15 / 43
15
しおりを挟むわたしはクララの手を引き、魔法薬学の教室に駆け込んだ。
予想通り、教室に生徒の姿は無かった。
だが、予想に反して、教師の姿があった___
長い銀髪を後ろで束にした、白衣姿の教師…サイファー・オッド先生。
他の教師であれば、構える所だが、彼に対しては違う。
煩く言ったりしないし、融通が利く事を、知っていた。
「昼休憩にまで熱心ですね、復習ですか?」
わたしはクララの手を引き、サイファーの前まで連れて行った。
「先生!彼女、髪を切られたの!何とかしてあげて!」
「何とか、ですか?」
銀縁眼鏡の奥から、青灰色の目が探る様にクララを見た。
クララは怯えた様に、身を竦め、上目に彼を見ていた。
「先生なら、髪を伸ばす薬を持っているでしょう?」
「そういう事なら、手を貸しましょう___」
サイファーは徐に、クララの残っているおさげを手に取ると、それをバッサリと切り落とした。
「!??」
クララは目を見開き、固まった。
悲鳴を上げる事も出来ない程のショックを受けたのだと分かる。
わたしは彼女が倒れてしまわないかと、その細い身体を支えた。
「クララ!しっかりして!先生!酷いわ!何するのよ!!」
サイファーは切り落としたおさげを机に置くと、棚から瓶を取り出して来た。
「何と言われましても、髪を伸ばすのですから、揃えていた方がいいでしょう?」
「た、確かにそうね…」
伸びるのならね…
「先生、その薬で、本当に大丈夫なんですか?」
これ以上、酷い事になれば、クララが再起不能になるのではないか…
わたしは恐々としていたが、サイファーは至って平然としていた。
「ええ、ですが、あなた方では無理ですよ。
私でなければね、少し魔法も使います___」
サイファーは瓶から粉を一摘まみ取ると、クララの頭に振り掛けた。
そして、何やら難しい呪文を唱え、手を振った。
すると、クララの茶色の髪が、徐々に伸び出した。
「凄い!クララ!あなたの髪、伸びてるわよ!」
「本当だわ!」
クララも顔色を戻し、笑顔になった。
だが、一向に伸びるのを止めないので、わたしは慌てて声を上げた。
「先生!いい加減に止めて下さい!床に付いちゃうじゃない!」
サイファーが呪文を止めると、髪の伸びも止まった。
だが、既に、クララの髪は脹脛まで伸びている。
「もう!こんなに長いと不便でしょう!」
「そうですか?私は別に不便ではありませんよ?」
サイファーは自分の長い銀髪を掴んで見せた。
黙れ!長髪マニアめ!!
「どうやって切ろうかしら…」
髪型のセットは出来るが、カットはやった事が無い。
前世では美容院に行っていたし、舞台に上がる時も鬘を被る位だ。
「長さはどの位が良かったんですか?」
「この辺りです…」
クララが髪を掴む。
サイファーがナイフを取り出したのを見て、わたしは咄嗟に叫んでいた。
「待って!先生___」
だが、遅く、サイファーはザクザクとそれを切っていった。
いやああああああ!!!
わたしが内心で悲鳴を上げる中、サイファーは手を止める事無く、
それを切り終えた。
「いかがですか?」
出来栄えに関して言えば…見事に揃っている。
とてもナイフで切ったとは思えないわ…
クララも目を輝かせ、お礼を言っていた。
「十分です!先生、ありがとうございます!」
流石、長髪マニアね…
見直したわ…
わたしが内心で感心していると、
サイファーが銀縁眼鏡の奥で、意味あり気に目を光らせ、薄く笑った。
やだ、顔に出ていたかしら??
切り落とされた髪の処理を手伝うつもりでいたが、サイファーがあっさりと魔法で片付けた。
魔法の腕も相当らしい。
きっと、魔力も高いのだろう。
それが、何故、魔法学園で魔法薬学の教師をしているのか…?
教師らしくもないのに、不思議だわ。
そういえば、前に、刺激を求めて教師になったと言っていたけど…
それも理解し難かく、頭を振った。
クララが再び髪をおさげに結おうとしていたので、わたしは止めた。
「待って!きっと、おさげがいけないのよ!切りたい衝動にさせるんじゃない?
ハーフアップにした方がいいわ、やってあげる!先生、櫛を貸して!」
わたしは強引に言い包め、サイファーから櫛を借り、
クララの髪のサイドを少しずつ取り、ハーフアップにした。
優しい茶色の髪は、豊で艶もある。
「可愛い!似合うわよ!今日の所はこれでいいわ!
明日からは、ゆるふわのカールを入れるのよ、リボンを結んでね!」
「ありがとうございます…」
「ああ、忘れてたけど、髪型が崩れない魔法を掛けるわね!」
わたしはそれをクララの髪に掛けた。
「いい匂い…」
クララが思わず漏らした感想に、わたしは手を叩いた。
「そうでしょう!薔薇の匂いなの!
この魔法はパトリックから教えて貰ったのよ、あなたもやってみるといいわ」
わたしはサイファーからペンを借り、呪文を書いてクララに渡した。
だが、クララの顔は、あまりうれしそうではなかった。
彼女は泣く寸前の様な笑みを浮かべた。
「アラベラ様は…パトリックと、仲が良いのですね…」
ああ!誤解させちゃったのね!
「ええ、クラスメイトだし、隣の席なの、だけど、特別な感情は無いわよ?
わたしには婚約者がいるし、安心して!」
これまで忘れていた婚約者の存在を思い出し、使わせて貰った。
婚約していて良かったわ!
クララも思い出したらしく、顔を赤くした。
「すみません!私ったら、アラベラ様に失礼な事を…!
こんなに良くして下さったのに…恩知らずだわ…恥ずかしい!」
そこまで落ち込まなくても…
「いいのよ、好きな相手が異性と仲良くしていたら、不安になるものよ」
「好きな相手!?な、何故、分かったのですか!?…いやだ!」
クララはとうとう、両手で顔を隠した。
『見ていれば分かるわ』、何て言えば、更に慌てさせるだろう…
「わたしは特別、勘が良いのよ!それに名探偵並みに推理力があるわ!
大丈夫よ、パトリックは鈍いもの!」
わたしは明るく笑って見せた。
クララは幾分、平常心を取り戻した様だが、暗い表情で小さく笑った。
「は、はい、そうですね、パトリックは鈍いんです…
私の気持ちになんて、気付きません…
想いを込めて贈り物をしても、彼にとっては、他のものと一緒なんです…」
奥ゆかしい令嬢らしい、上品なアプローチだが…
まぁ、気付かないでしょうね…
面と向かって言わない限り、パトリックが気付くとは思えなかった。
「ほら、元気出して!パトリックは難易度も高いもの、そんな事でへこたれてちゃ、
攻略出来ないわよ!」
「攻略…?」
「言葉の綾よ、さぁ、後は、顔ね…」
わたしは誤魔化しつつ、クララの顔を覗き込んだ。
泣いた跡が見える。
髪を切った者たちに、泣いたなんて思わせたくないわ!!
「顔を洗って、お化粧しましょう!やってあげるわ!
ああ、先生、ありがとう!助かったわ!」
教室を出る寸前に思い出したので、礼を言うのがついでの様になってしまったが、
サイファーは気にする様子もなく、ゆったりと微笑み、頷いた。
水飲み場で顔を洗い、Aクラスに向かった。
「さぁ、座って!」
わたしはさり気なく、クララをパトリックの席へ促した。
クララはそこがパトリックの席だと知っていた様で、顔を赤くし、もじもじとしながら、座った。
過剰に意識し、緊張しながらも、うれしさを隠しきれない、片想い女子!
うう~ん!可愛い!
わたしはニマニマとしてしまいそうで、口元を震わせた。
「わたしに任せて、目を閉じていてね!」
鞄から取り出しますは、令嬢必須アイテムの化粧道具だ!
良い機会なので、クララをイメージチェンジする事にした。
クララは化粧が薄い。自然だし、真面目な学園生らしいが、
一方で、『野暮ったい』、『暗い』といった印象を与える。
クララの可愛らしさを引き立たせる化粧をしなきゃ!
目立たない様に頬紅を入れ、目尻にも淡いピンク色を乗せる。
細くアイラインを引き、薄くマスカラを乗せる…
唇は艶やかなコーラルピンクにした。
「さぁ、いいわよ!目を開けて!」
クララが目を開ける。
手鏡に映る自分の顔を見て、息を飲んだ。
「まぁ!自分じゃないみたいです…」
「大袈裟ね!あなたの魅力を引き出しただけよ」
「私の魅力…?」
クララはまだ信じられないという様に、鏡を覗き込んでいた。
これで少しは自信を持てるといいけど。
「さぁ!急いで食堂へ行きましょう!食いっぱぐれちゃうわよ!」
「食い…?」
思わず下賤な言葉が出てしまい、クララに目を丸くされたが、
空腹の今、気にしてはいられないわ!
「さぁ!急ぐわよ!!」
わたしは急いで化粧道具を片付けると、クララの手を引き、廊下を突進した。
擦れ違う生徒たちが、さっと道を開けてくれ、難なく食堂に辿り着く事が出来た。
昼休憩も終わる頃なので、食堂は閑散としていた。
わたしたちは我が物顔でトレイを取り、残っていた料理を乗せていった。
「まだ料理が残っていて良かったわね!いただきまーす!」
わたしがバクバクと食べ進める中、クララがポカンとし、わたしを見ているのに気付いた。
「どうしたの?食べないの?元気出ないわよ?」
「いえ、その…アラベラ様は、私たちとは違って、雲の上の人だと思っていたので…」
「イメージを壊しちゃった?」
「いえ、その…気を悪くされなければ良いのですが…
親しみ易くて、安心しました」
クララが頬を赤くし、はにかんだ。
「気を悪くなんてしないわよ、だけど、そうね…
いつもは、《雲の上の公爵令嬢》でいなきゃいけないの」
ドレイパー家はそれを望むだろう。
それに、わたしは悪役令嬢だもの、威厳を失くしてしまってはいけない。
圧倒的な存在感があってこそ、舞台も引き立つというものだ。
それに、そうでなければ、きっと、わたしの存在なんて、直ぐに忘れられる…
「あなたの前では、息抜きをさせてね、クララ」
わたしが微笑むと、クララはオリーブグリーンの瞳を輝かせた。
「はい!勿論です!
何でもおっしゃって下さい、私、アラベラ様の為なら、何でも致します!」
うれしいけど、それは困るわ…
「ありがとう、クララ。でも、何もしなくていいの。
あなたがあなたで居てくれたら、それがわたしの癒しだわ」
アラベラには友達がいない。
ドロシアとジャネットとは、利害関係に過ぎない。
一歩踏み込もうとしても、価値観が合わないのだ。
パトリックとブランドンは、友達と言えるかもしれないが、
彼等はまだ完全には、わたしを信じていない。
エリーと何かあれば、簡単に手の平を返すだろう。
クララとは、友達になれる気がした。
こうして一緒に居るだけで、楽しいし、安心出来る、孤独を感じないで済む…
それが、どれ程、わたしの助けになるか、きっとクララには想像も付かないだろう。
クララにとっては、良く無い事かもしれないけど…
13
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説
そのハッピーエンドに物申します!
あや乃
恋愛
社畜OLだった私は過労死後、ガチ恋相手のいる乙女ゲームに推しキャラ、悪役令嬢として異世界転生した。
でも何だか様子が変……何と私が前世を思い出したのは大好きな第一王子が断罪されるざまあの真っ最中!
そんなことはさせない! ここから私がざまあをひっくり返して見せる!
と、転生ほやほやの悪役令嬢が奮闘する(でも裏では王子も相当頑張っていた)お話。
※「小説家になろう」さまにも掲載中
初投稿作品です。よろしくお願いします!
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
ヤンデレ悪役令嬢は僕の婚約者です。少しも病んでないけれど。
霜月零
恋愛
「うげっ?!」
第6王子たる僕は、ミーヤ=ダーネスト公爵令嬢を見た瞬間、王子らしからぬ悲鳴を上げてしまいました。
だって、彼女は、ヤンデレ悪役令嬢なんです!
どうして思いだしたのが僕のほうなんでしょう。
普通、こうゆう時に前世を思い出すのは、悪役令嬢ではないのですか?
でも僕が思い出してしまったからには、全力で逃げます。
だって、僕、ヤンデレ悪役令嬢に将来刺されるルペストリス王子なんです。
逃げないと、死んじゃいます。
でも……。
ミーヤ公爵令嬢、とっても、かわいくないですか?
これは、ヤンデレ悪役令嬢から逃げきるつもりで、いつの間にかでれでれになってしまった僕のお話です。
※完結まで執筆済み。連日更新となります。
他サイトでも公開中です。
この異世界転生の結末は
冬野月子
恋愛
五歳の時に乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したと気付いたアンジェリーヌ。
一体、自分に待ち受けているのはどんな結末なのだろう?
※「小説家になろう」にも投稿しています。
気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました
みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。
前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。
同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる