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◇◇ オベール ◇◇


ドミニクは、オベールが息子に思いを馳せている隙に、サラリと、娘を売り込み出した。

「私の娘はシュゼットというのですが、この子がまた良い子で、ですね、
二年程前に妻が病で亡くなったのですが、亡くなるまでの三年半、
私と一緒に、妻に付きっきりで、介護をしてくれたんですよ、文句一つ言わずにです」

それは、確かに、中々出来る事では無い…
家族思いで、優しい娘だろうと、オベールは感心した。

「妻が亡くなった後、酷く気落ちしましてね…気が紛れると良いと思い、
この度、社交界デビューをさせたのですが…
初めての舞踏会で、足を怪我して帰って来たのですよ…」

「は?」

思わぬ展開に、オベールは間抜けな声を洩らしていた。
ドミニクは気にせずに続ける。

「シュゼットは転んだとしか言わないんですがね、どうやら、皆から笑われた様で、
家族に恥を掻かせてしまったと泣いて、宥めるのに苦労しましたよ」

「それは、可哀想な事になりましたな…」

オベールの頭には、十五歳位の少女が浮かんだ。
リアムの妻には若過ぎるのでは?と難色する中、ドミニクは続けた。

「ええ、それで、一緒に行った息子が教えてくれたんですが、
ただ一人、シュゼットを笑わず、助け出してくれた者が居たと…」

ドミニクが意味あり気に笑みを見せる。

「それが、うちの息子という訳ですか?」

「ええ、良いご子息だと思いましてね、是非、娘を任せたいと思い、狙っておった所です」

「成程…ですが、聞いた印象では、失礼ながら、
ご令嬢は《伯爵夫人の器》とは言い難いですな」

「《伯爵夫人》など、幾らでも教育出来ます、夫の支えがあれば尚更でしょう。
それ故、大事なのは人柄ではありませんか?
フォーレ伯爵家は、慈善事業に熱心だと伺っております。
シュゼットは、その資質を十分に持ち合わせているとお伝えしておきます」

「成程…」

ドミニクは、フォーレ家を調べ上げ、作戦を練っていた様だ。
いや、ドミニクの方でも、リアムが娘に相応しいか、精査していたのだろう。
オベールは大きく頷いた。

「『その娘に会ってみたい』と思わせたのは、あなたが初めてだ、ドミニク。
一度会わせて欲しい、よろしいか?」

「はい、勿論、いつでもお訪ね下さい、お待ちしております、フォーレ伯爵」

「オベールと呼んで頂いて結構です。
それで、あなたの娘はお幾つですかな?うちの息子は、今年二十四歳になりますが」

あまり若い娘では困ると難色するオベールに、

「シュゼットはつい先日、十九歳になりました、お似合いですな!」

ドミニクは笑った。





オベールが、ルメール伯爵の娘シュゼットに会ってみたいと思ったのには、
一つは、ドミニクの人柄があった。

常識があり礼儀正しく、温和で人が好さそうだが、馬鹿ではない。
彼には、貴族の良い面を見た。
父親がこういった者であるなら、娘にも期待出来るだろう。

そして、もう一つは、息子リアムが、舞踏会で令嬢を助けたと知った事だった。

貴族社会を嫌い、社交界に顔を出さなくなったリアムが、
アドリーヌと出会った事で、社交の場に勤しんで出る様になった。
リアムが悪い事を覚えてしまったのではないか、変わってしまったのではないかと
オベールは心配していたが、ドミニクの話から、「変わっていない」と安堵したのだ。
それで、オベールの機嫌は殊更良くなった。
ドミニクはオベールの心を掴んだといって良いだろう。

「だが、会ってみない事にはな」

オベールは気を引き締めた。
アドリーヌの事があり、次は失敗する訳にいかなかった。


三日後、オベールは早速、ルメール伯爵の館を訪ねた。

『シュゼットには内緒にしましょう、知れば緊張するでしょうから。
あなたには、普段のあの子を見て頂きたい』

ドミニクに言われ、それは良い案だと、オベールは乗った。
打合せ通りに、オベールは玄関前に迎えに立った執事に、
「ドミニクの友人、オベールです」と名乗った。

パーラーに通されると、ソファに掛けていたドミニクが立ち上がった。
貴族らしく上品なスーツ姿だが、華美ではない。
ドミニクは温和な笑みを浮かべ、オベールを迎えた。

「良く来て下さった、オベール」
「早々に来させて貰いましたぞ、ドミニク」
「シュゼットを呼びましょう、どうぞ掛けて下さい、オベールはコーヒーかな?」

ドミニクは執事に、コーヒーを頼み、シュゼットを呼ぶように言った。

コーヒーと菓子が運ばれ、暫く二人で話していると、シュゼットが通された。
白金色の髪をシニヨンに結ってはいるが、小柄な所為か、年よりも幼く見える。
水色の瞳、白い肌…薄い髪の色も合わさって、薄ぼんやりとした印象だが、
優し気で相も良い。

化粧は派手では無い…地味過ぎる程だ。
それに装いも華美では無い、ジャラジャラとした宝飾品は一つも見えない。
淡い水色のワンピースは、一見質素にも見えるが良い仕立てだ。
オベールは満足し内心で頷いた。

「お父様、お呼びでしょうか」

落ち着いているが、少女らしい可愛い声をしている。

「おお、シュゼット、おいで、こちらは私の友人、オベールだよ。
オベール、この子が私の自慢の娘、シュゼットです」

「オベールだ、君の話は良く伺っている、会えるのを楽しみにしていた」
「オベール様、ようこそお越し下さいました、娘のシュゼットです」

簡単に挨拶をした後、ドミニクが誘導した。

「シュゼット、オベールに館を案内してあげておくれ、ここは初めてだからね」
「はい、オベール様、館を案内させて頂きます」


シュゼットはゆっくりと静かに歩き、丁寧に館を案内していく。
ルメール伯爵家は、フォーレ伯爵家よりも歴史の古い家柄で、
館も歴史が伺える立派な造りをしていた。
高価な美術品や装飾もあったが、それを自慢気に話す事は無かった。

何とも上品な娘だ…

最近ではあまり見掛けない、古き良き時代を思わせる【令嬢】だ。
ドミニクにもそんな所があったのを思い出す。
『歴史ある伯爵家に相応しい教育をしているのだろう』とオベールは考えた。

回廊を歩きながら、オベールはそれに気付いた。

「同じ画家の絵が多いな、ドミニクの好のみかね?」

似た様な風景画が5枚程続き、色使い、筆遣いが同じだった。
どれも色彩豊かで、はっきりとしない輪郭の効果なのか、柔らかく温かい印象で、
見ていると心が和んだ。

「いえ、こちらは、画家の絵ではありません、わたしが描いたものです」

シュゼットが困った様な、恥ずかしそうな顔で小さく答えた。

「それは、本当かね!?これを、君が、自分で描いたというのか!?」

オベールは信じられなかったが、シュゼットは頷いた。

「はい、これらはどれも、郊外のルメールの別邸から見える景色です。
春、夏、秋、冬…」

言われて見ると、季節の移り変わりと共に、描かれている植物が違っていた。

「病の母親と過ごしたという所かね?」
「はい、母の好きだった場所です、母は動けませんでしたから、絵だけでもと…」
「それは、母親も喜んだだろう」
「はい、わたしに絵を描く様に勧めてくれたのも母でした…」
「良いお母さんだね」
「はい…」

シュゼットは頷いた。
悲しげに肩を落とす様子に、柄にも無くオベールの胸は痛んだ。
長く生きていれば、何度も別れに直面するものだが、
少女が母親を亡くすというのは、特別な思いがあるだろう…

「肖像は描かなかったのかね?」
「見れば、父が辛くなると思い、今は隠しております」
「それでは、私が見せて貰おう、案内してくれ」
「オベール様は、母をご存じなのですか?」
「いや、会った事は無かった、その事が残念でな、君の絵を見せて欲しい」

オベールは思い付いた事を言った。
まさか、『ドミニクを出し抜いてやりたい』という、悪戯心だとは言えない。
シュゼットはオベールの言葉を頭から信じ、柔らかい笑みを見せた。

「そんな風に言って頂けるなんて…きっと母も喜んでいますわ!
どうぞ、こちらです…」

喜ぶシュゼットに、オベールの胸は少しばかり痛んだが、何とか隠し通した。

連れて行かれた部屋の壁には、一面、絵が飾られていたが、
オベールはまず、その量に驚いた。
油絵は十点程だが、水彩画や素描は数え切れない程だ。
そのどれも、ルメール伯爵夫人アザレが中心となっていた。

色々な角度、色々な表情、動作…本を読む姿、庭を散歩する姿…
美しく、優しい笑顔…ドミニクと一緒の姿も多い。
先程の風景画とは違い、写実的に描かれていて、まるで生きているかの様だ。

家族の肖像もあり、これは一番の大作で、油絵だった。
椅子に座ったアザレを中心に、右にドミニク、左にフィリップが立ち、
アザレの後にシュゼットの姿もあった。
この家族が、仲が良く幸せだと伝わってくる絵だった。

「なんと、素晴らしい___」

オベールは感嘆の声を洩らしていた。

「気に入った!実は、私たち夫婦の結婚記念日が近くにあってな、
君に肖像画を描いて貰いたい、受けて貰えるかね?」

「わたしでよろしいのですか?」

「ああ、君がいい!妻への最高の贈り物になるだろう!」


◇◇◇
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