23 / 33
23
しおりを挟む
アドリーヌへの嫉妬に身を焦がす。
その渦巻くどす黒い感情を、わたしはどうして良いのか分からず、
アトリエに籠り、パレットナイフを握り、キャンバスに絵の具を叩きつけた。
あれから、リアムは夜になれば、わたしを抱き締めた。
そして、朝の早い時間に起き、無言で寝室を出て行く。
アドリーヌを想い、抱きしめているのだと知りながらも、わたしが拒絶しないのは、
アドリーヌの身代わりであったとしても、彼に抱きしめられたかったからだ。
彼の温もりを感じたかった。
愛されていると思いたかった。
だが、それも、朝を迎えると、虚しさに変った。
数日、取り憑かれた様にキャンバスに向かっていたわたしは、
ある日、その手を下ろした。
感情のままにキャンバスを汚した絵の具。
誰もが汚いと感じるだろう…
その中に、わたしは《愛》を見た。
渦巻く汚れた感情の中で、燃え上がる嫉妬の炎。
その奥に、小さく咲く、白い炎。
涙が零れ、わたしはそれを指で辿った。
◇
アトリエを出たわたしは、館の敷地を歩いた。
目的がある訳ではない、何も考えずに、ただ、只管に歩く。
どれ位歩いたか…
「バウバウ!」
シュシュの吠える声で、わたしは意識を戻した。
足を止めたわたしに、シュシュが追い付き、飛びついて来た。
いつもの様に、わたしの顔を舐める。
わたしは笑ってシュシュの大きな体を撫でた。
「シュシュ!久しぶりね!」
随分、会っていなかった様に思う。
「シュゼット」
名を呼ばれ、ドキリとした。
だが、それは、オベールのもので、わたしの体から緊張が解けた。
オベールはわたしの元へ歩いて来ると、シュシュを撫でた。
「シュゼット、どうした、ぼんやりして」
「いえ…お義父様の声は、リアム様に似ていらっしゃいますね」
「そうか?俺の方が、威厳があるだろう?」
「はい、そうでした」
わたしは笑った。
リアムがわたしの名を呼ぶ筈なんて無い…
「ベアトリスと別邸に行ってから、元気になったかと思ったが、
最近、また塞いでいるな、シュゼット」
オベールは気付いていた…きっと、わたしたちを良く見ていたのだろう。
わたしは目を伏せ、息を吸う。
「お義父様に、お願いがあります…」
「なんだ?」
「リアム様と、離婚させて下さい」
わたしは泣かない様に、重ねた手を強く握り締めた。
「…理由を聞こう」
「リアム様は、アドリーヌ様を愛していらっしゃいます」
わたしがリアムを愛している様に…
狂おしい程に、リアムは彼女を求めている…
傍に居れば、いつか、わたしを見てくれるのでは…
いつか、わたしを愛してくれるのでは…
その僅かな望みに縋り、夢をみても、現実は簡単に圧し潰してしまう。
リアムがアドリーヌをどれ程求めているかを思い知らされる度、
わたしは粉々になっていく。
自分を保てなくなってしまう。
これ以上、アドリーヌを求める彼を見続ける自信が無い___
「どうか、リアム様とアドリーヌ様を結婚させてあげて下さい」
「おまえはどうするのだ?家に帰るか?」
わたしは頭を振った。
「わたしは、修道院へ行き、修道女として生きます」
家に帰れば、他の者と結婚させられるだろう。
結婚しなければ、ドミニクやフィリップ、ソフィに迷惑を掛ける事になる。
だが、わたしは、リアム以外の者に嫁ぐ気は無い___
リアムも、きっと同じ想いだと、わたしは気付いた。
オベールに、驚きや動揺は見えなかった。
オベールは落ち着いた口調で、それを話す…
「だがな、アドリーヌを伯爵夫人には出来んのだ、どうあってもな。
二人を結婚させるならば、リアムは伯爵を継ぐ事が出来ん、
家を出ねばならん、私たちと縁を切る事になるのだ…」
それで、リアムはアドリーヌと別れ、家族や伯爵を継ぐ事を選び、結婚した…
だが、それでは、リアム自身は幸せになれない___
「リアム様が、可哀想です…!」
「世の中には、どうにもならん事もある…
おまえがどうしても嫌だというなら、離婚の話は考えておこう」
わたしは頷いた。
「わたしとの離婚の後は、どうか、リアム様には、望まぬ結婚はさせないであげて下さい…」
「その条件ならば、飲んでやってもいい、だが、その前に、リアムと話さんとな。
結婚したからには、おまえだけの意見では離婚は出来んのだぞ?」
オベールに指摘され、わたしはそれを失念していたと気付いた。
自分の意志で、簡単に離婚出来ると思っていたのだ。
でも、きっと、リアムもそれを願う筈…
「はい、分かりました」
オベールは微笑み、わたしの肩を優しく叩いた。
その微笑みは、やはりリアムと似ていて、わたしの目に涙が滲んだ。
◇◇ リアム ◇◇
まだ暗い中、リアムの意識は浮上する。
結婚してからというもの、早く目が覚める様になっていた。
眠りが浅いのだ。
原因は隣で眠る者の存在だ。
リアムはこの結婚を望んだ訳では無かった。
アドリーヌは援助を必要とし、リアムはオベールの出した条件を飲むしかなかった。
理不尽を憎み、運命を憎み、オベールを憎んだ。
そして、何食わぬ顔をし、フォーレの家に入り、自分の隣に居る女性…シュゼットの事も。
だが、アドリーヌへの援助を盾に取られ、リアムは従うしかなかった。
必要なのは、形式的な《夫》だと決め、
心を消し、操り人形になる事で、それをやり過ごそうとした。
幸い、シュゼットと顔を合わせるのは、晩餐の時と、就寝の時だけだ。
一緒の寝室を使う事までは『仕方が無い』と自分に言い聞かせたが、
夜の営みは条件の範疇では無い。
リアムに、シュゼットを抱くつもりは無かった。
シュゼットがベアトリスと数日を別邸で過ごした時には、
リアムは漸く息をする事が出来た気がした。
深く眠る事が出来た。
それで、安心してしまったのだろう…
二人が別邸から帰って来た日だ。
「シュゼット、別邸はどうだった?」
オベールが、明るくシュゼットに話し掛ける。
その事に、リアムは今更ながら、苛立った。
「はい、とても素敵な所でした、ミュラー夫妻も良い方たちで…
町も周りましたが、学校がありましたし、医師もいらして、
人々が安心して住める、良い町に思いました…」
シュゼットの言葉も、リアムを苛立たせた。
シュゼットは、フォーレの館の使用人たちだけでなく、ミュラー夫妻にも気に入られたらしい。
ミュラー夫妻は良い人たちだが、フォーレ家の者以外には一線を引いていた。
アドリーヌに対しては丁重に接しながらも、必要以上に顔を合わせる事も、
言葉を交わす事も無かった。
ミュラー夫妻とは、古くからの付き合いで、リアムにとっては家族も同然だった為、
それを寂しく感じていた。
アドリーヌがあまりに美しいので、近寄り難いのだろうと、リアムは自分に言い聞かせていた。
良い町だと話すシュゼットは、夢見る少女の様で、それもリアムには良く思えなかった。
シュゼットは、何の苦労もしていない。
アドリーヌはあれ程、皆の為に尽くしていたというのに、誰も褒めようとしない___
「そうか、良い町になったな、だが、以前はそうでは無かったんだぞ?
領主や町の人たち、それから、ベアトリスとリアムのお陰だな」
「僕たちだけじゃありません、助言してくれた人にも感謝を___」
リアムは我慢出来ずに、言っていた。
さぞ、空気を悪くしただろう。
だが、リアムには気にならなかった、寧ろ、当然だと思った。
シュゼットにも、自分の苛立ちが分かった筈だと、安堵にも似た思いでいたが…
「皆さんの力添えがあってこその、今なのですね。
わたしも力になれますよう、努めたいと思います」
気を悪くした訳でも無く、さらりと言われ、リアムは驚いていた。
こんな娘だっただろうか?
リアムが知るのは、いつもビクビクと怯え、人の陰に隠れている様な娘だった。
その夜、リアムはいつもの様に、先に寝室へ行った。
いつもの様にベッドの端で、中央に背を向けて寝る。
こうしていれば、シュゼットは自分に近付けない___
リアムは、シュゼットの気の弱さを知っていて、利用していたのだ。
それは成功していて、今までシュゼットがリアムを誘って来る事は無かった。
誘って来る所か、リアムの意図を読み、ベッドの端で、リアムに背を向けて寝る程だ。
その事に安堵していたが…
この夜は、違った___
優しい匂い、温かく柔らかい感触、満足感と共に、リアムの意識は浮上した。
だが、完全な目覚めには至らず、ふわふわと夢と現実の境目を漂っている。
その手の中の温もりに、リアムは満足していた。
ああ、アドリーヌ…
どれだけ、君を求めていたか…
もう二度と離さない___リアムはその体を強く抱きしめた。
そして、二度目に意識を戻した時、リアムは自分の過ちに気付き、戦慄が走った。
自分がアドリーヌと思い、抱きしめていたのは、全く別の者の体だった。
リアムは愕然とし、自分のしてしまった事に動揺した。
幸いだったのは、相手が眠っていた事だ。
気付かれてはいない…
リアムは、このままシュゼットが目覚めない事を願い、その体を離し、ベッドを下りた。
自室に戻っても、リアムは自分が信じられなかった。
結婚はしたが、シュゼットに手を付ける気は無かった。
シュゼットにも意志表示をしていたつもりだった。
これは、政略結婚だと。
その自分が、あの娘を抱きしめ、眠っていたとは…
「どうかしている!」
リアムは自分の目を覚まさせようと、風呂場へ行き、頭から水を被った。
だが、その効果は無く、リアムは眠るとシュゼットを抱きしめる様になっていた。
無意識なのだから、どうしようも無い。
それに、いけないとは思いながらも、心地良いと感じてしまうのだ。
痩せた小さな体は、貧相に思っていたが、リアムの腕の中にすっぽりと収まり、
柔らかく、温かい。それに、草原の花の様な、良い臭いがする。
リアムは香水を嫌っていたが、この匂いは、心が安らぎ、嗅いでいたいと思ってしまう。
何か媚薬でも使っているのでは無いかと怪しんだが、その形跡を見付ける事は出来なかった。
この事もあり、リアムは益々、シュゼットの顔を見る事が出来無くなっていた。
今までは厳とした態度で拒否を示していたが、後ろめたさもあり、強くも出られず、
その姿を見付けると遠回りしてでも避ける様になった。
シュゼットに気付かれていない事だけが救いだった。
その渦巻くどす黒い感情を、わたしはどうして良いのか分からず、
アトリエに籠り、パレットナイフを握り、キャンバスに絵の具を叩きつけた。
あれから、リアムは夜になれば、わたしを抱き締めた。
そして、朝の早い時間に起き、無言で寝室を出て行く。
アドリーヌを想い、抱きしめているのだと知りながらも、わたしが拒絶しないのは、
アドリーヌの身代わりであったとしても、彼に抱きしめられたかったからだ。
彼の温もりを感じたかった。
愛されていると思いたかった。
だが、それも、朝を迎えると、虚しさに変った。
数日、取り憑かれた様にキャンバスに向かっていたわたしは、
ある日、その手を下ろした。
感情のままにキャンバスを汚した絵の具。
誰もが汚いと感じるだろう…
その中に、わたしは《愛》を見た。
渦巻く汚れた感情の中で、燃え上がる嫉妬の炎。
その奥に、小さく咲く、白い炎。
涙が零れ、わたしはそれを指で辿った。
◇
アトリエを出たわたしは、館の敷地を歩いた。
目的がある訳ではない、何も考えずに、ただ、只管に歩く。
どれ位歩いたか…
「バウバウ!」
シュシュの吠える声で、わたしは意識を戻した。
足を止めたわたしに、シュシュが追い付き、飛びついて来た。
いつもの様に、わたしの顔を舐める。
わたしは笑ってシュシュの大きな体を撫でた。
「シュシュ!久しぶりね!」
随分、会っていなかった様に思う。
「シュゼット」
名を呼ばれ、ドキリとした。
だが、それは、オベールのもので、わたしの体から緊張が解けた。
オベールはわたしの元へ歩いて来ると、シュシュを撫でた。
「シュゼット、どうした、ぼんやりして」
「いえ…お義父様の声は、リアム様に似ていらっしゃいますね」
「そうか?俺の方が、威厳があるだろう?」
「はい、そうでした」
わたしは笑った。
リアムがわたしの名を呼ぶ筈なんて無い…
「ベアトリスと別邸に行ってから、元気になったかと思ったが、
最近、また塞いでいるな、シュゼット」
オベールは気付いていた…きっと、わたしたちを良く見ていたのだろう。
わたしは目を伏せ、息を吸う。
「お義父様に、お願いがあります…」
「なんだ?」
「リアム様と、離婚させて下さい」
わたしは泣かない様に、重ねた手を強く握り締めた。
「…理由を聞こう」
「リアム様は、アドリーヌ様を愛していらっしゃいます」
わたしがリアムを愛している様に…
狂おしい程に、リアムは彼女を求めている…
傍に居れば、いつか、わたしを見てくれるのでは…
いつか、わたしを愛してくれるのでは…
その僅かな望みに縋り、夢をみても、現実は簡単に圧し潰してしまう。
リアムがアドリーヌをどれ程求めているかを思い知らされる度、
わたしは粉々になっていく。
自分を保てなくなってしまう。
これ以上、アドリーヌを求める彼を見続ける自信が無い___
「どうか、リアム様とアドリーヌ様を結婚させてあげて下さい」
「おまえはどうするのだ?家に帰るか?」
わたしは頭を振った。
「わたしは、修道院へ行き、修道女として生きます」
家に帰れば、他の者と結婚させられるだろう。
結婚しなければ、ドミニクやフィリップ、ソフィに迷惑を掛ける事になる。
だが、わたしは、リアム以外の者に嫁ぐ気は無い___
リアムも、きっと同じ想いだと、わたしは気付いた。
オベールに、驚きや動揺は見えなかった。
オベールは落ち着いた口調で、それを話す…
「だがな、アドリーヌを伯爵夫人には出来んのだ、どうあってもな。
二人を結婚させるならば、リアムは伯爵を継ぐ事が出来ん、
家を出ねばならん、私たちと縁を切る事になるのだ…」
それで、リアムはアドリーヌと別れ、家族や伯爵を継ぐ事を選び、結婚した…
だが、それでは、リアム自身は幸せになれない___
「リアム様が、可哀想です…!」
「世の中には、どうにもならん事もある…
おまえがどうしても嫌だというなら、離婚の話は考えておこう」
わたしは頷いた。
「わたしとの離婚の後は、どうか、リアム様には、望まぬ結婚はさせないであげて下さい…」
「その条件ならば、飲んでやってもいい、だが、その前に、リアムと話さんとな。
結婚したからには、おまえだけの意見では離婚は出来んのだぞ?」
オベールに指摘され、わたしはそれを失念していたと気付いた。
自分の意志で、簡単に離婚出来ると思っていたのだ。
でも、きっと、リアムもそれを願う筈…
「はい、分かりました」
オベールは微笑み、わたしの肩を優しく叩いた。
その微笑みは、やはりリアムと似ていて、わたしの目に涙が滲んだ。
◇◇ リアム ◇◇
まだ暗い中、リアムの意識は浮上する。
結婚してからというもの、早く目が覚める様になっていた。
眠りが浅いのだ。
原因は隣で眠る者の存在だ。
リアムはこの結婚を望んだ訳では無かった。
アドリーヌは援助を必要とし、リアムはオベールの出した条件を飲むしかなかった。
理不尽を憎み、運命を憎み、オベールを憎んだ。
そして、何食わぬ顔をし、フォーレの家に入り、自分の隣に居る女性…シュゼットの事も。
だが、アドリーヌへの援助を盾に取られ、リアムは従うしかなかった。
必要なのは、形式的な《夫》だと決め、
心を消し、操り人形になる事で、それをやり過ごそうとした。
幸い、シュゼットと顔を合わせるのは、晩餐の時と、就寝の時だけだ。
一緒の寝室を使う事までは『仕方が無い』と自分に言い聞かせたが、
夜の営みは条件の範疇では無い。
リアムに、シュゼットを抱くつもりは無かった。
シュゼットがベアトリスと数日を別邸で過ごした時には、
リアムは漸く息をする事が出来た気がした。
深く眠る事が出来た。
それで、安心してしまったのだろう…
二人が別邸から帰って来た日だ。
「シュゼット、別邸はどうだった?」
オベールが、明るくシュゼットに話し掛ける。
その事に、リアムは今更ながら、苛立った。
「はい、とても素敵な所でした、ミュラー夫妻も良い方たちで…
町も周りましたが、学校がありましたし、医師もいらして、
人々が安心して住める、良い町に思いました…」
シュゼットの言葉も、リアムを苛立たせた。
シュゼットは、フォーレの館の使用人たちだけでなく、ミュラー夫妻にも気に入られたらしい。
ミュラー夫妻は良い人たちだが、フォーレ家の者以外には一線を引いていた。
アドリーヌに対しては丁重に接しながらも、必要以上に顔を合わせる事も、
言葉を交わす事も無かった。
ミュラー夫妻とは、古くからの付き合いで、リアムにとっては家族も同然だった為、
それを寂しく感じていた。
アドリーヌがあまりに美しいので、近寄り難いのだろうと、リアムは自分に言い聞かせていた。
良い町だと話すシュゼットは、夢見る少女の様で、それもリアムには良く思えなかった。
シュゼットは、何の苦労もしていない。
アドリーヌはあれ程、皆の為に尽くしていたというのに、誰も褒めようとしない___
「そうか、良い町になったな、だが、以前はそうでは無かったんだぞ?
領主や町の人たち、それから、ベアトリスとリアムのお陰だな」
「僕たちだけじゃありません、助言してくれた人にも感謝を___」
リアムは我慢出来ずに、言っていた。
さぞ、空気を悪くしただろう。
だが、リアムには気にならなかった、寧ろ、当然だと思った。
シュゼットにも、自分の苛立ちが分かった筈だと、安堵にも似た思いでいたが…
「皆さんの力添えがあってこその、今なのですね。
わたしも力になれますよう、努めたいと思います」
気を悪くした訳でも無く、さらりと言われ、リアムは驚いていた。
こんな娘だっただろうか?
リアムが知るのは、いつもビクビクと怯え、人の陰に隠れている様な娘だった。
その夜、リアムはいつもの様に、先に寝室へ行った。
いつもの様にベッドの端で、中央に背を向けて寝る。
こうしていれば、シュゼットは自分に近付けない___
リアムは、シュゼットの気の弱さを知っていて、利用していたのだ。
それは成功していて、今までシュゼットがリアムを誘って来る事は無かった。
誘って来る所か、リアムの意図を読み、ベッドの端で、リアムに背を向けて寝る程だ。
その事に安堵していたが…
この夜は、違った___
優しい匂い、温かく柔らかい感触、満足感と共に、リアムの意識は浮上した。
だが、完全な目覚めには至らず、ふわふわと夢と現実の境目を漂っている。
その手の中の温もりに、リアムは満足していた。
ああ、アドリーヌ…
どれだけ、君を求めていたか…
もう二度と離さない___リアムはその体を強く抱きしめた。
そして、二度目に意識を戻した時、リアムは自分の過ちに気付き、戦慄が走った。
自分がアドリーヌと思い、抱きしめていたのは、全く別の者の体だった。
リアムは愕然とし、自分のしてしまった事に動揺した。
幸いだったのは、相手が眠っていた事だ。
気付かれてはいない…
リアムは、このままシュゼットが目覚めない事を願い、その体を離し、ベッドを下りた。
自室に戻っても、リアムは自分が信じられなかった。
結婚はしたが、シュゼットに手を付ける気は無かった。
シュゼットにも意志表示をしていたつもりだった。
これは、政略結婚だと。
その自分が、あの娘を抱きしめ、眠っていたとは…
「どうかしている!」
リアムは自分の目を覚まさせようと、風呂場へ行き、頭から水を被った。
だが、その効果は無く、リアムは眠るとシュゼットを抱きしめる様になっていた。
無意識なのだから、どうしようも無い。
それに、いけないとは思いながらも、心地良いと感じてしまうのだ。
痩せた小さな体は、貧相に思っていたが、リアムの腕の中にすっぽりと収まり、
柔らかく、温かい。それに、草原の花の様な、良い臭いがする。
リアムは香水を嫌っていたが、この匂いは、心が安らぎ、嗅いでいたいと思ってしまう。
何か媚薬でも使っているのでは無いかと怪しんだが、その形跡を見付ける事は出来なかった。
この事もあり、リアムは益々、シュゼットの顔を見る事が出来無くなっていた。
今までは厳とした態度で拒否を示していたが、後ろめたさもあり、強くも出られず、
その姿を見付けると遠回りしてでも避ける様になった。
シュゼットに気付かれていない事だけが救いだった。
1
お気に入りに追加
500
あなたにおすすめの小説
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
二度目の結婚は、白いままでは
有沢真尋
恋愛
望まぬ結婚を強いられ、はるか年上の男性に嫁いだシルヴィアナ。
未亡人になってからは、これ幸いとばかりに隠遁生活を送っていたが、思いがけない縁談が舞い込む。
どうせ碌でもない相手に違いないと諦めて向かった先で待っていたのは、十歳も年下の青年で「ずっとあなたが好きだった」と熱烈に告白をしてきた。
「十年の結婚生活を送っていても、子どもができなかった私でも?」
それが実は白い結婚だったと告げられぬまま、シルヴィアナは青年を試すようなことを言ってしまう。
※妊娠・出産に関わる表現があります。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
【他サイトにも公開あり】
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
本当はあなたを愛してました
m
恋愛
結婚の約束をしていたリナとルーカス。
幼馴染みで誰よりもお互いの事を知っていて
いずれは結婚するだろうと誰からも思われていた2人
そんなある時、リナは男性から声をかけられる
小さい頃からルーカス以外の男性と交流を持つこともなかったリナ。取引先の方で断りづらいこともあり、軽い気持ちでその食事の誘いに応じてしまう。
そうただ…ほんとに軽い気持ちで…
やましい気持ちなどなかったのに
自分の行動がルーカスの目にどう映るかなど考えも及ばなかった…
浮気などしていないので、ルーカスを想いつづけるリナ
2人の辿り着く先は…
ゆるい設定世界観です
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる