28 / 33
28
しおりを挟む◇◇ リアム ◇◇
リアムは馬を飛ばした。
ただ、一心に、一人の少女を連れ戻す為に___
リアムがルメールの館に行くのは初めてだった。
知らぬ土地の知らぬ館を訪ねるのだから、リアムは程無く道に迷った。
手頃な酒場に入り、道を尋ねようとした所、ならず者の男が割り込んで来た。
「ルメール伯爵の館なら、俺が良く知ってるぜ!案内してやるよ!」
「残念だが、僕は馬で来ているので、案内は遠慮しよう」
暗に断りを入れたが、男はしつこかった。
「その恰好…あんた、貴族だろ?ルメール伯爵の親族か何か?」
「まぁ、そうだ」
「だったら、あんたからも言ってやってくれよ、秘密をバラされたく無ければ、さっさと金を払えってさ」
リアムは最初、男を疎ましく思い、流していたが、その不穏な言葉に足を止めた。
「秘密とは?」
「それは言えねーな、強請のネタを渡すヤツは居ないだろ?」
「ここの飲み代を奢ると言ったらどうだ?」
「じゃー、少しばかり、教えてやるよ、ルメール伯爵の娘のシュゼットには秘密があるんだ」
シュゼット!?
リアムの全神経が男に向く。
「シュゼットの秘密とは何だ!?」
「あれは、本物のシュゼットじゃない、本当のシュゼットはとうの昔に亡くなってるんだよ」
思わぬ事に、リアムは目を見開いた。
男は愉快そうに笑った。
「なら、あの者は、《誰》だというんだ?」
「奴隷だよ、つまりは、伯爵様は奴隷を嫁に迎えたって訳さ!」
「奴隷?ルメール伯爵が奴隷を買い、娘にしたというのか?」
突飛な話で、リアムにはとても信じられなかった。
それに、シュゼットはその顔立ちといい、繊細な造りといい、
彼女の容姿が、『平民では無い』と物語っている。
《貴族》であり、それも、恐らく、純粋な《貴族》だ。
だが、男の言う事が事実であるなら…
リアムの頭の中でパズルが重なった。
帰って来なかったシュゼット。
父親と戻って来て、オベールと話し、直ぐに出て行ってしまった。
あれ程、彼女を気に入っていたオベールが、何の迷いも無く、「離縁」と言った…
「別に、信じたくなけりゃ、信じなくてもいいぜ、けど、約束の金は払っていけよ」
リアムはニヤニヤと笑う男を放し、男の飲み代を置くと、酒場を出た。
リアムは馬に乗っても、それを考えていた。
オベールが離縁と言ったのは、シュゼットが奴隷だからなのか?
奴隷では、伯爵夫人として認められないと?
「これでは、アドリーヌの時と同じじゃないか!」
リアムは吐き捨て、馬を走らせた。
リアムがルメールの館に着いた時には、すっかり陽は落ちていた。
リアムは趣のある大きな門を通り、馬を降り、玄関に立った。
気付いた執事が、扉を開け、出て来た。
「フォーレ伯爵令息、リアムです、シュゼットに会いに来ました、
彼女に会わせて下さい___」
真剣な様子に、執事は「どうぞ」とリアムを通した。
パーラーに入ると、気づいたシュゼットが立ち上がり、スカートを翻し飛んで来た。
「リアム様!?」
「シュゼット!良かった、無事だったかい?」
リアムはシュゼットの手を取り、強く握った。
離縁になり、さぞ、打ちひしがれていると思っていたが、
シュゼットは何故か恥ずかしそうに俯いた。
「まだ、少し腫れておりますが…心配して下さり、ありがとうございます」
腫れ?
リアムはシュゼットを見て、それに気付いた。
右の頬が少し腫れている。
「どうしたんだ!?一体、何があったんだ!?」
リアムは顔色を変えたが、
シュゼットの方は、水色の目を丸くし、きょとんとしていた。
「リアム様?お義父様からお聞きでは無いのですか?」
「父からは、君と離縁になったとだけ…」
「まぁ!」
シュゼットはポカンと口を開けている。
「あの、それでは…わたしを心配して、駆け付けて下さったのですか?」
「ああ、そうだが…」
今になり、リアムは、『何か変だ』と思い始めていた。
シュゼットは顔を赤く染め、うれしそうだ。
ソファでは、ドミニク、フィリップ、ソフィが、何やらニヤニヤと笑い、こちらを見ている。
リアムはカッと赤くなった。
「その、僕は何か、思い違いをしているのだろうか?」
「いいや、リアム、君がシュゼットと離縁になったのは本当さ!」
楽しそうに答えたのはフィリップだった。
「そして、数日もすれば、君は新しい妻を手に入れる事になる、
おめでとう、我が友よ!」
この言葉で、リアムにも、ある程度の想像が付いた。
だが、完全では無かった。
「リアム様、わたしから話させて下さい…こちらで」
シュゼットに促され、リアムは困惑しつつ、彼女に付いてパーラーを出た。
そして、向かった先は、どうやら、彼女の部屋の様だった。
部屋は女性らしく、ピンク系統で統一されていて、フリルやリボンも多い。
妹のエリザベスの部屋に似ている。
「どうぞ、お座り下さい」
リアムは丸テーブルの椅子を勧められ、座った。
そうして、彼女から聞かされた話は、驚くべき事だった___
「わたしは、ルメール家の本当の娘ではありません。
本当のシュゼットは、8歳の時に池で溺れ、亡くなっています。
娘を亡くした事で、精神的に不安定になってしまった母アザレの為に、
父ドミニクは、同じ年頃の容姿の似た娘を、本当の娘として引き取る事にしました、
それが、わたしです」
リアムは息を飲んだ。
「つい、先日、父にわたしを仲介し、売った男が、この事を暴露すると、
父とわたしを脅しに来ました。
父とわたしは、事の大きさに気付き、お義父様に打ち明け謝罪致しました。
フォーレ家に迷惑を掛ける訳にはいきませんので…離縁されても、当然だと、
覚悟を決めて参りましたが、お義父様は、わたしを正式に『養女』と届け出れば、
問題は無いと言って下さいました…
リアム様に話さずに、勝手に決めてしまい、申し訳ありませんでした」
リアムは不機嫌を隠していなかった。
その目は鋭く光る。
「確かに、その通りだ、今度からは、まず一番に、僕に相談して欲しい。
僕は君の夫なのだから」
リアムは厳とした口調で言い、それから、打って変わって、
シュゼットの腫れた頬に、そっと手を当てた。
「可哀想に…痛かっただろう、僕が居れば、守ってやれたのに…!」
シュゼットは顔を赤く染めた。
「リアム様は…変わられていませんね」
「どういう意味?」
リアムは名残惜しく、その手を放した。
「わたしの、本当の名は…カリーヌです」
その名を聞き、リアムの頭に小さな少女の姿が浮かんだ。
そんな、まさか…と、彼女を見る。
「教会に居た、小さなカリーヌ?」
水色の瞳が大きく輝き、その顔には笑みが咲いた。
「わたしを、覚えていて下さったのですか!」
「ああ、勿論だよ!カリーヌの事は、ずっと気になっていたんだ、喋れなかっただろう?
急に会えなくなって、神父から君は親族の夫婦に引き取られたと聞いていたが…」
「男が親族だと、神父様を騙し、わたしを連れ出したのです…」
「何だって!?」
リアムの顔から血の気が引いた。
「ルメール家に買って貰えなければ、奴隷として異国に売ると言われたので…
ルメール家がわたしを引き取ってくれたのは、本当に幸運でした」
「そんな事になっていたとは…!
僕は君が親族に引き取られ、幸せに暮らしているものとばかり思っていた…
いつか、訪ねて来るだろうと、待っていたよ、ペンダントも大事に仕舞ってある」
「ありがとうございます!
リアム様と再会してから、ずっと、名乗り出たかったのですが、
《シュゼット》として生きていましたので、出来ませんでした。
父と兄は、わたしが、自分が《シュゼット》では無い事を、知らないと思っていましたので…」
男から《記憶喪失の娘》と渡されたという。
本当の娘として受け入れるには、その方が、都合が良かったと。
「ああ、その様な事情では仕方ないよ、
だけど、それで、あの舞踏会の日、僕を見て喜んだんだね?」
リアムは、それを思い出した。
床に蹲る彼女を助け起こした時だ。
彼女はリアムの顔を見て驚き、そして、うれしそうな表情を見せた。
あの時リアムは、自分に惹かれたのだと思っていたが、自惚れだった様だ。
「あなたは、ずっと、会いたいと願っていた、王子様でしたから…
小さい頃は、苛められていたわたしを、助けて下さいました。
そして、あの舞踏会でも、助けて下さいました」
王子様…
自惚れは強ち外れてはいなかった様だ…と、リアムは照れた。
「だけど、僕は最悪の王子様だったね」
「いいえ!優しい所は変っていません、それに、立派になられました」
「君も、見違えたよ、あの子だとは全く気付かなかった…
すっかり大人になって…綺麗になったね、カリーヌ」
水色の瞳が涙で輝き、リアムは笑い、そっと、指でそれを拭った。
遅い時間という事もあり、リアムは客室に泊めて貰い、
翌朝になり、ルメールの館を立った。
「君が戻って来るのを、待っているよ、カリーヌ」
その言葉と、彼女の額に優しい口付けを残して。
◇
館に戻ったリアムは、直ぐに自室へ向かった。
机の引き出しの奥から、綺麗な宝石箱を取り出した。
宝石箱には鍵が掛かっており、リアムは小さな鍵で、それを開けた。
そこに入っているのは、ペンダントが一つだけだ。
父を亡くし、喋る事が出来なくなった、小さな女の子が、
必死に守っていた、大切な物だ。
リアムは彼女が訪ねて来るのをずっと待っていた。
別邸のミュラー夫妻にも、フォーレの館の使用人たちにも、
《カリーヌ》という少女が自分を訪ねて来たら、絶対に自分に伝える様にと頼んでいた。
数年経っても訪ねて来ないので、忘れてしまったか、
若しくは、何かあったのではないかと心配していた。
それが、まさか、こんな形で叶うとは思っていなかった。
リアムはペンダントを取り出し、それを眺めた。
ロケット型になっているのには気付いたが、勝手に開けてはいけないと、
開けた事は無かった。
カリーヌが帰って来たら、見せて貰えるだろうか?
リアムは「ふっ」と笑う。
だが、ペンダントを見ていたリアムは、それに気付いた。
「この、紋章は…?」
◇◇◇◇
2
お気に入りに追加
500
あなたにおすすめの小説
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
二度目の結婚は、白いままでは
有沢真尋
恋愛
望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。
未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。
どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。
「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」
それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。
※妊娠・出産に関わる表現があります。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
【他サイトにも公開あり】
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
嫌われ者の悪役令嬢の私ですが、殿下の心の声には愛されているみたいです。
深月カナメ
恋愛
婚約者のオルフレット殿下とメアリスさんが
抱き合う姿を目撃して倒れた後から。
私ことロレッテは殿下の心の声が聞こえる様になりました。
のんびり更新。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
本当はあなたを愛してました
m
恋愛
結婚の約束をしていたリナとルーカス。
幼馴染みで誰よりもお互いの事を知っていて
いずれは結婚するだろうと誰からも思われていた2人
そんなある時、リナは男性から声をかけられる
小さい頃からルーカス以外の男性と交流を持つこともなかったリナ。取引先の方で断りづらいこともあり、軽い気持ちでその食事の誘いに応じてしまう。
そうただ…ほんとに軽い気持ちで…
やましい気持ちなどなかったのに
自分の行動がルーカスの目にどう映るかなど考えも及ばなかった…
浮気などしていないので、ルーカスを想いつづけるリナ
2人の辿り着く先は…
ゆるい設定世界観です
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる