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本編

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家族のセーターは編み上がり、年の終わりに贈った。
両親も休暇で寄宿学校から帰って来ていたジョシュアも喜んでくれた。

セーターを編んだ残りの毛糸を使い、レナと仲間たち妖精用に、
小さなマフラーを編んで贈った。
これも喜んで貰えた。


年が明け、わたしはとっておきの毛糸で、もう一枚、セーターを編み始めた。

灰色掛かった深い青色の毛糸は、目に優しく気品があり、
この毛糸を見た時、ラウルの姿が浮かんだ。

サイズは分からなかったので、ジョシュアの物よりも一回り大きく編む事にした。


◇◇


ラウル用のセーターが仕上がった頃、
わたしはジェシカから、バーナード家の食事会に招かれた。

ジャンとの顔合わせや、結婚式の事で話がしたいとの事だったが、
隣町まで行くには、わたしの体調が不安だったで、バーナード家で会う事にしたのだ。

その日の昼近く、牧師館まで、ラウルが車で迎えに来てくれた。
ジェシカとジャンは翌日の昼に隣町に帰る事になっていて、バーナード家で一泊する。
わたしも泊まって行く様にジェシカに誘われたので、宿泊用にトランクを用意していた。
他にも、バーナード家への土産に手作りのカップケーキが入った籠、
そして、もう一つ、包みを持っていた。
ラウルはトランクと籠を持ち、「それも貸しなさい」と包みに手を伸ばしたが、
わたしは「これはわたしが持ちます」と断った。

牧師館からバーナード家までは、然程離れてはいない。
車ならば尚更に、あっという間に着いた。

「ラウル先生、これは、いつもお世話になっているお礼です。
祭典の時も車で送って頂きましたし、倒れた時にもご迷惑をお掛けしたので…」

わたしは膝に置いていた包みを、ラウルに差し出した。

「気を遣う必要は無い、車で送ったのは、ジェシカを誘ってくれた礼もあるし、
都合が良かったというのもある。それに、当然の事をしただけだ」

「それでも、わたしは助かりました、わたしの気持ちです。
受け取った後は好きにして頂いて構いませんので、今は、どうか、受け取って下さい」

受け取って貰えなかったら、どれ程悲しいだろう?
せめて、一目だけでも見て欲しい。
ラウルにと選んだ毛糸で、彼を想い編んだのだから___

「君は従順そうに見えて、その実、頑固だと自覚しているかい?」

「いいえ…」

だが、強引にもなるだろう。
わたしに残された時間は少ない。
《いつか》など、この先、来ないかもしれないのだ___

「ありがとう」

ラウルは包みを受け取ってくれた。
わたしは安堵し、無意識に息を吐いていた。

「開けてもいいのかな?」
「はい!」

驚く事に、ラウルはその場で包みを開いてくれた。
包みから現れた毛糸の編み物に、ラウルはその大きな手でそっと触れた。

「セーターです、先生に似合う毛糸をみつけたので…わたしが編みました。
サイズは分からなかったので、合わないかもしれませんが…」

「ありがとう…」

だが、言葉とは裏腹に、ラウルの表情は暗く、喜んでいる様には見えなかった。
わたしは不安になり、自信喪失していた。

「あの、本当に、気に入らなければ、構いませんので…
でも、毛糸は暖かいので、ひざ掛けにもなりますし、寒い夜には温まると思います…」

「僕は早くから寄宿学校に入っていてね、同じ部屋の子たちが帰省する度に、
母親や祖母が編んでくれたと、セーターや帽子、マフラーなんかを持ち帰っていた。
皆、暖かそうでね、その時だけは、僕も少し羨ましくなった…
それを思い出してね…」

ラウルが小さく自嘲する。

ラウルは家に居場所が無かったと言っていた。
帰省は出来なかったのかもしれない、仕送りも十分には無かったのかも…
どれだけ寂しく孤独だっただろう___!
わたしは彼を抱きしめたい衝動に駆られた。
車の中でなければ、きっと、そうしていただろう…

「君のお陰で、子供の頃の願いが叶ったよ、ありがとう、シャーリー」

ラウルがわたしに顔を向け、笑みを見せた。
わたしは込み上げて来るものを必死で抑え、頷き、笑みを返した。

毎年、彼にセーターを編むと、約束出来たらいいのに___


子供時代は、良くバーナード家にジェシカを訪ね、遊びに来ていたので、
家族は皆、わたしを知っていた。
今日は平日という事もあり、ジェシカの祖父のヴィクトルは診療所で、姿は無かった。
代わりに、祖母のカメリア、母ロラ、昼休憩で農園から戻っていた、父マチューと
兄アレクシが迎えてくれた。

「シャーリー!良く来てくれましたね」
「いらっしゃい、シャーリー、久しぶりね!」
「いらっしゃい、来てくれてうれしいよ、いつもジェシカが世話になっているね」
「やっと来たね!ジェシカがソワソワして待ってたよ!」

皆、気さくで気の良い人たちだ。
バーナード家はいつも賑やかで明るく、わたしの気分を明るくさせてくれた。

「お招き下さりありがとうございます、カップケーキを持って来ました。
わたしが焼いた物です…」

わたしはロラに籠を渡した。

「ありがとう、シャーリー、焼いて来てくれたの?久しぶりね、うれしいわ!
お茶の時間か、晩食のデザートがいいかしら?
ああ、ラウル、昼食を食べて行ってね!」

ラウルも今日は仕事だが、昼休憩を兼ねて送ってくれていた。
ロラはバーナード家で昼休憩をする様に、念を押し、籠を持って食堂へ行った。

「シャーリー!来てくれてありがとう!」

家族の挨拶が済むのを待ち、ジェシカがわたしを抱擁した。

「紹介するわね、私の婚約者のジャン=カザリルよ。
ジャン、彼女が私の親友、シャーリー=デュボアよ!」

ジェシカが紹介してくれ、わたしはジャンと握手をし、挨拶を交わした。

「ジャンです、あなたの事はジェシカから良く聞いています」
「シャーリーです、ご婚約おめでとうございます、ジェシカをよろしくお願いします」

ジャンは痩せているが、身長は高い、素朴で真面目そうな青年だ。
「良い人そうね」と、わたしはこっそりジェシカに耳打ちした。

「シャーリーの部屋は?」と、トランクを持ったラウルが促すと、
ジェシカが悪戯っ子の様に目を光らせた。

「シャーリー、部屋は私と一緒で良い?
昔みたいに、蝋燭と星の灯りで、遅くまでお喋りをするの!素敵でしょう?」

「ええ!わくわくするわ!」

悪戯を企むわたしとジェシカを、周囲は「やれやれ」と、子供を見る様な目で眺めていた。

食堂に集まり、皆で昼食を食べた。
豆のスープに、ローストビーフや野菜を挟んだボリュームのあるサンドイッチ。
農園をやっている事もあり、バーナード家の食事はいつも量が多く、
わたしには重く感じられた。
その事は皆も良く知っていて、「無理はしなくていいのよ」「残してもいいから」と言ってくれた。

話の中心にいるのは、お喋りなジェシカだが、兄のアレクシも実は良く喋る人だ。
この二人が一緒の時は、絶え間なく話題が続いた。
カメリア、マチュー、ロラは慣れていて、微笑み見守っている。
ジャンはそれ程お喋りでは無い様だが、にこやかで感じの良い相槌を打ち、
良く笑っていた。すっかり家族に馴染んでいる様だ。

ラウルも自分から喋る事は無かったが、皆が彼に話し掛けていた。
その度に、丁寧に真面目に、時に軽口を交え、答えていた。
彼もまた、バーナード家の一員に見えた。

わたしはそれを微笑ましく眺め、
久しぶりに食べるバーナード家の豆スープに、舌鼓を打った。


「それでは、僕は診療所に戻ります」

食事を終え、ラウルが席を立つ。

「ラウル、今日はジャンとシャーリーが来ていますから、あなたも泊まって行って頂戴」
「ジャンとシャーリーの歓迎に、晩食はご馳走を作るわ!」

カメリアとロラに誘われ、ラウルは「はい、そうさせて貰います」と頷いた。
ジェシカは「見送りに行きましょう!」とわたしを誘い、ラウルの後を追った。

「ラウル兄さん、お仕事頑張ってね!」
「ああ、ありがとう」

ふと、ジェシカの目が、助手席に置かれた包みに留まった。

「ラウル兄さん、それは何?」

わたしはドキリとしたが、ラウルはさらりと交わした。

「これは僕のだ」
「また贈り物を貰ったの?メリッサ?それとも、マリー?リビア?」
「ジェシカ、あまり詮索するものじゃない、ジャンに言い付けるぞ」
「ラウル兄さんの意地悪!!」

ラウルは気にせず、車を発進させると、瞬く間に門を抜けて行った。

「逃げ足が速いんだから!あれは、絶対に贈り物よ!」
「どうして分かるの?」

大仰に見えない様に、普段使いの質素な紙で包んでいた。
リボンやメッセージも付けてはいない。
だが、ジェシカは腕を組み、胸を張った。
これは、自信がある時の、彼女のお決まりのポーズだ。

「ラウル兄さんは必要な物以外は買わないの、ここに居着く気は無いから…
私たちとも上手くやっているし、この町にも慣れたみたいだけど、やっぱり、
研究所の方が良いのよ…分からなくは無いけどね。
お祖父ちゃんの代わりの人を見つけたら、出て行くと思うわ…」

ラウル先生が、この町から居なくなる___!?
今まで楽しい気分で居たというのに、それを想像しただけで、目の前が暗くなった。

「でも、贈り物を大事に持っている所を見ると、まだ望みはあるかもね?
一体、誰に貰ったのかしら?」

「その…メリッサとマリーとリビアは、ラウル先生と親しいの?」

メリッサは三十代半ばの未亡人、マリーは二十代後半で独身、
リビアも独身だが、三十歳を超えている。

「ラウル兄さんの妻の座を狙っているみたいよ、しつこく診療所に出向いたり、
果物やケーキを持って来たり、用も無いのに往診に呼んだり…全く迷惑なのよ!
ラウル兄さんの心を射止めるのが、あの人たちじゃなきゃいいけど!」

ジェシカは顔を顰める。
わたしは自分の行いを振り返り、居た堪れなくなった。

わたしも診療所に、ビスケットを焼いて持って行った事がある。
ラウルに直接渡した事もある。
彼が小道を通るのを待ち伏せ、話し相手になって貰う事も屡々だ。
仕事の邪魔をしていると思われても仕方が無い。
それに、贈り物を渡そうとした時、ラウルは断ろうとしていた。

胸に重い物が落ちた様に感じられた。

「シャーリー、エーヴを知ってる?
お祖母ちゃんとお母さんは、彼女をラウル兄さんにと考えているみたいよ。
まぁ、彼女なら許すわ、ラウル兄さんとお似合いだと思わない?」

エーヴは牧場の娘で、独身、二十代半ばだ。
男勝りだが、働き者で、しっかりしていて、周囲の評判も良かった。

「ええ…そうね、お似合いだわ…」

わたしは答えながらも、少しも気持ちが入らなかった。

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