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6 /ジェルマン

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わたしがまず取り掛かったのは、物置部屋の掃除だ。
窓を開け、箒を持ち、天井から埃を落とす。
本棚や木箱の埃を落とし、床を掃いて、布で拭く____

三日程時間を掛け、綺麗に磨き上げた。
埃は姿を消し、本棚には綺麗に本が並んだ。
木箱の中には、古いガラクタが詰まっていた。
色褪せたテーブルクロス、壊れた玩具…どうにも使えそうにない物が多かったが、
中には、本、ランプ、カーテン等、役立ちそうな物もあり、それは別にしておいた。

わたしは扉の前に木箱を重ね、その上にクッションを置いた。
座ると磨硝子の窓に視線が届く。

「これでゆっくり、ノアとお喋りが出来るわ!」

わたしはノアとの会話を楽しんだ。

「物置部屋の掃除が終わりました、見違える程、綺麗になりました!」

『それは何よりだ、私の部屋の物置は変わらないがな。
発見したんだが、君がいない時には、物置に入れる仕組みになっている。
君がいるかいないか、嘘を吐いても直ぐに分かる』

「嘘なんて吐きません、わたしはもっとノアと話したいもの!」

『ミア、君は結婚しているんだぞ、そんな事を男に軽々しく言うものではない』

ノアは堅い人の様だ。

「あなたがカカシなら良かったのに!」

『君はカカシとでも友達になれるのか?』

「ええ、人間よりも余程難しくないもの…」

零した後、それに気付いた。
これでは、人付き合いや社交界が苦手だと言っている様なものだ___
何かフォローを入れなければと思ったが、それよりも早く、彼が言った。

『確かに、そうだな』

ノアは自分で部屋に籠っていると言っていたので、人付き合いが苦手なのかもしれない。
わたしは自分と似たものを感じ、心が温かくなった。

「ノア、わたし犬を飼っているんです!大人しくて、賢いんです。
それに、とっても可愛いの!
でも、本当は迷い犬だから、気まぐれに出て行ってしまうかもしれないけど…」

わたしは木箱に寝そべる犬の頭をくすぐった。

『私の館でも犬を飼っている、子犬の頃に拾ってね、たまにいなくなるんだが、
ふらりと戻って来る。犬には帰巣本能があるから、居心地が良ければ、
出て行っても戻って来るだろう』

「ここを気に入ってくれたらいいけど…」

満足に食事もやれないので無理かもしれない。
だが、寝心地の良いベッドだけは作ってあげた。

『私の犬の名は《ブラーヴ》だ。君の犬は?』

ブラーヴ、勇ましい名だ。

「まだ付けていないの、名を付けると情が湧いてしまいそうで…」

名を付けると一層別れ難くなる気がした。

『それでは、何と呼ぶんだ?』

「《あなた》です」

『それじゃ、つまらない』

ノアが磨硝子の向こうで、やれやれと頭を振るので、つい笑ってしまった。

「《最愛の君》は?」

『それは君の夫だろう?』

わたしは一拍置き、「そうでした」と答えた。

「それでは、《アミ》にします」

わたしの心を癒してくれる《友》だ。

ノアは『ああ、いいだろう』と、満足そうに頷いた。
ノアの犬ではないのに…
わたしはつい、笑ってしまった。


ノアとアミと過ごしている時は、塔に閉じ込められている事も、病痕の事も忘れる事が出来た。
わたしは幼い頃の様に笑い、お喋りを楽しんだ。

この幸せな時間が、ずっと続く事を願っていた。


◆◆ ジェルマン ◆◆

ジェルマンはブランシュを塔に閉じ込めると、急いでパーティ会場に戻った。
あまり長く招待客を待たせてはいけない。
ジェルマンは結婚式、披露パーティに、多くの要人を招待していた。

扉の前で一度装いを正すと、ジェルマンは焦った様子で会場に入った。
直ぐに招待客たちが寄って来た。

「フォーレ卿、夫人の様子はいかがですかな?」

ブランシュは酔っ払い客に病痕を酷く詰られ、グラスを投げつけられ、ワインを浴びせられた。
多くの者たちが、ブランシュに同情していた。
ジェルマンは肩を落とし、暗い表情を見せた。

「それが、酷くショックを受けて、落ち込んでいます。
恥ずかしくて、とても皆の前には出られないと…」

「まぁ!何てお可哀想なの!」
「許せませんわね!」
「ああいう輩が紛れ込んでいたとはな…」

ブランシュには同情の声、酔っ払いには批難の声が上がった。
ジェルマンは皆に言いたいだけ言わせた後、声を張り、堂々と主張した。

「私は妻に限らず、弱き者を虐める風習を許しません!
これからは、一層、慈善事業に尽力していきます!
妻もそれを強く望んでいます___」

周囲から感嘆の声が漏れた。

「素晴らしい!私も援助をしよう」
「私もだ、援助させて貰うよ」
「私は詳しくお話が聞きたいわ」
「でも、フォーレ卿は早く夫人の元へ行きたいでしょう?お引止めしてはいけませんわ」
「いえ、妻は自分の分まで持て成して欲しいと言っていました。
私独りですが、お相手させて頂きます」

これこそが、ジェルマンの狙いで、彼は人の好い笑みを浮かべ、丁寧に応対したのだった。


パーティが終わり、招待客が引き上げて行くのを見送ったジェルマンは、
使用人たちに片付けを言い付け、足早に部屋に向かった。
部屋に入り、直ぐ様、内扉から寝室に向かう。

ランプの灯りが、大きなベッドを浮かび上がらせている。
そのベッドは、空では無かった。
枕を背にして、露出の多い夜着姿の金髪の美女が座っていた。
彼女はジェルマンに気付き、赤い唇の端をキュっと上げた。

「待っていたわ、私の愛しいジェルマン!」
「遅くなってごめんよ、クリスティーヌ、だけど、予想以上の援助を取り付けたぞ!」

ジェルマンは蝶ネクタイを引き剥し、礼服を脱ぎながらベッドに飛び込んだ。
後はクリスティーヌが脱がせてくれるだろう。

「凄いわ!流石ね、ジェルマン!」

クリスティーヌがご褒美とばかりにキスをし、ジェルマンのシャツを脱がしに掛かった。
ジェルマンは笑いながらキスを返した。

「ああ!上手くいったよ!妻のお陰でね」


ジェルマンが障害を持つ女性を妻にしようと考えたのは、
慈善事業をする上で説得力を得る為と、自分の名を売る為だった。
障害のある女性を愛し、結婚し、献身的に支える…
この夢物語を前にすれば、誰もがジェルマンを《人格者》《聖人》と思うだろう。
ジェルマンは信用と称賛を得る事が出来、それは《援助》《寄付》という形で実を結ぶ。

ジェルマンの目論見は当たり、招待客たちは全員、ブランシュの病痕に釘付けになり、
圧倒された。頬から胸に掛け、肌の変色は広範囲にあり、
肩出しの純白のドレスは、それを一層、浮き上がらせていた。

ジェルマンは極めつけに、雇った男にブランシュを派手に侮辱して貰った。
妻を庇い、堂々と言い返すジェルマンの姿には、妻への愛、
そして障碍者への思いが見えただろう。

ブランシュを連れて会場を出るまで、ジェルマンは《良き夫》を演じた。
ブランシュの役目は、そこで終わりだからだ___


「あの馬鹿が、痣を隠そうとしやがって!
何の為に高いドレスを買ってやったと思ってるんだ!」

「女性なら見られたくないものよ、でも、彼女、良く従ったわね?
私ならあんな姿で人前に出るなんて、とても耐えられないわ!」

「そりゃ、愛しい旦那様には逆らえないさ」

ジェルマンがクリスティーヌの上に乗り、ニヤリと笑う。
クリスティーヌは「悪い人ね!」と笑った。


◆◆


翌朝、クリスティーヌは白金色の鬘を被り、
ブランシュの持ち物であるフェイスベールを着けた。

「今日から君がブランシュだ」

ジェルマンがうっとりと言い、フェイスベールを捲り、キスをした。

「バレないかしら?」

クリスティーヌとブランシュでは目の色が違う、それに、体型も違っていた。
クリスティーヌの方が背も高くふくよかだ。

「バレないさ、ブランシュを知る者はデジールにはいないし、
来てまだ数日だ、使用人たちだって覚えていないさ。
念の為に、ブランシュに関わった使用人たちには暇を出した。
それに、そう長くは掛からないさ」

「完璧ね!それじゃ、行きましょう、旦那様」

クリスティーヌはジェルマンの腕に自分の手を絡めた。


◆◆


フォーレ卿夫人には酷い病痕があるが、夫妻はいつも一緒にいて、仲睦しい。
「理想の夫婦だ」と、館の内外問わず、評判となった。

だが、結婚から一月後、妻は病痕を苦に、心を病み、部屋に閉じ籠ったまま、
姿を見せなくなった。
フォーレ卿は毎日、妻の元に通い、甲斐甲斐しく世話をしているという噂が流れた。


「計画通りだ、持参金も手に入ったし、周囲の評判も上々で、寄付も集まった。
世間の者たちに飽きられない内に、ブランシュには自害して貰おう___」

ジェルマンとクリスティーヌは目を光らせ、ニヤリと笑い合った。


◆◆◆
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