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しおりを挟む昼休憩、わたしとクララは、クッキージャーの入った紙袋を持ち、食堂へ向かった。
クララは緊張し、ガチガチだし、赤い顔をしていた。
パトリックが気付かない筈も無く、席に着いた途端、心配そうに見てきた。
「クララ?顔が赤いけど、熱でもあるんじゃないの?大丈夫?」
頻りに聞いて来るパトリックが鬱陶しく、わたしはクララを促した。
「違うわよ、クララ、パトリックが煩くて落ち着いて食べられないから、
先に渡してしまいましょう」
「どういう事?ドレイパー?」
怪訝な顔をするパトリックは無視し、わたしはクララの背に手を当てた。
クララは頷き、パトリックに顔を向けた。
「あのね、パトリック、昨日、アラベラ様に習って、お菓子を焼いてみたの…
それで、良かったら、パトリックに食べて欲しくて…
初めて作ったから、上手には出来なかったんだけど…」
クララはクッキージャーを取り出し、パトリックに差し出した。
パトリックは先程までの勢いを潜め、恐る恐るクララとクッキージャーを交互に見た。
「僕が、貰ってもいいの?」
「うん、迷惑じゃなければ…」
「迷惑なんて!うれしいよ、ありがとう、クララ…」
パトリックは両手でクッキージャーを受け取った。
二人して、顔を赤くし、もじもじとしている。
何ともじれったく、甘酸っぱい…
ほっこりと見ていたが、この場には、空気を読まない、デリカシー無しが居た。
「チッ、パトリックだけかよー」
ブランドンには、繊細さが欠けているのだ。
そして、食い意地が張っている。
幸い、パトリックとクララは二人の世界にいるので、そんな事は耳に届いていなかった。
わたしは「やれやれ」と、クッキージャーを取り出した。
「ブランドン、あなたにもあるから、拗ねないで。
わたしとハンナ…クララのお姉さんが作ったのよ、有難く食べなさい」
「マジで!?おまえ、イイ奴だよなー!おお!めっちゃ凝ってんじゃん!
美味い!!何だよ、コレ!美味過ぎだろ!?」
ブランドンの機嫌は直ぐに直った。
やっぱり、ブランドンは餌付けが一番ね。
「沢山焼いたの、エリーにもあげていいわよ」
わたしは一応言っておいた。
アンドリューにあらぬ事を吹き込まれては困る。
勿論、エリーはクッキーになど見向きもしなかった。
「僕も、食べていい?」
「うん、食べてみて」
「え、これ…」
取り出したハート型のクッキーに、パトリックが目を留め、顔を赤らめた。
鈍いパトリックにも、意味は分かったのだろう、妙にそわそわとし始めた。
「す、すごいなぁ!上手だね!ん!美味しいよ!」
「本当!?良かったぁ…」
舞い上がっているパトリックに、味が分かるかどうかは疑問だが…
まぁ、幸せそうだから、いいわ!
◇◇
放課後、アンドリューに目を付けられない様、クッキージャーを質素な紙袋で隠し、
薬学教室へと向かった。
アンドリューには会わなかったが、階段に差し掛かった時、突然、背中を強く押され、
わたしは成す術も無く、空に放り出された___
「きゃ!??」
マズイわ!!
わたしの頭を、階段の恐怖が襲う。
わたしは咄嗟に防御魔法を放っていた___
ドゴォォォーーーン!!
ガラガラ…ガシャン。
わたしの防御魔法は、階段を半壊させたが、
わたしにはクッションになり、衝撃から守ってくれた。
「た、助かった?わたし、生きてるわよね??」
わたしは手で体を触り、自分の身を確かめた。
周囲は瓦礫と化していたが、わたし自身には怪我など無かった。
「ええ、そうらしいですよ、校舎は酷い有様ですが」
笑いを含む声に、わたしはパッと、顔を上げた。
思った通り、直ぐ近くに白衣姿のサイファーが立っていて、
彼はわたしに向け、その大きな手を差し伸べた。
わたしはそれを掴んで立ち上がると、詰め寄った。
「先生!わたしを突き落とした人を見た!?」
「いいえ、残念ですが」
誰かが、わたしを突き落とした___
それは、確かだ。
だけど、一体、誰が?どうして?
わたしは《悪役令嬢》なのに…
こんな事、ゲームでは無かったわ…
もし、わたしが、こんな所で死ぬ事になったら…
「全て、ぶち壊しじゃないの!!」
最悪だ!!
「何としても、生き残らなきゃ…」
わたしは、白竜の生贄になるんだから___!!
「何やら深刻そうですが、こちらの方が深刻ですよ?」
サイファーが瓦礫の山を指した。
これが深刻ですって?ふん!この程度!
「ふん!公爵家に泣きついて、直して貰うわ!」
「公爵家より、私にしてはいかがですか?」
「先生に?」
「後片付けは、そちらの袋の中身で、手を打ちましょう」
見ると、瓦礫の上に紙袋が転がっていた。
途中で放り出してしまったらしい。
目敏いわね!食い意地はブランドン並みだわ…
だが、最初からサイファーの賄賂にと思っていたものだ、丁度良い。
わたしは、その事は言わない事にし、何食わぬ顔で「いいわよ」と紙袋を拾った。
サイファーは魔法を使い、瞬く間に修繕して見せた。
全然、深刻じゃないじゃない!
呆れつつも、わたしは「ありがとう、約束の物よ」と紙袋を渡した。
サイファーは「ありがとうございます」と、うれしそうに受け取った。
「わたしが焼いたクッキーよ」
「それでは、直ぐに紅茶を淹れて頂けますか?」
「畏まりました、ご主人様!」
軽口を言っている内に、先程の事はすっかり忘れていた。
それを思い出したのは、夜、ベッドに入ってからになる。
その時には、かなり冷静になっていた。
「悪役令嬢だもの、わたしを恨んでいる者も、それなりにいるわよね?
それに、何かされた所で、恐らく、死んだりはしないわ…」
ヒヤリとはしたけど、結局の所、二回目の転落も無事だった。
前世であっさり死んだ事を思えば、このしぶとさは、《運命》故ではないか?
わたしには、《悪役令嬢》としての、運命がある。
それは、ヒロインがどのルートを進むかにより、多少は違ってくるが、
死ぬのは、5月の終わりか、6月に入ってから…
「それまでは、死んだりしないわ…」
その《運命》が、わたしを生かしてくれる筈…
皮肉だが、その結論に安堵し、わたしは眠りに落ちた。
◇◇
その週末、パトリックは大通りへ行ったらしい。
週明けの食堂、席を立った際、クララに小さな紙袋を、そっと渡していた。
「クッキーのお礼」
それは、小さな花の飾りの沢山付いた、髪留めだった。
クララの雰囲気に合う、可愛らしく清楚なものだ。
クララは幸せそうな笑みを浮かべ、それを見つめた。
「貸して、着けてあげるわ!」
わたしは髪飾りを、ハーフアップの髪の後ろに付けてあげた。
「とっても良く似合っているわよ!パトリックはセンスが良いのね!
それとも、あなたの事を良く分かっているのかしら?」
クララは顔を真っ赤にし、手で顔を覆った。
「そうだと、うれしいです…
でも、期待はしてはいけませんよね…」
パトリックとクララは、もどかしくはあるものの、着実に仲を深めている。
パトリックルートを消す為…
正直、最初は打算もあったが、いつの間にか、関係無くなっていた。
わたしはただ、二人が好きで、パトリックとクララの仲を応援していた。
「今は、焦らずに、関係を深めていくの。
愛し合う二人になれたら、乗り越えられるわ、どんな事もね___」
何と言っても、パトリックはゲームの攻略対象者なのだ。
いざとなれば、家柄云々など、何とでもするだろう。
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