上 下
14 / 29
本編

11

しおりを挟む


ラウルの指示通りに、わたしはなるべく食事を摂る様にし、
体を冷やさない様にし、安静にし、良く眠るよう心掛けた。

その甲斐あってか、体調は徐々に良くなってきていた。
わたしは両親に「体調は良くなった」と言っていたが、全快という訳では無かった。
だが、本当の事を言えば、祭典には行かせて貰えないだろう___

「シャーリー、祭典の日は、ラウル先生が車で送ってくれるそうよ!」

母がラウルを従え、うれしそうに部屋に入って来た。
わたしが婚約者と会う事に関しては、母も賛成だった。
ラウルが送ってくれるのであれば、わたしも疲れずに済むが、甘えてしまって良いものか…
わたしは逡巡した。

「ラウル先生、本当によろしいのですか?」

「ああ、構わない、途中、ジェシカを拾って宿まで届ける事になっているんだ、
君も一緒の方が良いだろう」

ジェシカとは、フィリップが予約してくれている、隣町の宿屋で落ち合う事になっていたので、
確かに都合が良かった。それに、この方が両親も安心だろう…

「はい、ありがとうございます…あの、本当に、助かります…」

「気にする事は無い、それよりも、当日まで十分に安静にしていなさい、
少し良くなったからといって、無理をしてはいけない___」

ラウルの言葉に、母も頷いた。

「そうよ、シャーリー、当日までは安静よ」

全快とまでいかないわたしは、ベッドで過ごす口実が出来、安堵した。

ラウルは何故、わたしが必要としているものが分かるのか…
本当に、魔法使いだわ…!


◇◇


祭典の日の朝、わたしは気怠さを覚え、額に手を当てた。
微熱を感じ、嘆息する。
昨夜までは体調は良くなっていたが、恐らく、精神的な負担からだろう。

「《妖精の薬》を使おうかしら…」

両親に気付かれては、止められてしまう。
両親が気付かなくても、ラウルは気付く…

わたしは小瓶に入った黒い粒を眺め、迷っていたが、
意を決し、蓋を取り、手の平に転がした。

「今日、フィリップに会って、話をするわ」

夏に結婚したいと話そう。
もし、フィリップが提案を拒んだ時は、子供は諦めよう…

わたしは黒い粒を口に入れ、水で流し込んだ。

お願い、わたしに力を貸して___!





《妖精の薬》は驚く程、効果があった。

飲み込んだ瞬間、わたしはそれを実感した。
頭はスッキリと晴れ、体は驚く程軽くなった。
気持ちが良く、力が漲っている___

「凄いわ!流石《妖精の薬》ね!」

ただ、一月分の命が削られるというのは、大きな痛手だった。

「仕方ないわ、大事な日だもの___」

《妖精の薬》のお陰なのか、不安も感じなかった。
それ処か、わくわくとすらしていた。


「お父様、お母様、お早うございます!今日はとっても気分が良いの!」

わたしは笑顔で台所へ行き、卵を焼いた。
紅茶を淹れ、席に着くと、籠からパンを取り、頬張った。

そんなわたしに、両親は目を丸くしながらも、喜んでいた。

「ああ、本当に元気そうだね、シャーリー」
「うれしいわ!あなたはきっと、神様に愛されているんだわ!」
「そうだね、神よ、感謝します___」

わたしは心の中で、『いいえ、妖精よ』と答えておいた。


食事を終え、少しして、ラウルの車が表の通りに停まった。
牧師館までは道が狭いので、教会の脇に停めた様だ。
わたしはドレスや必要な物を詰めたトランクを手に、両親に「行って参ります!」と言い、
玄関を出た。

ラウルが走って来たかと思うと、わたしの手からトランクを奪い取ったので、
わたしは驚き息を飲んだ。

「!?」

「大人しく待っていなさい」

ラウルの青灰色の目が、咎める様にわたしを見たので、更に驚いた。

「自分で運べますわ、わたし、今日はとても調子が良いんです!」

わたしは胸を張ったが、ラウルには通じなかった。
彼はトランクを返す素振りも見せずに歩き出した。

「調子が良いからと調子に乗っていると、痛い目をみるぞ」

ラウル先生は心配性だわ!

「大丈夫です!今日のわたしは空も飛べそうなの!」

わたしは明るく言ったが、ラウルは頭を振った。


車に乗ってからも、わたしは自分が如何に元気かをアピールしようとしたのだが、
ラウルは「分かったから、着くまで寝ていなさい」と、相手にしなかった。
わたしは眠った振りをし、景色に目を馳せていたが、チラリと隣のラウルを伺った。

真っすぐに前を見て、無表情で運転している。
真面目で、少し気難しそうに見える。
少し大人だけど、端正な顔をしているわ。
それに、手も大きい…

ラウルが嘆息した。

「気が散るから、僕を見るのは止めなさい」

気付かれていないと思っていたが、気付いていた様だ。
わたしは恥ずかしくなり、赤くなる顔を前に戻した。


ジェシカが勤める店の前に車が着いた。
祭典の日という事もあり、沢山の人が行き来している。
「ここで待っていなさい」とわたしに言い付け、ラウルは車から降り、ジェシカを迎えに行った。

ジェシカは着替え終えており、
フリルが少なめな淡い青色のドレスに、髪も結っていて、いつもよりも大人に見えた。
宿泊用のトランクは、ラウルが軽々と持っていた。

「シャーリー!遠かったでしょう、大丈夫だった?」
「ええ、ラウル先生とこの車のお陰で問題無かったわ、
それより、ああ、ジェシカ!とっても素敵よ!」
「うふふ、ありがとう!宿に着いたら、あなたも変身させてあげるわね!」


宿屋に着くと、使用人が出て来て荷物を運んでくれた。
ラウルはそのまま行くと思っていたが、わたしたちと一緒に車を降り、
宿屋でわたしたちの受付を済ませ、鍵を預かり、部屋まで付いて来てくれた。
彼は保護者の役を果たしていたのだ。

「二人共、淑女としての品位を損なう事はしないと誓いなさい」

わたしとジェシカはチラリと目を合わせてから…

「「はい、誓います」」

真剣な顔で誓ったのだった。

「鍵を掛けるのを忘れない様に」
「「はい」」
「知らない者には付いて行かない様に」
「「はい」」
「明日の朝、迎えに来るまでに用意をしておきなさい」
「「はい」」

ラウルは満足したのか、頷き、部屋を出て行った。
わたしとジェシカは、彼の気配が消えたのを確認し、二人で顔を見合わせて笑った。

「ラウル兄さんってば!今がいつの時代か分かっていないのよ!」
「きっと、貴族令嬢としかお付き合いされないんだわ!」
「確かにそうね!伯爵子息様だもの!
さぁ、お堅い伯爵子息様は居なくなったし、早く着替えて出掛けましょう!」





「いい感じよ、シャーリー!」

ジェシカはわたしの着替えを手伝ってくれ、その出来栄えに満足の意を見せた。
それから、自分のドレスのスカートを持ち上げ、足を見せた。
いや、見せたかったのは足先、深い青色の靴だろう。

「シャーリー、この靴どう思う?」
「色も素敵だし、銀色の飾りがお洒落ね、ドレスにも似合っているわ!」
「ふふ、これね、ジャンが作った靴なの」

ジェシカの恋人であるジャンが、靴職人だという事を思い出した。

「良かったわね、ジェシカ!」
「ふふ、今日、彼と踊るのよ!」

ジェシカはわたしの手を取ると、うれしそうにくるくると回った。


わたしたちは宿を出た。
フィリップとの待ち合わせの時間にはまだ早く、わたしたちは大通りの出店を見て歩いた。
祭典という事で、各地から行商人が集まり店を出していて、珍しい物が沢山あった。
音楽隊による勢いのあるリズミカルな演奏、派手な衣装を纏った踊り子たちの踊り、
ラッパを吹き鳴らし、大きな玉の上を歩く道化師…
パレードは、わたしたちの目と耳を惹きつけ、離さない。
子供たちは駆け寄り、一緒に歩いたり踊ったりしている。
それに、人々の歓声や笑い声…楽し気な雰囲気が溢れている。

「こんなお祭りを見たのは初めてよ!何て素敵なの!」

フィリップに誘われた時は、ただ、彼に会う事だけが目的だった。
実際に目にすると、それだけでは勿体ないと思わされた。

「ここに来られて良かったわ!」

一度も経験せずに終われば、さぞ虚しかった事だろう。
いや、《虚しい》という事にも気付かなかった。
《妖精の薬》を使って正解だった___

「体調が良くて良かったわね、シャーリー。
でも、今日のあなたは、本当に元気そうだわ!」

ジェシカも驚く程に、わたしは元気だった。
わたしは笑顔を見せた。

「今日は特別な日だもの!」


時間になり、フィリップとの待ち合わせ場所に向かった。
広場の噴水の前だが、ジェシカが居たので迷う事無く、辿り着けた。

「やぁ、シャーリー、ジェシカ、良く来てくれたね!」

フィリップが爽やかな笑みを見せ、歓迎してくれた。
祭典では、若者たちは皆お洒落をしている。
女性はドレス、男性は貴族風の衣装で、マントや剣を持っている者が多い。
フィリップもそれに倣い、白い貴族風の衣装に黒いブーツ、青色のマントを着けていた。
まるで王子の様で、見惚れてしまう。

「招待して下さってありがとう、フィリップ」
「そのドレスいいね、今日の君は輝いてるよ、シャーリー」
「ありがとう、ジェシカが作ったドレスなの、貸して貰ったのよ」

わたしがジェシカの腕を取ると、彼女は得意気な笑みを見せた。

「凄いね、ジェシカも似合ってるよ、二人共、何か食べる?」

フィリップは誘ってくれたが、ジェシカは断った。

「ごめんなさい、私は遠慮するわね、二人で楽しんで!」
「ジェシカ、気を遣ってくれなくていいのよ?」

わたしは、ジェシカを独りにしてしまってはいけないと思ったが、
当のジェシカはというと、ニヤリとし、わたしに顔を近付け囁いた。

「違うのよ、私もこれから彼と会うの、内緒よ、シャーリー」

ジェシカはまだ、誰にも知られたくない様だ。
ラウルが居る時にも、靴の話をしなかったし、逢瀬を匂わせる事も無かった。

「分かったわ、ジェシカ、彼によろしくね」

わたしもこっそりと返した。

「ありがとう、次は必ず会わせるわね、それじゃ、夜に宿でね!
ああ、もし、帰らなくても心配しないで!私も心配しないから!」

「!??そんな事しないわ!」

わたしは慌てて叫んだが、ジェシカは笑って行ってしまった。

「シャーリー、行こう!良い店があるんだよ」


しおりを挟む

処理中です...