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暫く三人でお茶をしてから、オーウェンはジャスティンに部屋へ行く様に促した。

「私は着替えてくる、ジャスティン、後で散歩に行こう、部屋で待っていなさい」
「はい!」

ジャスティンは元気よく答え、部屋へ走って行った。
それを見送り、オーウェンがわたしを部屋へ促した。

「少し話したい事がある、いいか?」

その神妙な口調に、わたしはギクリとした。
部屋に入り、ソファに座ると、オーウェンは口を開いた。

「実は、先日、君たちを襲った賊が見つかった」

「!?」

思わぬ事に、わたしは息を飲んだ。
緊張で体が震えた。

「賊が口を割ったので分かったが、どうやら、賊を雇い、一行を襲わせた黒幕は、
貴族らしい…」

貴族らしい…?
それでは、はっきりとは分かっていないのだ。
わたしは安堵しつつも、困った。
話すなら、全てを話さなくてはいけない…
話すと決めた筈だったが、オーウェンを目の前にすると、体が震え、言葉が出て来ない。

「君に、何か心当たりは無いだろうか?」

わたしは迷いつつも、頭を振った。

「思い出させてしまったな、すまない…」

オーウェンの辛そうな表情に、わたしはそっと目を伏せ、頭を振った。

謝るのはわたしの方だ…

「君も一緒に散歩に行かないか?」

「いえ、久しぶりですもの、父子の時間を楽しんで来て下さい」

「そうか、分かった、また後で、ロザリーン」

オーウェンがキスをする。
だが、わたしの心は不安に苛まれ、それを楽しむ事は出来なかった。
オーウェンはそれに気付き、わたしを離した。

「どうした、ロザリーン?」

「すみません…」

「いや、あんな話をした後だ、気にするな、少し休むといい…」

オーウェンが着替えに行き、わたしは部屋を出ると、急いでロザリーンの部屋へ向かった。


ロザリーンはまだ寝ていたが、わたしは彼女を揺り起こした。

「ロザリーン!起きて!」

「んー、何よ、煩いわね…」

「オーウェンが帰って来たの!わたしたちを襲った賊が見つかったと言っていたわ!
貴族に雇われていた事まで分かっているの、きっと、直ぐに分かってしまうわ!
どうしたらいいの?ロザリーン」

わたしは焦っていたが、ロザリーンは落ち着いていた。
彼女はこの事を知っていたのだ___

「落ち着きなさいよ、分かった所で、リチャードが捕まるだけじゃない。
私は被害者だもの」

「そんなの、直ぐにバレるわよ!」

「いいえ、バレないわ、あなたが言わなきゃね、
妹を売る様な真似、あなたはしないわよね?お姉様」

ロザリーンがニヤリと笑う。

「わたし、本当の事を言うわ、でも、あなたの事は知らないと言うから…」

「フン、好きにしたらいいわ、私も好きにするから___」

ロザリーンはベッドから降りると、着替えを始めた。
わたしはそれを手伝った。

「明日、ここを出て行くわ」

ロザリーンの言葉に安堵した。
だが、リチャードと別れた彼女に、行く当てがあるのか…?

「何処に行くの?国に帰るの?」

「何処だっていいでしょう、好きにするわよ」

ロザリーンは事も無げに言い、取り付く島もなかった。





ロザリーンはこれまでずっと上座に着いていたが、
今日の晩餐にはオーウェンの姿があったので、ロザリーンの席はわたしの隣に用意されていた。
流石のロザリーンも、不平を言ったりはしなかった。

「オーウェン、紹介が遅れましたが、こちらは、わたしの姉…クレアです…」

オーウェンはとっくに、誰かしらからか、彼女の事を聞いていただろう。
オーウェンは鋭く、頭の良い人だ、わたしが話さなかった事を、変に思わない筈は無い…
だが、オーウェンはそれを表に出す事無く、挨拶をした。

「ロザリーンの夫、オーウェンだ、良く来てくれた、クレア」

「私の事は《聖女様》と呼んで下さるかしら?
クレアなんて、野暮ったい名前で呼ばれると、《聖女の光》が陰ってしまうわ!」

ロザリーンの当て付けに、わたしは胸がズキリと痛んだ。

「ほう、君は《聖女》なのか?」

「ええ、とても力の強い聖女よ」

「それがまた、どうして供も付けずに、他国に一人で?
君は聞いていないのか?ロザリーンの一行は、賊に襲われたのだぞ?」

オーウェンの指摘に、わたしは思わず「はっ」と息を飲んだ。
ロザリーンはあからさまに顔を顰めた。

「それには理由があるのよ、だけど、騎士団長如きに話せないわ」

「まぁ、いいだろう、それでは、食前の祈りを頼む」

オーウェンが指を組む。
わたしとジャスティンも習ったが、ロザリーンは肩を竦めた。

「食前の祈りなんて、馬鹿馬鹿しい!取り止めるべき所作の一つよ」

ロザリーンが平然と食べ出す中、わたしは祈りの言葉を告げた。
「まぁ!あなたって、修道女みたいね!」と、ロザリーンが笑う。

そうね…
あなたは《聖女》で、わたしは《修道女》だ。

「聖女というのは、必ずしも、信仰熱心という訳ではないのだな」

「あら、だって、《聖女》こそが神だもの、私に感謝して貰いたい位よ!」

「だが、所詮、《聖女》も人間だ、神の力あっての事だろう?」

「これだから、無知な蛮国は嫌なのよ、神の力があるっていう事は、
この身に神が宿っているって事よ、つまり、私は《神》なの!」

ラッドセラーム王国では、ロザリーンの様に考える者は多い。
だが、それがヴィムソード王国で通用するかと言えば、違うだろう。
オーウェンは、取るに足らない事と、聞き流している様だった。

「ねぇ、オーウェン、妹を自由の身にしてくれないかしら?」

ロザリーンが言い出し、わたしは手にしていたスプーンを止めた。
一体、何を言い出すの?
ロザリーンを振り返ると、彼女は悪い笑みを浮かべ、挑戦的にオーウェンを見ていた。

「どういう意味かな?」

「妹には国に婚約者がいるのよ、王との縁談が決まったから、
諦めなければならなかったけど、幸い、結婚したのは王ではなく、あなたとだし、
あなたが解放して下されば、妹は自由になれるわ!
愛する者同士が結婚するのが一番でしょう?」

「それは、初耳だな…」

オーウェンがわたしを見た。

全くのデタラメよ!
そう言いたかったが、ロザリーンが次に何を言い出すのか分からず、
わたしは唇を噛み、俯いた。

「あなたが解放して下されば、きっと、妹は幸せになるわ、オーウェン」

それは、わたしがオーウェンと別れ、国に帰るなら、黙っていると言う事だろうか?
もし、それに従わなければ、ロザリーンはわたしをもっと苦しめる気だろう…
このまま、国に帰った方が…

わたしは弱気になっていた。
だが、オーウェンはキッパリと言った。

「断る」

わたしは息を飲み、顔を上げた。
真剣な目が、わたしを射貫く___

「何故ですの?妹の幸せを願っては下さらないの?」

「彼女は私と結婚している、結婚は神聖なものだ、お互いに生涯愛すると誓った。
それ以前の事など、無効だ。彼女を幸せにするのは、今傍にいる私だ___」

胸に喜びが溢れ、わたしは熱い息を吐いた。

「ふぅん、あなたもそれでいいの?」

ロザリーンが険しい目でわたしを睨み付けた。
これは、脅しだ___
それを察しながらも、わたしは彼女に従う事は出来なかった。

「ええ、わたし、オーウェンとジャスティンを愛しているの」

「後で後悔しても知らないわよ」

「後悔なんてしないよ!ロザリーンは、ぼくとお父様で幸せにするからね!」

ジャスティンが言い、わたしは小さく笑い、頷いた。

「ありがとう、ジャスティン、オーウェン」

それを遮る様に、ロザリーンがガシャンと音を立て、ナイフとフォークを置いた。
そして、派手に音を立て席を立った。

「ここの不味い料理は、もう沢山よ!」

ロザリーンが出て行き、わたしはオーウェンに謝った。

「すみません、料理に問題は無いんです、ただ、少し気難しくて…」

「そうらしいな、ロザリーン、後で話そう」

オーウェンの言葉は、最後通告の様に聞こえた。

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