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エピローグ
運命は廻りつづける
しおりを挟むファストゥルース王国の北部には、《クラスフォレ》という大きな町があり、
その大通りには、評判の仕立て屋が在った。
《プティ・ソフィ》
大通りの外観に合わせた煉瓦造り、赤い屋根の建物で、
一階は店、二階が工房、三階が住居になっている。
店が開かれたのは二年前だが、目新しいデザイン、異国の生地、センスの良さ、
仕事の速さ、良心的な価格…等々、直ぐに評判は広まり、店はいつも賑わっている。
一階の店では常時二、三人、若い女性が就いていて、受付、採寸、受け渡し等を行っている。
女主人のソフィは、店に顔を出す事もあるが、工房に居る事が多く、
ほとんどを彼女たちに任せていた。
「このお店は、ご夫婦でされているのよね?」
客に聞かれ、店員のアンナは感じの良い笑顔を見せた。
「はい、旦那様がオーナーで、奥様のソフィ様が店長をされています。
店のドレスのほとんどは、ソフィ様がデザインされた物です。
二階は工房、旦那様と奥様は三階にお住みです」
「本当ね、ミシンの音が聞こえているわ」
客の夫人は面白そうに耳を澄ませた。
アンナは笑顔で頷きながらも、工房の者たちとは会った事が無いわ…と考えていた。
店が開く時間よりも、工房の仕事が始まる方が早く、そして仕事終わりも遅いのだ。
どんな人が働いているのかと、店員たちの間では噂になっていた。
奥様お一人で作っていらっしゃるのかしら?
もしかしたら、あの素敵な旦那様が作っていらっしゃるのかも…
だが、幾ら尋ねても、覗こうとしても、待ち伏せをしても、成功した者はいなかった。
「ドレスをご覧になられますか?こちらです、どうぞ…」
客を案内した後、アンナは表扉から入って来た夫人に気付いた。
何度かドレスを注文していて、月に一度は顔を見る、お得意様だ。
「いらっしゃいませ、サンチェス夫人」
「この間、お願いしたドレスが評判良くてね、また是非お願いしたいの、
ソフィに会えるかしら?」
「はい、お待ち下さい」
アンナはカウンターの脇の紐を引いた。
カランカラン…
ソフィが工房に居る時には、ベルを鳴らして知らせるのが習慣だった。
最初言われた時には、一階で鳴らしたベルが、二階まで十分に届くだろうか?
工房の音に掻き消されはしないかと不安だったが、
ソフィは「わたしは耳が良いから」と意図も簡単に言ってのけた。
そして、その言葉通り、ソフィがベルを聞き逃した事は、一度として無かった。
少しして、二階からソフィが降りて来た。
ソフィは二十歳と言っていたが、染みの無いその白い肌は張りと艶もあり、
年よりも少し若く見えた。
艶のある赤毛をシニヨンに結い、シンプルだが品の良い深い緑色のドレスを身に着ている。
工房に居ても、店に出る事もあり、きちんとした装いでいなくてはいけないが、
彼女はそれ以上に、気品があり、洗練されていて、立ち居振る舞いも貴婦人さながらなのだ。
奥様はとてもお若いのに、ご立派だわ…彼女は店員たちの憧れだった。
「店長、サンチェス夫人がお見えです」
「サンチェス夫人、いつもありがとうございます、ドレスはいかがでしたか?」
「ああ、ソフィ!大満足よ!皆から褒められたわ、夫も気に入ってくれてね、
それで…今度はもう少し、大胆なドレスにしてみようかと…」
「冒険なさりたいのですね、それでは、あちらで、お聞かせ下さい」
ソフィが緑色の瞳をキラリとさせ、夫人を椅子へと促した。
客の考えを読むのが上手なのか、ソフィは客の心を掴むのが上手かった。
流石、ソフィ様だわ…
この仕事は決まるだろうと確信し、アンナは紅茶を淹れに奥へ向かった。
◇
二階の工房には、いつも鍵が掛かっている___
だが、ソフィは鍵を使わずに入る事が出来た。
その扉を開いた先は、工房は工房であっても、別空間だった。
広い部屋に机がズラリと並び、ミシンが並び、
沢山の背の低いフードを被った者たちが、働いている。
「皆!新しい注文が入ったわ!」
『注文!注文!』
『良かったですね、奥様!』
「ありがとう!きっと、素敵なドレスになるわ!皆、力を貸してね!」
『力貸す!』
『働く!働く!』
フードの者たちは喜び飛び跳ねた。
ソフィはそれに満足し、注文書を抱きしめる。
だが、不満な者が一人だけ居た___
「ソフィ、働き過ぎだ、少しは私の相手をしろ」
ソフィを後ろから抱きしめ、顔を摺り寄せてくるのは、会えば誰もが見惚れる…
彼女の夫、エクレールだ。
「約束でしょう?三年働いたら、一年休む、その間はあなただけのソフィよ」
三年働いた後、店は閉める。
そして、他の土地、知らぬ町へと移り住むのだが、それには勿論、理由がある。
魔王である夫と魂が繋がるソフィは、老いる事が無く、一処には居られないのだ。
永遠に若くいられるのは良いが、人間界に住むには少々不便だった。
「後一年か…長い…」
1000年以上生きている魔王が、一年の時間に不満を漏らす…
これを知っているのは、ソフィと城の者たちだけだ。
「あら、今だって、仕事以外の時間は全部あなたに捧げているわ!まだ足りないの?」
「足りない、ずっと、おまえを抱いていたい、おまえが居ないと寂しい…」
寂しがり屋なのか?それとも、妻を溺愛している所為なのか?
ソフィは幸せに口元を緩ませつつ、提案した。
「それなら、良い案があるわよ、エクレール」
「なんだ?」
「わたしたちの子を持つの!」
「子か…」
魔王は子供が苦手で、小作りには難色を示していた。
「寂しいなんて思う時間は無くなるわよ?
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「ふん、子供になど夢中になるか、私は魔王だぞ」
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その言葉に、魔王の赤い目がキラリと煌めいた。
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「わたしは、あなたにそっくりの、息子が良いですわ」
「ならば、どちらもだ!行くぞ、ソフィ」
魔王がソフィを抱き上げる。
ソフィは笑いながら、唇を寄せ、甘く囁いた。
「駄目です、夜まで待っていて、旦那様♡」
《END》
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