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もし、ジュールが妻の遺産を受け取っていたら、もっと裕福に暮らしているのでは?

ジュールは決して貧乏ではないものの、裕福という訳でもない。
館には、年代物の家具、調度品はあるが、豪遊している感じは無かった。

「きっと、同姓同名ね!」

わたしは自分でも『あり得ない』と思いながらも、その結論を快く受け入れていた。
そうしながら、わたしはジュールに結婚歴について、それとなく聞いてみる事にした。

「ジュール様は、以前、結婚を考えられた事はなかったのですか?
二十七歳というのは、結婚していても良い年齢ですし、
ジュール様程の方でしたら、縁談も多かったのではないかと…」

差し出がましくならない様、わたしは《不安》を装った。
ジュールは急に笑顔を消し、息を吐いた。

「実はね、君に話していなかった事があるんだよ…
僕は二年前に一度結婚していて、その一年後に妻に先立たれているんだ…」

デュランド伯爵から聞いた話と同じで、わたしは息を飲んだ。

「!!どうして、話して下さらなかったのですか?」

「妻は転落事故だったけど、当時、僕は散々疑われてね…
君が知れば、僕を見る目が変わってしまうんじゃないかって、怖かったんだ。
もし、信じて貰えなかったら…僕は君たち家族を失ってしまう___」

ジュールは家族を失っていて、わたしたちと家族になれる事を強く望んでいた。
わたしの両親、弟に対する態度も、優しいものだった。
わたしの内にあった、少しばかりに疑念はすっかり消し飛んでいた。
わたしは真直ぐに、彼を見つめた。

「わたしも家族も、勿論、ジュール様を信じますわ!
わたしたちはいつも、ジュール様の味方です!
ジュール様をお守りする為にも、どうか、真実をお聞かせ下さい」


ジュールの結婚相手は、カリーヌ=フォレスという資産家の娘で、病弱で内気な深窓の令嬢だった。
ジュールはパーティの席で、父親であるフォレス卿と知り合い、気に入られ、娘との結婚を強く勧められた。
結婚してから暫くは、何も問題はなく、仲良く過ごしていた。
カリーヌの体調も良くなっていたが、半年が過ぎた頃、次第に夜眠れなくなり、睡眠薬を服用する様になった。

ある朝、使用人が、階段の下でうつ伏せに倒れているカリーヌを発見した。
使用人の悲鳴でジュールも駆けつけたが、既に息は無かった。

医者の見立ては、階段から転落した際、強く頭を打ったとの事だった。

これで、どうしてジュールが疑われたのかというと、誰もカリーヌの悲鳴や物音を聞いていない事、
そして、カリーヌの頭部の傷は深く、「階段から転落したものではない」と噂された為だった。

「悲鳴の方は、誰も気付かなかっただけだ思うよ、夜中だったしね。
頭の傷は、医者が『転落時に負ったもの』と診断書を書いてくれたけど、それでも疑う者は疑う様でね…」

ジュールは参っている様だった。
わたしは、しっかりとジュールの手を握った。

「わたしはジュール様を信じます!
ジュール様にそんな残酷な事が出来るなんて、とても思えませんもの!
この事は、わたしから家族に話します」

わたしの口から真実を伝えれば、両親と弟は信じてくれると思ったのだが、ジュールは良い顔をしなかった。

「君の家族に知られるのは嫌だな…いや、誰にも知られたくない!
僕は忘れたいんだ!君と出会って、前を向けたから…」

ジュールは余程傷ついていたのだろう、辛そうな顔で胸を押さえた。

ああ!なんて、可哀想なの!!

胸が締め付けられたが、一方で、心配でもあった。
今はまだないが、わたしたちが結婚すれば、お節介な人たちが家族に何か言ってくるかもしれない。
後々で知るよりも、先に知っておいた方が心証も良いと思うんだけど…
だが、ジュールを苦しませそうで、とても言えなかった。

気持ちが落ち着くまで、待った方が良いわよね?


◇◇


わたしは事の次第を手紙に書き、デュランド伯爵の館に送りつけてやった。
これで、ジュールの疑いも晴れ、余計な事を言ってしまったとわたしに陳謝するだろう!
わたしは意気揚々とし、慌てふためく伯爵の姿を想像しては、ニヤニヤとしていた。

それから一週間後、デュランド伯爵の名で手紙が届いた。

「きっと、わたしへの謝罪の手紙ね!許してあげない事もないわ!」

わたしはペーパーナイフで封を切り、薄い便箋を取り出した。
開くと、書き殴ったかの様な、刺々しい文字が目に入った。


【アリスへ】

【罪人の言葉を鵜吞みにするなど、おまえは馬鹿か】
【裏を取ってから出直せ】
【いや、小娘には無理だろう、精々自分の身だけ守っていろ】

【追伸:くれぐれも言うが、邪魔だけはするな!】

【セヴラン】


「何よこれ!!!」

わたしは思わず声を上げていた。
忌々しい便箋は、ぐしゃぐしゃと丸め、火の無い暖炉に投げ入れてやった。

「あったまくる!!
伯爵の癖に、こんな無作法な手紙しか書けないの?
わたしが小娘なら、あなたは中年オヤジでしょう!!
邪魔って何よ!折角教えてあげたっていうのに!
ここに来て、平伏して謝罪する位しなさいよーーー!」

叫んだら、幾分、スッキリとした。

「あの中年オヤジ、どうして信じてくれないのかしら?
邪推深いのかしら?それとも、へそ曲りなの?」

そういえば、見るからに、偏屈そうだった…

わたしは伯爵の顔を思い出し、納得した。

放っておけば良いとも思うが…
放っておけば、伯爵はジュールに何かするだろう。
報復云々言っていたし、手紙にも邪魔をするなと念を押していた。
そんな事になれば、ジュールが可哀想だし、伯爵は搔かなくて良い恥を掻く事になる。

「伯爵が恥を掻く分は自業自得だけど、迷惑を掛けられるジュールは可哀想だわ!」

ジュールは未だに傷ついているのだ。
ジュールの弱々しい姿を思い出し、わたしはぐっと拳を握った。

「わたしが護ってあげなきゃ!」

わたしは、ジュール様の婚約者だもの!!

「わたしが、ジュール様の身の潔白を証明するわ!!」


◇◇


ジュールの身の潔白を証明する___

良い考えの様に思えたが、どう証明するかとなると、頭を悩ませた。
そこで、丸めて暖炉に投げた便箋を救い出し、煤を払い、開いた。
『裏を取れ』とある___

「つまり、ジュールの言葉を裏付けてくれる人を探せば良いのね?」

だが、直ぐに行き詰った。
家族には話せないし、ジュールは「忘れたい」と言っていたので、これ以上聞く事は出来ない。
散々悩み、考えた挙句、わたしはデュランド伯爵家に突撃する事にした。
何と言っても、伯爵は証明書や記録を持っているのだから!


わたしは早速準備をし、《旅行》の名目で旅立った。
デュランド伯爵家のある領地までは、馬車で二日掛かったが、
名家ともあり、誰もが知っていて、すんなりと辿り着く事が出来た。

大きな門を潜り、先に見える荘厳な館に続く小道を馬車で行く。
豊かな緑の葉を茂らせた並木、綺麗に刈られた若緑色の芝生、
その真ん中には勢い良く水を噴き上げる噴水…それらは、勇んで来た心をも和ませた。

「こんな素敵な所に住んでいて、どうして偏屈に育ったのかしら?」

思わず呟いた時、ゆっくりと馬車が停まった。
馬車から降りたわたしは、まず、目の前に聳え建つ館を見上げた。
古めかしく、煉瓦もくすんでいるが、大きく重厚感があり、堂々としている。

「あの方を体現したみたいな館ね!」

ギィィ…
大きな扉が開き、年老いた執事が現れた。

「ブーランジェ伯爵の娘、アリスです。
デュランド伯爵はいらっしゃいますか?」

「お約束はなさっていますか?」

「いいえ、ですが、親しい友人なので大丈夫です。
わたしたちは突然、互いを訪ねても、快く迎える関係なの」

わたしは余裕の笑みを見せた。


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