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アラベラは教科書のほとんどを、教室の後ろのロッカーに置いていた。
課題が出ても、ドロシアとジャネットが片付けているので、必要無いのだ。
尤も、二人も他の者にやらせているらしい。

「腐りきっているわね…」

呆れつつ、ロッカーを漁り、魔法書を探していた所、
美しいストロベリーブロンドの髪をハーフアップにした、小柄な女性が教室に入って来た。
大きな緑色の瞳で、小動物の様な可愛らしさがある。

おお!彼女こそ、

エリー・ハート!

【白竜と予言の乙女】の、ヒロインだ!

「やっぱり、オーラが違うわね…可愛いし!」

流石、ヒロイン!と、うっとりしてしまう。

エリーは学年首席、Aクラス一番なので、席は前列の窓際だ。
席に着くまでの間、エリーに声を掛ける者はいなかった。
アラベラが「あの子と喋っては駄目よ」と言いつけているからだ。
アラベラの発言にはかなりの効力があるのだが、その力が及ばない者たちもいる…
所謂、《攻略対象者》たちだ。

このクラスにいる攻略対象者は、一人はエリーの隣の席、次席のパトリック・ヘイグ伯爵子息。
サラサラとした綺麗な白金色の髪に、薄い水色の目は大きく、童顔、美少年だ。
小柄で可愛らしい印象だが、その実、関心の無い事には素っ気なく、
生真面目で理屈っぽく、無愛想。
女性にも興味が無いので、彼の気を惹くのは難しいが、好きになれば盲目で、
一途である___

難易度が高いと言えるが、見ていると、パトリックの方からエリーに挨拶をした。
それに、二人は良い雰囲気で話している…

「不味いわ…」

エリーがパトリックルートを選んだら…
エリーは大規模な自然災害を予言するが、王家が民の混乱を恐れ、無かった事にした。
エリーとパトリックは王家に隠れ、人を集め対策を練る。
アラベラはエリーたちの行動を探り、密告するも、口封じの為、衛兵により毒殺される。
災害が起こり、エリーは聖女の力を使って鎮めるが、国は半壊…
エリーとパトリックは共に国の復興を目指す___エンド。

「これは駄目!犠牲が多過ぎるし、こんな死に方嫌よ!」

パトリックとエリーを睨み付けていると、そこに赤毛の大柄な男子が現れた。
もう一人の攻略対象者、ブランドン・デッカー侯爵子息。
血の気が多く、豪快、屈強な体の持ち主。
Aクラス三番で、勉強も出来るが、体を動かす事の方が好きで、武術に優れている。
単純でその気になり易いので、難易度は低い。いつも熱く思いを叫ぶ…

「わたしの好みじゃないけど…」

ブランドンはエリーにしきりに話し掛けている。
もう、落ちてそうね…

エリーがブランドンルートを選んだら…
聖女となったエリーは、隣国との戦を予言する。
その戦の最中、アラベラはエリーを殺そうと、彼女を追って危険地帯に
足を踏み入れるが、敵国の兵に聖女と間違われ、斬られ命を落とす。
そのお陰で、エリーの命は助かり、聖女の力で国を救うも、
ブランドンは戦の中、命を落としていた___エンド。

「これも駄目!斬られるなんて怖すぎるわ!
それに、悲恋エンドなんて、気の毒なブランドン…」

こんなエンドは嫌よ!
なんとかして、二人をエリーから遠避けなきゃ!!

「見ていなさい!わたくしが、最高のトゥルーエンドに導いて差し上げますわ!
おーほほほほ!」

気持ち良く高笑いしていたわたしだったが、ふと、ここが教室だった事を思い出した。
抱えていた魔法書を徐に開くと、顔を埋め、すごすごと席に着いた。

ええ、と…《時間を巻き戻す魔法》は、何処に書いてあるかしら?





アラベラはこれまで碌に勉強をしていなかったので、どの授業でも苦労した。
教師の説明は宇宙語にしか聞こえない。
それが一日中続くのだから、多大なストレスとなり、
エリーや攻略対象者の事を考える余裕も無かった。

「これは、由々しき事態ね…
基礎の基礎から勉強し直さなきゃ、話にならないわ!」

一年生の勉強から見直す事にし、わたしは放課後になるや否や、教室を飛び出し、
寮へと走った。

「お帰りなさいませ、アラベラ様」
「はぁ、はぁ…ただいまー」

普段、運動などしていなかった為、酷く息切れをしていたし、
昼間の気疲れもあり、わたしは虚ろに答えていた。
重い足で部屋の中を進み、鞄を下ろそうとした時、
それを受け取る手があり、ギョッとした。

「ひゃ!?」

思わず声を上げると、その荒れた手はビクリとした。

ああ!忘れていたわ!
部屋には侍女が居たのだ___

「いいのよ、自分で出来る事は自分でやるから、用事がある時は呼ぶわね」

机の上には、小さな呼び鐘が置かれている。
尤も、アラベラがそれを鳴らす時は、怒っている時だけど…

「あなたもやりたい事があるでしょう?」
「いえ、その様な事は…」

侍女は頭を下げたまま、もごもごと言う。
アラベラを恐れているのか、それとも、内気なのか?
両方かもしれないわね…

「そういえば…」と、わたしは部屋の中を見回した。

今朝、『仕事をなさい、完璧にね!手を抜いたりしたら、許さないわよ!
だけど、完璧に出来たら、後でご褒美をあげるわ』と約束したんだった。

部屋はいつも通り、綺麗だ。
だが、これを当たり前と思うなかれ!
掃除って大変なのよね…
それに、仕事とはいえ、小娘の我儘に付き合わされるんだもの…
前世ではわたしも雑用をさせられていた身だ、その辛さは分かるわ…

「ご褒美をあげる約束だったわね、あなたは何が欲しいの?」

「いえ、そんな…欲しい物なんて…」

《お金》と言えばいいのに。
彼女は善良なのだろう、頻りに畏まっている。

「部屋に花瓶は一つでいいわ、小さいものだけにして」

広いとはいえ、一部屋に花瓶が五個も置かれ、
そのどれもが、鮮やかな深紅の薔薇で溢れている。
赤い薔薇だけを、これ程の量集めるなんて、花屋も大変だろう。
苦労には同情するが、正直、過剰だし、無駄に思える。
前世が庶民だからだろうか?
改めて部屋を見回したわたしは、「否!」と頭を振った。
ここは、迎賓館などではなく、単なる学生寮だ!

「花も薔薇である必要は無いの、
明日からは、心が和む様な、可愛らしい花を選んでくれる?」

「はい、畏まりました」

「それなら、他の花瓶と花はあなたにあげるわ」

わたしが言うと、侍女は一瞬固まり、その後…

「ええ!?」と声を上げた。

「ご褒美よ、要らなかったら好きに処分なさい、売ってもいいわ」

売れば幾らか小遣いになるだろう。

「ですが、こんなに沢山頂いては…」

「わたしは花瓶を片付けて欲しいの、ご褒美はついでよ」

わたしは悪役令嬢らしく、鼻を鳴らしてみせた。
侍女は納得した様で、戸惑いつつも、頭を下げた。

「は、はい、ありがとうございます…アラベラ様」

「それから、あなた、名は何と言ったかしら?」

アラベラは侍女に興味もなく、名など聞いた事が無かった。
彼女は戸惑いつつ、静かに告げた。

「ハンナと申します」

やはり聞き覚えの無い名だ。
年の頃は二十歳位だろうか、淡い茶色の髪に、焦げ茶色の瞳で、
優し気な顔立ちだが、何処か印象が薄い。
ゲームではきっと、名もない端役ね…
前世のわたしが同情したのか、切なく胸が疼いた。

「そう、これからもお願いね、ハンナ。
さぁ!早く花瓶を持って行って頂戴!勉強の邪魔よ!」

わたしは悪役令嬢らしく、ハンナを追い立てた。

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