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しおりを挟む「教室へ行く時間だ、鍵は俺が返しておく」
音楽室を出て、イレールが鍵を返しに行ってくれ、
わたしはそのまま自分の教室へと向かった。
メロディとアランが、あの後どうなったかは気になる処だけど…
昼休憩まで待たなければいけない。
「同じクラスなら良かったのに!」
AクラスとCクラスではかなり距離もある。
いいわ、絶対に、来年はAクラスに返り咲きしてやるんだから!!
強く心に決め、階段を下りていた時だ、肩を強く押され、わたしは大きく態勢を崩した。
「きゃ!!!」
そのまま転落___しそうになったが、咄嗟に風の魔法を放ち、事なきを得た。
「き、危機一髪だわ…!」
だが、誰がやったのかは確認出来なかった。
心臓がバクバクしていて、とても無理!!
「護符を付けてるから、実力行使で来たのね…」
最近何も起こっていなかったから、すっかり油断していたが、相手は未だ粘着しているらしい。
しかも、更にエスカレートし、今回は身の危険を感じた。
これは、呑気に構えていられないわね___
◇
「ヴィオレット、今朝は悪かった、
その…聖女の事ではつい、過保護になってしまってだな…」
メロディとアランは無事に和解した様で、昼食時に食堂でアランに謝られた。
何やらぶつぶつ言い訳をしているけど…
「アラン、相談して貰えなかったから、嫉妬したんでしょ?そう言いなさいよ」
アランは顔を赤くし、「違う!秘密にされたのが嫌だったんだ!」と叫んだ。
どう違うのかはわたしには謎だ。
「司教たちに、この方法を取り入れて貰える様、説得出来ないかしら?」
「司教たちを説得だと!?無理に決まっているだろう!僕より頭の堅い連中だぞ」
確かに、堅そうね…
「そう、良い方法だと思うんだけど…
今まで、聖女になれずに終わった子が居たかもしれないわ。
改善してあげたいわね…ああ、わたしが聖女だったら良かったのに!!」
「ああ、おまえが聖女だったら、司教も恐れるだろうな」
アランがニヤリと笑う。
どういう意味よ!!
まぁ、司教と張り合う気満々だけど!
わたしはサンドイッチを頬張った。
「あたし、ヴィオレット様も、《聖女の光》を持っている気がするのですが…」
メロディが言い出し、皆がわたしを注目した。
危うく、サンドイッチを喉に詰めそうになったわ!
「やだ!止めてよ!!わたしが聖女なんて!ナイナイ!!」
「でも、ヴィオレット様の歌を聴くと、力が湧きます」
「歌は得意なのよ」
「メロディが言うなら、馬鹿には出来ん、一度鑑定して貰うか…」
「アランまで、悪乗りしないでよ!わたしは悪役令嬢よ、聖女にはなれないわ!」
思わず余計な事を言ってしまった。
内心ヒヤリとしたが、アランは冗談に取り、笑い飛ばした。
「悪役令嬢!確かにな、おまえにピッタリだ!」
「アラン様!酷いです!ヴィオレット様は悪役令嬢などではありません!!」
「そうだ、ヴィオレットが良い娘である事は、おまえにも分かっている筈だ」
メロディとイレールに本気で詰め寄られ、アランはしゅんとし、「悪かった」と零した。
ごめんなさいね、アラン、あなたの反応の方がまともなの。
二人はわたしを買い被っているのよね~
だが、大層気分が良かったので、わたしは訂正など入れず、ニンマリとした。
「それで、朝練とやらは、毎日か?」と、アランが聞いてきた。
メロディの気持ちが晴れる様にと、長期戦で考えていたけど…
「毎日が辛いなら、一日置きにする?」
「辛いとは言っていない!僕は毎日でいい、イレールはどうだ?」
「毎日で構わない」
二人とも乗り気の様だが、当のメロディがそれを遮った。
「駄目です!三年生は卒業試験も近いですし、あたしは大丈夫ですから」
「卒業試験など、今更慌てる事は無い、それに、早起きするのは体に良いらしい」
卒業試験!!!
まだ先の事だと呑気に構えていたわたしは、現実を突きつけられ、動転した。
思わず立ち上がり、言っていた。
「イレール様!卒業されるのですか!??」
「その予定だ」
「そ、そんなぁ…卒業されたら、どちらにお務めになられるのですか?」
「宮廷の魔術師団に身を置く事になる、アランに強く勧められた」
わたしは、パッと顔をアランに向ける。
「アラン様!!わたしも!!宮廷魔術師団とやらに入れて下さい!!予約します!!」
「Cクラスの者が入れる訳があるまい、せめて、成績5番以内に入っておけ」
「5番ですね!!アラン様、お約束しましたからね!!」
無理やり約束を取り付け、わたしは安堵し席に座った。
すると、イレールが「ぷっ」と小さく吹き、「くっくっく…」と肩を揺すり笑い出した。
「イレールが笑っている…」
「お義兄様が笑ってます…!」
「イレールが笑うと雨でも降るの?」
「とっても珍しい事ですから!流石、ヴィオレット様です…」
「ああ、僕も初めて見たぞ…」
褒められてるのよね?
まぁ、いいわ、イレールが笑っているなら、わたしもうれしいもの!
「それじゃ、やっぱり、毎日にしましょう!卒業までしか会えないんだもの!
貴重な時間だわ!ああ、勿論、起きられない時は休んでも良いわよ、参加は自由ね」
「調子の良い奴だな」
アランは呆れたが、皆賛成してくれた。
メロディがナイフとフォークを皿に置き、姿勢を正した。
「アラン様、ヴィオレット様、お義兄様、あたしの為にありがとうございます。
あたしには皆の助けが必要だと、今朝、それが分かりました。
あたしが未熟だからかもしれません、でも、あたしが乗り超える為には、必要な事に思えて…
どうか、暫くの間、お力をお貸し下さい、お願い致します」
メロディは真剣だったが、その顔に辛い陰は見えなかった。
水色の瞳は輝き、しっかりと、前を向いている様に思えた。
メロディはもう、乗り越える術を手に入れたのかもしれない…
「勿論よ、メロディ、いつだって、いつまでだって一緒に歌うわ!」
「俺もだ、いつでも言ってくれ」
わたしとイレールが言い、出遅れたアランは「勿論、俺もだ!」と一際強く言った。
◇◇
わたしは件の対策として、ベラミー侯爵令息のセザールを雇う事にした。
手頃な人物が彼しか思い付かなかったのだ。
わたしは放課後、密かに、彼との接触を試みた。
女好きでチャラ男のセザールは、大抵の場合、放課後は女子生徒たちに囲まれ、
学園の中庭や町でデートを楽しんでいる。
放課後、町で過ごす生徒たちは珍しく無いが、セザールの様に女子生徒たちと
有意義に過ごしている様な者はほとんどいない。居て貰っても困る。
そんな事もあり、セザールは目立つので、見つけるのには苦労しなかった。
だが、問題は、どうやって声を掛けるか…
女子生徒たちの中を掻き分け入って行くのは良いが、二人きりになる方法が浮かばない。
どうしようかと考えていると、セザールたちを囲んでいた女子生徒が彼に別れを告げ、去って行った。
あら?急にどうしたのかしら?タイムセールでもあるのかしら??
不思議に思い見ていると、セザールがこちらを見た。
そして、手招きした。
「!??」
わたしが話し掛けたくて狙っていた事に、気付いていたのかしら?
わたしは驚きを隠し、セザールの元へ走った。
セザールは魅力的な笑みを見せ、わたしを迎えた。
「これはこれは、ヴィオレット様、俺に付き纏うなんて、どういう風の吹き回しかな~?
イレールには飽きたのかい?」
面白そうに青色の目が光る。
「まさか!イレール様に飽きる日なんて、百年先でも千年先でも来ないわ。
あなたを付け狙っていたのはね、あなたを雇いたかったからよ、セザール」
わたしは頻繁に妨害を受けている事を話した。
セザールは「そりゃ大変だ」と、さして興味が無さそうな相槌を打った。
「それで、俺に犯人を捕まえろって?無茶苦茶言うねー。
そんなの、愛しのイレール様に頼めばいいだろー、あいつの方が優秀だぜ、
何たって、我らの首席だからな」
「試験はまだでしょう?」
「どうせ、イレールかアランだよ」
否定はしないわ。
わたしは頷き、先を話した。
「わたしがイレール様に頼めないのはね…
イレール様に想いを寄せている者の犯行だと思っているからなの」
「へー、その子、イレールに片恋してんの!?面白いじゃん!」
セザールが顔を輝かせた。
「相手を知りたいでしょう?わたしに雇われる気になった?」
「んー、けどなぁ、俺も忙しいんだよね~」
「遊んでるじゃない」
「俺にとっては大事な事さ、子供には分からないだろうけどね☆」
セザールはかなりの遊び人だ。
セザールルートでは、ヒロインと親しくなっていく過程で、それも止めるのだが…
アランルートだもの、仕方ないわね。
「報酬に、君が俺とデートしてくれるなら、受けてもいいぜ」
はあ??
サラリと言われたので、幻聴かと思ったが、目の前のセザールはニヤリと笑っているので、
恐らくは《本気の嫌がらせ》だろう。
「デート一回か、キス一回、勿論、濃厚なヤツね♪これ以上は譲れないね!」
「馬鹿言わないで!わたしはイレール様を愛しているのよ?そんな話、乗る訳無いじゃない」
「だからいいんだよ、あいつに想いを寄せている女の子を、俺に振り向かせたいの☆」
「寝言は寝て言いなさい、この、色魔!
あんたは女性の敵よ!二度とわたしに近付かないで頂戴!」
「近付いて来たのは君の方だろー、俺はわざわざ、女の子たちを帰してやったんだぜ?」
確かに、近付いたのはわたしの方だった!
でも、人選ミスよ!!こんな奴だなんて、思わなかったもの。
それに、正直、他を探すのは難しいわ…
「一週間、100ヴァルよ、それ以外は駄目、わたしに触れたら殴るわよ」
「はっは!俺は男だよ?女性に優しくても、簡単に殴られる訳無いだろ?
痛い目見ない内に、そういう態度は改めなさいね、ヴィオレット様」
セザールがわたしの額を突いた。
反撃してみろというのだ。
ニヤニヤと笑う顔がムカつく!!
セザールの言う通り、女のわたしがセザールに敵う筈が無い。
わたしは思い切り手を振り上げたが、セザールはそれを簡単に掴んだ。
「さぁ、どうする?ヴィオレット様」
青い目の奥に剣呑な光が宿る。
わたしはその目を睨み返し…思い切り、足の脛を蹴飛ばしてやった。
ガツ!!
「痛ー――!??」
悶え叫ぶ彼に構わず、わたしは自分の手を掴んでいる彼の手に嚙みついた。
「ぎゃああ!!」
彼が堪らず手を放した隙に、わたしは無事、拘束から逃れたのだった。
「女性だからって、甘く見てると怪我するわよ!セザール」
「女性だって!?冗談じゃない!この、じゃじゃ馬め!!」
「交渉決裂ね、ごきげんよう、セザール様」
わたしはセザールに向け、カーテシーをすると、踵を返した。
だが、セザールの方が引き止めた。
「おい!待てよ、ヴィオレット様!ここまでされたら、引き下がれないだろ、
やってやろうじゃないの、君の護衛をさ」
「週に100ヴァルよ?それに、お触りは禁止よ!」
「金なんかいるかよ、俺は侯爵子息で金は腐る程持ってんの、暇つぶしだよ。
イレールに片恋している子を逆に奪うのも面白いし…」
何やら黒い物を感じるけど…
「そう、それは自由にしてくれていいわ、朝は音楽室に居るわ、
今朝はその帰りに襲われたから、あなたもその頃、来ておいてね。
そうだ、イレール様には、絶対に気付かれないでよ!」
「はぁ!?朝から!??聞いてないしー!!」
セザールの叫びは無視し、わたしは学園に帰ったのだった。
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