとらしく嘆息すると、漸くロザリーンは笑ってくれた。
「元気が出たなら良かった、一緒に朝食を食べよう」
リーアムもご機嫌で、朝食のトレイをロザリーンに渡した。
そして、自分の分は机に置き、一緒にベッドに入った。
「ベッドで朝食を食べるなんて、初めてです…」
「そう、だが、これからは、毎日だよ…」
リーアムは愛妻の赤い頬に口付けた。
57
お気に入りに追加
619
あなたにおすすめの小説
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】「離婚して欲しい」と言われましたので!
つくも茄子
恋愛
伊集院桃子は、短大を卒業後、二年の花嫁修業を終えて親の決めた幼い頃からの許嫁・鈴木晃司と結婚していた。同じ歳である二人は今年27歳。結婚して早五年。ある日、夫から「離婚して欲しい」と言われる。何事かと聞くと「好きな女性がいる」と言うではないか。よくよく聞けば、その女性は夫の昔の恋人らしい。偶然、再会して焼け木杭には火が付いた状態の夫に桃子は離婚に応じる。ここ半年様子がおかしかった事と、一ヶ月前から帰宅が稀になっていた事を考えると結婚生活を持続させるのは困難と判断したからである。
最愛の恋人と晴れて結婚を果たした晃司は幸福の絶頂だった。だから気付くことは無かった。何故、桃子が素直に離婚に応じたのかを。
12/1から巻き戻りの「一度目」を開始しました。
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
雨上がりに僕らは駆けていく Part1
平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」
そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。
明日は来る
誰もが、そう思っていた。
ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。
風は時の流れに身を任せていた。
時は風の音の中に流れていた。
空は青く、どこまでも広かった。
それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで
世界が滅ぶのは、運命だった。
それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。
未来。
——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。
けれども、その「時間」は来なかった。
秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。
明日へと流れる「空」を、越えて。
あの日から、決して止むことがない雨が降った。
隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。
その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。
明けることのない夜を、もたらしたのだ。
もう、空を飛ぶ鳥はいない。
翼を広げられる場所はない。
「未来」は、手の届かないところまで消え去った。
ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。
…けれども「今日」は、まだ残されていた。
それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。
1995年、——1月。
世界の運命が揺らいだ、あの場所で。
この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる