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しおりを挟むいつも通り、ブランドン、パトリック、エリーは先に席を立った。
だが、パトリックは気になる様で、チラチラとこちらを振り返っていた。
教室に戻ると、パトリックは席にいて、真剣な顔でわたしを振り返った。
「あのさ、クララだけど…もしかして、その…誰かに言い寄られているの?」
「さぁ、そんな人は居ないと思うけど?」
「だけど、急に変わるなんて、変だよ!それも、あんな…可愛い」
パトリックの顔が真っ赤になった。
お似合いのカップルね!
わたしは思わず言ってしまいそうになり、慌てて咳払いをした。
「クララには、好きな男子が…いるのかもね?」
「クララに、好きな男だって!?」
「驚く事かしら?クララだって十七歳なのよ?恋だってするわよ」
パトリックは目と口を丸くし、机に額を打ち付けていた。
どんなリアクションよ!
「クララは可愛いし、いい子だし、きっと、どんな男子でも…」
「分かってるから!もう、言わなくていいよぉぉ!!」
パトリックが机に抱き着き、喚いた。
ああ、煩い。
完全に拗らせ男子じゃない!
正直、ここまで、クララがパトリックの興味を惹けるとは思わなかった。
しかも、おさげを止め、化粧をしただけだ。
きっと、元々、パトリックの好みの女子だったのね…
だからこそ、パトリックは幼い頃から守って来たし、
ゲームでは二人が上手くいくルートもあったのだろう。
今まで、《幼馴染》《妹》《庇護者》というフィルターが掛かり、見えていなかったが、
クララの変貌で、それが剥がれたのだろうか?
「これって、上手くいけば、パトリックルートを潰せる?」
そこまで考えてした事ではなかったが、棚から牡丹餅!
わたしはその考えに、ニヤリとしたのだった。
◇◇
パトリックルートを潰す為にも、クララの恋を後押ししたいのだが、
これといって、良い考えは浮かばなかった。
クラスも違えば、選択教科もほとんど重ならない…
精々、昼食を一緒にする位だ。
せめて、席を近付けてあげようと、クララの席をブランドンの隣に換えてあげたが、
後からパトリックに怒られた。
「何で席を換わったのさ!ブランドンの隣なんて駄目だよ!」
「いいじゃない、ブランドンとも仲良くなって欲しいしー」
「ブランドンの腕が当たったりしたら、クララが吹っ飛ばされちゃうよ!」
「もう!だったら、あなたがブランドンと換わりなさいよ!」
わたしが言うと、パトリックは顔を真っ赤にし、「な、なんで!僕が!」と喚き、
教室を飛び出していった。
だが、その翌日には、パトリックは何食わぬ顔をし、ブランドンと席を換わっていた。
素直じゃないっていうか、拗らせ男子っていうか…
わたしはやれやれと思いながら、パトリックに声を掛けた。
「パトリック、紅茶を注いであげるから、カップを寄越しなさい」
「いいよ、まだあるから」
「それじゃ、クララ、わたしのだけお願いね」
わたしがクララにカップを差し出すと、その横で、パトリックは紅茶を一気飲みした。
「僕も、いい?」
パトリックが無造作に出したカップを、クララは両手で受け取り、
うれしそうな笑顔を見せた。
クララは丁寧に、優雅に紅茶を注ぎ、パトリックに渡す。
「はい、パトリック」
「ありがとう、クララ…」
紅茶の匂いよりも、甘い空気が漂っている…
もう!あんたたち、付き合っちゃいなさいよ!!
わたしは沸き上がる言葉を、サンドイッチと共に飲み込んだ。
それで、クララ、わたしの紅茶はいつ注いでくれるのかしら??
◇
放課後、わたしはいつもの庭ではなく、薬学教室へ向かった。
クララの髪騒動から、閃いた事があった。
「即効性のある、睡眠導入剤を作るのよ!」
白竜の生贄になる時に使う。
意識を失っている間に食われるなら、少なくとも恐怖は感じずに済む筈だ。
それから、聖女に盛る為の《毒》が必要だ。
ゲームでは何処からか仕入れていたが、本物の毒を使うのは避けたい。
もし、万が一にも、間違って飲んでしまう事があれば、取り返しがつかない。
ゲームでも不具合は付き物だもの!用心しなくちゃ!
即効性の睡眠導入剤ならば、例え間違って飲んでも死ぬ事は無い。
「わたしって、天才じゃないかしら!」
意気揚々と薬学の教室に入った所、またもやサイファーの姿があった。
もう!放課後まで居るなんて!
教師は真面目じゃない方がいいわよ!
わたしの内心の舌打ちは知らず、サイファーは穏やかに聞いてきた。
「おや、今日はどうされましたか?」
「薬に興味があるの、勉強しようと思って…」
「そうですか、それでは、お手伝いしましょう」
「結構です!先生は自分の仕事をして下さい」
「それでは、分からない事があれば聞いて下さい。
くれぐれも、教室を爆発させないで下さいね?」
爆弾なんて作らないわよ!!
わたしは手頃な机に陣取り、魔法薬の本を開いた。
睡眠薬のページを探す。
だが、簡単な睡眠薬の調薬方法しか載っていなかった。
薬学教室にも、調薬の本は置いているが、量が多すぎる。
一冊ずつ探していたら、何か月掛かるか分からない…
わたしは早々に諦め、サイファーに聞いていた。
「先生!睡眠薬の調薬が載っている本はどれですか?」
「危険な薬の調薬法は、全て禁書になっていますので、生徒には見せられません」
確かに!!
生徒がそう易々と危険な薬を作っていたら恐ろしい事になるわ!
だけど、わたしは《悪役令嬢》だもの!
法を犯し、危険な薬を作ってこそ、相応しい称号だわ!!
「見せられないって事は、存在はしているって事ね?」
「さぁ、どうでしょう?」
優しく穏やかそうに見えて、中々、食えない先生ね!!
こうなれば、奥の手よ!!
わたしは虚ろな目をし、足元をふらつかせ、机に寄り掛かった。
「先生、わたし、困っているんです…ずっと、眠れなくて…」
およよよよと、泣き崩れる。
勿論、演技だ。
「それは大変ですね、医務室に行かれるといいですよ」
「医務室の薬は効かないんです!
もっと、即効性があって、強い効果のある薬じゃないと…
先生、わたしに作って下さいませんか?お金なら、幾らでもお支払い致しますわ。
先生の望むままに…」
潤んだ瞳を瞬かせ、縋る様に見る。
学園教師のお給料なんて、たかが知れているでしょう!
これで引っ掛かったら、それをネタに脅迫してやるわ!
さぁ!わたしの甘い誘いに落ちなさい!ふふふ!!
「そんな事をしたら、学園を追い出されますからね…
今暫くはこうしていたい身ですし…」
冷静だわ…
金欲は無いのかしら?
「ですが、あなたの事ですから、私が断れば、他所に行くでしょう…
あなたは自分が危険な事をしていると、分かっていませんし…
放り出しても碌な事にはならないでしょうね…」
サイファーは滔々と、何やら失礼な事を言い綴っていたが、
やがて結論が出たのか、頷いた。
「薬は私が用意して差し上げましょう、ですが、報酬が先です」
「ええ、いいわよ、幾ら?」
「私は教師ですよ、金品等は受け取れません。
これから、放課後は毎日、私の助手をして下さい」
労働報酬ってこと?
公爵令嬢を奴隷の如く扱き使ってみたいって訳?
「まぁ、いいけど、期間は?」
「私が良いというまでです」
この人、見た目より、性格が悪いのかしら?
ゲームではそんな二面性無かった筈だけど…
だが、長くても、わたしが聖女暗殺未遂で捕まるまでの間、三ヵ月程度だ。
「薬は学園パーティまでには貰うわよ?二回分よ、約束してくれる?」
「はい、約束しましょう」
「それじゃ、あなたの助手になってあげるわ」
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