上 下
24 / 33

24

しおりを挟む

◇◇ リアム ◇◇

温かさと満足感の中、目を覚ましたリアムは、安堵の息を吐いた。

ああ、また今朝もか…

忌々しく思いながらも、その温かい体から腕を解き、離れるのは名残惜しい…
だが、そんな自分が自分で許せずに、リアムは自室に戻り、風呂場で頭を冷やした。

「このままでは、いけない…!」

流石に、シュゼットにも気付かれるだろう…
寧ろ、今まで気付いていない方がおかしい。

「いや、気付いていれば、何か違う筈だ…」

幾ら、気が弱く奥ゆかしいとはいえ、態度には出るだろうと、リアムは考える。
水色の瞳を輝かせ、自分をみつめるのではないか?
目が合えば、頬を薔薇色に染めるのではないか?

だが、今の所、シュゼットには何の兆候も見られなかった。
リアムは安堵し、考えを頭から追い出そうとした。

彼女の事は、なるべく考え無い方がいいだろう…





その日、リアムは自分宛ての手紙の中に、それを見付けた。
差し出し人は《ガブリエル=サンチェス》という、知らない者からだったが、
中の手紙には、《あなたの愛しいアドリーヌ》と書かれていた。

「!?」

アドリーヌからの密書だと気付き、リアムは咄嗟にそれを机の下に隠した。
周囲には誰も居なかった事を思い出したが、机の死角でそれを読んでいた。

《愛しいリアム》
《こんな手紙を送ってしまって、ごめんなさい》
《でも、あなたも私がどんな暮らしをしているか、心配していると思い、手紙を書きました》

ふと、リアムは違和感を持った。

リアムはアドリーヌと縁を切ったつもりでいたからだ。
アドリーヌにもそう伝えたつもりだった。
家を捨て一緒に異国へ行くか、それとも、今生の別れか…
アドリーヌは、自分を思い、身を引いたのでは無かったか?
だからこそ、リアムはあれ程落ち込み、世の中やオベールを恨み、自棄になったのだ。

アドリーヌがどの様な暮らしをしているかなど、考えもしなかった。
いや、考えない様にと、必死だった。

アドリーヌには二度と会わない、会えない。
だが、彼女の事を忘れる事は出来ない…
彼女への想いを抱いて、孤独に生きる…
それが、『愛する者との別れ』では無いのか?

リアムは、自分との考えの差に困惑しつつ、読み進めた。

《異国はそちらとは違い、とても寒い所です》
《借りられた部屋は半地下で、薄暗く、狭く、酷いものです》
《寒さのあまり、眠る事も出来ません…》

酷い生活を訴える文が続く…

《毎日の食事も満足には無く…》
《遂には、母が病で倒れてしまいました…》

「母親が!?」

それで、アドリーヌは手紙を送って来たのか!
リアムは漸くそれに気付いた。
母を助けたいが、助けを求められるのは、リアムしかいないという訳だ。

《この様な状況だというのに、フォーレ伯爵からは、援助を打ち切られ、困っています》

「なんだって!?」

リアムは驚きに声を上げていた。
リアムは直ぐ様、手紙を持ち、オベールの書斎へ駆け込んだ。
手紙の末尾に、《どうか、フォーレ伯爵には内密に、お金を送って下さい》と書かれていたが、
リアムにはそれよりも、オベールを問い詰める事の方が大事だった。

「父さん!アドリーヌへの援助を打ち切ったというのは、本当ですか!?
僕が何の為に、彼女と別れ、結婚したと思っているんですか!?
これでは、約束が違います!!」

リアムはオベールに手紙を見せ、息巻いた。
だが、目の前のオベールに、後ろめたさは見えない。
オベールは手紙を読むと、引き出しから書類を何枚か出し、リアムに「読め」と告げた。
リアムは怒りを一旦抑え、それを手に取った。

そこには、アドリーヌへの援助の項目が書かれていた。
出国の手続き費用、異国までの旅費、護衛…
行く国も、宿も決められていた。
今まで支払われた記録も詳細に書かれている。

誓約書もあり、十分な収入を得られていれば、援助は打ち切る。
罪に問われる行いをした場合も同じく…
この計画に従わない場合も援助は出来無いと書かれていて、
同意するアドリーヌの署名があった。

「アドリーヌへの援助を打ち切った覚えは無い、全ては計画通りに進んでいる。
アドリーヌが行った国は、こちらとそう変わりは無い、地図を見ろ。
それに、半地下だと?その宿には半地下など無い___」

オベールが鼻で笑う。
リアムは怒りに替わり、疑問が浮かんできた。

「それでは、何故、アドリーヌはこの様な手紙を?」

「それは知らん、あの女の考える事など興味は無い。
だが、おまえにこんな手紙を送って来るなら、話は変って来るな…」

「きっと、母親が病で、金が余分に要るのでしょう…」

「それならば、そう書いて送ってくれば良い、何故、嘘を吐く必要がある?
それに、そうであるなら、それを送るべき相手は、私であり、おまえでは無い」

リアムは口を開くも、言葉が継げなかった。
リアムはアドリーヌを庇いたかった。
だが、オベールの言う事の方が正しく聞こえた。
それに、アドリーヌが自分に嘘を吐いた事で、アドリーヌへの信頼に綻びが入った。

オベールはリアムに厳しい目を向けた。

「私は約束を守った、だが、おまえは何だ?
アドリーヌへの想いを断ち切り、結婚したのではなかったのか?」

「はい…」

リアムは項垂れた。

「リアム、いい加減、心を決めろ!
アドリーヌへの想いを断ち切り、シュゼットとの人生を考えろ!
直ぐに気持ちを切り替える事は難しいだろうが、それでも、前を向け!
それが嫌だと言うのなら、シュゼットとは離縁しろ」

「え?」

オベールが離縁を許すとは思っておらず、リアムは目を見開いた。
尤も、オベールの表情は、快いものでは無かった。
彼は机の上で指を組み、嘆息した。

「離縁は、シュゼットからの申し出だ」

「!?」

リアムはまたもや驚いた。
シュゼットが何故急に離縁を言い出したのか…
だが、当然だろう、自分の態度は酷いものだった。

「その理由が、おまえに分かるか?」
「はい…僕が、彼女に優しく無かったからでしょう…」

『優しく無い』という表現は正しく無い事を、リアムは分かっていた。
酷い態度でいた事を改めて思い出し、自分を恥じた。
だが、オベールは頭を振った。

「おまえは分かっておらん。
シュゼットは、おまえとアドリーヌを結婚させて欲しいと言って来たのだ」

「え?」

「勿論、それは出来ん、そう言ってやったが…
それならば、自分と離縁した後は、
おまえの意に添わぬ結婚はさせないでやって欲しいと言われた」

「!?」

「おまえが可哀想だと言っていた」

リアムは唇を噛む。

「おまえには勿体ない相手だと思わんか?」

「はい…」

「シュゼットはおまえと離縁した後は、修道院に入り、修道女になると言っていた。
それがどういう事か、おまえにも分かるだろう?
この先は、二人で話せ、俺が言う事じゃない___」

オベールは話を切り上げた。
リアムは来た時とは違い、項垂れ、部屋を出た。


リアムは廊下を歩きながら、オベールから聞いた事を反芻していた。

シュゼットは、リアムとアドリーヌを結婚させて欲しいと、離縁を申し出た。
結婚出来ないなら、今後、リアムに意に添わぬ結婚をさせないで欲しいと。

シュゼットは、リアムが未だ、アドリーヌを愛している事を知っていたのだ。
そして、リアムの為に、リアムが逆らう事の出来ないオベールに、自らが申し出てくれた。

何故、そこまでしてくれたのか…
シュゼット自身、離縁した後は、修道院に入ると言うのだから…

「僕を、愛してくれているのか…?」

何故?

自分は決して、優しくは無かった。
いや、それ処か、酷い態度だっただろう。
彼女に変に期待させない様にと思ってした部分もあるが、
いつもリアムは彼女に《拒絶》を示した。
彼女を思いやった事は一度も無かった。

そんな男を、どうしたら、愛せるのか?

信じ難いものがあったが、どう考えても、そこに辿り着く。

シュゼットは何故、自分と結婚したのか…

今になり、リアムはそれを考えた。
リアムにとって結婚は、アドリーヌへの援助の条件、代償だった。
だが、シュゼットは?
同じく、親に決められた結婚だったのでは無かったのか?
何か家に都合が良かったとか、伯爵夫人の座が欲しかったという訳では無いのか?
碌に話した事も無い間柄だ、他には考えられなかった。

「分からない…」

それに、アドリーヌは何故、自分に嘘を吐いたのか?
何処から何処までが嘘なのか…
考え出すと、全てが怪しく思えてきた。

せめて、母親の病の話は本当であって欲しい___
そう思いながらも、リアムは『恐らく嘘だろう』と勘付いていた。
本当であるなら、本当の事を書くだろう、その方がより同情を引く事が出来る。
嘘を書く理由が無いのだ。
本当の部分は、『金が必要』という事位じゃないかと思えた。

身を引くと言っておいて、簡単に手紙を送って来る事も、良く思えなかった。
そもそも、『別れ』は、アドリーヌが言い出した事だ。
リアムは全てを捨て、アドリーヌと異国で暮らそうと覚悟を決めていた。
その自分に、「立派な伯爵になって」と言ったのは、アドリーヌだ。

自分が、一体どんな想いで、アドリーヌの手を離したか…
彼女には全く分からなかったのだろうか?同じ気持ちでは無かったのだろうか?

愛し合っていると思っていた、通じ合っていると思っていた。

そうでは無かったのだろうか?
それとも、変わってしまったのだろうか?

今のリアムには、幾ら考えても、それを確かめる術は無かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

2度目の人生は好きにやらせていただきます

みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。 そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。 今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。

二度目の結婚は、白いままでは

有沢真尋
恋愛
 望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。  未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。  どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。 「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」  それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。 ※妊娠・出産に関わる表現があります。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま 【他サイトにも公開あり】

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

本当はあなたを愛してました

m
恋愛
結婚の約束をしていたリナとルーカス。 幼馴染みで誰よりもお互いの事を知っていて いずれは結婚するだろうと誰からも思われていた2人 そんなある時、リナは男性から声をかけられる 小さい頃からルーカス以外の男性と交流を持つこともなかったリナ。取引先の方で断りづらいこともあり、軽い気持ちでその食事の誘いに応じてしまう。 そうただ…ほんとに軽い気持ちで… やましい気持ちなどなかったのに 自分の行動がルーカスの目にどう映るかなど考えも及ばなかった… 浮気などしていないので、ルーカスを想いつづけるリナ 2人の辿り着く先は… ゆるい設定世界観です

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...