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しおりを挟む◇◇ リアム ◇◇
温かさと満足感の中、目を覚ましたリアムは、安堵の息を吐いた。
ああ、また今朝もか…
忌々しく思いながらも、その温かい体から腕を解き、離れるのは名残惜しい…
だが、そんな自分が自分で許せずに、リアムは自室に戻り、風呂場で頭を冷やした。
「このままでは、いけない…!」
流石に、シュゼットにも気付かれるだろう…
寧ろ、今まで気付いていない方がおかしい。
「いや、気付いていれば、何か違う筈だ…」
幾ら、気が弱く奥ゆかしいとはいえ、態度には出るだろうと、リアムは考える。
水色の瞳を輝かせ、自分をみつめるのではないか?
目が合えば、頬を薔薇色に染めるのではないか?
だが、今の所、シュゼットには何の兆候も見られなかった。
リアムは安堵し、考えを頭から追い出そうとした。
彼女の事は、なるべく考え無い方がいいだろう…
◇
その日、リアムは自分宛ての手紙の中に、それを見付けた。
差し出し人は《ガブリエル=サンチェス》という、知らない者からだったが、
中の手紙には、《あなたの愛しいアドリーヌ》と書かれていた。
「!?」
アドリーヌからの密書だと気付き、リアムは咄嗟にそれを机の下に隠した。
周囲には誰も居なかった事を思い出したが、机の死角でそれを読んでいた。
《愛しいリアム》
《こんな手紙を送ってしまって、ごめんなさい》
《でも、あなたも私がどんな暮らしをしているか、心配していると思い、手紙を書きました》
ふと、リアムは違和感を持った。
リアムはアドリーヌと縁を切ったつもりでいたからだ。
アドリーヌにもそう伝えたつもりだった。
家を捨て一緒に異国へ行くか、それとも、今生の別れか…
アドリーヌは、自分を思い、身を引いたのでは無かったか?
だからこそ、リアムはあれ程落ち込み、世の中やオベールを恨み、自棄になったのだ。
アドリーヌがどの様な暮らしをしているかなど、考えもしなかった。
いや、考えない様にと、必死だった。
アドリーヌには二度と会わない、会えない。
だが、彼女の事を忘れる事は出来ない…
彼女への想いを抱いて、孤独に生きる…
それが、『愛する者との別れ』では無いのか?
リアムは、自分との考えの差に困惑しつつ、読み進めた。
《異国はそちらとは違い、とても寒い所です》
《借りられた部屋は半地下で、薄暗く、狭く、酷いものです》
《寒さのあまり、眠る事も出来ません…》
酷い生活を訴える文が続く…
《毎日の食事も満足には無く…》
《遂には、母が病で倒れてしまいました…》
「母親が!?」
それで、アドリーヌは手紙を送って来たのか!
リアムは漸くそれに気付いた。
母を助けたいが、助けを求められるのは、リアムしかいないという訳だ。
《この様な状況だというのに、フォーレ伯爵からは、援助を打ち切られ、困っています》
「なんだって!?」
リアムは驚きに声を上げていた。
リアムは直ぐ様、手紙を持ち、オベールの書斎へ駆け込んだ。
手紙の末尾に、《どうか、フォーレ伯爵には内密に、お金を送って下さい》と書かれていたが、
リアムにはそれよりも、オベールを問い詰める事の方が大事だった。
「父さん!アドリーヌへの援助を打ち切ったというのは、本当ですか!?
僕が何の為に、彼女と別れ、結婚したと思っているんですか!?
これでは、約束が違います!!」
リアムはオベールに手紙を見せ、息巻いた。
だが、目の前のオベールに、後ろめたさは見えない。
オベールは手紙を読むと、引き出しから書類を何枚か出し、リアムに「読め」と告げた。
リアムは怒りを一旦抑え、それを手に取った。
そこには、アドリーヌへの援助の項目が書かれていた。
出国の手続き費用、異国までの旅費、護衛…
行く国も、宿も決められていた。
今まで支払われた記録も詳細に書かれている。
誓約書もあり、十分な収入を得られていれば、援助は打ち切る。
罪に問われる行いをした場合も同じく…
この計画に従わない場合も援助は出来無いと書かれていて、
同意するアドリーヌの署名があった。
「アドリーヌへの援助を打ち切った覚えは無い、全ては計画通りに進んでいる。
アドリーヌが行った国は、こちらとそう変わりは無い、地図を見ろ。
それに、半地下だと?その宿には半地下など無い___」
オベールが鼻で笑う。
リアムは怒りに替わり、疑問が浮かんできた。
「それでは、何故、アドリーヌはこの様な手紙を?」
「それは知らん、あの女の考える事など興味は無い。
だが、おまえにこんな手紙を送って来るなら、話は変って来るな…」
「きっと、母親が病で、金が余分に要るのでしょう…」
「それならば、そう書いて送ってくれば良い、何故、嘘を吐く必要がある?
それに、そうであるなら、それを送るべき相手は、私であり、おまえでは無い」
リアムは口を開くも、言葉が継げなかった。
リアムはアドリーヌを庇いたかった。
だが、オベールの言う事の方が正しく聞こえた。
それに、アドリーヌが自分に嘘を吐いた事で、アドリーヌへの信頼に綻びが入った。
オベールはリアムに厳しい目を向けた。
「私は約束を守った、だが、おまえは何だ?
アドリーヌへの想いを断ち切り、結婚したのではなかったのか?」
「はい…」
リアムは項垂れた。
「リアム、いい加減、心を決めろ!
アドリーヌへの想いを断ち切り、シュゼットとの人生を考えろ!
直ぐに気持ちを切り替える事は難しいだろうが、それでも、前を向け!
それが嫌だと言うのなら、シュゼットとは離縁しろ」
「え?」
オベールが離縁を許すとは思っておらず、リアムは目を見開いた。
尤も、オベールの表情は、快いものでは無かった。
彼は机の上で指を組み、嘆息した。
「離縁は、シュゼットからの申し出だ」
「!?」
リアムはまたもや驚いた。
シュゼットが何故急に離縁を言い出したのか…
だが、当然だろう、自分の態度は酷いものだった。
「その理由が、おまえに分かるか?」
「はい…僕が、彼女に優しく無かったからでしょう…」
『優しく無い』という表現は正しく無い事を、リアムは分かっていた。
酷い態度でいた事を改めて思い出し、自分を恥じた。
だが、オベールは頭を振った。
「おまえは分かっておらん。
シュゼットは、おまえとアドリーヌを結婚させて欲しいと言って来たのだ」
「え?」
「勿論、それは出来ん、そう言ってやったが…
それならば、自分と離縁した後は、
おまえの意に添わぬ結婚はさせないでやって欲しいと言われた」
「!?」
「おまえが可哀想だと言っていた」
リアムは唇を噛む。
「おまえには勿体ない相手だと思わんか?」
「はい…」
「シュゼットはおまえと離縁した後は、修道院に入り、修道女になると言っていた。
それがどういう事か、おまえにも分かるだろう?
この先は、二人で話せ、俺が言う事じゃない___」
オベールは話を切り上げた。
リアムは来た時とは違い、項垂れ、部屋を出た。
リアムは廊下を歩きながら、オベールから聞いた事を反芻していた。
シュゼットは、リアムとアドリーヌを結婚させて欲しいと、離縁を申し出た。
結婚出来ないなら、今後、リアムに意に添わぬ結婚をさせないで欲しいと。
シュゼットは、リアムが未だ、アドリーヌを愛している事を知っていたのだ。
そして、リアムの為に、リアムが逆らう事の出来ないオベールに、自らが申し出てくれた。
何故、そこまでしてくれたのか…
シュゼット自身、離縁した後は、修道院に入ると言うのだから…
「僕を、愛してくれているのか…?」
何故?
自分は決して、優しくは無かった。
いや、それ処か、酷い態度だっただろう。
彼女に変に期待させない様にと思ってした部分もあるが、
いつもリアムは彼女に《拒絶》を示した。
彼女を思いやった事は一度も無かった。
そんな男を、どうしたら、愛せるのか?
信じ難いものがあったが、どう考えても、そこに辿り着く。
シュゼットは何故、自分と結婚したのか…
今になり、リアムはそれを考えた。
リアムにとって結婚は、アドリーヌへの援助の条件、代償だった。
だが、シュゼットは?
同じく、親に決められた結婚だったのでは無かったのか?
何か家に都合が良かったとか、伯爵夫人の座が欲しかったという訳では無いのか?
碌に話した事も無い間柄だ、他には考えられなかった。
「分からない…」
それに、アドリーヌは何故、自分に嘘を吐いたのか?
何処から何処までが嘘なのか…
考え出すと、全てが怪しく思えてきた。
せめて、母親の病の話は本当であって欲しい___
そう思いながらも、リアムは『恐らく嘘だろう』と勘付いていた。
本当であるなら、本当の事を書くだろう、その方がより同情を引く事が出来る。
嘘を書く理由が無いのだ。
本当の部分は、『金が必要』という事位じゃないかと思えた。
身を引くと言っておいて、簡単に手紙を送って来る事も、良く思えなかった。
そもそも、『別れ』は、アドリーヌが言い出した事だ。
リアムは全てを捨て、アドリーヌと異国で暮らそうと覚悟を決めていた。
その自分に、「立派な伯爵になって」と言ったのは、アドリーヌだ。
自分が、一体どんな想いで、アドリーヌの手を離したか…
彼女には全く分からなかったのだろうか?同じ気持ちでは無かったのだろうか?
愛し合っていると思っていた、通じ合っていると思っていた。
そうでは無かったのだろうか?
それとも、変わってしまったのだろうか?
今のリアムには、幾ら考えても、それを確かめる術は無かった。
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