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あれは、わたしが十歳になった年だった。

侯爵家で十歳前後の令息令嬢を集めた、ガーデンパーティが開かれ、わたしも招かれたのだ。
恐らく、親同士の顔合わせ、将来の結婚相手の品定め…そんな所だろう。
勿論、子供たちには関係の無い事で、無邪気にパーティを楽しんでいた。
駆け回る令息たち、綺麗に着飾り得意気な令嬢たち、料理に夢中の子たちも珍しくはない。

わたしは同じ年頃の、大人しそうな令嬢に声を掛け、会話を楽しんでいた。
ピアノの話や、刺繍の話、家族の事、十五歳になると貴族学院に行くとか…そんな話だっただろう。

大きなケーキが運ばれて来て、場が「わっ」と盛り上がった時だ。
わたしは何故だか、ふっと、後ろを振り返った。
遠くに、走って行く男の子たちの姿が見えた。

二人の男の子たちが、何か言いながら走って行き、その後を小さな男の子が追い駆けていく。
その後ろからはもう一人、男の子が走って来て、小さな男の子を追い抜いて行った。

「意地悪をされているのかしら?」

わたしは心配になり、その場をそっと離れた。
追い駆けて行く途中に、男の子たちが戻って来た。
わたしの事など目に入っていない様で、大きな声で話している。
「泣くとか、男らしくないよなー」「あいつ、女なんじゃね?」「それより、早く戻ろうぜ、腹減った!」

わたしは嫌な気持ちになり、足を急がせた。
少し行くと、花畑が広がっていた。

「きれい…」

思わず見惚れそうになったが、その手前で蹲り、泣いている小さな男の子に気付いた。
「わんわん」と声を上げて泣くのではなく、「ぐすぐす」と背中を震わせて泣いている。
可哀想で胸が締め付けられた。

「どうしたの?泣いているの?」

わたしはそっと近付き、声を掛けた。
柔らかそうな金色の頭がビクリとした。
わたしは側に座り、覗き込んだ。

「意地悪をされたの?」

薄い青色の目は、涙に濡れて潤んでいる。
小さな鼻に小さな唇…
男の子たちが、『あいつ、女なんじゃね?』と言っていたが、それも頷ける程に、可愛らしい男の子だった。

「絵を、捨てられたの…」

彼が小さく零し、花畑を指差した。

「それなら、一緒に拾いに行きましょう」

わたしは彼の小さな手を握り、立たせた。
思っていた通りで、わたしよりも凄く小さな子だった。
こんな小さな子に意地悪をするなんて!と怒りたい気持ちだった。

わたしたちは花畑から、くしゃくしゃに丸められた紙を幾つか拾った。
芝生の上に座り、わたしは手にしていたくしゃくしゃの用紙を、慎重に広げていった。
そこに現れたのは、パステルで描かれた子犬の絵だった。

「まぁ!これは、犬ね!可愛いわぁ!」

頭を傾げた様子や、そのあどけない表情が、何とも可愛らしく、わたしは声を上げていた。
わたしが手放しで褒めたからか、パーティ会場に戻った時に、彼が言ったのだ。

「これ!くしゃくしゃだけど!も、もらってください!」

差し出されたのは、わたしが褒めた子犬の絵だった。

「ありがとう、大切にするわ!」


古い、古い、記憶___

子犬の絵は、館に帰ってから家族に自慢し、使用人の人たちにも見せて周り、そして、大切に引き出しに仕舞った。
そうして、忘れていたのだけど、翌年、十一歳の誕生日に、差出人不明のパステル画が届き、再び思い出した。

「もしかして、あの子から?」

でも、どうして、わたしの事が分かったのかしら?
住んでいる場所や名前、それに、誕生日まで…
不思議で、わたしはまるで魔法みたいだと喜んだ。
尤も、周囲の大人たちは違っていた。

「気味が悪い、変質者かもしれん…」
「気を付けた方がいいわ…」
「絵は捨てなさい!」

散々責められたが、わたしは絵を抱き締め、「嫌!絶対に捨てない!」と泣いて抵抗した。
それで、様子を見るという事で、絵はわたしの物になったのだった。
二年、三年目までは、両親も警戒していたが、毎年になると慣れてしまった様で、「捨てなさい」とは言わなくなった。
「誰かは知らないが、分かっても近付くんじゃないよ」とは、時々言われるが、わたしは《あの子》だと思っていたので、気にしなかった。

離れていても、繋がっている…
そんな気がして、誕生日には、いつも彼との事を思い出した。

「それなのに、どうして、今年は無かったのかしら…」

酷く残念に思う。
純粋に、彼の描く絵が好きという事もあるが、
恒例だったので、それが無くなると、見捨てられたみたいに思えるのだ。

「わたしより、何歳か年下の筈だから…貴族学院に通っていて、忙しいのかしら?
大人しくて、賢そうだったもの、きっと、そうね!」

わたしは自分に言い聞かせて忘れる事にした。


◇◇


カルロスから何か連絡は来ないかと待っていたが、一向に音沙汰は無く、わたしは更に不安になった。

このまま連絡が来ず、結婚が無くなってしまったら、どうしよう!

つい、悪い事ばかりを考えてしまい、日々、落ち込んだり、溜息を吐く事が増えていた。
そうして、誕生日から一週間目、わたしの元に贈り物が届けられた。

「フェリシア様!届きましたよ!待っていた贈り物です!」

アンナが包みを持って部屋に入って来た時、わたしはカルロスからの物と信じて疑わなかった。

「ありがとう!ああ!良かった!」

「そんなにお喜びになるなんて、きっと喜びますよ、誰かは分かりませんけど」

「え?」

わたしはついと、その包みに目を落とした。
それは、薄い小さな四角い包みで、表に住所とわたしの名が書かれていた。

《フォンテーヌ伯爵令嬢フェリシアへ》

見慣れた文字に、わたしは一気に気が抜けていた。

「それでは、あたしはこれで」と、アンナがニヤニヤとしながら部屋を出て行った。
「違うのよ!」と言い掛けたが、既に扉は閉められ、届く事は無かった。
わたしは嘆息し、包みに向かった。

「カルロスからじゃなかったのね…こんな、紛らわしい事をするなんて…
でも、一週間遅れるなんて…わたしの誕生日を忘れたのかしら?
それとも、やっぱり、忙しかったのかしら?」

忙しい中でも、絵を描き贈ってくれたのだと思うと、
先程まであった残念な気持ちは、綺麗に消え去っていた。
わたしは明るい気持ちで、包みを解いた。

「っ!!」

それを見て、わたしは思わず息を飲んでいた。
本の大きさ程の小さなキャンバスに描かれていたのは、右手に剣を持つ、美しい守護天使で、
暗闇の中、白く輝いている___

「素敵…」

思わず感嘆が漏れた。
そして、同時に、胸が締め付けられた。

これまでの絵は、動物や風景だったのに…
守護天使なんて、初めてだ。
神々しくて、力強い…

まるで、心を見透かされているみたい…

「わたしを励ましてくれているみたい…」

絵を見ていると胸に沁み、涙が零れた。


◇◇


守護天使の絵に励まされ、わたしは自分からカルロスに連絡してみる事にした。
丁度、招待されていたパーティがあったので、エスコートという名目があった。
早速、カルロスへ手紙を書き、届けて貰った。
返事は早く、「喜んでエスコートさせて貰うよ、楽しみにしているよ」と二行で終わり、他には何も触れていなかった。
それでも、返事があり、快諾してくれたのだから、喜ぶ事にした。

「久しぶりに会うのだし、楽しみだわ!」

ドレスを新調する事は出来ないが、自分に一番似合うドレスを選び、着替えて確かめた。
ドレスに合わせて、靴や宝飾品を選ぶ。
それから、アンナと髪型や化粧の事で話し合った。


そうして、翌週、万全の準備を整え、パーティに臨んだのだった。

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