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「叔母さん、散歩に行きましょう!」

わたしは叔母のライサを散歩に誘った。

マルテールに行ったわたしは、「旅行に行きましょう」とライサを連れ出し、ニューリオンに来ている。
ここは大きな町があり、郊外は景観の良い避暑地となっている。
わたしたちはつい昨日、その郊外にある高級宿に着いたばかりだ。

「まぁ、素晴らしい所ね、何処を歩いても美しいわー」

叔母は景色を楽しんでいる様だった。
わたしは一緒に楽しみながらも、気付かれない様に、目的地に誘導していた。

赤く染まった並木道の下を通りながら、わたしはその先に背の高い男性を見つけた。

「デュランド伯爵ではありませんか?」

わたしが声を掛けると、セヴランが振り返った。

「やぁ、アリスじゃないか!こんな所で会うとは、奇遇だな」

セヴランがらしくない、愛想の良い挨拶をする。
セヴランは連れていた若い夫妻に、わたしを紹介した。

「こちらは、ブーランジェ伯爵令嬢、アリスだ。
アリス、こちらは私の妻の従弟、フォスター男爵フレデリク、妻のマルティーヌだ」

「アリスです、こちらはわたしの叔母のフレミー卿夫人、ライサです」

わたしたちは愛想良く挨拶を交わした。
わたしが説明せずとも、お喋りなライサは嬉々として話していた。

「私たちは昨日着いたばかりなんですよ!
ええ、ここは初めてで、アリスが誘ってくれたんです。
宿も素晴らしいし、景色も最高ね!何処までだって歩けそうですよ!」

「それなら、私たちと一緒に来ませんか?
実は、この先に私の妻が所有する館があり、今から行く処だったんですよ。
お近付きの印に、お茶に招待しますよ」

セヴランが愛想の良い笑みを向けると、ライサはぽっと頬を赤くした。

「ええ!是非、お願いするわ!いいでしょう?アリス」

わたしは「勿論よ、叔母様」と笑顔を返し、セヴランに目で合図した。

ふふ、計画通りね!


『もう二度と来ないだろう』と思っていた館が近付いて来ると、微妙な気持ちになった。
メイドに扮して仕事をした二日間は、地獄だった。
嫌でも思い出してしまうので、顔を顰めても仕方ないだろう。

わたしたちが歩いて玄関まで行くと、扉が開かれ、メイド長が現れた。
最後に見た時から、変わっていない。
まぁ、数ヶ月程度じゃ、変わらないわよね…

「デュランド伯爵だ、ナターシャはいるんだろう?」

先程までとは打って変わり、セヴランが冷やかに告げる。
彼は茫然としているメイド長を押し遣り、館に入った。

「お、お待ち下さい!奥様をお呼びしますので…」

メイド長の静止も無視して、セヴランは二階への階段を上がって行く。
フレデリク、マルティーヌ、ライサは当然、事態を把握しておらず、オロオロとしていた。
わたしは「行きましょう!こっちよ!」と強く言い、セヴランを追った。
わたしの勢いに圧されたのか、三人もわたしに続く。

「何かしら?サプライズ?ああ、わくわくするわ!」
「なんだろう?でも、セヴランのやる事だから…」
「そうね、間違いはないわよね…」
「お、お待ち下さい!いけません!二階に上がっては…あなたたちも止めなさい!」

メイド長は喚いたが、メイドたちは『自分たちは関係無い』とばかりに、無視し、散って行った。

二階に上がり、セヴランは迷う事なく、ある部屋の前に立ち、その扉を静かに開けた。
彼は人を雇い、事前に調べていて、全て知っていたのだ。
今日、手引きした者は、驚くなかれ、この館の料理長だ。

料理長はセヴランの密偵で、町から仕入れに来る者がパイプ役となり、やり取りをしていた。
だから、わたしが調理場の物を勝手に食べても、気付かない振りをしてくれた処か、わざと食料を置いてくれていたのだ。
後から知った時には驚き、納得し、感謝したものだ___

わたしは三人に、「しっ」と静かにする様に指示し、セヴランに続いて中に入った。
部屋には誰もいなかったが、長ソファの上にはだらしなく服が脱ぎ捨ててあった。
上着、シャツ、ドレス、ズボン、それに靴…
一目で何をしていたか察しがつき、皆目を丸くしていた。

セヴランは内扉に向かい、その扉を静かに開けた。
部屋にはカーテンが引かれておらず、明るく、状況は一目で分かった。
大きなベッドで裸の男女が縺れ合っている…

「随分、お楽しみの様だな、ナターシャ」

セヴランが威厳のある声で言うと、動いていたものはピタリと止まり、こちらを振り返った。

「____!!」

ナターシャが声にならない悲鳴を上げた。
ジュールは真っ青な顔でナターシャから離れた。
離れても、もう遅いけど!

「あ、あなた!何でここに居るのよ!ここは、私の館よ!出て行きなさい!!」

「夫が妻の館を訪ねるのに理由がいるのか?
強いて言えば、おかしな話を耳にし、確認しに来たという所か」

「おかしな話ですって?」

ナターシャの顔は怒りと焦りで険悪に歪んでいるが、それが色を失くすのに時間は掛からなかった。
セヴランが体をずらし、後方で茫然と立っているフレデリク夫妻を二人に見せた。
知っているナターシャは文字通り反応したが、恐らく会った事のないジュールは訝し気に様子を伺った。
そんな中、セヴランが淡々と話す。

「メイドに聞いたが、従弟のフレデリクが度々訪ねて来ては、長期滞在している様だな?
本人に聞いたが、一度も来た事が無いそうだ、これ程おかしな話はないだろう?
何か申し開きが出来るなら聞くが、まぁ、ここに本人がいるんだから、無理だろう。
それに、その男の顔は知っている、確か、侯爵のパーティで挨拶したな、ジュール=ボワレー男爵」

ジュールも顔色を失くした。

「それでは、望み通り出て行く事にしよう、直ぐに離縁の届を出さなくてはならないからな」

「そ、そんなの、認めないわよ!」

「フン、これだけ証人がいて、言い逃れが出来ると思っているのか?
君の持ち物はこの館に送る、二度と帰って来るな、そして、二度と私に顔を見せるな」

セヴランが厳として告げると、ナターシャは震えながら歯軋りしていた。
わたしは話が終わったと判断し、一歩前に出て、口を開いた。
たっぷりと情感を込め、悲劇のヒロインとなって…

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