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4 クリストフ
しおりを挟む◇◇ クリストフ ◇◇
「クリス!あなた、やれば出来るじゃない!」
頃合いを見て、姉のルイーズと一緒にパーティ会場を出た。
馬車に乗り込み、一声がそれだ。
嬉々としてはしゃいでいる姉とは逆に、僕は肩を落とし、「はぁー…」と重い息を吐いた。
「どうしたのよ?彼女と上手くやってたじゃないの!」
姉の目には、そう映っていたのか…
確かに、一言も声を掛けられなかった今までよりは、
認識され、挨拶を交わし、恋の話までした今は、『上手くやっている』のかもしれない。
だけど…
「こんなの、僕じゃないし…」
僕は今、足元まですっぽりと覆う、紺色のドレスを着ている。
つまり、女装をしている訳なんだけど…
僕に女装をさせ、《アンジェル》という架空の令嬢を作り出したのは、当然だけど、この姉だ。
『フェリシアが侯爵家のパーティに出席するって、情報を掴んだわよ!』
そう言って、姉がアトリエに駆け込んで来たのは、数日前の事だった。
実の処、僕はパーティは苦手で、滅多に出た事は無かった。
いつも、こうやって姉が教えてくれるので、その時だけは、顔を出すようにしていた。
彼女が婚約をした今、パーティに出たいとは思わなかったが…
僕は、《守護天使》だから…
彼女の幸せを見届けないと…!と、出席を決めた。
勿論、彼女に声を掛ける気など無かったのだけど、姉の考えは違っていたらしい。
『彼女を前にすると、緊張して声も掛けられないんでしょう?
だったら、誰かを演じればいいのよ!』
『そんなに簡単にはいかないよ、それに声を掛ける気も無いし…』
やんわりと断ったのだが、姉には通用しなかった。
姉はポン!と胸を叩いた。
『大丈夫よ、私に任せなさい!上手くやってあげるから!』
そうして、姉が持って来たのが、この紺色のドレス…
『ドレスをどうするの?』
『あなたが着るに決まっているでしょう?』
『ええ!?僕が着るの!?そんな事、何時決まったのさ!』
『言ったでしょう、演じるのよ、他の人を、あなたは別人になるの!』
『別人は兎も角、女装なんて無理だよ!絶対にバレるから!』
周囲に奇異な目で見られるし、彼女にだって変な目で見られてしまう。
僕は危機感から、これまでになく強く反対したのだが、姉には全く通じなかった。
『大丈夫よ、袖もあるし、首まで隠れるドレスだから、バレっこないわ!
それに、私の腕を信じなさい!』
姉は化粧やお洒落のセンスが良いらしく、周囲の令嬢たちからは憧れられる存在だった。
それが男の僕にも通じると思っているとしたら、不安しかない。
『無理だよ~、絶対に変になるからぁ~』
半泣きで反対する僕に、姉は『はいはい』と受け流し、ドレスを着せて化粧を施した。
そして、金色の長い髪の鬘を被れば…
そこには、自分とは違う、《令嬢》がいた___
『どう?イケてるでしょう?クリスは元々、女顔だもの!楽勝よ!』
姉は得意気に鏡越しに、ウインクをした。
僕は最後の抵抗で…
『でも、背はどうしようもないでしょう?』
僕は、男性にしては低い方だが、女性にしては高い方だろう。
流石の姉も腕組をし、『うーーーん』と唸ったが、『そういう女性もいる!』と結論付けた。
『でも、バレたら~、恥ずかしいよ~、もう、人前になんて出られないよ~~』
『分かったわ、それなら、コレよ!』
姉が取り出したのは、薄い布…口元を隠す為のフェイスベールだった。
口元を覆うと、確かに別人になった。
『周囲の人に変な風に見られたら帰ってもいいわよ、
でも、大丈夫そうなら、彼女に話し掛けるのよ!』
姉に押し切られる形で、パーティに参加した。
時々、「?」という顔で見られる事はあったものの、
存在感を消すのは得意だったので、目立つ事は無かった。
そんな中、フェリシアが会場に入って来た。
白い肌に、明るい緑色の瞳、優し気なピンク色の唇。
清純な彼女を象徴するかのような、淡いピンク色のドレス。
そして、赤味の掛かった金色の髪は、眩い程だ___
彼女がいるだけで、空気が変わる。
彼女から目を離せなくなる。
ぼうっと眺めていた僕は、彼女の隣の男に気付くのが遅れた。
男が声を掛けて来た事でそれに気付き、僕は意を決し、彼等に近付いた。
「カルロス、婚約したんだって?おめでとう!」
「ありがとう、紹介するよ、フェリシア=フォンテーヌ伯爵令嬢だ」
「おお!伯爵令嬢か!すげーじゃん!」
「フェリシア、彼は友人のジャン=ボード男爵子息だ、そうだ、二人で踊って来いよ」
彼が、彼女の婚約者か…
だけど、こんな軽薄そうな男に、自分の婚約者を預けるなんて…
僕なら、絶対に自分の側から離したりはしないのに!
彼女は「お願いします」と礼儀正しく返し、ジャンに連れられ、ダンスフロアに行ってしまった。
喜んで、という感じでは無いが、当然だ。
まだ、二人は一曲も踊っていないのに…
「カルロス!待ってたのよ~!」
驚いた事に、カルロスに馴れ馴れしく声を掛けて来た令嬢がいた。
恐らく、デビュタントを終えたばかりだろう…若く、可愛らしい令嬢だ。
「マルティーヌ、会いたかったよ!」
二人は人目も憚らずに抱擁をした。
「最初のダンスはあたしと踊ってくれるでしょう?」
「勿論さ、フェリシアはジャンに押し付けてやった」
「あはは!可哀想!行きましょう!」
マルティーヌはカルロスの手を引き、ダンスフロアに入って行った。
随分親しげな二人の様子に、僕はただ、もやもや、ムカムカとしていた。
あんな男と結婚して、彼女が幸せになれる筈がない!
僕はそんな使命感に燃えていた。
僕は彼女に恋をしているので、相手が立派な男であっても、気に入る事は無いだろう。
だけど、少なくとも、彼女を一番に大事にする男でなければ、心から祝福する事は出来ない___
ダンスフロアから戻って来たフェリシアは、婚約者が他の令嬢と踊っているのに気付き、愕然としていた。
彼等がダンスを終えるまで、彼女は身動ぎ一つせずに、立ち尽くし、二人を見ていた。
「きゃ!」
誰かが彼女にぶつかったのを見て、僕は咄嗟に彼女の元へ行き、その細い腰を支えていた___
「大丈夫ですか?」
儚げで、人形の様に軽い彼女に、僕は心配になった。
体勢を戻し、僕を見た彼女の顔は…
美しかった___
「姿はどうあれ、中身は紛れもなく《あなた》よ、自信を持ちなさい、クリストフ=マイヤー!」
姉の声で、僕は我に返った。
思い出し、また、ぼうっとしてしまっていた…
「自信を持った処で…彼女は婚約者を愛しているんだから…」
今夜、それを思い知らされた。
あんな男と結婚して、彼女が幸せになれる筈がない!
彼女を一番に大事にする男でなければ、心から祝福する事は出来ない!
なんて、全部、僕の思い上がりだった。
フェリシアはカルロスを愛していて、カルロスに愛される事を望んでいる。
そう、フェリシアはカルロスとの結婚を望んでいるんだ___
「そう…あなたはそれでいいの?」
「彼女が幸せなら、それが一番だから…」
僕はフェリシアに幸せになって貰いたい。
自分がそう出来ないのは悔しいけど、彼女の望みだから、それが叶う事を願うばかりだ。
姉は慰める様に、僕の肩を擦ってくれた。
これで、フェリシアとはお別れをするつもりだった。
彼女の事を忘れるなんて出来ないし、忘れたくないけど、
彼女への想いは閉じ込めて、心の奥に仕舞うつもりだった。
彼女が結婚したら、誕生日に絵を贈る事も止めにすると決めて…
だが、思いがけず、パーティから一週間後、フェリシアから手紙が届いた。
《マイヤー男爵令嬢ルイーズ、アンジェル》
ルイーズの名が書かれていたから届いたのだろう。
パーティで助けて貰った事への令状、それから、刺繍のハンカチが二枚入っていた。
一枚はルイーズ、もう一枚はアンジェルにだろう、イニシャルも入っている。
ルイーズには、豪華絢爛な薔薇、アンジェルには清楚な紫色の小花だった。
二人の好みを見抜き、刺繍してくれた様だ。
「まぁ!私にもあるの!うれしいわ!それにしても、見事な刺繍ね!」
姉は喜んでいた。
姉は不器用で、刺繍の類は苦手だったので、頻りに感心していた。
僕はそっと指先で刺繍を辿った。
彼女が一針一針、刺してくれたのだと思うと、封じ込めようとした想いは簡単に蘇ってしまった。
フェリシアが好きだ…
どうしようもなく、彼女が好きなんだ___
ハンカチを握りしめて涙する僕を、姉がどう思ったのか…
それを知ったのは、翌週になる。
「クリス!今日のお昼にはフェリシアが来るから、準備しましょう!」
「え??」
突然の事に、僕の頭は混乱した。
フェリシアが来る!?
準備って!??
どういう事!??
「ドレスと鬘は用意してあるわ、さぁ、もたもたしない!
フェリシアが来る前に、アンジェルになるのよ!」
えええええーーーー
◇◇◇◇
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