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二度目

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わたしは教会に赴き、神に祈る事が日課となった。

時が戻った事への感謝。
これまで、わたしがしてきた事への懺悔。
そして、リアムから全てを奪ってしまった事を悔いた。

「わたしは、もう二度と、リアム様とはお会いしません…
だから、お願いです、リアム様に侯爵を継がせて下さい…
そして、リアム様が、幸せになりますように…」

二度と、リアムとは会わない___それが、わたしが決めた贖罪だった。


◇◇


わたしは一度目の時に、令嬢が必要とする、所作、礼儀、学問、
ピアノ、刺繍等を習っていて、身に付いていたので、家庭教師に教わる事はあまりなかった。
だが、変に賢いと思われても困るので、いつも初めて聞く様な顔をし、聞いていた。

次第に、更に多くを学びたいと思う様になった。
一度目の時、わたしはルイーズを信じて、痛い目に遭ってしまった。
我儘で傲慢で意地悪女、皆の嫌われ者___
そんな自分を変えたかった。
そして、もう二度と惑わされない為にも、わたしはもっと賢くなる必要があると思えたのだ。

「わたしは、自分に自信がありません。
周囲に不快な思いをさせてしまうんじゃないか、嫌われるのではないかと…
その為の勉強をしたいのです…」

問題は、何処で学ぶか、何を学ぶか…

礼拝堂で祈っていた時、ふと、隣の席に置き忘れられた本が目に入った。
表紙には女性の肖像が描かれていた。
優しく、穏やかな笑みを浮かべている。
見ていると不思議と心が落ち着いた。

「ああ、すみません、置き忘れていました」

神父がやって来たので、わたしは本を差し出し、尋ねてみた。

「神父様、この肖像の方は、どういった方ですか?
わたし、お会いしてみたいのですが…」

「直接、お会いするのは難しいですね、もう、千年以上も前に亡くなられていますので」

「まぁ!わたしったら!」

自分の無知を曝け出してしまい、わたしは赤くなった。
だが、神父は馬鹿にしたりはしなかった。

「大聖女マリアンヌ様です、彼女の事を知りたいですか?」

「はい…」

「それなら、この本をお貸ししましょう」

「よろしいのですか!?」

「ええ、きっと、大聖女マリアンヌ様のお導きでしょう___」

わたしは貸して貰った本を抱え、館に戻った。
それから、時間を惜しんで、本を読んだ。


その本には、大聖女マリアンヌの人生が、物語形式で綴られていた。

マリアンヌは小国の王女として生まれた。
王は暴君で、妃も王子王女たちも傲慢で我儘だったが、
中でもマリアンヌは、末娘で、甘やかされて育ち、小さな暴君の様だった。

マリアンヌが十二歳の時、敵国に攻められ、城は陥落する。
王や王子は殺され、妃は敵国の王の妾にされた。
王女三人は、命は助かったものの、上の王女は敵国の息子の妾にされ、
中の王女とマリアンヌは、城の召使にされた。

中の王女とマリアンヌは、最初は反発していたが、
周囲は彼女たちを平気で罵倒し、暴力を振るい、黙らせた。
仕事は辛く、元王女の身では非常に屈辱的だった。
中の王女は耐えきれず、城の上から身を投げ、命を落とした。
マリアンヌは、怒りよりも恐怖に支配されていたが、夜になると、
自分の不幸を呪い、さめざめと泣き、神を呪った。

どうして、王女である自分が、この様な目に遭わなければいけないのか!
神様は間違っているわ!
自分たちが何をしたと言うのか!

ある夜、呪いの言葉を吐くマリアンヌの元に、女神が現れた。

《おまえが今受けている屈辱や痛み、恐怖は、全て、おまえたちが皆に与えてきたもの》
《悪い行いは、何れ自分に返るもの》
《おまえはこの苦しみから逃れる事は出来ない》

「私は王女よ!王女が召使を使って何が悪いの!」

《王女?召使?》
《吾にとっては、同じ人間》
《それなのに、おまえは何を偉ぶっておるのだ?》

「私が召使と同じ?嘘よ!父は王で、母は王妃なのよ!」

《おまえの父は、元は盗賊、卑しき者》
《国を奪い、王の座に就いただけの事》

「お父様が、盗賊…?」

《おまえの母は、貧しい家の生まれ》
《贅沢な暮らし、権力の座を望み、その美貌と才覚で、王に取り入った娼婦》
《王とは所詮、その様なものだ》
《そして、奪えば奪われる、当然の報いぞ》

「それでは…お兄様やお姉様、私が何をしたというの!?」

《おまえたちも、様々な物を奪ってきたではないか》
《人を傷つけ、命を奪った事もある》
《だが、それだけではない》
《前世からの罪も背負っておるのだぞ》

《苦しみから解き放たれたいのであれば、自分の運命を受け入れよ》
《大人しく、罪を償うのだ》
《いつの日か、許される時が来る___》

一夜明け、マリアンヌは女神に言われた通り、反抗的な態度を改め、
召使の仕事に取り組んだ。
周囲はそんなマリアンヌを嘲笑うだけで、これまでと変わらず、
マリアンヌに屈辱を味合わせようと、必要以上に厳しくした。

マリアンヌはやはり悔しく、夜になると、またさめざめと泣いたが、
それでも、今度は呪いの言葉を吐かず、「許される時がくる」と自分を励ました。

「見ろよ、あのみすぼらしい恰好!あれが、元は王女様なんだからな!」
「あれじゃ、ただの薄汚い小間使いだ!」
「こっちの方が似合ってるぜ!王女様!はははは!」
「王女様、ここ、汚れてるよ!あんたには目が無いのかい?」
「王女様、そんなに時間を掛けてたら、陽が暮れちまうじゃないか!」
「全く、あんたは使えない子だね!」

日々が過ぎる中、自分に浴びせられる暴言が、嘗て、マリアンヌ自身が
使用人たちに言って来た事と、そう差異が無い事に気付いた。
それにより、マリアンヌは自分の罪に気付いた。

「私は酷い娘だったのね…」

それからは、泣く事は無くなった。
ただ、過去の自分の行いを悔い、償いの気持ちで、懸命に働いた。

次第に、皆、マリアンヌを「王女様」と嘲る事も無くなり、暴言や罵倒も減っていった。
新しく入って来た使用人等は、マリアンヌの事を知らず、他の召使同様に接した。
マリアンヌはいつしか、「マリー」と呼ばれる様になっていた。

マリアンヌが十八歳を迎えた頃、マリアンヌはすっかりこの環境に馴染んでいた。
仕事は辛い事もあったが、大方の事は慣れ、失敗もなくなった。
同じ年頃の親しい友人も出来、マリアンヌの顔には笑顔が見えた。
マリアンヌは、過去を忘れ、新しく生きようとしていた。
だが、それを嘲笑うかの様に、城が再び攻められた。

男の使用人たちは武器を持ち、戦いに出た。
王妃、王女、側室…それに、女の使用人たちは、地下に隠れていた。
皆、身を寄せ合い、恐怖に震えている。

城が陥落すれば、直ぐに見つかり、捕まるか殺される事は、
マリアンヌは経験上、良く知っていた。
マリアンヌは懸命に祈った。

「ああ!どうか、神様、女神様、御助け下さい!」
「私の命など、どうなっても構わない」
「どうか、皆を助けて下さい!」

マリアンヌの心は、『皆を救いたい!』という思いで張り裂けそうだった。
その時だ、再び女神がマリアンヌの元に現れた。
神々しく光り輝いていたが、周囲にそれを見る事が出来た者は、マリアンヌただ一人だった。

「ああ!女神様、どうか、皆を御助け下さい!」

《代わりに、おまえの命を差し出すというのだな?》

「はい、私はどうなっても構いません!」

《ならば、吾の僕となるか?》

「はい、何でも致します」

《おまえに吾の力を授けよう》
《この力を使い、この地に安泰を齎すのだ》
《よく覚えておくのだぞ》
《道を外れた時、おまえは力を失い、命を落とすであろう___》

女神が消え、マリアンヌは自分の体に力が漲っている事を知った。
マリアンヌは地下を出た。
城の中では、皆が剣を手に殺し合っている。

「止めて!!」

マリアンヌは両手を上げ、それを振り下ろした。
すると、周囲に渦巻いていた、殺気や瘴気が、瞬くまに何処かに吸い込まれていった。
皆、ぼんやりとし、剣を下ろす。
敵兵たちは操られたかの様に、城から出て行った。

敵兵たちは引き上げて行き、城の者たちは歓喜し、祝杯を挙げた。
マリアンヌは皆から、「聖女様!」と称賛された。

だが、マリアンヌの力を知った王は、激しく嫉妬した。
王はマリアンヌに、「本当に力があるなら、隣国を奪って来い」と命じた。

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