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◆◆

「アンドリュー様!先日の大会で、恐ろしい目に遭いました…」

「どうした、エリー、詳しく話してくれ」

エリーはアンドリューに、大会でアラベラが自分を目の敵にし、危険球をぶつけてきた事、
危うく怪我をする所だった事、警告を受けた後は自分を睨んでいた等々、好き勝手に訴え、
悲劇のヒロインを演じ、同情を誘った。

「何て、卑劣な女なんだ!王子の婚約者であろう者が…あの恥知らずめ!!」

アンドリューはエリーの話を信じ、激怒していた。

「他にも、アンドリュー様の御耳に入れて良いか、悩む事がございました…」

「何だ?」

「アラベラ様は最近、男子生徒を追い回しておいでで…
主には、パトリック、ブランドン、ジェローム様です。
随分、迷惑がられているのですが、アラベラ様自身は気付いておられないのです…」

「何だと!その様な不埒な真似をするとは…!」

「今日も、自らお菓子を焼き、持って来ておりました。
お菓子で男子生徒の気を惹きたいのですわ…
アンドリュー様という、素晴らしい婚約者がおられるというのに、その様な事をなさるなんて!
あたし、アンドリュー様がお可哀想で!」

エリーが「わっ」と泣き出した。

「俺の為に泣いてくれて、ありがとう、エリー。
あんな女、王の命でもなければ、直ぐに婚約破棄してやるのだが…
俺には力が無い…あんな女と結婚させられるなんて、俺は何て不幸な王子なんだ!」

「ああ、アンドリュー様!どうか、あたしにお慰めさせて下さい!」

「エリー!君は俺の天使だ!」

二人は、想い合っていながら、決して結ばれてはいけない、
悲劇のヒロイン、悲劇の王子を楽しんでいる様にも見え、わたしは頭を振った。

◆◆

「アラベラの焼いた菓子というものを食べてみたが、とても食えた物ではなかったぞ!」

「まぁ!アンドリュー様、あれを召し上がられたのですか?」

「ああ、余りに酷い出来だったから、窓から捨ててやった!
あれを食べさせられた男たちには同情する!」

「アラベラ様の作られた物等、危険ですわ」

◆◆

「ブランドン、あなたにもあるから、拗ねないで。
わたしとハンナ…クララのお姉さんが作ったのよ、有難く食べなさい」

アラベラがクッキージャーをブランドンに渡すと、彼は早速開けて食べ始めた。

「マジで!?おまえ、イイ奴だよなー!おお!めっちゃ凝ってんじゃん!
美味い!!何だよ、コレ!美味過ぎだろ!?」

「沢山焼いたの、エリーにもあげていいわよ」

「おー、エリーも食ってみろよ!美味いぜ!マジ、高級店のより美味いぜ!」

クッキージャーが向けられたが、エリーは「ごめんなさい、お腹いっぱいなの」と断った。


「フン!たかが、クッキーじゃないの!あんな物で男の気を惹くなんて…
ヒロインだって、そんな事してないっていうのに、悪役令嬢が!!
目障りなのよ!!」

エリーの目の端に、アラベラの姿が映る。
エリーは足早に近付き、階段に差し掛かった所で、その背を押した___

だが、今度のアラベラは、転がり落ちる事無く、魔法を使い、事なきを得た。

「チッ!!」

エリーは憎々しく舌打ちし、踵を返した。

◆◆

「《聖女の兆し》が出たそうよ!」
「《聖女》って、十代の女だよな?」
「生まれた時には分からないんだって」
「ああ、成長と共に、《聖女の光》とやらが、強く出るらしい」
「きっと、利用されない為だな」
「もしかすると、我が学園に《聖女》がいるかもしれないな」
「我が学園にいたらいいよなー」

聖女の兆しが出た事が、学園でも話題になっている。
エリーはそれを聞きながら、悦に入っていた。

「漸く、この時が来たのね、ここからよ!ここからが、ヒロインの物語よ!
ああ、アンドリュー様!」

エリーはアンドリューの姿を見つけ、駆け寄った。

「《聖女の兆し》の話は、聞かれましたか?」

「ああ、王宮もその事で大騒ぎだ!我が国に聖女が誕生するのだからな!
これまで、我が国に聖女が誕生した事は無かったが、これで我が国にも箔が付く!
めでたい事だ!」

「アンドリュー様にだけ、話しますが…」

「何だい?」

「実は、《聖女》は《あたし》なんです!」

「何だって!?エリー、それは本当か!?
ああ、そうなら良いと思っていたんだ!
だが、何故、分かるんだ?鑑定はまだだというのに…」

流石のアンドリューもすんなりとは信じなかった。
だが、エリーは「くすくす」と笑った。

「アンドリュー様、《聖女》は《予言》が出来ます。
あたしには、この先の運命が全て見えているの!」

「凄いぞ、エリー!」

「近々鑑定が行われますが、アンドリュー様は《聖女》を迎えに来なくてはいけません。
聖女を恭しく迎え、皆に王家の権威を示すのです!」

◆◆

「これより、大司教様をお迎えし、聖女鑑定を行います」

学園の女子生徒全員が、講堂に集められた。
女子生徒たちはそわそわとし、目を輝かせている。
エリーは小さく笑った。

「フン、自分が選ばれるとでも思っているのかしら?
皆、あたしの引き立て役なのに!」

大司教が机に着くと、鑑定が始められた。
名前を呼ばれ、一人ずつ、大司教の前に立つ。
大司教は水晶球を覗き、側に立つ供の者に何かを囁く。
すると、供の者が「お行下さい」と出口に促した。

「エリー・ハート」

エリーは、スッと立ち上がり、大司教の前に進み出た。
エリーの表情は、自信に満ちていた。
だが、水晶球を覗き込んだ大司教は、無反応だった。

「!!」

エリーの表情が険しくなる。
エリーは水晶球を見つめる…
その瞬間、水晶球の中から、白い光が浮かび上がった___

大司教は驚愕し、「おお!」と声を上げ、立ち上がった。

「このお方こそ、聖女様じゃ!」

講堂に、驚きの声が轟いた。
エリーは安堵したが、表情はやや険しかった。
それでも、アンドリューが入って来て、彼女の前に跪くと、可愛らしい表情を見せた。

王宮へ向かう馬車に促され、独りになると、エリーは零した。

「変だわ…あたしが《聖女》なのに、どうして水晶球は反応しなかったの?
全く!あの老いぼれ!本当に大司教なの?
あたしが魔法を使わなかったら、どうなっていたか知れないわ…」


水晶球は反応しなかった?あの光は、エリーの魔力だったの?
大司教は、《聖女鑑定》が出来ないの?
それとも、エリーは《聖女》ではないの?

まさか!

エリーが《聖女》でなければ、この世界は、何だというの?

【白竜と予言の乙女】のゲームとは違うの?
それとも、これは、裏ルート?

分からない…

◆◆

「王様、こちらが我が国の《聖女》、エリー・ハートにございます」

謁見の間にて、エリーは大司教より王に紹介された。
エリーは慎ましく優雅にカーテシーをした。

「おお!この娘が《聖女》か!成程、実に神々しい!」

王に疑う気配は無く、喜び、エリーを迎えた。

「魔法学園の生徒と聞くが、当面は《聖女》の方を優先して貰いたい。
我が国に《聖女》が誕生したのは初めての事でな、皆が待ちわびておる。
披露目もせねばならぬし、忙しいぞ」

「王様、エリーは学年首席です、その経歴も必要ではありませんか?」

アンドリューが口添えし、「ならば、試験だけ受ければ良い」という事になった。
エリーは大神殿と王宮に部屋を貰い、行き来する生活となった。
アンドリューは毎日の様に、学校が終わるとエリーに会いに王宮や神殿を訪ねた。

「エリー、俺は君を愛している、俺と結婚してくれるか?」

アンドリューのプロポーズに、エリーは驚いて見せた。

「あたしをアンドリュー様の妃にして頂けるのですか!?
ですが、あなたには、アラベラ様が…」

「アラベラなど、放っておけ!あんな女、いつでも捨ててやる!」

「それはいけませんわ、アンドリュー様、あの方に非があると、皆に知らせなければ、
あなたに傷が付きますもの…
あの方がどういう者か、王にも話された方がよろしいですわ。
きっと、納得して下さるでしょう___」

「確かにそうだ、アラベラに非があるというのに、俺が悪者になる理由も無い!
待っていてくれ、エリー、必ず王を説得してみせよう!」

アンドリューはアラベラの罪状を大袈裟に語った。
王はそれを鵜呑みにし、簡単に婚約破棄を決めたのだった。
だが、それには、王の思惑もあった___

「それでは、おまえは《聖女》エリーと結婚したいというのだな?」

「はい、エリーも強く望んでおります」

「王子妃が《聖女》というのは、願っても無い事だな…
よし、ドレイパー公爵令嬢との婚約は取り止めだ!
おまえにも《聖女》にも、傷はつかぬ様にしてやろう。
何、それだけ罪状があれば十分だ」

アンドリューは思い通りに事が運び、喜んでエリーに伝えた。

「エリー!アラベラとの婚約破棄が決まったぞ!」

「まぁ!うれしいわ!それでは、学園パーティの時に発表致しましょう」

「学園パーティでか?随分妙な事を考え付くんだな」

「妙ではありませんわ、学園パーティには、学園生のほとんどが集まるでしょう?
その場で、アンドリュー様の正義を訴えるのです!」

「成程、よし、分かった、そうしよう!」

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