27 / 33
27
しおりを挟む
わたしは、自分が覚えている限りの事を、ドミニクに話した。
「本当の父親は、画家か!成程、そうでは無いかと思っていたよ、
おまえは、本当に絵が上手だったからね、カリーヌ」
《シュゼット》という名は、本当の娘に返した方が良いと思った。
8歳で亡くなったとはいえ、存在していたのだから。
ドミニクにとっては、大事な娘だ。
「ですが、貧乏画家でしたので、出生は分からないと思います…」
「そうか…出生が分からないというのは、おまえも不安だろう…
探してやりたいが、手掛かりも無いのでは…」
一つだけ、手掛かりはある。
リアムに渡した、ペンダントだ。
ペンダントには、母の肖像画が入っている…
「出生は構いません、それよりも、お兄様にも話しておかなければ…
あの男が脅すかもしれません」
「ああ、それに、フォーレの家にも話しておかなくてはいけないね…
カリーヌ、本当にすまない、こうなる事を予測出来なかった…
私が迂闊だったよ…もし、フォーレの家がおまえを受け入れないと言うなら、
ここへ戻って来なさい、おまえは、ずっと、私の娘だよ、カリーヌ」
「ありがとうございます、お父様」
ドミニクの言葉は、優しく胸に染みた。
父を失い、家族も家も無かったわたしが、
今は、愛してくれる家族がいて、戻る家もある…
何があっても、愛する家族を守らなくては…
◇
その日は、ルメールの館に泊まる事にした。
わたしの頬は腫れ上がっていたし、フィリップとソフィに話さなくてはいけなかった。
わたしの顔を見たフィリップは、想像以上に、仰天し、大騒ぎになった。
ソフィが宥めてくれたので助かった。
そうでなければ、もう一度主治医を呼ばれる所だっただろう。
晩餐の時、フィリップとソフィに、わたしの過去を打ち明け、男に用心する様に話した。
わたしに記憶が無いと思っていたフィリップは、驚いていた。
「そうだったのか!全く気付かなかったよ!でも、良かった!
いつも、悪い気がしていたんだ、母さんの為とはいえ、小さな子を騙すなんて、
罪悪感で胸が痛んだよ、それが、まさか、僕たちが騙されていたなんてね!」
フィリップが明るく笑い、場を和ませてくれた。
「これだけ一緒に居れば、家族よ、シュゼット…いえ、カリーヌね、
家族なら、私の方が新米だもの!」
ソフィもすんなりと受け入れてくれ、わたしは安堵した。
「でも、父親が画家なんて、凄いな!」
「カリーヌの絵を見て気付かなかったの?フィリップは鈍いんだから!」
「私はそうじゃないかと思っていたよ」
「でも、問題は、フォーレ家の方だよ」
フィリップが言い、沈黙が落ちた。
「カリーヌ、リアムとは上手くやっているのかね?」
ドミニクに聞かれ、わたしは頬を染めた。
「実は、最初は上手くいかなかったのですが…
最近は良い感じで…リアム様と、お話出来る様になりました」
「お話だけ??」と言ったフィリップの口を、すかさずソフィが塞いだ。
わたしは恥ずかしさに頬を押さえたまま俯いた。
「そうか、おまえが幸せそうでうれしいよ、私も一緒に行き、オベールに話そう。
これ位しかしてやれず、すまないね、カリーヌ」
「いいえ、心強いですわ、ありがとうございます、お父様」
◇
翌朝、以前描いた、油絵の風景画を三点持ち、ドミニクと共に、
ルメールの館を出た。
「おまえが描いてくれたアザレの絵に、いつも癒されているよ、
そんな風に、おまえの絵で心を癒される者は多いだろう。
今まで、おまえは私たちに気を遣い、絵を描かなかったのだろう?
これからは、気にせず、自由に描いて欲しい、カリーヌ」
ドミニクが言ってくれ、わたしは「はい」と笑顔で返した。
もし、フォーレ家を出されても、わたしには絵がある。
それが、どれだけ慰めになるか…
フォーレの館に戻り、馬車を降りると、緊張が走った。
「大丈夫だよ、カリーヌ」と、ドミニクが言ってくれ、わたしは頷いた。
「シュゼット様、お帰りなさいませ、ルメール伯爵、ようこそおいで下さいました」
突然のドミニクの来訪に、執事は驚く事無く、迎えてくれた。
「フォーレ伯爵に会いたいのですが、時間を頂けますか?」
「はい、お伝え致します、パーラーの方でお待ち下さい」
わたしはドミニクの腕を取り、パーラーへ向かった。
紅茶が出され、暫く待っていると、執事に書斎へ案内された。
「ドミニク!我が友!よく来てくれた!」
オベールは席を立ち、笑顔で歓迎し、ドミニクを抱擁した。
ドミニクの表情が固い事に気付いただろう、オベールは「まぁ、掛けてくれ」とソファを勧めた。
「その前に、シュゼット!どうした、その顔は!?」
わたしの頬はまだ少し腫れていて、わたしは濡れた布で押さえていた。
「はい…実は、この事で、お話しなければならない事があります…」
「深刻な話の様だな、よし、聞こう」
わたしの過去について、そして、男が恐喝に来た事を話した。
オベールは黙って聞いていたが、遂には、「何て事だ!!許せん!!」と
憤慨し、テーブルを叩いた。
「私はシュゼットを本当の娘として育ててきました。
ですが、結果的に、あなた方を騙す事になってしまった…申し訳ない」
ドミニクが頭を下げるのに習い、わたしも頭を下げた。
「わたしは、自分が本当の娘で無いと分かっていながら、
それをお伝えする事が出来ませんでした…申し訳ありません」
「父娘揃って、頭を下げるのは止めろ!おまえたちは良く似た父娘だぞ」
オベールが笑う。
「だが、少し厄介なのは確かだな…
その男は、何れ、ここに来るだろう、その前に手を打たねばならん…
問題は、戸籍だ、このままでは不味い、直ぐに、カリーヌの名で養女の手続きを」
「はい」
「そして、シュゼット、おまえは、リアムと離縁するんだ」
「はい…」
「そう、悲しそうな顔をするな、直ぐに《カリーヌ》として籍を入れれば良い。
分かったら、二人共、直ぐにこの館を出て行け!」
わたしたちは館から追い出され、直ぐにルメールの館に逆戻りとなった。
◇◇ リアム ◇◇
今度、町で寄付目的の展覧会が開催される事となり、
「おまえの絵も出したらどうだ」とオベールが勧めた事で、
シュゼットは実家に以前描いた油絵を取りに戻ったのだが…
「シュゼットは、まだ帰って来ていないのですか?」
晩餐の時に姿が無く、リアムはそれに気付いた。
ルメールの館までは半日掛かるが、予定では、夜には帰って来るとの事だった。
その為に、早朝から馬車を飛ばして出て行ったのだ。
シュゼットは、いつもの様に可愛らしい笑みを見せ「行って参ります」と出て行った。
それなのに、何故、戻って来ないのか…
リアムの胸に、不安が過った。
自分がシュゼットを酷く扱っていた事が家の者に知られ、帰して貰えないのでは…
「おい、リアム、何て顔をしている!
里帰りすれば、積もる話もあるだろう、一日二日、引き止められるのは普通の事だ。
特に、あの家族は、シュゼットを猫可愛がっておるからな!」
珍しく、オベールが慰める様に言い、リアムは自分を納得させた。
確かに、フィリップはシュゼットに過保護だった…と思い出す。
いや、それならば、尚更、自分の事を知れば、帰して貰えないのでは…
黙り込み、食事の手を止めるリアムには、
オベールとベアトリスが顔を見合わせ、肩を竦めていた事など、見えていなかった。
寝室に行く頃になっても、やはりシュゼットは帰って来なかった。
リアムは一人きりの寝室が、酷く広く、そして冷たく思えた。
リアムは、何気無く、テーブルの花瓶に目を向けた。
いつも花が飾られているが、今日は飾られていない。
毎日、シュゼットが飾ってくれていたのだろうか?
アドリーヌは、よくパーティで、深紅の薔薇をリアムの胸に挿してくれた。
『私の花よ、着けておいてね』と、魅力的に笑った姿が思い出された。
リアムは大輪の薔薇を好まなかったが、アドリーヌだと思いそれを付けた。
アドリーヌに自分を合わせようとしていた。
アドリーヌの求める者にならなければと考えていた。
愛する者を幸せにする為には当然だと…
「アドリーヌと僕は、違い過ぎた…」
そこにこそ惹かれたのだが、今はそれも魅力的には感じられなかった。
今更、そんな風に思うのは、
シュゼットが飾ってくれる、沢山の野の花が懐かしく思えるからだろうか?
シュゼットからは、いつもその花と同じ匂いがし、心が癒された。
香水は苦手だったが、シュゼットからは良い匂いがし、つい、抱きしめたくなるのだ。
リアムが今抱きしめたいと思う相手は、アドリーヌではなく、シュゼットだった。
だが、それを深く考える事は無かった。
◇
独り寂しい夜を過ごしたリアムは、今日こそはシュゼットが帰って来るだろうと、
自分を励ました。
だが、リアムの考えは甘かった。
執事から、シュゼットは父親と帰って来たが、
オベールと会った後、直ぐに館を出て行ったと聞かされた。
リアムは直ぐに、オベールの書斎に走った。
「父さん!どういう事です!?シュゼットの父親は、何と言って来たのですか!?」
「離縁だ」
「え?」
「どうした、シュゼットとは離縁になったんだぞ、これで、おまえは自由だ、喜べ」
オベールが飄々と言うので、リアムは父親を殴りそうになった。
その拳を強く握り締め、何とか抑える。
「離縁になって、何故、喜ぶのですか!
僕はこれから、シュゼットと共に生きようと努力していたんだ!」
「考えてもみろ、努力しなければならん相手など、お互い、疲れるだけだろう」
疲れる?
リアムは自分を振り返った。
シュゼットといて、自分は疲れていただろうか?
そんな風に思った事は無かった。
シュゼットと一緒に居ると、不思議と心が和む。
穏やかで優しい口調は、聞いていて落ち着いた。
それに、彼女は聞き上手で、つい、多くの事を話してしまうが、
話していると考えが纏まり、最後にはすっきりとする。
それに、彼女を知ろうと努力はしているが…
彼女はとても純真で可愛らしく…
彼女を見ているのは楽しく、気付きがあれば、少年の様に胸が躍った。
シュゼットは、晩餐の時に椅子を引いただけで頬を染め、喜んでくれる。
名を呼ぶと、恥ずかしそうな、うれしそうな表情で振り返る。
驚くと目を丸くする所も可愛い。
寝室では、いつも「おやすみなさい、リアム様、良い夢を」と言ってくれる。
それを聞く為に、リアムはいつも眠った振りをしていた。
シュゼットが幸せそうだと、自分も幸せに思えた___
「シュゼットを迎えに行かなくては…!」
「止めておけ、リアム」
オベールは止めたが、リアムはそれを無視し、部屋を出ていた。
「本当の父親は、画家か!成程、そうでは無いかと思っていたよ、
おまえは、本当に絵が上手だったからね、カリーヌ」
《シュゼット》という名は、本当の娘に返した方が良いと思った。
8歳で亡くなったとはいえ、存在していたのだから。
ドミニクにとっては、大事な娘だ。
「ですが、貧乏画家でしたので、出生は分からないと思います…」
「そうか…出生が分からないというのは、おまえも不安だろう…
探してやりたいが、手掛かりも無いのでは…」
一つだけ、手掛かりはある。
リアムに渡した、ペンダントだ。
ペンダントには、母の肖像画が入っている…
「出生は構いません、それよりも、お兄様にも話しておかなければ…
あの男が脅すかもしれません」
「ああ、それに、フォーレの家にも話しておかなくてはいけないね…
カリーヌ、本当にすまない、こうなる事を予測出来なかった…
私が迂闊だったよ…もし、フォーレの家がおまえを受け入れないと言うなら、
ここへ戻って来なさい、おまえは、ずっと、私の娘だよ、カリーヌ」
「ありがとうございます、お父様」
ドミニクの言葉は、優しく胸に染みた。
父を失い、家族も家も無かったわたしが、
今は、愛してくれる家族がいて、戻る家もある…
何があっても、愛する家族を守らなくては…
◇
その日は、ルメールの館に泊まる事にした。
わたしの頬は腫れ上がっていたし、フィリップとソフィに話さなくてはいけなかった。
わたしの顔を見たフィリップは、想像以上に、仰天し、大騒ぎになった。
ソフィが宥めてくれたので助かった。
そうでなければ、もう一度主治医を呼ばれる所だっただろう。
晩餐の時、フィリップとソフィに、わたしの過去を打ち明け、男に用心する様に話した。
わたしに記憶が無いと思っていたフィリップは、驚いていた。
「そうだったのか!全く気付かなかったよ!でも、良かった!
いつも、悪い気がしていたんだ、母さんの為とはいえ、小さな子を騙すなんて、
罪悪感で胸が痛んだよ、それが、まさか、僕たちが騙されていたなんてね!」
フィリップが明るく笑い、場を和ませてくれた。
「これだけ一緒に居れば、家族よ、シュゼット…いえ、カリーヌね、
家族なら、私の方が新米だもの!」
ソフィもすんなりと受け入れてくれ、わたしは安堵した。
「でも、父親が画家なんて、凄いな!」
「カリーヌの絵を見て気付かなかったの?フィリップは鈍いんだから!」
「私はそうじゃないかと思っていたよ」
「でも、問題は、フォーレ家の方だよ」
フィリップが言い、沈黙が落ちた。
「カリーヌ、リアムとは上手くやっているのかね?」
ドミニクに聞かれ、わたしは頬を染めた。
「実は、最初は上手くいかなかったのですが…
最近は良い感じで…リアム様と、お話出来る様になりました」
「お話だけ??」と言ったフィリップの口を、すかさずソフィが塞いだ。
わたしは恥ずかしさに頬を押さえたまま俯いた。
「そうか、おまえが幸せそうでうれしいよ、私も一緒に行き、オベールに話そう。
これ位しかしてやれず、すまないね、カリーヌ」
「いいえ、心強いですわ、ありがとうございます、お父様」
◇
翌朝、以前描いた、油絵の風景画を三点持ち、ドミニクと共に、
ルメールの館を出た。
「おまえが描いてくれたアザレの絵に、いつも癒されているよ、
そんな風に、おまえの絵で心を癒される者は多いだろう。
今まで、おまえは私たちに気を遣い、絵を描かなかったのだろう?
これからは、気にせず、自由に描いて欲しい、カリーヌ」
ドミニクが言ってくれ、わたしは「はい」と笑顔で返した。
もし、フォーレ家を出されても、わたしには絵がある。
それが、どれだけ慰めになるか…
フォーレの館に戻り、馬車を降りると、緊張が走った。
「大丈夫だよ、カリーヌ」と、ドミニクが言ってくれ、わたしは頷いた。
「シュゼット様、お帰りなさいませ、ルメール伯爵、ようこそおいで下さいました」
突然のドミニクの来訪に、執事は驚く事無く、迎えてくれた。
「フォーレ伯爵に会いたいのですが、時間を頂けますか?」
「はい、お伝え致します、パーラーの方でお待ち下さい」
わたしはドミニクの腕を取り、パーラーへ向かった。
紅茶が出され、暫く待っていると、執事に書斎へ案内された。
「ドミニク!我が友!よく来てくれた!」
オベールは席を立ち、笑顔で歓迎し、ドミニクを抱擁した。
ドミニクの表情が固い事に気付いただろう、オベールは「まぁ、掛けてくれ」とソファを勧めた。
「その前に、シュゼット!どうした、その顔は!?」
わたしの頬はまだ少し腫れていて、わたしは濡れた布で押さえていた。
「はい…実は、この事で、お話しなければならない事があります…」
「深刻な話の様だな、よし、聞こう」
わたしの過去について、そして、男が恐喝に来た事を話した。
オベールは黙って聞いていたが、遂には、「何て事だ!!許せん!!」と
憤慨し、テーブルを叩いた。
「私はシュゼットを本当の娘として育ててきました。
ですが、結果的に、あなた方を騙す事になってしまった…申し訳ない」
ドミニクが頭を下げるのに習い、わたしも頭を下げた。
「わたしは、自分が本当の娘で無いと分かっていながら、
それをお伝えする事が出来ませんでした…申し訳ありません」
「父娘揃って、頭を下げるのは止めろ!おまえたちは良く似た父娘だぞ」
オベールが笑う。
「だが、少し厄介なのは確かだな…
その男は、何れ、ここに来るだろう、その前に手を打たねばならん…
問題は、戸籍だ、このままでは不味い、直ぐに、カリーヌの名で養女の手続きを」
「はい」
「そして、シュゼット、おまえは、リアムと離縁するんだ」
「はい…」
「そう、悲しそうな顔をするな、直ぐに《カリーヌ》として籍を入れれば良い。
分かったら、二人共、直ぐにこの館を出て行け!」
わたしたちは館から追い出され、直ぐにルメールの館に逆戻りとなった。
◇◇ リアム ◇◇
今度、町で寄付目的の展覧会が開催される事となり、
「おまえの絵も出したらどうだ」とオベールが勧めた事で、
シュゼットは実家に以前描いた油絵を取りに戻ったのだが…
「シュゼットは、まだ帰って来ていないのですか?」
晩餐の時に姿が無く、リアムはそれに気付いた。
ルメールの館までは半日掛かるが、予定では、夜には帰って来るとの事だった。
その為に、早朝から馬車を飛ばして出て行ったのだ。
シュゼットは、いつもの様に可愛らしい笑みを見せ「行って参ります」と出て行った。
それなのに、何故、戻って来ないのか…
リアムの胸に、不安が過った。
自分がシュゼットを酷く扱っていた事が家の者に知られ、帰して貰えないのでは…
「おい、リアム、何て顔をしている!
里帰りすれば、積もる話もあるだろう、一日二日、引き止められるのは普通の事だ。
特に、あの家族は、シュゼットを猫可愛がっておるからな!」
珍しく、オベールが慰める様に言い、リアムは自分を納得させた。
確かに、フィリップはシュゼットに過保護だった…と思い出す。
いや、それならば、尚更、自分の事を知れば、帰して貰えないのでは…
黙り込み、食事の手を止めるリアムには、
オベールとベアトリスが顔を見合わせ、肩を竦めていた事など、見えていなかった。
寝室に行く頃になっても、やはりシュゼットは帰って来なかった。
リアムは一人きりの寝室が、酷く広く、そして冷たく思えた。
リアムは、何気無く、テーブルの花瓶に目を向けた。
いつも花が飾られているが、今日は飾られていない。
毎日、シュゼットが飾ってくれていたのだろうか?
アドリーヌは、よくパーティで、深紅の薔薇をリアムの胸に挿してくれた。
『私の花よ、着けておいてね』と、魅力的に笑った姿が思い出された。
リアムは大輪の薔薇を好まなかったが、アドリーヌだと思いそれを付けた。
アドリーヌに自分を合わせようとしていた。
アドリーヌの求める者にならなければと考えていた。
愛する者を幸せにする為には当然だと…
「アドリーヌと僕は、違い過ぎた…」
そこにこそ惹かれたのだが、今はそれも魅力的には感じられなかった。
今更、そんな風に思うのは、
シュゼットが飾ってくれる、沢山の野の花が懐かしく思えるからだろうか?
シュゼットからは、いつもその花と同じ匂いがし、心が癒された。
香水は苦手だったが、シュゼットからは良い匂いがし、つい、抱きしめたくなるのだ。
リアムが今抱きしめたいと思う相手は、アドリーヌではなく、シュゼットだった。
だが、それを深く考える事は無かった。
◇
独り寂しい夜を過ごしたリアムは、今日こそはシュゼットが帰って来るだろうと、
自分を励ました。
だが、リアムの考えは甘かった。
執事から、シュゼットは父親と帰って来たが、
オベールと会った後、直ぐに館を出て行ったと聞かされた。
リアムは直ぐに、オベールの書斎に走った。
「父さん!どういう事です!?シュゼットの父親は、何と言って来たのですか!?」
「離縁だ」
「え?」
「どうした、シュゼットとは離縁になったんだぞ、これで、おまえは自由だ、喜べ」
オベールが飄々と言うので、リアムは父親を殴りそうになった。
その拳を強く握り締め、何とか抑える。
「離縁になって、何故、喜ぶのですか!
僕はこれから、シュゼットと共に生きようと努力していたんだ!」
「考えてもみろ、努力しなければならん相手など、お互い、疲れるだけだろう」
疲れる?
リアムは自分を振り返った。
シュゼットといて、自分は疲れていただろうか?
そんな風に思った事は無かった。
シュゼットと一緒に居ると、不思議と心が和む。
穏やかで優しい口調は、聞いていて落ち着いた。
それに、彼女は聞き上手で、つい、多くの事を話してしまうが、
話していると考えが纏まり、最後にはすっきりとする。
それに、彼女を知ろうと努力はしているが…
彼女はとても純真で可愛らしく…
彼女を見ているのは楽しく、気付きがあれば、少年の様に胸が躍った。
シュゼットは、晩餐の時に椅子を引いただけで頬を染め、喜んでくれる。
名を呼ぶと、恥ずかしそうな、うれしそうな表情で振り返る。
驚くと目を丸くする所も可愛い。
寝室では、いつも「おやすみなさい、リアム様、良い夢を」と言ってくれる。
それを聞く為に、リアムはいつも眠った振りをしていた。
シュゼットが幸せそうだと、自分も幸せに思えた___
「シュゼットを迎えに行かなくては…!」
「止めておけ、リアム」
オベールは止めたが、リアムはそれを無視し、部屋を出ていた。
2
お気に入りに追加
496
あなたにおすすめの小説
遅れて来た婚約者 (完結済)
井中エルカ
恋愛
『私はあなたの婚約者です』。ヴァロン候の令嬢ジャンヌ様のもとに突然現れた青年は、かつて親同士が決めたという婚約を盾に、お嬢様に結婚を迫った。
追い詰められたジャンヌ様は恋人のリュシアン王子と共に逃亡。ところが青年はジャンヌ様を追いかけるでもなく、侍女の私の案内で悠々と領内の探索に乗り出す。何か別の目的でもあるの? お互いに考えを探ろうとするけれど、どうにも彼の方が一枚上手だ。
と、そうこうしている間に次々と疑惑の過去が浮上。ヴァロン候ご夫妻や、お嬢様とリュシアン王子の関係が変調を来す。そして事の真相に近づくにつれ、私とこの青年との間にも変化が見えて来て……。
※全45話完結済み。 ※カテゴリを「ファンタジー」から「恋愛」に変更しました。 ※「小説家になろう」にも掲載しています。
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。
【完結】旦那様、離縁後は侍女として雇って下さい!
ひかり芽衣
恋愛
男爵令嬢のマリーは、バツイチで気難しいと有名のタングール伯爵と結婚させられた。
数年後、マリーは結婚生活に不満を募らせていた。
子供達と離れたくないために我慢して結婚生活を続けていたマリーは、更に、男児が誕生せずに義母に嫌味を言われる日々。
そんなある日、ある出来事がきっかけでマリーは離縁することとなる。
離婚を迫られるマリーは、子供達と離れたくないと侍女として雇って貰うことを伯爵に頼むのだった……
侍女として働く中で見えてくる伯爵の本来の姿。そしてマリーの心は変化していく……
そんな矢先、伯爵の新たな婚約者が屋敷へやって来た。
そして、伯爵はマリーへ意外な提案をして……!?
※毎日投稿&完結を目指します
※毎朝6時投稿
※2023.6.22完結
【完結】異形の令嬢は花嫁に選ばれる
白雨 音
恋愛
男爵令嬢ブランシュは、十四歳の時に病を患い、右頬から胸に掛けて病痕が残ってしまう。
家族はブランシュの醜い姿に耐えられず、彼女を離れに隔離した。
月日は流れ、ブランシュは二十歳になっていた。
資産家ジェルマンから縁談の打診があり、結婚を諦めていたブランシュは喜ぶが、
そこには落とし穴があった。
結婚後、彼の態度は一変し、ブランシュは離れの古い塔に追いやられてしまう。
「もう、何も期待なんてしない…」無気力にただ日々を過ごすブランシュだったが、
ある不思議な出会いから、彼女は光を取り戻していく…
異世界恋愛☆ 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~
希猫 ゆうみ
恋愛
妹に婚約者を奪われたグレンフェル伯爵令嬢イデアは、ショックで酷い皮膚病を患ってしまう。
「こんな醜い私を愛してくれる人はこの世にいないわね……」
女の幸せを諦めて修道院へと向かう途中、川で溺れている男を助けたイデア。
男は宮廷に務める医師でキャタモールと名乗った。
「お礼に、あなたに打ってつけの仕事を斡旋しましょう」
キャタモールの治療を受け、宮廷での仕事を得たイデア。
しかしそれは国王の隠し子シャーロット姫の教育係という密命だった。
「シャーロットを立派な姫に仕上げ、隣国王子に嫁がせるのだ」
失敗すればシャーロット諸共闇に葬られてしまう。
腹違いの妹シャーロットのお目付け役にされた王太子カールの監視の下、イデアの宮廷生活は幕を開けた。
ところが、そこにはキャタモールの陰謀が隠されていた。
全ての罪を着せられて断罪されそうになったイデアを救ってくれたのは、王太子カールだった。
そしてイデアはカールに愛を告げられて……
(王妃になるまでと王妃になってからの数回ざまぁ有ります)
(少し改題しました)
【完結】白馬の王子はお呼びじゃない!
白雨 音
恋愛
令嬢たちの人気を集めるのは、いつだって《白馬の王子様》だが、
伯爵令嬢オリーヴの理想は、断然!《黒騎士》だった。
そもそも、オリーヴは華奢で可憐な姫ではない、飛び抜けて背が高く、意志も強い。
理想の逞しい男性を探し、パーティに出向くも、未だ出会えていない。
そんなある日、オリーヴに縁談の打診が来た。
お相手は、フェリクス=フォーレ伯爵子息、彼は巷でも有名な、キラキラ令息!《白馬の王子様》だ!
見目麗しく、物腰も柔らかい、それに細身!全然、好みじゃないわ!
オリーヴは当然、断ろうとしたが、父の泣き落としに、元来姉御肌な彼女は屈してしまう。
どうしたら破談に出来るか…頭を悩ませるオリーヴだが、フェリクスの母に嫌われている事に気付き…??
異世界恋愛:短めの長編(全22話) ※魔法要素はありません。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜
KeyBow
ファンタジー
この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。
人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。
運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。
ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。
私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います
***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。
しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。
彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。
※タイトル変更しました
小説家になろうでも掲載してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる