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《永遠の愛、サーラ》
《ジョエル=オードラン》

自分の出生や、父と母の事を知るのは、《怖い》と思った。
だけど、父が描いたであろう、母の肖像を見ていると、
《知りたい》という気持ちが、強く沸き上がってきた。

父が愛したこの女性の事を、もっと知りたい___!

わたしは肖像をリアムに見せ、それを話した。

「父と母の事を、調べてみようと思います」

リアムは力強く頷き、「僕も一緒に行くよ」と言ってくれた。

わたしたちは、新婚旅行の名目で、数日旅に出る事にし、オベールとベアトリスに告げた。

「旅か!それはいい、何処に行くんだ?」
「王都見物に、カリーヌは行った事が無いので、案内しようと思います」
「王都か、成程な、いいじゃないか、見ておくといい」
「こことは違い、賑やかですから、気を付けるのですよ」
「はい、ありがとうございます」
「カリーヌは僕が守ります」

リアムが凛と告げた時、オベールとベアトリスが目を合わせたのを見て、
わたしは気恥ずかしく視線を下げた。





王都までは、馬車で二日程掛かり、長旅となった。
リアムは、馬車を降りる都度、本屋を覗き、古い文献を何冊か買っていた。

「リアムは、読書がお好きなのですね」

そういえば、以前、ミュラー夫妻から聞いた事があったと、思い出す。
リアムは古く色褪せた文献に、大きな手を置き、頷いた。

「それもあるけど、実は、今は各地の御伽噺を集めているんだ」
「御伽噺?」
「地方に伝わる古い伝承には、それぞれ特色があって興味深いよ。
読み易く編集して、纏めて、本にしたいんだ、子供たちが自分で読める様にね…」

子供が読める本は少ない。
そんな本があれば、きっと、寂しい子供たちの癒しになるだろう。

「素敵です!わくわくしますわ!」
「賛成してくれるなら、挿絵を君に任せても良いかな?」

リアムのオリーブ色の目が煌めく。
わたしは胸を押さえ、息を飲んだ。

「わたしが挿絵を!?わたしでよろしいのですか!?
ああ!是非描かせて下さい!」

物語から想像し、絵を描く…
そんな事をした事は無かったが、想像すると、とても面白そうで、心は浮き立った。

王都までの道のり、リアムが本を見せてくれ、
わたしたちはその壮大な計画を、嬉々として話し合ったのだった。


王都には、フォーレ家で良く使用している宿屋があり、そこを利用する事にした。
宿屋に荷物を置き、わたしたちは直ぐに、王立図書館へ向かった。

立派な宮殿の様な建物が聳え立つ。
沢山の人が訪れていたが、内は静かだった。
わたしたちは肖像の間へと入り、それらを見ていく。
王族の肖像がずらりと並ぶ…
肖像画の下には、名と簡単な説明書きの札が置かれていた。

サーラの肖像を見つけ、わたしたちは足を止めた。
父の描いた肖像と年齢は同じ頃に見えるが、やはり、父の絵では無いと分かる。
この肖像のサーラは、美しくはあるが、王族らしく何処か冷たく…感情が見えなかった。
装いも華美なものだ。

説明を読むと、20歳で病死となっていた。
若くして病死だからか、他に説明は無かった。

「この肖像を描いた宮廷画家に会えば、何か話を聞けるかもしれないね」

リアムが言い、わたしたちは、この頃の宮廷画家の事を調べた。
そういった書類も集まっていて、難なく調べられた。

クレモン=モーレル
彼は七年前に宮廷画家を退いていた。

リアムは、王立図書館の職員に声を掛けた。

「フォーレ伯爵子息リアムと言います、以前、画家のクレモン=モーレルに
お世話になり、訪ねたいのですが、今はどちらにお住みですか?」

「モーレル卿でしたら、王都にお住みですよ、良く若い芸術家たちが集まっています、
場所をお教えしますね…」

居場所を教えて貰い、わたしたちはモーレル卿を訪ねた。
王都の大通りから程近い、宿屋だった。
一階は酒屋で、宿は二階で、彼はその一室を借りていた。

ギシギシと音のする階段を上がり、教えて貰った角の部屋へ向かう。
ノッカーの無い扉をリアムがノックした。

「フォーレ伯爵子息リアムと言います、モーレル卿にお会いしたいのですが」

扉が内から開き、若い痩せた男が顔を見せた。

「どうぞ」
「失礼します」

リアムとわたしは部屋に入る。
特有の絵具の匂いがし、懐かしく感じた。
老いた白髪の男が、画架に掛けたキャンバスに向かっていた。

「モーレル卿、初めてお目に掛かります、フォーレ伯爵子息リアムです」
「何の用かね?」

モーレル卿はキャンバスに向かったまま、素っ気なく答える。しわがれた声だ。

「卿にお尋ねしたい事があります」

リアムは若い男に席を外して貰うように言ってから、それを口にした。

「第三王女、サーラ様の事を、知りうる限り、お話して欲しいのです」
「サーラ様は亡くなった、他に何を聞きたいというのかね」

モーレル卿の口調が厳しくなった。
彼が知っているのは確かな様だ。
リアムは荷物から、サーラの肖像を取り出し、モーレル卿にそっと向けた。
それを目にしたモーレル卿は、絵筆を止め、固まった。

「何故!ジョエルの絵を持っているんだ!」

振り返ったモーレル卿は、わたしを見て、その灰色の目を見開いた。

「おお!サーラ様!!」

「彼女はサーラ様ではありません、恐らく、サーラ様の娘ではないかと…」

「なんという事だ!早く!顔をお隠し下さい!」

モーレル卿の血相に、リアムは着ていたローブを脱ぎ、わたしに着せると、フードを被せた。

「この様な所に来てはなりません!
誰かに気付かれたら、大変な事になりますぞ!」

リアムとわたしは顔を見合わせた。

「それでは、カリーヌは本当にサーラ様の娘なのですね?」

「子がいるというのは聞いてはいないが、そんな事、言える筈がない!
もし、そんな事が知れたら、どうなる事か…
平民との子など、王はお許しにならないだろう…」

「父親のジョエルは、この者ですか?」

リアムに言われ、わたしはペンダントを取り出し、中を開いて見せた。
モーレル卿は骨ばった痩せた手を震わせた。

「そうだ、ジョエルだ、ジョエルは若く才もあり…宮廷画家の私の助手に就いた。
だが、あいつは、寄りにもよって、サーラ様に恋をしおった…
そして、サーラ様の方も、ジョエルに恋をしてしまったのだ…
身分違いの恋など、上手くいく筈が無い!
サーラ様に縁談が持ち上がり…相手は、イヴァン宰相の息子、騎士団長のマリユスだ」

リアムが鋭く息を飲んだ。

イヴァン宰相、騎士団長マリユス…
わたしもそれを思い出した。

薬中毒で亡くなり、薬を流していたのが、アドリーヌの父ベルトラン男爵だった。
ベルトラン男爵とイヴァン宰相は、数か月前、斬首刑が執行された筈だ。

「恐ろしい事に、ジョエルはサーラ様を連れて逃げおった!
王の命もあり、イヴァン宰相とマリユスは血眼になってサーラ様を追い…
三年後、とうとう見つけ出したのであろう、サーラ様を連れ戻したのだ…」

「サーラ様がお戻りになったのは、ジョエルが逃げる為の時間稼ぎに過ぎなかった…
それを、考えもせずに、あの男が!!マリユスの奴が、サーラ様を自分のものに
しようと謀ったのだ!サーラ様は高潔なお方だ、あんな男のものになどなる筈が無い!
その場で、ナイフで胸を刺し、自害なされた___」

わたしは息を飲んだ。
リアムが肩を支えてくれ、何とか立っていられた。

「恐ろしい事だ!だが幸いな事に、サーラ様は一命を取り留めた」

「母は、生きているのですか!?」

わたしは息を吐く。
モーレル卿は、独り言の様に話した。

「サーラ様はジョエルの元に行く事を望んだが、それは許されなかった…
王女が平民と一緒になり暮らしているなど、王には我慢ならないのだ!
幽閉以外で、唯一許されたのは、修道院行きだった…
サーラ様は、表向きは死んだとされ、名を変え、修道院に入られた…」

「その修道院は何処ですか!?母は、何と名を変えたのですか?」

「聖ロゼール修道院、名はシスター・スリジェだ」

スリジェ…
父の偽名は、ルカ=スリジェだった。
母は、どんなに離れても、もう会えなくても、父と繋がっていたかったのかもしれない…

「いいかね、絶対にサーラ様の娘と知られてはいけない。
王の耳に入れば、追われるだろう…」

モーレル卿は声を潜め、重々しく言った。
わたしは「はい」と頷き、礼を言って部屋を出た。


モーレル卿の話を聞き、わたしたちは直ぐに王都を立つ事にした。

聖ロゼール修道院までは、馬車で一日掛かった。
小さな町を見守るかの様に、小高い丘に修道院は建っていた。
然程大きくは無いが、修道院特有の、厳かな雰囲気に包まれている。

「シスター・スリジェに縁のある者です、お会いしたいのですが」

入口で伝えると、「お待ち下さい」と、待合室に通された。
幾らかして、一人の修道女が部屋に入って来た。

「シスター・スリジェです」

修道女は静かに告げる。
その顔を見て、わたしは息を飲んだ。
年は幾らか取っているが、肖像がの女性だと分かった。

わたしがフードを取ると、彼女の水色の目が大きく見開かれた。

「カリーヌ…」

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