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グエンに砂糖を教えて貰って以降は、残さずに食べて貰える様になった。
自分でも食べてみたが、一応、食べられる物にはなっていた。
美味しいかというと、微妙な所ではあったが、彼が食べてくれるので、
わたしはもっと良い物を!と日々作り続けていた。

だが、そんなわたしの行動を良く思わないメイドたちもいた。

「傷心の旦那様に取り入るなんて!」
「旦那様を誘惑するなんて、あつかましい!」
「フェリシアは旦那様のお気に入りですものね!」

聞こえる様に非難され、遂には、焼いたカップケーキをひっくり返された。
だが、非難されても仕方は無い。
彼の心を癒してあげたいのは本当だ。
だが、振り向いて貰いたい、好きになって貰いたいという気持ちもある。
わたしはグエンを愛しているのだから…
メイドと主人という立場では、どう取り繕っても、それは蔑むものにしか見えないだろう。

「フェリシア、あなたの行動は、メイドたちから忠誠心を失わせるものです。
旦那様の為になりません、あなたが改めなければ、出て行って貰う様、
旦那様に進言させて頂きます___」

メイド長のマリーに厳しい口調で言われ、わたしは「はい、申し訳ありません」と項垂れた。
マリーはアリスの時もメイド長だったので良く知っている。
執事レナールの妻で、有能で誠実で忠誠心に厚い人だ。
アリスも彼女にはよく世話になった。

「フェリシア、あなたには暫く、給仕から外れて頂きます」

わたしが息を飲むと、マリーは頭を振った。

「ここに居るなら、他のメイドたちと軋轢があってはいけません。
あなたは真面目で働き者なので、良いメイドになれるでしょう。
問題を起こさなければ、このまま置いて貰えるよう、私からも口添えしましょう。
分かったら、仕事に励みなさい、フェリシア」

「はい、ありがとうございます…」

マリーの好意はうれしかった。
だが、グエンとは離れてしまう…
メイドたちに嫌われずに、彼に近付く方法など、とても思い付かない。

「わたしの新しい仕事は何でしょうか?」
「洗濯場の仕事を覚えてもらいましょう…」

洗濯場や調理場は、グエンが立ち入る事の無い場所だ。
もう、彼の顔も見れないなんて…
わたしは内心気落ちしつつも、大人しく従い、洗濯場へ向かった。


洗濯場のメイドは三人で、その内一人は、わたしと交代で館に移った様だ。

「ハンナよ、こっちはマノン…」
「マノンよ、よろしく!」

ハンナは三十代半ばの恰幅の良い女中で、この人もアリスの時に館に居た。
その時も洗濯場に居て、仕切っていた。
マノンはアリスの時には、使用人と結婚していて、メイドだった。
随分若くなっているものの、知っている顔に安堵した。

「よろしくお願いします、フェリシアです」
「ここは体力仕事よ、でも、あなたは若いから大丈夫ね?頑張って頂戴」
「はい、頑張ります、初めてなので、色々教えて下さい」
「それじゃ、早速、洗い終わった物をマノンと干して来て頂戴___」

わたしとマノンは洗濯物を大きな樽に移し、庭へ運ぶ。
木々の間にロープを張ると、洗濯したシーツを二人で息を合わせ干して行った。


洗濯場の一日は、洗濯場に集められた洗濯物を洗い、干す。
だが、洗濯物は多く、全てを洗濯し干し終わるのには、昼頃まで掛かる。
それから、昼食を食べて、午後は乾いた物から取り入れ、アイロンをし、
畳んで棚に仕分けをする。
これが終われば、後は自由となる、メイドより拘束時間は少なかった。

空いた時間をどう使うか…
ハンナは町から通って来ているので、パンを貰い自宅へ帰り。
マノンはメイドの仕事を手伝い、その分給金を稼いでいた。
わたしも、晩食後は調理場の隅で、銀食器を磨かせて貰う事にした。

「あの子、洗濯場に行かされたのね!」
「いい気味!旦那様を誘惑するからよ」
「今度は使用人に取り入るんじゃないの?」

メイドたちにあからさまに意地悪を言われ、わたしは気落ちした。

「皆、妬いてるのよ、でも、馬鹿だわ、フェリシアはあたしたちとは違うのに!」

マノンに言われ、わたしは頭を傾げた。

「違うって?」

「今まで美人のメイドも居たけど、旦那様に相手にされた人はいない。
旦那様が興味を示し、普通に接しているのは、あなただけよ、フェリシア。
でも、あなたは取り立てて美人という訳じゃない、一見、あたしたちと同じ
町娘だわ、だからこそ、『自分だって!』って、皆夢見ちゃうのね。
でも、あなたは、あたしたちとは違う、多分、貴族の娘ね。
そういう家に仕えてきたから分かるの。だから、妬くなんてどうかしてるわ!」

マノンは肩を竦めた。

つまり、グエンがわたしを特別扱いし、普通に話してくれるのは、
わたしが『貴族の娘』で、使用人だと思っていないからだと…
特別な気持ちは無いと…

ああ、どうしたら、彼に恋をして貰えるのかしら…

嘆息するわたしの隣で、マノンは肩を竦めた。

「でも、大丈夫かしら、あなたを洗濯場の仕事にするなんて、
旦那様が怒鳴り込んで来るんじゃないかしら?」

「どうして?」

「洗濯場の仕事は女中の仕事よ?体力仕事だし、手も荒れるわ、
冬場なんてキツイんだから!そんな仕事、貴族の娘は絶対にしないわ!」

確かに、アリスはした事が無かった。
わたしは自分の手を見る。
まだ数日なので、荒れてはいないが…
アリスが作った薬を、メイドや使用人たちが喜んでいたのを思い出す。

「メイド長がお決めになったんでしょう?メイド長、大丈夫かしら…」
「メイド長は何故、わたしを洗濯場にしたのかしら?」
「他のメイドたちに示しが付かないからでしょうね、それか、あなたが根を上げるのを待ってるのかも!」
「ええ!?それでは、わたしを出て行かせようと…?」
「だって、あなた一生、メイドとして終わるつもりは無いでしょう?
結婚するにも、早い内がいいわ、旦那様が世話してくれるというなら、それが一番よ」
「でも、メイド長様は、わたしをメイドとして置いて下さる様、頼んで下さると…」
「どうかしら、でも、どっちにしても、メイド長は困った立場になるんじゃないかしら」

メイド長に迷惑を掛ける訳にはいかない。
メイド長にはアリスもお世話になったのだ。

「困ったわ…どうしたらいいかしら…」

わたしは頭を悩ませ、銀食器を磨いたが、良い案は浮かんで来なかった。

それから、二日後、マノンの予言が的中したのだった。


「洗濯場の仕事など、フェリシアにさせる仕事ではない!
メイド長は何を考えているんだ!」

話を聞いたのだろう、グエンがメイド長を連れ、洗濯場にやって来た。
グエンは厳しい顔をし、厳しい口調でメイド長を責めた。
メイド長は冷静に答えた。

「申し訳ございません、フェリシアは若い娘ですので、旦那様と噂になってはいけないと…」

「それは…だが、洗濯場の仕事などさせて、手が荒れてしまったらどうする!
フェリシアはここを出て、貴族の家で世話になると決まっているんだぞ!」

「ですが、フェリシアはそれを望んでいません。
彼女は良く働きますし、この館の役に立つ存在になるでしょう…」

メイド長の言葉に、やはり彼女は約束通り、
口添えをしてくれるつもりでいたのだと分かり、わたしはうれしくなった。
マリーはやはり、変っていない、優しく誠実で、信頼出来る人だ___

「メイド長がその様な事を考えずとも良い!彼女をこのままメイドにしてどうする、
彼女の幸せを思うのなら、言う通りにしなさい」

グエンは考えを変える気は無さそうだ。
だが、これ以上、メイド長を責める事も無さそうだ。わたしは安堵し、進み出た。

「旦那様、わたしの幸せを考えて頂き、ありがとうございます。
それから、メイド長様も、親身になって下さり、感謝しております。
ですが、わたし自身の事ですので、わたしからも意見させて頂いてよろしいでしょうか?」

「必要無い」

グエンは口を引き結んだ。
なんて横暴なのかしら!
彼は全てに責任を持つのが当然だと思っているのだろう。
そして、自分の価値観を信じて疑わない。

「いいえ、必要な事ですので、お許し下さい。
旦那様との約束は、たったの二月です。
その間、洗濯場の仕事をしたからといって、何も不都合はございません。
この先、メイドを雇う余裕の無い家に嫁ぐ事も十分ございますでしょう?
その時になり、感謝するかもしれません」

グエンは聞きながら、手で顎を擦る。
横暴な人だが、ちゃんと聞いてくれている様だ。

「旦那様は、わたしを貴族の娘と思われている様ですが、貴族といえど、
こちらの館の様に裕福な家ばかりではありません、貧困な家もございます。
これ程丁重に扱われては、わたしの素性がお分かりになった時、
お互い気まずい思いをする事になるかもしれません」

「だが、良家の令嬢でないとも言い切れない」

わたしは内心で顔を顰めた。
わたしは田舎の男爵家の令嬢だ、貧しい程では無いが、裕福でもない。
良家の令嬢だなんて、わたしの何を見て、そう思うのか…

「君は砂糖も見分けられない、洗濯も炊事も碌にした事が無いのだろう。
礼儀作法が身に付いていて、慎ましく、人も良い…
時に驚く程、はっきりと物を言う、知識は本から得ていて、
自由で奇抜な発想力を持っている…教育を受けているのだろう。
確かに高位貴族とはいわないが、君は貴族の娘で、家にはメイドもいた、
メイドを雇えるなら、そう悪い家では無い___という事だ」

その観察眼を褒めて差し上げたいが、記憶が戻っていると知られる訳にはいかない。
わたしは肩を竦めた。

「兎に角、二月程度です、洗濯場の仕事で構いません。
ですが、一つだけ…」

「散々喋った後に、一つだけとは、慎ましいな」

グエンの皮肉を無視し、わたしは続けた。

「手が荒れる、貴族の娘のする仕事ではない、というのをご存じなのでしたら、
対処をなさるか、相応の薬を用意するべきではありませんか?
手荒れの薬は、そう高価ではありませんでしょう?
ハンナもマノンも女性です、きっと感謝する筈ですわ」

「確かに、それは考えが至らなかったな…用意しよう」

「それで、旦那様、わたしに薬を作らせて頂きたいのですが…」

わたしが申し出た瞬間、彼は目を見開き、そして嫌そうに顔を顰めた。
まあ!失礼な態度だわ!

「君は、何故、そう余計な事をしたがるんだ!
あんなケーキを作っておいて、薬が作れるとでも思っているのか!?」

「大丈夫です、本で作り方は読みましたので…」

「君は、ケーキの時もそう言ってたのを忘れたのか!?
それを、薬など…絶対に認められん!」

「わたしが何かをしたがるのは、何かが切っ掛けとなり、記憶を取り戻せるのでは…と思うからです。
お願いです、一度だけ、機会を与えて下さい、
必ず、旦那様の期待にお応えしてみせますわ!」

熱心に言うわたしに、グエンは逡巡していたが、結局…
「いいだろう、だが、一度だけだぞ」と折れてくれた。


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