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わたしは衛兵に囲まれ、神殿に入った。

「支度をさせろ!」

衛兵が命じると、修道女たちがわたしを囲み、「こちらへ」と促した。
向かった先は、大浴場だった。
わたしは拘束を解かれ、衣服を脱がされると、プールの様な大浴場に入れられた。
修道女が、儀式の如く、優雅にお湯を掛け、丁寧にわたしの体を洗う…
湯浴みを終えると、二人の女性が待ち受けていた。

それは、ハンナとクララで、わたしは驚いた。

「ハンナ!クララ!どうしてここに?」

「ジェローム様が、お父様のクラークソン公爵に頼んで下さいました」

「ああ!アラベラ様!」

思い余ったのか、クララが「わっ」と声を上げ、泣き出した。
ハンナも、「アラベラ様…」と言ったきり、唇を震わせている。
言葉が思いつかないのだろう…

わたしはハンナとクララの手を取り、強く握った。

「来てくれてありがとう、心配させてしまったわね、ごめんなさい」

「アラベラ様!どうか、お逃げ下さい!このままでは、アラベラ様は…」

クララが顔をくしゃくしゃにし、ボロボロと涙を零した。

「いいのよ、覚悟は出来ているから」

「アラベラ様?まさか、ご存じだったのですか?」

二人は驚いた顔をした。
わたしは安心させる様に微笑み、頷いた。

「わたしは、白竜の生贄になる為に生まれて来たの。
その啓示を受けたのは、半年前よ、だから、心の準備は出来ているの。
学園パーティで起こる事も、こうして囚われる事も、全て決まっていた事なの。
今まで話せなくてごめんなさい」

「そんな…分かりません…
知っていて、何故、お逃げにならなかったのですか?」

「このままでいれば、白竜はこの国、この世界を滅ぼしてしまう。
白竜の怒りを鎮め、眠らせる事が出来る者は、わたしだけよ。
わたしは与えられた運命を受け入れるわ、
皆に生きていて欲しいから、この世界が好きだから。
その為なら、命など惜しくはない___」

命など惜しくはない___
そんな事がある筈はない。
だが、クララとハンナには、そう思っていて欲しかった。

『死にたくない』と言えば、二人はわたしを助けようとするだろう。
わたしは二人に甘え、全てを放り出し、逃げ出すかもしれない…
だけど、そんな事をして、一体何になるのか?
国が滅び、親しい者たちが命を落とす、そんな世界に生きて、後悔せずに済むだろうか?

そんな世界は、嫌よ!

「薔薇の如く凛と咲き、美しく散る、それこそが、わたくし、アラベラ・ドレイパーよ!
そうではなくて?」

わたしは凛とし、堂々と言い放った。
ハンナとクララは泣きながら、何度も頷いていた。

ハンナとクララは、用意された飾り気の無い白いドレスを着せてくれ、
髪を丁寧に梳かし、後ろで一本の三つ編みにしてくれた。
湯浴みの際に取られた、金のネックレスとサイファーに貰ったミサンガを、
二人にこっそり取って来て貰い、身に着けた。

これは、外せないわ…

この日の為に、用意した薬だ。
ミサンガの方は、ちょっとした良い思い出だ。

「クララ、パトリックと幸せになってね」

「はい…」

「ハンナ、今まで我儘を聞いてくれて、ありがとう。
最後の我儘を言っても良いかしら?
ブランドンにクッキーを焼いてあげてくれる?気に入ってたみたいだから」

「はい、畏まりました」

わたしは二人と強く抱擁を交わした。

「アラベラ様の事、絶対に忘れません!
アラベラ様は、私たちと一緒に生きるのです…」

「今も皆が、アラベラ様の名誉を回復しようと動いています、必ず果たしてみせます!」

「ありがとう、二人共、皆にも伝えてね、
また会いましょう、一足早く、来世で待っているわ!」

わたしは笑顔で言い、踵を返した。
修道女たちがわたしを囲み、連れて行く。

「アラベラ様___!!」

もう、振り向かない。

わたしは歯を食いしばり、顔を上げ、強い歩みで進んだ。


大神殿には、転移魔法陣があり、わたしはその中央に連れて行かれた。
わたしの側には、見張りなのか、衛兵が二人立つ。

「アラベラ・ドレイパーよ、聖女の予言により、そなたは《白竜の生贄》と決まった。
罪人は死しても救われぬが、そなたは白竜の生贄となる事で、
その穢れた魂も浄化されるであろう。これは聖女様の御情けである、感謝するが良い___」

大司教が講釈を述べ、わたしの前に立つと、呪文を唱えた。
魔法陣が光始めると、金色の光が上り、わたしたちを包んだ___

光が消えると、そこは峡谷の底で、直ぐ前には、大きく口を開けた洞窟が見えた。
ゲームではこの辺りは省かれていたので、詳細は知らなかった。
記憶にあるのは、白竜に食われる場面だけだ。
恐怖で逃げ惑うアラベラを、竜がその手に掴み、一呑みにするのだ___
想像してしまい、ぞっとするわたしに、大司教は無情にも告げた。

「洞窟の先が、白竜の棲み処である、行くのだ!」

衛兵がわたしの腕を掴み、洞窟の中へと引き摺って行く。
衛兵はわたしにランプを押し付けると、洞窟を出て行った。
そして、直ぐに入口は岩で塞がれた。

「入り口を塞ぐなんて、念入りね!
そんなに心配なら、白竜の所まで着いてくればいいじゃない!
ふん!どうせ、白竜が怖いんでしょう!」

わたしは大声で好き勝手喚いた。
ここまで大人しく従ってきた為、堰が切れたのだ。

「きっと、ゲームのアラベラは、逃げ場が無かったのね」

ゲームのアラベラは魔法がほとんど使えなかった。
勉強不足、努力不足、素質だけの女だ。

「わたしなら、洞窟を破壊する事も出来ると思うけど」

そんな心配を、大司教も衛兵たちも、誰もしなかったのだろうか?
大司教が外で、魔力を無力化する呪文でも唱えているのかしら?
わたしは愉快な想像をし、先へ進んだ。

逃げ出せるかもしれないが、逃げ出す訳にはいかない___

ハンナとクララにも大見栄を切ってしまった。
それを思い出せば、誘惑も消えた。

幾らか進んで行くと、灯りが見えた。
洞窟を抜けると、そこには大きな泉があった。
周囲は岩肌に囲まれているものの、上部はぽっかりと開けていて、
綺麗な青空が見えた。

「綺麗な所ね…」

光が反射し、水面がキラキラと輝いている。
わたしは感嘆し、見惚れていた。

!!

上空から何か音がした気がし、見上げると、何やら黒いものが飛んでいた。
翼を動かし、こちらに降りて来る…

もしかして…
そう思いながらも、動けなかった。

それは、あっという間の事で、次の瞬間には、泉が大きな音を立て、水飛沫を上げた。
黒いと思ったのは、影だった。
目の前、泉に悠然と浸かっているのは、眩しい程に白い竜だった___

来たわね!

わたしは首に掛けた金色のネックレスのロケットを握ると、素早く、薬を取り出した。

竜は人間よりも賢いというし、きっと、言葉も分かるだろう。
わたしは腹筋を使い、声を張り上げた。

「白竜よ!わたくしを喰らいなさい!そして、その怒りを鎮めるのです!
どうか、愚かな人間たちに、僅かな平穏をお与え下さい___」

白竜の灰色掛かった青色の目が、キラリと光る。

《そなたが、我の生贄になるというのか?》

音の様な、不思議な声が響いた。
これが、竜の声___!
わたしはこんな場面ではあったが、その事に感動していた。

それに、竜を間近で見られるなんて、無い事だもの!貴重だわ!
ああ、でも、直ぐに死ぬのよね…残念だわ!

「はい、わたくしが生贄にございます」

《生贄ならば、我の好きにしても良いのだな?》

「はい、お好きな様になさって下さい」

でも、フライパンで焼くなんて言わないでね!

《焼くのも良いな、味付けは何が良いか?》

塩コショウかしら?…って、もしかして、わたしの考えを読んでいるの?

竜は大きな頭を振った。

《人間の頭の中を覗く事など、竜には容易だ》

それは、恐れ入りました。
どうぞ、これまでの無作法は水に流し、わたしを食べて下さい。

《食べる気は無い》
《その様に貧相な身を食べた所で何になる?》

貧相…
まぁ、肉にはならないし、多分、美味しくもないわよね…
でも、食べて貰わなきゃ、世界が破滅してしまうわ!

《我が暴れ、世界を混沌に突き落とすと思っている様だが》

如何にも!

《その様な事をする理由も無い》

「は?」

わたしは思わず、間抜けな声を出し、白竜を凝視していた。

「白竜が怒ると、天変地異が起きるのよ!
各地で地震が起こり、大地が割れて、火山が噴き出して、
その上、嵐が来て、それは何年も続き、世界を崩壊させるの…そうでしょう?」

《だが、滅多に怒る事は無い》

否定はしなかったわね!

「それじゃ、どうして、生贄を要求したの?」

《我は何もしていない、おまえが勝手に来たのだ》
《我が棲み処に土足で踏み込み、聖なる泉を穢そうとした》
《それこそ、我が怒る理由になるか?》

「待って待って!無理に怒らないでよ!
勝手に棲み処に入った事は謝ります!
泉もとても綺麗だわ、見惚れただけで、汚したりしません!
ほら、近付いてもいないでしょう?」

わたしはジリジリと後退した。
だけど、白竜が怒っていないって、生贄を求めていないって…どういう事なの?

「誤解なんです!
聖女が、あなたが生贄を欲していると予言して、わたしが指名されて来ただけで…
あなたは、怒っていないんですね?世界を破滅させる気も無い?」

《如何にも》

白竜が頷く。

全身から、気が抜けた。
思わず、その場に崩れ落ちていた。

でも、聖女の予言が間違いだったなんて…
それに、ゲームと違うわ…

「どうして…?」

《お告げなど、言った者勝ちだ》
《そもそも、人間程度に世界を見通す事等、無理というもの》

そ、そうでしょうか…

《納得出来ぬとみえる》

い、いえ!滅相もない!

《真相を見せてやっても良い》

真相を?
そんな事が出来るの?

わたしが問う様に見ると、その灰色掛かった水色の目の奥が煌めいた。
わたしは衝動的に言っていた。

「はい、わたしに、真相を教えて下さい!」

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