21 / 24
21 リーアム
しおりを挟む◇◇ リーアム ◇◇
「あなたが、男爵令嬢、ですって?
そんな嘘が通用すると思っているの?」
ティファニーは信じていない様だ。
彼女にとって、都合の悪い事は全て《嘘》に聞こえるのだろう。
「うそじゃないよ!ねぇ、ロザリーン!」
「はい…」
「フン!何処の男爵の娘だというの?どうせ、嘘でしょうけど!
私に確かめられないと思っているなら、残念ね、直ぐに調べてあげる。
恥を掻きたくなかったら、今の内に嘘だと言った方がいいわよ?」
調べられると困る。
流石に、ここまでだろう___
リーアムはパーラーに足を踏み入れた。
「ティファニー、度々来て、ロザリーンを煩わせるのは止めてくれ!」
固い口調で注意したが、ティファニーは状況が分かっていないのか、明るい声を上げた。
「リーアム、今、面白い事を聞きましたの!
この方、男爵令嬢だったのですってね!一体、何処の男爵家のご令嬢なの?
私、一度もお会いした事がありませんけど!おほほほ!」
ティファニーはリーアムの傍に来ると、彼の腕に手を添え、上目使いで煩く瞬きをした。
前妻の事から、この手の女性はリーアムの嫌悪の対象だったが、
ティファニーは未だに気付いていない様だ。
「彼女、あなたを落とす為に、身分を偽ったんじゃないかしら?
しっかりお調べになった方がよろしいわ、
一体、何を企んでいるのか、分かったものではありませんもの!」
リーアムは内心、うんざりとしながら、冷たく返した。
「ロザリーンの素性ははっきりしている、君が知らないだけだ」
「嘘よ!だったら、言ってみなさいよ!私が調べてやるから!」
「私は自分のものを、関係の無い者に土足で荒されたくないんでね、断るよ」
「関係無いだなんて!私は親族だし、リーアムの為…伯爵家の為を想って言っているのよ!」
リーアムの為、伯爵家の為という言葉に、リーアムは苛立った。
親族の中にも、この手のお節介は何人かいて、迷惑でしか無かった。
彼等の助言が役に立った事は、一度だって無い___
「ああ、君は親族の一人に違いない、だが、伯爵家の事に口を出せる立場にはない、
君ももう大人だし、この際、はっきりと言っておこう。
ティファニー、身の程を弁えろ、今後、私が招待しない限り、この館に来る事を禁じる!
分かったら、帰りなさい___」
事実上の絶縁宣言に、ティファニーは青くなった。
「酷いわ!私はリーアムの為に…!嫌よ!離しなさい!!」
ティファニーは騒ぎ立てたが、執事、メイド長はしっかりと彼女を捕らえ、追い出してくれた。
有能な使用人たちに、リーアムは改めて感心した。
ミゲルが「パパー!」と飛びついて来て、リーアムはそれを受け止めた。
「パパ、ありがとう!ティファニーをおいだしてくれて!」
碧色の瞳をキラキラとさせ、太陽の様に笑う息子に、リーアムは胸を掴まれた。
息子の英雄になれるなら、これ程嬉しい事は無い。
「ああ、おまえやロザリーンを悪く言う者は、パパが許さないさ」
ミゲルは肩を竦め、くすくすと笑った。
可愛い子だ___
リーアムは共感を求めて、ロザリーンを見た。
彼女は「はっ」とし、それから恥ずかしそうに顔を染めた。
リーアムはドキリとした。
「旦那様、ありがとうございました…」
「いや、私の方も礼を言うよ、君がいてくれて良かった…」
これまで、ロザリーンを、《自分が護るべき小さな娘》と思っていた。
だが、今日の彼女を見て、自分の思い上がりに気付かされた。
自分は、確かに、彼女に助けられた。
ミゲルも助けられた。
彼女と同じ事が、他の令嬢に出来るだろうか?
か弱く、頼りなく見えるが、それだけではない。
芯を持った女性だ。
彼女は私が思っているよりも、ずっと、大人だ___
◇◇
あれ以来、リーアムはロザリーンに対する見方が変わった。
尊敬の念を持ち、一人の自立した女性として対し、耳を傾けた。
彼女はお喋りではないが、彼女の話す言葉はどれも優しく、思い遣りに満ちていた。
「それはよろしかったですね」
「お忙しいのではありませんか?」
「お寒いのでお気を付け下さい」
ロザリーンに一言でも声を掛けられると、リーアムは不思議と良い気分になった。
そして、彼女が笑うと、胸の中が春の様に温かくなる…
「気付かなかったな…」
彼女の良い面を見つける度に、リーアムの胸は少年の様に高鳴った。
そんな自分に苦笑したが、それでも、止められそうになかった。
だが、一方で、警戒心を持っていた。
本気になるものではない___
傷付くのは一度で沢山だった。
信じていた相手に裏切られる、ミゲルの為に気丈でいたが、
もし、ミゲルがいなければ、自分は立ち直れなかっただろう。
その証拠に、これまで、新しく恋をしようとは思えなかった。
再婚などせずに、ただミゲルの成長を見守り、生きるだけで良いと思っていた。
「ロザリーンは若い、それに、素敵な女性だ…」
そして、自分を愛してはいない___
◇◇
その日、デービス男爵が子息エリオットを連れ、アーヴィング伯爵の館を訪れた。
二人は晴れ晴れとした表情をしていた。
「アーヴィング伯爵のお陰で、間一髪、息子を救う事が出来ました、
いいえ、我が男爵家を救って頂いたと言っても過言ではありません!
何とお礼を言ったら良いか…」
「それでは?」
リーアムが促すと、デービス男爵は大きく頷いた。
「はい、伯爵から伺い、調べさせた所、本当だと分かりました。
カルロスが再婚して以来、娘のロザリーンに会った者はおりません、
館の使用人から聞いた処、後妻のドロレス、その娘たちはロザリーンを嫌い、
使用人にして扱き使っていたそうですよ、半地下の何も無い部屋に入れ、碌に食事も与えなかった様です。
一方、自分たちは家の財産で贅沢三昧ですぞ!」
リーアムは、聞いていた事ではあったが、詳しく聞けば聞く程、怒りが沸いてきた。
「ロザリーンですが、婚約式に一緒に出掛けて以降、一緒には戻って来なかったと言っていました。
それなのに、身を案じる処か、祝杯を挙げていたそうですよ!
全く、非情な者たちだ!直ぐに婚約破棄を申し渡してやりましたよ、
相手は随分ごねていましたが、他にも後ろ暗い事がありましてね、嫌とは言わせませんでした。
あの様な者たちと縁繋ぎになるなど、恐ろしい!」
「僕からもお礼を言います、伯爵のお陰でイザベルと結婚せずに済みました。
情けない事に、僕は彼女の表面上の美しさに惑わされ、彼女の本性に気付きませんでした…
自分の未熟さが恥ずかしいです…」
エリオットの嘆きは、リーアムにとっては共感羞恥だった。
『自分も嘗ては同じ過ちを犯した』とは言えず、無難な言葉を返した。
「若者にはよくある失敗だよ、君だけじゃない。
男爵家の跡取りとして、立派になりなさい、それが父上の恩に報いる事になる」
素直なエリオットは、明るく「はい!」と返事をした。
「実は、伯爵にお伝えした方が良いと思う事が…」
デービス男爵が改まり、神妙な口調で話し始め、リーアムも背を正した。
「ロザリーンには、死亡届が出されていました」
「何だって!?」
予期していなかった事に、リーアムは声を上げていた。
デービス男爵は頷くと、書類を取り出し、リーアムの前に置いた。
リーアムは直ぐにそれを手に取り、目を通した。
「旅の途中に、病で亡くなった事になっています。
館に帰っていない事の辻褄合わせかもしれませんな…」
死亡日時は、婚約式の前日になっている。
原因は急な病…医師のサインもあった。
偽造書類である事は確かだ。
面倒な事になったな…
結婚するには、出生証明、戸籍等、身分を証明する何らかの書類が必要だった。
機会を見て取り寄せるつもりでいたが、死亡届が出されていれば、それも難しい…
「私共でお役に立てる事でしたら、協力させて頂きます」
デービス男爵の申し出に、リーアムは感謝し、幾つか頼む事にした。
◇◇◇◇
43
お気に入りに追加
625
あなたにおすすめの小説
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる