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「わたしは修道院に行きます、修道院なら、ジェルマンも許してくれるでしょう…」

わたしは良い案だと思ったのだが、オベールは「甘いな」と遮った。

「離縁よりも、命を奪う事を考える男だぞ?
君が生きていると知れば、何処までも追い駆けて来るだろう」

「それでは、遠くの修道院に…」

「取り敢えず、暫くは身を隠した方がいい。
ここに居られる様、朝になったら両親に話す事にする」

わたしは自分の耳を疑った。

「ここ…ルグラン伯爵邸にですか!?それは、ご迷惑かと…」

「折角助けたんだ、ここで迂闊な事をすれば全てが無駄になる。
こういう事はしっかり下調べをし、攻め方を考えるものだ」

攻め方?何の話をしているのだろう?
以前から難しい事を言う人だったが、やはり、それは変わらない様だ。

「それに、関わってしまったんだ、最後まで面倒は見てやる」

「ご厚意には感謝致します、ですが、ご迷惑は掛けたくありませんので…」

丁寧に断ろうとしたが、彼の目がスッと冷たくなったのに気付き、語尾が消えた。
そ、そんな風に睨まなくても…
親切を断り、気分を害したのだろうか?
オロオロとするわたしに、彼は強い口調で言った。

「勝手に出て行かれては、その方が迷惑だと言っているんだ。
君が大丈夫だと分からない限り、こっちは気が休まらない___」

不覚にも、ドキリとしてしまった。
こんなに、心配して下さるなんて…

「ああ、別に変な意味では無いぞ」

付け加えられた言葉に、わたしのふわふわと浮いていた心は戻ってきた。

当然だわ…

わたしは内心で自分を叱咤し、「はい、勿論です」と頷いた。

だが、やはりうれしい気持ちは消せなかった。
ここまで自分の事を気に掛けてくれた人は、十四歳以来、一人もいなかった。

それだけで十分…

本当の彼に会って、想像とは違った所も勿論あったが、同じ処も多いと気付いた。
とても親切で、情が厚く、優しい人…
わたしはそれを、《好ましい》と思ってしまっている。

「朝まではまだ時間がある、少し休むといい、ベッドを使ってくれ」

「いえ、わたしはソファで構いません」

わたしが断ると、オベールは胡乱な目を向けた。
その不機嫌そうな顔に、わたしは身構えた。
また何か悪い事を言ってしまっただろうか?

「私のベッドを使うのが嫌だと言うのか?」

「そういう事では…わたしは客ではありませんし…
それに…あなたはきっと、後悔します…」

「後悔?何をだ?」

わたしは僅かに逡巡したが、視線を下げ、それを説明した。

「家族も使用人たちも、わたしに触れるのを恐れていました。
病は治りましたし、移る事はありませんが…きっと、気持ち悪く感じるでしょう」

わたしは惨めな気持ちで項垂れたが、オベールは「なんだ、そんな事か」と鼻で笑った。
流石にこれには、わたしもカチンときたのだった。
わたしの病痕を見ていないから、簡単に言えるんだわ!

「あなたが、そうおっしゃるのなら、ベッドをお借りします!
でも、後で文句を言わないで下さいね!
わたしは忠告しましたし、正直にお話しましたから!」

つい、キツク言ってしまったが、オベールは気を悪くした様子は無く、
逆に子供をあやす様に言った。

「癇癪を起すな、だが、そうだな、君は正直だ。
私も君に応えなければいけないだろう…君は《これ》に気付かなかったか?」

オベールが左の長い前髪を掻き上げた。
そこには、黒いアイマスクがあった。

「気付きませんでした…」

暗かったし、オベールの髪は黒いので、下ろしていればアイマスクと同化して見えた。

「怪我をされていたのですか?」

オベールは鼻で笑い、髪を下ろした。

「ああ、君とは違う。
私のは《罪の痕》だ、恥ずかしく、醜い。
私を見た者は、私を蔑み、嘲笑う、私はそういう人間だ」

罪の痕…
彼が何かしたのだろうか?
だが、目の前の彼からは、後悔が見える…

「それは、過去のあなたでしょう?
わたしは過去のあなたを知りません、現在のあなたが全てです。
わたしはあなたを尊敬しています、素敵な方だと思っています。
そんな風に、悪く言わないで下さい」

オベールの暗い目がじっとわたしを見つめる。

「だが、過去は私の一部だ、切り離せるものではない。
そして、それは一生、私に纏わり付く」

わたしも同じだ___
一生、この病痕は消えないのだから…
なるべく人の目に触れずに生きてきた、そして、これからもそうしなければいけない。

「それで、ベッドを使うのが嫌なのか、嫌じゃないのか?」

質問が意地悪だ。
わたしは無意識に唇を尖らせていた。

「嫌ではありません、ですが、あなたは大きいですし、ソファでは窮屈でしょう?」

「丸くなって寝るよ」

その答えに、つい、吹き出していた。

「元気が出たならいい、子供は早く寝なさい」

「わたしは二十歳です!それに、結婚もしています!」

「私は三十歳だ、私から見れば、君は結婚していても、小娘だ」

すんなりと言い負かされ、わたしは大人しく寝室に行った。



大きく上等なベッドは、暖かく寝心地が良かった。

それに、この匂い…

オベールの匂いだと思うと、心が落ち着いた。





朝になり、わたしは着替えを持っていない事に気付いた。
夜着にガウン姿では、ベッドから出る事も出来ない。
取り敢えず、ガウンを被り、部屋に繋がる内扉を少し開け、覗いた。
ソファには、紅茶のカップを手にしたオベールの姿があった。
何故か、心が躍る…
変よね?こんな事…

ぼうっと見ていると、オベールが気付き、声を掛けてくれた。

「お早う、眠れたか?」

「お、お早うございます!は、はい、お陰さまで…その…あの…」

もごもごと言っていると、オベールが目を眇めた。

「何だ?」

「着替えを持っていなくて…何か、貸して頂けないでしょうか?」

オベールは一瞬、ポカンとしたが、直ぐに「ああ、そうか」と察した様だ。

「気が付かなくて悪かったな、両親に話すついでに、着替えを貰って来よう。
暫く寝室で待っていてくれ、朝食はそれからでいいか?」

「はい、ありがとうございます…
あの…わたしの病痕の事は、話しておいて下さい、気を悪くされるかも…」

「両親はそんな人間ではない、だが、君が気になるなら話しておく。
ブラーヴ、ブランシュを頼んだぞ」

オベールはブラーヴにわたしを頼むと、ローブを羽織り、部屋を出た。
わたしはブラーヴを寝室に入れ、扉を閉めた。

「気を悪くしたかしら…余計な事を言ってしまった?」

だが、病痕を嫌わない人がいるだろうか?
両親でさえ受け入れられず、わたしを遠ざけたのだ。
使用人たちも、わたしの世話を嫌々している事を隠さなかった。

ブラーヴは『撫でてくれ』と言う様に、わたしの足に纏わり付いた。
わたしは小さく笑い、そのふさふさとした頭を撫でた。

「あなたがいてくれて良かったわ、ブラーヴ」

でも、もし、わたしが修道院に行く事になったら、お別れしなくてはいけない。
もう会えないのだと思うと、考えは揺らいだ。

「あなたがいないと、きっと、凄く寂しいわ…」

それに、オベールも…

オベールはここに居て良いと言ってくれたが、
彼の両親は、きっとわたしを歓迎しないだろう…
もし、出て行けと言われたら…

「ううん、きっと、出て行けと言われるわ…」

期待をして裏切られるのはもう沢山だ。
それなら、最初から期待などしない方がいい…

そう思っていても、願ってしまう。

「ああ…どうか、少しでも長く、ここにいられますように…」

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