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しおりを挟む幾らもしない内に、グエンが姿を現した。
厳格な表情で、威圧感がある。
彼から怒りを感じ、ホールは重い空気に包まれた。
「盗みを働いたそうだな、ルイーズ」
グエンはルイーズを冷たく恐ろしい目で見降ろした。
だが、ルイーズは青くなりながらも、悪びれずに叫んだ。
「私を追い出そうとしたからよ!当然の報いだわ!」
それでグエンが動じる事は、勿論無く、益々その目は冷たくなった。
「当然の報いか、ならば、君にも当然の報いとやらを受けて貰おう。
君はこれから、両親の元に送り返される、
だが、今後、君には『盗みを働いた』という事実が付き纏う事になる。
君がした事は貴族中に知れ渡る、今後、君と親しくする者、雇う者はいないだろう。
一度付いた悪評が忘れられるのに、どれ程時間が掛かと思う?
その時まで、君を招待する家などないだろうし、君たち家族も一様に白い目で見られるだろう。
君は茶会にも舞踏会にも出られずに老いていくんだ、
唯一の救いは、結婚してくれる相手がいることだな___」
グエンがフィリップを流し見る。
フィリップは突然話を振られ、目を丸くしていた。
彼は婚約者が事件を起こしたというのに、傍観者の気分でいたらしい。
「そ、そんな…そんな酷い事、しないでしょう!?
だって、私はあなたの妻の妹ですもの!あなたにとっても家族よ!」
「盗人が『家族』など、軽々しく言わないでくれ___
君の親族たちは挙ってそう言うだろう。
教えておいてやるが、君の悪評で傷が付くのは、君とフォーレ家だけだ。
親族に至っては、自分たちまで火の粉を被らない様に、手を切るだろう。
ああ、それと、フィリップには多少迷惑が掛かるだろうが、婚約者がした事ならば、仕方が無いな」
フィリップは漸く事の重大さが分かったのか、茫然としている。
「お、お姉様!助けてよ!私は、自分がしている事が分かって無かったの!
ただ、困らせたかっただけよ!まだ十七歳ですもの!
誰だって間違いを犯す年頃でしょう?」
ルイーズは目を見開き、迫る様に、わたしに訴えた。
わたしはルイーズを突き放す事など、出来無かった。
嫁いだとしても、どれだけ傷付けられたとしても…
自分にとって、『妹』である事は変らない。
「ルイーズ、自分のした事が悪い事だと分かったのなら、
グエンや館の皆に謝りなさい、まずは、あなたが態度を改めなければ、
誰も許してはくれないわ」
わたしはなるべく優しい口調で諭した。
『わたしはあなたを見放したりはしない』と分からせる様に。
だが、それはルイーズを増長させただけだった。
「盗むつもりではなく、困らせたかっただけよ…誤解だわ!
後で戻すつもりでいたもの!それを、皆が騒いだから、こんな事になったんだわ!
そうよ、私は悪く無いわ!話せば分かる事よ!お姉様、言ってやってよ!」
「何を言っても無駄よ、あなたは馬車に乗る一歩手前だった。
シュシュがいなければ、館を出ていたのよ?」
わたしは頭を振る。
ルイーズは怒り、地団太を踏み、悪態を吐いた。
「私がこれだけ言ってるのに!何で分かってくれないのよ!
あんたは、自分さえ良ければいいのね!酷い姉がいたものだわ!!」
「ルイーズ!もう止めてくれ!」
ルイーズを止めたのは、フィリップだった。
「アリスの…いや、伯爵夫人の言う通りだ、君は謝るべきだ!
こんな事が父に…いや、世間に知れたら、僕は君とは結婚出来なくなる!
僕が付いていながら…伯爵、申し訳ありませんでした!!」
フィリップはグエンに向かい深々と頭を下げた。
頭を下げ続ける婚約者の姿に、ルイーズは毒気を抜かれたのか…
不機嫌な顔であったが、怒りを収めた様だった。
そして、渋々ではあったが、グエンや館の皆に向け頭を下げ、謝罪を口にした。
「館の物を勝手に持ち出し、申し訳ありませんでした…
我儘を言い、困らせた事も謝ります…どうか、お許し下さい…」
「君たちは罰として、このまま家に送り返す。
そして、この事はフォーレ男爵に報告させて貰う。
これより、フォーレ家の者は、この館に立ち入る事を禁ずる。
それから、君たちの結婚式には、僕とアリスは出席しない。
今回はそれで許そう___」
グエンが厳しい口調でそれを告げると、使用人たちは一斉に動き、
ルイーズとフィリップの荷物を馬車へと運んだ。
ルイーズとフィリップは追い立てられる様に、館から出され、馬車に乗せられた。
「ルイーズ!」
わたしは馬車に駆け寄った。
ルイーズに声を掛けようとしたが、彼女はわたしを見て、怒りに顔を染めた。
「あんたなんか、もう、姉じゃないわ!裏切り者よ!
立ち入るなですって?こんな田舎の館なんか、こっちからお断りだわ!
それに、結婚式に呼ばれると思ってたの?お笑いね!
もう、二度と顔を見ずに済むと思ったら清々するわ!」
ルイーズの怒りの前に、わたしは何も言え無かった。
ただ、茫然と馬車を見送った。
「アリス、大丈夫か?中へ入りなさい…」
グエンが心配し、わたしを館の中へ促したが、わたしは頭を振った。
わたしはグエンに向かい、頭を下げた。
「この様な事になり、申し訳ありませんでした…
妹のした事です、わたしにも責任があります…
どうか、わたしにも罰をお与え下さい…」
グエンが『出て行け』というなら、出て行こうと思った。
だが、彼はそんな事は言わず…その口調は柔らかかった。
「君にも十分、罰を与えたつもりだ。僕は君の家族が館に来るのを禁じた。
君は家族に会うには、実家に帰らなければならない、
その度に、今日の事を思い出し、胸を痛めるだろう…
僕は君が思うよりも、酷い男だろう?」
わたしは頭を振る。
「いいえ、ルイーズを叱って下さり、機会を与えて下さいましたわ…」
それは、今まで誰にも出来なかった事だ。
甘やかしてばかりいた所為で、ルイーズを我儘にしてしまったのだろう。
幼い頃はもっと、素直で明るい子だったのに…
「それに、結婚式も出席せずに済みます…」
「良い言い訳になった」
グエンが肩を竦めたので、わたしはつい、笑ってしまった。
「そうしていなさい、君は笑っていた方がいい」
グエンがわたしを見て、微笑む。
わたしはうれしさに、頬が熱くなった。
だが、一瞬後、フェリシアの笑顔が見たいからだと気付き、熱は一気に引いた。
「どうした、アリス?」
訝しげな顔をしたグエンに、わたしは慌てて笑みを見せた。
「いえ、伯爵の寛大な処分に感謝致します…」
「伯爵か、グエンと呼んで構わない、館の者も今更変に思うだろう」
「はい、では、グエンと呼ばせて頂きます」
グエンは頷くと、さっと踵を返した。
「昨日話していたが、君に薬を作って貰いたい、付いて来なさい___」
『館の者も変に思う』と言ったばかりだが、グエンはきっぱりと芝居を止めていた。
再び、距離を感じ、その事を寂しく思いながらも、安堵してもいた。
この人の傍にいるのは危険だと…
優しくされたら、益々好きになってしまうだろう。
気持ちが溢れ出し、きっと、想いに気付かれてしまうわ___
グエンは薬草の温室と、作業場に案内してくれた。
立派な温室で、必要な薬草は揃っている。
それに、作業場も広く、綺麗に整理されていた。
「フェリシアが作っていた薬を集めてみた、館の者が使っているんだが、
もう残り少ない。気に入っているから、似た物が出来ると喜ぶだろう…」
「分かりました、やってみます」
薬や作業場という事もあり、わたしは直ぐに気持ちを切り替える事が出来た。
フェリシアが作っていた薬は、手荒れ薬、傷用の止血薬、頭痛薬、
痛み止め、下熱薬。
幸い、フェリシアは調合法をメモ書きで残していたので、大凡は分かった。
「これなら、十分に作れるわ…」
特に多く必要なのは『手荒れ薬』の様で、『水仕事毎、就寝前』とメモがあり、
わたしはまずそれに着手する事にした。
わたしは調合法に照らし合わせ、薬草を準備し、作業を開始した。
すっかり作業に集中し、グエンがいつ出て行ったのか、わたしは気付かなかった。
◇
調合法があった事もあり、薬はフェリシアが作った物と寸分違わず、仕上がった。
わたしはそれを小瓶に移し、ラベルを貼り、執事に預けた。
執事がそれを薬箱や、使用人たちの部屋、作業場等に配ってくれた。
「奥様、薬をありがとうございます!」
「助かりました、これで、安心して使えます!」
使用人たちの評判も良く、喜びの声が聞け、わたしもうれしかった。
薬を作っている間は、何もかも忘れる事が出来た。
だが、グエンと顔を合わせた途端に、また胸が騒ぎ出す。
意味も無く、頬が熱く、彼の視線を意識してしまう。
夜、部屋に戻っても、隣にグエンがいるのだと思うと、火照りは続いた。
だが、わたしは用心深く、気持ちを気付かれない様にしていた。
わたしの気持ちを知れば、きっと彼はわたしを避けるだろう。
今以上に距離が出来てしまうなんて、悲し過ぎる。
だが、もっと恐ろしいのは…
彼に捨てられる事だ___
最初から【白い結婚】だと言われている。
悲しみが癒えた後、わたしに見合った相手をみつけると…
わたしは、その時を恐れていた。
そんな日が来ない事を祈り願った。
だが、それは突然に、訪れた___
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