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9 /クリストフ

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わたしはカルロスの事を見抜けなかった。
明るく、社交的で、話し上手、スマートで優しい…
《完璧な男性》だと思っていた。

だけど、実際は違っていた。

心の中では、わたしたち家族を見下していたのだ。
結婚後、わたしに発言権はなく、しかも愛妾まで持つという。
それは多分、マルティーヌだけには止まらないだろう。

それが易々と想像出来るというのに、わたしの心は《無》だった。
何の感情も沸いて来ない。

カルロスを好きだと思っていた、愛しているとさえ…

その気持ちは、何処へいってしまったのだろう?
彼の本心を知り、消えてしまったのだろうか?
それとも、あれは《愛》では無かったのだろうか?

わたしは守護天使の絵を取り出し、眺めた。

最初に見た時、「わたしを護ってくれる」、そんな風に思え、心強かった。

「こうなると、分かっていたのかしら?」

自分の考えに、自分で笑った。

絵は全て持って行くつもりだ。
わたしを勇気付けてくれるものは、家族と絵しか無かった。


◇◇


結婚式の日の朝、わたしは体を清め、用意されていたドレスに着替えた。
純白のドレスで、レースやフリルがふんだんに使われ、スカートは大きく広がり、
小さな宝石が散りばめられている。
見る者を圧倒する、豪華なドレスだ。

「うわぁ!素敵ですねぇ!王女様みたいですよ!」

着替えを手伝ってくれたレディースメイドたちは興奮していた。

わたしとしては、清楚で上品なドレスが良かったが、一度として好みは聞いて貰えなかった。
価値観が違い過ぎる___
これから、もっと、もっと、溝を感じる事だろう。

「口答えしない処が良い所だもの」

耐えてみせるわ。
わたしの愛する家族の為に___

わたしは姿見の自分を見つめ、強く頷いた。


馬車に乗り、町一番の礼拝堂に向かったのだが、
馬車が着くや否や、礼拝堂から修道女が二人、バタバタと駆けて来た。

「どうなさったのですか?」

「つい、先程知らせがあったのですが、結婚式は中止にする様にと…。
詳しくは分かりませんが、今朝方、ガイヤール家に自警団が入り、
ガイヤール卿、夫人、ご子息が連れて行かれたそうです」

ガイヤール家の人たちが、自警団に捕まった?
何か悪事をしていたという事だろうか?
急な事で、全く想像も付かなかったが、つまり…

「結婚式は中止…」

「大丈夫ですか?休まれますか?お気を確かに…」

修道女たちは、茫然と立ち尽くす憐れな花嫁を心配してくれていた。
だが、わたしの内心は逆だ___

それでは、わたしは、カルロスと結婚しなくても良いのね___!

目の前がパッと明るくなった。
援助をして貰えないのは困るが、相手が罪人では話が別だ。
援助などこちらからお断りだ。
今、キッパリと切り離す事が出来た。

「大丈夫です、これから後処理をしなくてはなりませんので、これで失礼させて頂きます。
礼拝堂に来られた方には、説明して頂けますか?」

わたしは修道女に頼み、馬車を走らせ、伯爵家に戻ったのだった。



◇◇ クリストフ ◇◇

「ガイヤール卿は方々で悪事を働いているみたいよ。
騙されて財産を取り上げられた人も多いわ。
それでね、フォンテーヌ伯爵も嘘の投資で騙された可能性があるの」

その名を耳にして、僕はとうとう、絵筆を下ろした。
とても集中出来そうにない。
色の散乱したキャンバスから視線を移すと、姉が神妙な顔でとうとうと話していた。

「ガイヤール卿は以前から、自分の子息を貴族と結婚させたがっていたのよ。
フェリシアに目を付けて、伯爵と親しくなり、偽の投資を持ちかけたのよ。
大金を失えば援助を必要とするでしょう?
それで、結婚を条件にしたという訳___」

姉は得意気だ。
こんな情報を掴んできた姉は、正直凄いと思う。
だが、それは喜べるものではなかった。

「これで、フェリシアとカルロスの結婚を潰せると思わない?」

姉が目を光らせ、ニヤリと笑う。
僕は「はぁ…」と嘆息した。

「思わないよ」

「どうして?これを知れば、フォンテーヌ伯爵は激怒するわよ!
そんな奴の所に大事な娘をやれるかーーー!!てなものでしょう?」

姉は賢い人だが、基本的に大雑把で楽天家だった。
僕は頭を振った。

「姉さん、フェリシアはカルロスが好きなんだよ?
彼の両親がそんな酷い人だと知れば、悲しむよ…
その上、自分の両親に結婚を反対されるなんて…そんなの、耐えられないよ」

フェリシアの胸の内を思うと、胸が痛んだ。
だが、姉は違っていた。

「そうね、辛いわよね…でも、これが事実だわ!
ガイヤール卿は悪人だし、ろくでなしよ!
結婚した後で知れば、もっと傷つくって思わない?
それに、愛し合っているなら、事実を直視するべきだわ。
その上で本当の愛なら、二人で乗り越えていけるわよ」

「確かに、それも一理あるね…」

「フェリシアには知る権利があるわ!そうでしょう?」

「確かにね…」

妙に納得出来てしまった。

「でも、どうやって知らせるの?また手紙を書く?」

「そうね、フェリシアに直接伝えるのは、私も迷っているの。
彼女を支える人が必要でしょう?だけど、私たちはそこまでの関係じゃないし…
だから、まずは、フェリシアのお兄さんに相談しようと思うの」

そういえば、彼女は兄がいると言っていた。

「姉さんは、フェリシアのお兄さんを知っているの?」

「知らないけど、仲良くなるのなんて、簡単よ!任せなさい!」

姉はウインクをした。
姉なら確かに、簡単だろう…
僕は感心し過ぎて、言葉も無かった。


そんな話をしてから、一月近くが経った頃、
姉が家にフェリシアの兄、フレデリクを連れて来た。

「フレデリク、紹介するわね、私の弟のクリストフよ。
フェリシアには秘密にしてね」

姉はフレデリクには僕がアンジェルだと話した様だ。
それはそれで恥ずかしいし、気まずいのだが、当のフレデリクはサッパリとした人だった。

「フレデリクだ、よろしく、クリストフ。
君が話に聞いていたアンジェルとは驚いたな、どうせなら、アンジェルの姿で会いたかったよ。
見抜けないかどうか、試してみたかった」

「あの…騙してしまって、すみませんでした…」

「ああ、いいよ、妹も同性の方が話し易いだろうし、
父が投資に失敗して以来、少し塞いでいたけど、君たちと会って明るくなったよ」

挨拶を済ませると、フレデリクは声を落とした。

「話はルイーズから聞かせて貰った、それで、僕自身も調べてみたんだが…
カルロスも悪事に加担していた。
それに、カルロスには妹の他に、親しくしている女性が三人いた。
中でも、マルティーヌ=ロジャー男爵令嬢は、『結婚後に妾にする』と友人たちに公言している___」

驚くべき事を聞かされ、僕は茫然としていた。

「そんな男に、大事な妹は渡せない。
両親が反対しようと、妹が何と言おうと、俺はこの結婚を阻止するつもりだ」

僕も気持ちは同じだった。
そんなとんでもない一家に彼女が嫁ぐなんて、あって欲しくない!
だけど…

「クリス、フレデリクに協力しましょうよ!
騙された人たちに声を掛けるの、証拠を集めて、皆で領主に訴えるのよ!
結婚式まで一月だけど、力を合わせれば間に合うわよ!」

「でも、フェリシアは望まないかもしれない…
勝手に、結婚を壊されたって知ったら…」

嫌われる…いや、それよりももっと強く、恨むだろう。
項垂れる僕の肩を、姉が掴み、揺さぶった。

「クリス!しっかりしてよ!あなた、フェリシアを愛しているんでしょう?
みすみす、不幸になると分かっていて手を差し伸べないなんて、あなたらしくないし、
そんなの、愛しているとは言えないわ!」

僕らしくない…?

僕はずっと彼女を愛して来た。
遠くから、見つめるだけの愛。

僕の愛は、無償の愛だ。

そう、僕は彼女の守護天使なんだ___!


「そうだね、僕は僕の愛を通させて貰うよ」


天使は我儘でいい。
押し付けの愛でいいんだ。

それで、例え恨まれてもいい。

彼女はいつか、本当の幸せを掴む。

これは、その布石だから…


「フレデリク、姉さん、お願いです、僕に力を貸して下さい___」


◇◇◇◇
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