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しおりを挟む「泣いてしまって…すみません」
気が済むまで泣くと、途端に恥ずかしくなった。
わたしはハンカチで顔を隠す。
「謝る必要は無い、泣きたい時には泣いた方がいい…泣けない事の方が問題だ」
イレールは、泣きたくても泣けない人だ。
わたしはハンカチから目元だけを覗かせ、イレールに言った。
「イレール様も、わたしの前では泣いて下さい!今日のお返しです」
イレールが「ふっ」と笑った。
「ありがとう」
笑ってくれた!
それだけで満たされてたわたしは、だらしのない顔になってしまっていた。
イレールは寮の前まで本を運んでくれ、元来た道を戻って行った。
わたしはその背中をうっとりと見送ってから、部屋へ向かった。
スキップしたい気分だったが、本で視界が塞がっているので自重だ!
だが、「ふふふ」と、にやけた口元から漏れる笑いは、止められなかった。
イレール様に、少し近付けた気がするわ!!
あれは、同情…だけでは無いわよね…?
イレールに会った後で、何かあるかと身構えていたが、この日は何も起こらなかった。
イレールが本を持ってくれ、その上、イレールの前で泣いてしまうという、
一大イベントがあったというのに!
もし、わたしがそんな場面を見たら、嫉妬で怒り狂うだろう!
「何も無いという事は、《イレールに片思いしている女子生徒の嫉妬》というのは、
わたしの見当違いかしら?」
それとも…
寮では手を出せないとか?
「《イレールに片思いをしている男子生徒》というパターンもあるわね…」
乙女ゲームだけど。
「そういえば、ゲームで誰か居たかしら?」
イレールとヒロインの恋愛を邪魔していた者は…
居た様な気もするが、記憶に靄が掛かり、思い出せない。
転生して暫く経っている事もあり、前世の記憶は薄れてきている様だ。
わたしは頭を振った。
「いいわ、前世の記憶にばかり頼っていても仕方ないもの!」
わたしはもう、この世界の住人なのだから、《郷に入っては郷に従え》よね!!
それに、ここは、ゲームの世界そのままでは無い。
退場になった筈の悪役令嬢…わたしが学園に居続けている世界、
ある種のパラレルワールドといって良いだろう。
「平穏とはいかないわよね?」
女神の忠告を思い出す。
《やり過ぎると歪が生まれるもの》
《これから先のあなたの運命は、順風にはいかないでしょう》
《でも、あなたが望んだ人生です、頑張りなさい》
「ええ、頑張りますとも!!」
イレール様との、輝かしい未来の為に~♪
◇◇
翌朝、わたしはいつも通り、クララに髪をセットして貰うと、
「ありがとう、先に行くわね!」と部屋を飛び出した。
わたしがイレールに会いに行く事は、メロディは勿論、クララもジェーンも知っている事なので、
気分を害したりはせず、三人は明るく「頑張って下さい!」と声援を送ってくれた。
少し早い時間なので、生徒の姿もまばらだ。
わたしは足早に三年生の棟を目指していた。
もう少しで、三年生の棟___という時だ、わたしは強い力で押された。
「きゃ!?…あああ!?うっぷ!?」
強風に煽られた時の様に、抵抗する事も出来ず…
そのまま、二年生の棟まで押し遣られた。
「まぁ!誰だかは知りませんけど、ご親切に、どうもありがとう!」
わたしはそれとなく周囲を見回したが、やはり人の気配は伺えなかった。
わたしが三年生の棟へ行くのを邪魔するなんて…
やはり、イレールの心棒者に違いない!!
わたしは二年生の棟に入り、そこからダッシュで三年生の棟へ向かった。
渡り廊下を通ろうとした時だ、またもや強い力に圧された。
だが、二度目だ、同じ手が通じると思われているなら、甘く見られたものだ!
「そう簡単にはいかないわよ!!」
わたしは昨夜覚えた魔法を使い、自分に結界を張った。
そして渡り廊下を渡りきり、三年生の棟へ入った。
「潜入成功!どやっ!」
わたしはスキップをし、三年生の棟の入り口に立った。
イレール様、早く来ないかな~♪
わたしの願いが届けられたのか、今日は早い時間にイレールの姿が見えた。
わたしはささっと髪を整え、制服を払い、姿勢を正し、口の端を引き上げ、微笑みを浮かべた。
だが、突然の突風に、わたしは視界を奪われた。
「きゃ!!??」
風を避ける為に、わたしは再び結界を張った。
風は止んだが、周囲は何故か茫然とした顔で、わたしを注目している。
ええ?何か変??
嫌な予感に内心で汗を流していると、イレールが厳しい表情で駆けつけ、
わたしの手を掴むと足早に歩き出した。
階段は上がらず、向かっているのは二年生の棟だ。
「イレール様??あの、何か変でしたか?」
「気にするな、一瞬だ」
一瞬??
わたしは訝し気にイレールを見た。
イレールの顔が、少し赤い気がする…
「まさか…スカート…捲れてましたか?」
あの場に居たのはイレールだけでは無い、他にも、男子生徒が数名…
「嫌――――――――!!!」
わたしは悲鳴を上げ、イレールの手を振り切り、走り出していた。
「ヴィオレット!」
イレールが追って来てわたしの手を掴んで止める。
「落ち着け、大丈夫だ、一瞬で、しっかり見えていた訳では無い…」
「大丈夫なんかじゃありません!!イレール様以外の人に下着を見られるなんて…
見て良いのはイレール様だけです!!」
わたしは「うわあああん!」と声を上げ、泣いていた。
昨日のはまだ可愛い方だ、今日のが本泣きだ。
ぽんぽんと優しく頭を叩かれ、それから撫でられた。
優しく抱擁され、背中を撫でられ…
わたしは堪らず、イレールの胸に身を預けた。
「ふえぇ…イレール様ぁ…」
突然の事で、心が折られたが…良く考えてみれば、下着といってもドロワーズだ。
短パンと似た様な物だし、裾はレース付きで可愛い、恥ずかしい物では無かった筈…
見せパンと思えば良いのよ!テニスのスコートよりも生地は多いわ!
自分に言い聞かせていると、次第に涙も止まった。
「悪質過ぎる、誰がやっているのか調べてみよう」
わたしは涙を拭きながら頷いた。
イレールはわたしの肩を掴み、自分から離すと、ポケットを探りそれを取り出した。
銀色の細い指輪で、小さなピンクの宝石が付いている。
「俺が以前作った護符だ、買うまでの間使うといい」
「ありがとうございます!大事にします!イレール様!」
悔しい気持ちが一気に晴れ、喜びに変わった。
わたしはそれを大事に手の中に握り締めた。
そんなわたしを見て、イレールが「ふっ」と笑う。
「良かった、笑っている方がいい…」
イレールの言葉に、胸がときめく。
わたしは気恥ずかしくも、とびきりの笑顔をイレールに向けた。
「それでは、イレール様!お昼に食堂でお会いしましょう!勉強頑張って下さい!」
「ああ、気を付けろ、ヴィオレット」
「はい!」
ああ!イレール様から、指輪を貰ってしまったわ!!
貸してくれただけだけど、しかも、ピンクの宝石なんて…
メロディを想って造ったとしか思えないけど…
それでもいい!!
わたしを心配して、貸してくれたんだもの!!
「うわー!やっぱり、大きいわ!」
指輪を嵌めてみたが、どの指にも大きく、嵌らなかった。
ネックレスか紐に通して身に着ける事にし、今日の処は制服の裏ポケットに仕舞った。
「ふふふ~♪どんな護符よりも心強いわ!」
◇
「ヴィオレット様、勘当されたらしいな」
「ああ、公爵令嬢から一気に平民だろ、すげー転落人生だな」
「平民のヴィオレット様な、今朝、スカート捲り上げて歩いてたらしいぜ」
「男子に下着見せてたんだろ?」
「引くわー、平民に落とされて狂ったんじゃね?」
昼食の頃になると、すっかりわたしが勘当された事と、今朝の事が噂になっていた。
それも、《誰か》の仕業なのか、悪質に変換されている。
教室でも好奇の目で見られたが、食堂に入ると更にそれを強く感じた。
「平民女の挨拶って、スカート捲る事なのかー?」
「おーい、ヴィオレット様、俺たちにも見せてくれよー」
「平民女は呼び捨てでいいだろ」
「平民女の下着かー、公爵令嬢のとは違うのか?」
わたしを辱めようと卑猥な言葉が飛び交う中、わたしは毅然と顔を上げ、歩いて行く。
ヴィオレットであれば、耐えられなかっただろうが、わたしは家柄に対する執着は無い。
そして、愛しいイレール様が事実を知ってくれていると思えば、
他の者たちに何を言われようとも、どうでも良い事だった。
「まぁ!落ちぶれたものね~、ヴィオレット様」
「スザンヌ、もう彼女は貴族じゃなくてよ、ヴィオレットでよろしいわよね?」
「そうでしたわ!まさか、あのヴィオレット様が、平民になられるなんて!」
例によって、オリヴィア、スザンヌ、マーゴが、わたしを笑いに来た。
わたしは料理のトレイを手に席を探す。
イレール様はまだ来ていないみたいね…
「ちょっと!無視する気じゃないでしょうね?私たちに挨拶なさい!ヴィオレット!」
三人がわたしの前を阻み、高圧的な態度で言って来た。
「失礼致しました、でも、学園では身分は関係ありませんわ」
「フン!あなたがそんな事を言うとはね!」
「公爵令嬢の権威を振り翳していたのはあなたでしょう!ヴィオレット」
「ちゃんと挨拶しなさい!ヴィオレット」
マーゴがわたしの肩を押し、トレイが傾いた。
危うく零しそうになったのを魔法で止めた。
「オリヴィア様、スザンヌ様、マーゴ様、ごきげんよう」
「そんなんじゃ駄目よ!あなた、言ってたでしょう?」
「平民女は跪いて挨拶しなさいって!」
「それに、食事をするのにテーブルなんて必要ないわよね?」
オリヴィアがわたしからトレイを奪い、スザンヌとマーゴがわたしの両脇に立ち、
腕を掴んだ。
この時になっても、誰も止めようとはしない。
半数以上は面白がっている。
ヴィオレットが憎いのか、それとも、誰かが虐められているのを見たいのか?
騒ぎを大きくしたくは無いので、どう対処しようか考えていた処、助けが入った。
「止めて下さい!こんなの変です!」
メロディがわたしの側に来て訴えた。
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