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「カリーヌ…」

わたしの耳に届き、わたしは思わず、彼女の胸に飛び込んでいた。

「お母様!」
「カリーヌ…会いに来てくれたのね…!」

母はわたしを抱きしめ返してくれた。

「いつか、会いに来てくれるのではないかと思っていました…
カリーヌ、あの人は?ジョエルは?」

「お父様は、わたしが8歳の頃に、流行り病で…亡くなりました…
すみません…」

母は、父が生きていると思っていたのだ…
わたしが会いに来た事で、母を悲しませる事になったのではないかと、心配になった。
母はしっかりと、わたしの手を握り、頭を振った。

「あなたの所為ではありません、それに、そんな気がしていました…
それよりも、父親を亡くして、さぞ苦労したでしょう、ごめんなさい、カリーヌ…」

「いいえ、わたしを引き取ってくれた家族がありました、ルメール伯爵です。
本当の娘の様に愛し、育てて下さいました。
それに、最愛の人にも出会えました…わたしの夫、フォーレ伯爵子息リアムです。
彼が、わたしをここまで連れて来てくれました___」

独りでは来られなかっただろう。
臆病なわたしは、真実を知る事を恐れていた。
そんなわたしを、リアムは勇気付け、支え、連れて来てくれた___

わたしはリアムに手を伸ばす。
リアムはわたしの手を取り、母に礼をした。

「リアムです、初めまして、お義母さん」

母の顔が輝く。

「カリーヌの母です。
あの人と良く話していました、私たちは引き離されるかもしれない、
だけど、娘には、愛した者と、幸せな結婚をして欲しいと…
その為に、私たちは名を捨て、娘の存在を秘密にすると誓いました。
私たちの願いを叶えて下さって、ありがとうございます、リアム」

母がリアムと握手を交わす。
リアムは真剣な目で頷いた。

「これまで、カリーヌを守って下さって、ありがとうございます。
これからは、僕が彼女を守っていきます、僕に守らせて下さい___」

母は笑みを見せた。

「お願いします、リアム」


わたしたちは、時間を埋める様に、お互いの事を話した。
父の事や母の事を聞けて、わたしは心が満たされていく気がした。
わたしは、父が隠し持っていた母の肖像と、家族の描かれた風景画を、母に渡した。

「お父様の絵です、お母様が持っていて下さい」
「ありがとう、これは、私が知らない絵だわ…」

母は愛し気な目でそれを眺め、その指で、文字を辿っていた。

《永遠の愛、サーラ》
《ジョルジュ=オードラン》

やっと、父は母に会えたのだ___
そんな気がし、わたしは涙ぐんだ。
リアムが肩を抱き寄せてくれ、わたしは彼の肩に頭を預けた。


わたしは、モーレル卿から言われた事を話した。

「王はわたしの存在を許さないだろうと言われました、王の耳に入れば、追われると…」

「王はイヴァン宰相に操られているの、昔は優しい王だったのよ…
それが、イヴァン宰相を側に置く様になり、おかしくなってしまったの…
権力を振り翳し、気に入らない者を排除していった…
皆、王を怯える様になった…誰も何も言えなくなってしまったの…
私を強引にマリユスと結婚させようとしたのも、私たちを追う様に嗾けたのもイヴァン宰相なの」

「ですが、イヴァン宰相は数か月前、斬首刑に処されました。
騎士団長のマリユスも、薬の中毒で亡くなりました」

リアムがそれを告げると、母は酷く驚いていた。
修道院では、世間の事はあまり聞こえて来ないのだろう。

「そう…神の裁きがあったのね…
これで、王も目を覚ましてくれるといいけど…」

母は呟くと十字を切った。
それから、わたしの手を握る。

「カリーヌ、私とあなたを結び付ける者は、いないと思いますが、
くれぐれも用心するのですよ。私の所へも、あまり来てはいけません。
ジョエルの事もなるべく秘密になさい。
あなたの家族は、リアムとフォーレ家、ルメール家の方々です、いいですね?」

「はい…」

わたしは頷いた。
母と離れるのは寂しい、辛い。
やっと会えたというのに…

「お母様!」

わたしは、母を強く抱擁する。
母はわたしを落ち着ける様に、頭を撫でてくれた。

「大丈夫よ、カリーヌ、ペンダントを持っているでしょう?
ペンダントは私の物、中の肖像を描いたのはジョエル…
私たちは何処にいても、繋がっています、いつもあなたを想っていますよ、カリーヌ」

「わたしも…わたしも、お母様の事を想っています!」

「あなたが、素敵な女性に育ってくれて、安心しました。
ルメール家とフォーレ家、リアムに感謝を…さぁ、二人共、もう行きなさい」

わたしは涙を抑え、名残惜しく、修道院を出た。

「また、会いに来よう。
君が来たい時に、いつでも連れて来てあげるよ、カリーヌ」

リアムが励ましてくれ、わたしは「はい」と笑顔を見せた。


リアムと話し、わたしの出生はこのまま秘密にする事にした。

オベールとベアトリス、そしてドミニク、フィリップ、ソフィには、
わたしの父は画家ルカ=スリジェで、母は貴族の娘で、家族に結婚を反対され、
修道院に入れられたと話した。
母の実家に知れると連れ戻される恐れがある為、この事は内密にする様、お願いした。

「そうか、母親は貴族か、そうだとは思っていた、
カリーヌの面立ちや造りの繊細さ、立ち振る舞いは、高位貴族のそれだ」

オベールに言われた時にはドキリとしたが、母が『王女』とは流石に思っていない様だ。

「母親に似ているとなると、見つかるかもしれんな…」
「相手は子供が居る事は知りませんが、何か手を打った方が良いでしょうか」
「髪を染めるか?」
「染めるのは勿体ない、鬘はどうでしょう?」
「ベールを着けるのはどうだ?」
「それは良いかもしれません、何処かの地方では、結婚した女性は着ける様です」

オベールとリアムが熱心に話しているのを脇に、ベアトリスがわたしに微笑んだ。

「母親が生きていて、良かったですね、カリーヌ」

「はい、ありがとうございます、皆様のお陰です」

「私は侯爵の娘ですので、デビュタントで一度だけ、王宮へ参った事があります。
緊張していた為、迷子になってしまったのですが…
その時、小さな可愛らしい令嬢が現れ、親切に道を教えてくれ、
『泣かないで』と飴をくれた事がありました。
後で、その小さな令嬢が王女様だったと知り、それ以来、あの方の事を
耳に入れる様にしていました。ですが、残念な事に、今から二十年前でしたか…
亡くなったと聞きました」

驚くわたしに、彼女は微笑む。

「それ以来、思い出す事も無かったのですが、あなたを見ていると不思議と思い出します。
あなたのお母様のお話を聞かせて下さい、カリーヌ」

「はい!」

わたしはベアトリスと長ソファに座り、母との再会を話した。
ベアトリスは頷いたり、笑ったりして、話を聞いていたが、時折、懐かしそうな目をした。


◇◇


町の大ホールを使い、慈善事業の一環、寄付目的の展覧会が開かれた。
オベールに勧められた事もあり、わたしの絵も三点出していた。
展覧会の絵や彫刻は、展覧会の後、オークションで値が付くことになっていた。

わたしとリアムは、オベールとベアトリスの名代として出席する事になった。
結局、ベールは逆に注目されるという事で、わたしは表に出る時には、
茶色の鬘を被る事にした。髪の色が違うだけで、雰囲気はかなり変わった。
本来、薄ぼんやりとした印象だと自分の事を思っていたが、
周囲からすると、それはそれで、何処か異質に見えていた様だった。

「自分たちとは違う、純粋無垢で、天使の様な…高貴な印象がある」

それが茶色の鬘のお陰で、《普通》に見えるらしい。

わたしたちは展示されている絵や彫刻を見て周った。
町の人が趣味で描いたものから、絵を生業としている者たちの作品、
若手のまだ名が知られていない画家の絵等、様々だった。
わたしたちはオベールから、「気に入った作品があれば購入して良い」と言われていた。

「この花の静物画はどう?玄関ホールにいいんじゃないかな」
「はい、素敵だと思います!お客様の気分が明るくなると思います」
「それでは、これと…君は、何か気に入ったものがあった?」
「この彫刻が、可愛らしくて…」

わたしは面白い表情をした梟の彫刻を指さした。
小さく、机に置ける物だ。

「楽しい気分になります、回廊に飾ってはどうでしょう?」
「うん、いいね」

わたしたちは、他にも何点か選び、チェックを入れていた。


夕方、会場を移し、オークションが始まった。
オークションの方も大勢の人が集まっていた。
誰でも参加出来るが、貴族や資産家たちは招待されて来ている者が多かった。
わたしたちは用意されていた椅子に座った。

オークションは順調に進んでいた。
リアムはオークションに慣れている様で、希望の作品を手に入れていく。

わたしの絵が画架に乗せられた。

「こちらは、フォーレ伯爵子息、リアム様の奥方、カリーヌ様の油絵になります」

ああ、売れると良いけど…
緊張を隠せないわたしに、隣に座るリアムが「大丈夫だよ」と手を握ってくれた。

「絵をお描きになるのですか、良いご趣味ですな、よし、私が買ってあげよう」

リアムの隣の席に座る資産家が、顔を覗かせてウインクをする。
わたしは戸惑いつつも、会釈を返した。
リアムは顔を顰め、わたしに頭を振った。

「開始は10ヴァルからです」
「30!」

伯爵令息の妻という事で、高い値段を付けてくれた様だ。
だが、隣のリアムは「安い」と不満気に漏らした。

「31」
「32」
「33」
「40!」
「50」
「80」
「100!」

値はどんどん上がっていき、わたしは驚いていた。
買うと言ってくれていた資産家も、
これ程高値が付くと思っていなかったのだろう、口を閉じ、頭を振った。

「高過ぎるのではないでしょうか…」

わたしは画家では無い。
言ってしまえば、素人が趣味で描いた絵だ。

「そんな事は無いよ、それに、寄付だから、高く値が付くものなんだよ」

その絵が、「210ヴァル」で落札が決まろうとしていた時だった。
会場に男の声が響き渡った。

「そんな絵に、大金を払うのは止めてときな!」

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