8 / 14
8
しおりを挟む
◇◇ ルネ ◇◇
「ルネ、どうやら、オピュロン王国がソラネル王国に攻め入った様だよ…」
早馬で届いた書状を読んだフィリップは嘆息した。
ルネは書状を受け取り、目を通す。
「愚かな事を…!」
ルネは顔を顰めた。
オピュロン王国とソラネル王国は隣り合っている。
これまでも何度か争いになっていたが、全て国境付近で留まっていた。
互いに牽制し合う仲だったのだ。
だが、今回、オピュロン王国は侵略の意図を持ち、攻め込んだ。
元々、オピュロン王国の聖地だった場所を取り返すのだと、正義を掲げて…
だが、上手くはいかなかった。
反撃を受け、逆に不利な立場に立たされているらしく…
「援軍を送れと言って来たが、どうするかね?」
「お断り下さい、父上、我がヴァンボエム王国は中立国です、援軍を出す気はありませんと」
「だが、後々、問題にならないかね?」
援軍の要請を無視すれば、オピュロン王国が勝っても負けても、問題になるだろう。
「問題になったとしても、大事な民を戦地には送れません」
「そうだね、それに、我が国は小国だ、向こうも本気では頼っていないだろう」
「返事はなるべく引き延ばした方が良いですね」
「ああ、おまえに任せるよ、ルネ」
ルネは礼をし、王の間を出た。
そこに、側近のエミールが駆けつけて来た。
「ルネ殿下!分かりました!」
「何が分かったの?」
「あのアベラール一家が何者かが、ですよ!」
アベラール一家…
ルネの婚約者とその母、妹の事だ。
「ヴァレリー様は、元々、オピュロン王国の王太子、アンドレの婚約者だった者です!」
それを聞いてもルネは驚いてはいなかった。
最初、彼女たちがこの城へやって来た時…
《ヴァレリー=アベラール》という名を聞いた時、いや、彼女を一目見た瞬間、
それと気づいたからだ___
彼女の存在を知ったのは、留学時代だ。
アンドレに婚約者が居る事、そして、その婚約が特殊なものである事も、
学園では有名で、知らぬ者はいなかった。
百年周期の花嫁、竜の物語…
他人の事に興味の無いルネも、その話には惹かれた。
そして、アンドレを羨ましいとさえ思ったのだった。
一度だけ、力を見せつける為に呼ばれた会食の席で、
ルネは彼女を見た事があった。
漆黒の長い髪に金色の瞳が印象的な、美しく利発そうな少女だった。
あれが、竜の血を引く令嬢…
何と凛とし、美しいのか…
だが、彼女は会食であるにも関わらず、あまり食べなかった。
一口、二口食べると直ぐに皿は下げられた。
彼女は真っすぐ前を向き…何も目に入っていない様だった。
人形の様に、座らされている…
ルネにはそんな印象だった。
胸になにかもやもやしたものを抱きつつも、ルネに出来る事は何も無かった。
王太子の婚約者だ、近づく事も話し掛ける事も許されない。
遠くから、ただ、彼女を眺めるしかない…ルネは自分の無力さに気付かされた。
学園でのアンドレは、自分の婚約者について、いつも現実とは違う、虚像を口にしていた。
彼女は公式の場に出る事が無く、誰も本当の姿を知らないのだ。
アンドレはそれを利用し、言いたい放題に虚言を吐いた。
男の様な体型をしていて、体臭が酷く、暴力的で野蛮、頭も悪く、人の言葉を理解出来ない…
その様な者と結婚させられる自分は憐れだ…と、女子生徒たちの同情を引くのだ。
女子生徒たちはこぞって、アンドレを慰めようとし、身を投げ出した。
その様な現場を何度か目撃したルネは、アンドレを酷く軽蔑し、そして、避けた。
そうする位しか、自分の怒りをコントロールする術はなかった。
《怒り》だけでなく、《嫉妬》もあったと、今は分かる___
「お二人の結婚式の当日、ヴァレリー様に《滅びの星》が宿ったと、
彼女を妻にすれば国が亡ぶとお告げがあったのです!
結婚は即刻取り止めとなり、アンドレ王太子は別の令嬢と結婚しています。
ヴァレリー様の居る処、国が亡ぶと言われ、
アベラール一家は財産を没収され、追放されています!」
エミールが捲し立てるのを聞きながら、ルネは「成程」と納得していた。
ヴァレリーがアンドレの婚約者であった事は知っていたが、
こうなった経緯までは流石に知らなかった。
尤も、相手はあのアンドレだ、知った処で碌でもない事だろうとは思っていた。
「オピュロン王国がヴァレリー様を花嫁に送って来た意図は、
友好などではありません!我が国を亡ぼす為です!
ルネ様!彼女と結婚なさってはいけません!即刻我が国から一家を追い出すべきです!」
エミールの言葉に、ルネは反射的に胡乱の目を向けていた。
いつも柔和な笑みを浮かべているルネが、今は一ミリも笑っていない。
その事に、エミールは気付いていなかった。
「そんな話を真に受けるのは、5歳の子供までだよ、エミール」
「ルネ様!私を信じないのですか!?」
エミールが愕然とする。
「情報自体は信じるけどね、それはヴァレリーを陥れる為の策なんだよ」
「女性一人を陥れて何になりましょう!?」
それを説明するには、アンドレがどの様な人物か説明しなくてはならない。
ルネは嘆息した。
煮え切らないルネに、エミールの苛立ちは増した。
「お告げが真実であるからこそ、この国に押し付けたのです!
それ以外、理由は無いではありませんか!!」
「実はね、僕はアンドレ王太子に嫌われているんだよ」と、ルネは言ってみたが、
やはりエミールからは厳しく、「今は冗談を言われている時ではありません!」と返ってきた。
「ルネ様!即刻、手を打ちましょう!我が国が亡びる前に!」
「我が国は亡びないよ、少なくとも、ヴァレリーの所為では亡びないから」
ルネは冷静さを見せ断言したが、エミールの顔色は悪かった。
「駄目です、ルネ様!ルネ様はあの女に操られているのです!正気に戻って下さい!」
『正気に戻れ』と言っているエミールの方が、錯乱している様に見える。
国を案じる故だろうが、側近がこうでは困る…
ルネは落ち着いた声で言った。
「エミール、この事は他の者には言ってはいけないよ、皆が不安に思うかもしれないからね」
「どうして!?ルネ様にとって、国よりもあの女の方が大事なのですか!?」
「比べる事ではないけど、僕にとっては同じだよ、どちらも失う事は出来ない」
「そんな…!!」
エミールは余程ショックだったのか、走り去った。
思い詰めた様子の彼に、ルネは嘆息した。
「困ったね…」
聖女やら、神のお告げというのは厄介だった。
嘘だと証明するのが難しいからだ。
古来には、疑いを掛けられた者は、それだけで罰せられた。
ヴァレリーをそんな目に遭わせる事は出来ない。
アンドレの婚約者だった時には、ただ、見ているしかなかった。
だが、今の彼女は、ルネの婚約者だ。
「もう、ヴァレリーに辛い思いはさせない」
彼女は僕が守る___!
◇◇◇◇
一族の直系の娘は、百年に一度は、オピュロン王国の王子と結婚してきた。
母も一族の者とはいえ、父と結婚し、子供を産んでいる。
だから、わたしも、自分が普通の女性と変わらないと思いたい。
自信が持てないのは、アンドレに《女》扱いされなかったから…
周囲もわたしを《女》には見ていなかったから…
それでも、今まで《恐れ》が無かったのは、
アンドレに対して、怒りと義務しか無かったからだろう。
今、《怖い》と思うのは、少なからずルネに対し、好意を持ってしまっているからだ___
二月一緒に居ても、ルネは変わらない。
変わらずに、わたしを女性として扱い、そして、優しい目で見つめ、微笑む。
そうすると、わたしの胸は変にどぎまぎし、顔が熱くなる…
恥ずかしくなり、もぞもぞしてくる。
心拍数が上がり、息が荒くなる。
自分自身が変になってしまう___
「これが、《恋》というものなのかしら…」
こ、こ、恋!!??
「ああ!《恋》なんて!いけないわ!!」
《恋》などというものは、ある種の呪い!錯覚の筈!!
古来より、早く目覚めなければ『正気を失ったまま身を滅ぼす』と言われている!
結婚に必要なのは、恋などではなく、相互理解、価値観、友情…きっと、そんなものよ!!
兎に角、恋などしては困るわ!!
「どうか、わたしの頭から消え去って下さい!ルネ様!!」
「いえ!嘘です!!消えて欲しいなどとは…」
「ああ!でも___!!」
大混乱だ!!
「い、いけないわ!こんな時は、ソフィ婆さんの事を考えるのよ!!」
ソフィ婆さんからの挑戦を思い起こし、闘志を燃やすのだ!!
わたしは《それ》で何とか邪念を振り祓い、織機を動かす事が出来たのだった。
◇
「ヴァレリー、今日は城の裏手…森林へ行きましょう」
早朝に塔へやって来たルネから誘われた時には舞い上がったが、
その理由を聞いた時には拍子抜けした。
「森で収穫した物を町の広場で配るという風習があるのです」
「風習って、織物だけでは無かったんですね…」
一体、いつ結婚出来るのかしら??
別に、わたしは急いで無いけど…
ルネは急いでるのよね?子孫を残したいと言っていたし…
ん??
子孫!??
子孫って、子供じゃない!!
良く考えたら、子作りって事よね!??
えええええ!??子作り!??わたしとルネがぁああ??
!!!
わたしは一人赤面してしまった。
ルネは気付いていないらしく、いつも通り、穏やかに説明してくれた。
「そうなんです、僕は王太子なので、特別にしなければならない事もあり…
今日の事ですが、収穫した物が僕たちの象徴とされ、金貨に刻まれます。
金貨は結婚式の日に記念硬貨としてお披露目となりますので、急ぐ必要があり…」
つまり、これから、金貨をデザインし、作るというのだ。
それでは職人も大変だ。
「実は、織物が思いの他早く仕上がりそうなので、金貨を急がねばならないと催促が来ました」
もしかして、ソフィ婆さんが来たのは、進みを見る為の偵察だったのかしら?
わたしはそれを思い出した。
でも、二月二十五日と発破を掛けたのも、ソフィ婆さんだ!
金貨造りの職人には悪いけど、全力で織らせて貰うわ!!!ふっふっふっ!!
「はい、承知致しました、ルネ様、早速参りましょう!」
いざ!森林へ!!
ルネは「くすくす」と笑い、「それでは、歩き易い服装に着替えて頂けますか?」と促した。
わたしは動きやすい衣類など持ち合わせが無く、ルネに借りる事も考えたが、当然サイズが合わず…
結局、自由の利く修道士服を借りてきて貰った。
ズボンだし、生地が丈夫で軽いのだ。おまけに、フードも付いている。
「完璧ね!」
着替えを済ませ、わたしは鏡で確認し、満足した。
髪は後ろで一本の三つ編みにした。
「ルネ様、お待たせ致しました、参りましょう」
「修道士の服も、あなたが着ると可愛らしく見えますね」
さらりと言われ、わたしは一瞬きょとんとしたが、頭がそれを理解すると、真っ赤になった。
「か、か、可愛らしいなど!嘘ですわ!」
「いえ、本当に、可愛らしいですよ」
「こんなの!凛々しい男性の様では無いですか!」
身長も幅もある。
修道士の中で、これ程大柄な者はいないだろう。
わたしは両腕を広げアピールしたが…
「凛々しくはありますが、男性と女性では根本的なものが違います。
あなたはどう見ても、美しい女性ですよ、ヴァレリー」
ルネがニコリと笑う。
この人は、ペテン師か、感性が狂っているかだわ!
だから、信じてしまうのが怖い。
だけど、やはり、胸はどきどきし、うれしい気持ちは止められない___
ああ、どうか、ペテン師ではありませんように…
「ルネ、どうやら、オピュロン王国がソラネル王国に攻め入った様だよ…」
早馬で届いた書状を読んだフィリップは嘆息した。
ルネは書状を受け取り、目を通す。
「愚かな事を…!」
ルネは顔を顰めた。
オピュロン王国とソラネル王国は隣り合っている。
これまでも何度か争いになっていたが、全て国境付近で留まっていた。
互いに牽制し合う仲だったのだ。
だが、今回、オピュロン王国は侵略の意図を持ち、攻め込んだ。
元々、オピュロン王国の聖地だった場所を取り返すのだと、正義を掲げて…
だが、上手くはいかなかった。
反撃を受け、逆に不利な立場に立たされているらしく…
「援軍を送れと言って来たが、どうするかね?」
「お断り下さい、父上、我がヴァンボエム王国は中立国です、援軍を出す気はありませんと」
「だが、後々、問題にならないかね?」
援軍の要請を無視すれば、オピュロン王国が勝っても負けても、問題になるだろう。
「問題になったとしても、大事な民を戦地には送れません」
「そうだね、それに、我が国は小国だ、向こうも本気では頼っていないだろう」
「返事はなるべく引き延ばした方が良いですね」
「ああ、おまえに任せるよ、ルネ」
ルネは礼をし、王の間を出た。
そこに、側近のエミールが駆けつけて来た。
「ルネ殿下!分かりました!」
「何が分かったの?」
「あのアベラール一家が何者かが、ですよ!」
アベラール一家…
ルネの婚約者とその母、妹の事だ。
「ヴァレリー様は、元々、オピュロン王国の王太子、アンドレの婚約者だった者です!」
それを聞いてもルネは驚いてはいなかった。
最初、彼女たちがこの城へやって来た時…
《ヴァレリー=アベラール》という名を聞いた時、いや、彼女を一目見た瞬間、
それと気づいたからだ___
彼女の存在を知ったのは、留学時代だ。
アンドレに婚約者が居る事、そして、その婚約が特殊なものである事も、
学園では有名で、知らぬ者はいなかった。
百年周期の花嫁、竜の物語…
他人の事に興味の無いルネも、その話には惹かれた。
そして、アンドレを羨ましいとさえ思ったのだった。
一度だけ、力を見せつける為に呼ばれた会食の席で、
ルネは彼女を見た事があった。
漆黒の長い髪に金色の瞳が印象的な、美しく利発そうな少女だった。
あれが、竜の血を引く令嬢…
何と凛とし、美しいのか…
だが、彼女は会食であるにも関わらず、あまり食べなかった。
一口、二口食べると直ぐに皿は下げられた。
彼女は真っすぐ前を向き…何も目に入っていない様だった。
人形の様に、座らされている…
ルネにはそんな印象だった。
胸になにかもやもやしたものを抱きつつも、ルネに出来る事は何も無かった。
王太子の婚約者だ、近づく事も話し掛ける事も許されない。
遠くから、ただ、彼女を眺めるしかない…ルネは自分の無力さに気付かされた。
学園でのアンドレは、自分の婚約者について、いつも現実とは違う、虚像を口にしていた。
彼女は公式の場に出る事が無く、誰も本当の姿を知らないのだ。
アンドレはそれを利用し、言いたい放題に虚言を吐いた。
男の様な体型をしていて、体臭が酷く、暴力的で野蛮、頭も悪く、人の言葉を理解出来ない…
その様な者と結婚させられる自分は憐れだ…と、女子生徒たちの同情を引くのだ。
女子生徒たちはこぞって、アンドレを慰めようとし、身を投げ出した。
その様な現場を何度か目撃したルネは、アンドレを酷く軽蔑し、そして、避けた。
そうする位しか、自分の怒りをコントロールする術はなかった。
《怒り》だけでなく、《嫉妬》もあったと、今は分かる___
「お二人の結婚式の当日、ヴァレリー様に《滅びの星》が宿ったと、
彼女を妻にすれば国が亡ぶとお告げがあったのです!
結婚は即刻取り止めとなり、アンドレ王太子は別の令嬢と結婚しています。
ヴァレリー様の居る処、国が亡ぶと言われ、
アベラール一家は財産を没収され、追放されています!」
エミールが捲し立てるのを聞きながら、ルネは「成程」と納得していた。
ヴァレリーがアンドレの婚約者であった事は知っていたが、
こうなった経緯までは流石に知らなかった。
尤も、相手はあのアンドレだ、知った処で碌でもない事だろうとは思っていた。
「オピュロン王国がヴァレリー様を花嫁に送って来た意図は、
友好などではありません!我が国を亡ぼす為です!
ルネ様!彼女と結婚なさってはいけません!即刻我が国から一家を追い出すべきです!」
エミールの言葉に、ルネは反射的に胡乱の目を向けていた。
いつも柔和な笑みを浮かべているルネが、今は一ミリも笑っていない。
その事に、エミールは気付いていなかった。
「そんな話を真に受けるのは、5歳の子供までだよ、エミール」
「ルネ様!私を信じないのですか!?」
エミールが愕然とする。
「情報自体は信じるけどね、それはヴァレリーを陥れる為の策なんだよ」
「女性一人を陥れて何になりましょう!?」
それを説明するには、アンドレがどの様な人物か説明しなくてはならない。
ルネは嘆息した。
煮え切らないルネに、エミールの苛立ちは増した。
「お告げが真実であるからこそ、この国に押し付けたのです!
それ以外、理由は無いではありませんか!!」
「実はね、僕はアンドレ王太子に嫌われているんだよ」と、ルネは言ってみたが、
やはりエミールからは厳しく、「今は冗談を言われている時ではありません!」と返ってきた。
「ルネ様!即刻、手を打ちましょう!我が国が亡びる前に!」
「我が国は亡びないよ、少なくとも、ヴァレリーの所為では亡びないから」
ルネは冷静さを見せ断言したが、エミールの顔色は悪かった。
「駄目です、ルネ様!ルネ様はあの女に操られているのです!正気に戻って下さい!」
『正気に戻れ』と言っているエミールの方が、錯乱している様に見える。
国を案じる故だろうが、側近がこうでは困る…
ルネは落ち着いた声で言った。
「エミール、この事は他の者には言ってはいけないよ、皆が不安に思うかもしれないからね」
「どうして!?ルネ様にとって、国よりもあの女の方が大事なのですか!?」
「比べる事ではないけど、僕にとっては同じだよ、どちらも失う事は出来ない」
「そんな…!!」
エミールは余程ショックだったのか、走り去った。
思い詰めた様子の彼に、ルネは嘆息した。
「困ったね…」
聖女やら、神のお告げというのは厄介だった。
嘘だと証明するのが難しいからだ。
古来には、疑いを掛けられた者は、それだけで罰せられた。
ヴァレリーをそんな目に遭わせる事は出来ない。
アンドレの婚約者だった時には、ただ、見ているしかなかった。
だが、今の彼女は、ルネの婚約者だ。
「もう、ヴァレリーに辛い思いはさせない」
彼女は僕が守る___!
◇◇◇◇
一族の直系の娘は、百年に一度は、オピュロン王国の王子と結婚してきた。
母も一族の者とはいえ、父と結婚し、子供を産んでいる。
だから、わたしも、自分が普通の女性と変わらないと思いたい。
自信が持てないのは、アンドレに《女》扱いされなかったから…
周囲もわたしを《女》には見ていなかったから…
それでも、今まで《恐れ》が無かったのは、
アンドレに対して、怒りと義務しか無かったからだろう。
今、《怖い》と思うのは、少なからずルネに対し、好意を持ってしまっているからだ___
二月一緒に居ても、ルネは変わらない。
変わらずに、わたしを女性として扱い、そして、優しい目で見つめ、微笑む。
そうすると、わたしの胸は変にどぎまぎし、顔が熱くなる…
恥ずかしくなり、もぞもぞしてくる。
心拍数が上がり、息が荒くなる。
自分自身が変になってしまう___
「これが、《恋》というものなのかしら…」
こ、こ、恋!!??
「ああ!《恋》なんて!いけないわ!!」
《恋》などというものは、ある種の呪い!錯覚の筈!!
古来より、早く目覚めなければ『正気を失ったまま身を滅ぼす』と言われている!
結婚に必要なのは、恋などではなく、相互理解、価値観、友情…きっと、そんなものよ!!
兎に角、恋などしては困るわ!!
「どうか、わたしの頭から消え去って下さい!ルネ様!!」
「いえ!嘘です!!消えて欲しいなどとは…」
「ああ!でも___!!」
大混乱だ!!
「い、いけないわ!こんな時は、ソフィ婆さんの事を考えるのよ!!」
ソフィ婆さんからの挑戦を思い起こし、闘志を燃やすのだ!!
わたしは《それ》で何とか邪念を振り祓い、織機を動かす事が出来たのだった。
◇
「ヴァレリー、今日は城の裏手…森林へ行きましょう」
早朝に塔へやって来たルネから誘われた時には舞い上がったが、
その理由を聞いた時には拍子抜けした。
「森で収穫した物を町の広場で配るという風習があるのです」
「風習って、織物だけでは無かったんですね…」
一体、いつ結婚出来るのかしら??
別に、わたしは急いで無いけど…
ルネは急いでるのよね?子孫を残したいと言っていたし…
ん??
子孫!??
子孫って、子供じゃない!!
良く考えたら、子作りって事よね!??
えええええ!??子作り!??わたしとルネがぁああ??
!!!
わたしは一人赤面してしまった。
ルネは気付いていないらしく、いつも通り、穏やかに説明してくれた。
「そうなんです、僕は王太子なので、特別にしなければならない事もあり…
今日の事ですが、収穫した物が僕たちの象徴とされ、金貨に刻まれます。
金貨は結婚式の日に記念硬貨としてお披露目となりますので、急ぐ必要があり…」
つまり、これから、金貨をデザインし、作るというのだ。
それでは職人も大変だ。
「実は、織物が思いの他早く仕上がりそうなので、金貨を急がねばならないと催促が来ました」
もしかして、ソフィ婆さんが来たのは、進みを見る為の偵察だったのかしら?
わたしはそれを思い出した。
でも、二月二十五日と発破を掛けたのも、ソフィ婆さんだ!
金貨造りの職人には悪いけど、全力で織らせて貰うわ!!!ふっふっふっ!!
「はい、承知致しました、ルネ様、早速参りましょう!」
いざ!森林へ!!
ルネは「くすくす」と笑い、「それでは、歩き易い服装に着替えて頂けますか?」と促した。
わたしは動きやすい衣類など持ち合わせが無く、ルネに借りる事も考えたが、当然サイズが合わず…
結局、自由の利く修道士服を借りてきて貰った。
ズボンだし、生地が丈夫で軽いのだ。おまけに、フードも付いている。
「完璧ね!」
着替えを済ませ、わたしは鏡で確認し、満足した。
髪は後ろで一本の三つ編みにした。
「ルネ様、お待たせ致しました、参りましょう」
「修道士の服も、あなたが着ると可愛らしく見えますね」
さらりと言われ、わたしは一瞬きょとんとしたが、頭がそれを理解すると、真っ赤になった。
「か、か、可愛らしいなど!嘘ですわ!」
「いえ、本当に、可愛らしいですよ」
「こんなの!凛々しい男性の様では無いですか!」
身長も幅もある。
修道士の中で、これ程大柄な者はいないだろう。
わたしは両腕を広げアピールしたが…
「凛々しくはありますが、男性と女性では根本的なものが違います。
あなたはどう見ても、美しい女性ですよ、ヴァレリー」
ルネがニコリと笑う。
この人は、ペテン師か、感性が狂っているかだわ!
だから、信じてしまうのが怖い。
だけど、やはり、胸はどきどきし、うれしい気持ちは止められない___
ああ、どうか、ペテン師ではありませんように…
13
お気に入りに追加
2,811
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?
真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています
Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。
その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。
だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった──
公爵令嬢のエリーシャは、
この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。
エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。
ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。
(やっと、この日が……!)
待ちに待った発表の時!
あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。
憎まれ嫌われてしまったけれど、
これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。
…………そう思っていたのに。
とある“冤罪”を着せられたせいで、
ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる