【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音

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21 リーアム

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◇◇ リーアム ◇◇

「あなたが、男爵令嬢、ですって?
そんな嘘が通用すると思っているの?」

ティファニーは信じていない様だ。
彼女にとって、都合の悪い事は全て《嘘》に聞こえるのだろう。

「うそじゃないよ!ねぇ、ロザリーン!」

「はい…」

「フン!何処の男爵の娘だというの?どうせ、嘘でしょうけど!
私に確かめられないと思っているなら、残念ね、直ぐに調べてあげる。
恥を掻きたくなかったら、今の内に嘘だと言った方がいいわよ?」

調べられると困る。
流石に、ここまでだろう___
リーアムはパーラーに足を踏み入れた。

「ティファニー、度々来て、ロザリーンを煩わせるのは止めてくれ!」

固い口調で注意したが、ティファニーは状況が分かっていないのか、明るい声を上げた。

「リーアム、今、面白い事を聞きましたの!
この方、男爵令嬢だったのですってね!一体、何処の男爵家のご令嬢なの?
私、一度もお会いした事がありませんけど!おほほほ!」

ティファニーはリーアムの傍に来ると、彼の腕に手を添え、上目使いで煩く瞬きをした。
前妻の事から、この手の女性はリーアムの嫌悪の対象だったが、
ティファニーは未だに気付いていない様だ。

「彼女、あなたを落とす為に、身分を偽ったんじゃないかしら?
しっかりお調べになった方がよろしいわ、
一体、何を企んでいるのか、分かったものではありませんもの!」

リーアムは内心、うんざりとしながら、冷たく返した。

「ロザリーンの素性ははっきりしている、君が知らないだけだ」

「嘘よ!だったら、言ってみなさいよ!私が調べてやるから!」

「私は自分のものを、関係の無い者に土足で荒されたくないんでね、断るよ」

「関係無いだなんて!私は親族だし、リーアムの為…伯爵家の為を想って言っているのよ!」

リーアムの為、伯爵家の為という言葉に、リーアムは苛立った。
親族の中にも、この手のお節介は何人かいて、迷惑でしか無かった。
彼等の助言が役に立った事は、一度だって無い___

「ああ、君は親族の一人に違いない、だが、伯爵家の事に口を出せる立場にはない、
君ももう大人だし、この際、はっきりと言っておこう。
ティファニー、身の程を弁えろ、今後、私が招待しない限り、この館に来る事を禁じる!
分かったら、帰りなさい___」

事実上の絶縁宣言に、ティファニーは青くなった。

「酷いわ!私はリーアムの為に…!嫌よ!離しなさい!!」

ティファニーは騒ぎ立てたが、執事、メイド長はしっかりと彼女を捕らえ、追い出してくれた。
有能な使用人たちに、リーアムは改めて感心した。

ミゲルが「パパー!」と飛びついて来て、リーアムはそれを受け止めた。

「パパ、ありがとう!ティファニーをおいだしてくれて!」

碧色の瞳をキラキラとさせ、太陽の様に笑う息子に、リーアムは胸を掴まれた。
息子の英雄になれるなら、これ程嬉しい事は無い。

「ああ、おまえやロザリーンを悪く言う者は、パパが許さないさ」

ミゲルは肩を竦め、くすくすと笑った。
可愛い子だ___
リーアムは共感を求めて、ロザリーンを見た。
彼女は「はっ」とし、それから恥ずかしそうに顔を染めた。
リーアムはドキリとした。

「旦那様、ありがとうございました…」

「いや、私の方も礼を言うよ、君がいてくれて良かった…」

これまで、ロザリーンを、《自分が護るべき小さな娘》と思っていた。
だが、今日の彼女を見て、自分の思い上がりに気付かされた。

自分は、確かに、彼女に助けられた。
ミゲルも助けられた。
彼女と同じ事が、他の令嬢に出来るだろうか?

か弱く、頼りなく見えるが、それだけではない。
芯を持った女性だ。


彼女は私が思っているよりも、ずっと、大人だ___


◇◇


あれ以来、リーアムはロザリーンに対する見方が変わった。
尊敬の念を持ち、一人の自立した女性として対し、耳を傾けた。
彼女はお喋りではないが、彼女の話す言葉はどれも優しく、思い遣りに満ちていた。

「それはよろしかったですね」
「お忙しいのではありませんか?」
「お寒いのでお気を付け下さい」

ロザリーンに一言でも声を掛けられると、リーアムは不思議と良い気分になった。
そして、彼女が笑うと、胸の中が春の様に温かくなる…

「気付かなかったな…」

彼女の良い面を見つける度に、リーアムの胸は少年の様に高鳴った。
そんな自分に苦笑したが、それでも、止められそうになかった。
だが、一方で、警戒心を持っていた。

本気になるものではない___

傷付くのは一度で沢山だった。
信じていた相手に裏切られる、ミゲルの為に気丈でいたが、
もし、ミゲルがいなければ、自分は立ち直れなかっただろう。
その証拠に、これまで、新しく恋をしようとは思えなかった。
再婚などせずに、ただミゲルの成長を見守り、生きるだけで良いと思っていた。

「ロザリーンは若い、それに、素敵な女性だ…」

そして、自分を愛してはいない___


◇◇


その日、デービス男爵が子息エリオットを連れ、アーヴィング伯爵の館を訪れた。
二人は晴れ晴れとした表情をしていた。

「アーヴィング伯爵のお陰で、間一髪、息子を救う事が出来ました、
いいえ、我が男爵家を救って頂いたと言っても過言ではありません!
何とお礼を言ったら良いか…」

「それでは?」

リーアムが促すと、デービス男爵は大きく頷いた。

「はい、伯爵から伺い、調べさせた所、本当だと分かりました。
カルロスが再婚して以来、娘のロザリーンに会った者はおりません、
館の使用人から聞いた処、後妻のドロレス、その娘たちはロザリーンを嫌い、
使用人にして扱き使っていたそうですよ、半地下の何も無い部屋に入れ、碌に食事も与えなかった様です。
一方、自分たちは家の財産で贅沢三昧ですぞ!」

リーアムは、聞いていた事ではあったが、詳しく聞けば聞く程、怒りが沸いてきた。

「ロザリーンですが、婚約式に一緒に出掛けて以降、一緒には戻って来なかったと言っていました。
それなのに、身を案じる処か、祝杯を挙げていたそうですよ!
全く、非情な者たちだ!直ぐに婚約破棄を申し渡してやりましたよ、
相手は随分ごねていましたが、他にも後ろ暗い事がありましてね、嫌とは言わせませんでした。
あの様な者たちと縁繋ぎになるなど、恐ろしい!」

「僕からもお礼を言います、伯爵のお陰でイザベルと結婚せずに済みました。
情けない事に、僕は彼女の表面上の美しさに惑わされ、彼女の本性に気付きませんでした…
自分の未熟さが恥ずかしいです…」

エリオットの嘆きは、リーアムにとっては共感羞恥だった。
『自分も嘗ては同じ過ちを犯した』とは言えず、無難な言葉を返した。

「若者にはよくある失敗だよ、君だけじゃない。
男爵家の跡取りとして、立派になりなさい、それが父上の恩に報いる事になる」

素直なエリオットは、明るく「はい!」と返事をした。

「実は、伯爵にお伝えした方が良いと思う事が…」

デービス男爵が改まり、神妙な口調で話し始め、リーアムも背を正した。

「ロザリーンには、死亡届が出されていました」

「何だって!?」

予期していなかった事に、リーアムは声を上げていた。
デービス男爵は頷くと、書類を取り出し、リーアムの前に置いた。
リーアムは直ぐにそれを手に取り、目を通した。

「旅の途中に、病で亡くなった事になっています。
館に帰っていない事の辻褄合わせかもしれませんな…」

死亡日時は、婚約式の前日になっている。
原因は急な病…医師のサインもあった。
偽造書類である事は確かだ。

面倒な事になったな…

結婚するには、出生証明、戸籍等、身分を証明する何らかの書類が必要だった。
機会を見て取り寄せるつもりでいたが、死亡届が出されていれば、それも難しい…

「私共でお役に立てる事でしたら、協力させて頂きます」

デービス男爵の申し出に、リーアムは感謝し、幾つか頼む事にした。


◇◇◇◇
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