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オーウェンは見事にブランコを作り上げた。

「まずは、私が乗ってみよう、ジャスティンが怪我をしてはいけない…」

オーウェンは澄ました顔で言ったが、それに座ってみたくて、うずうずしている様に見えた。

「それが良いですわ、お願します」

オーウェンは、太い木の枝に括り付けられたロープを握り、板に腰を下ろした。
オーウェンの体重にも、枝は耐えられた様だ。

「少し揺れてみて下さい」
「揺れる?こうか?」

オーウェンはぎこちなく、ブランコを揺らす。

「足で地面を蹴るんです」
「足で地面を…」

ブランコが大きく動き、それに合わせ、オーウェンは足を地面から離した。
だが、オーウェンは大柄な事もあり、足も長いので、低いブランコは難しい様だ。

「こ、これは難しい…」
「でも、ちゃんと乗れていましたわ!」
「君が手本を見せてくれ」

オーウェンがブランコを降り、わたしを促した。
わたしの家にはブランコがあったが、わたしは自分が乗るよりも、
ロザリーンが乗る時に、その背中を押す事の方が多かった。

わたしは新しいブランコに腰を下ろした。
不思議と、幼い頃の自分に戻った気がし、わたしは地面を蹴った。
ブランコが大きく揺れる…

「オーウェン、背中を押して頂けますか?」
「背中を?やってみよう…」

オーウェンはわたしの後ろに立つと、背中を押してくれた。

「あまり強く押さないで下さいね、そう…上手ですわ!」
「ありがとう、君も上手だ、ロザリーン」

ブランコを漕いでいると、心が晴れやかになった。
ずっと乗っていたい気分だったが、わたしはそれを押し込め、オーウェンに止めて貰った。

「大丈夫ですね、早くジャスティンを乗せてあげて下さい、きっと喜びますわ!」

「ああ、そうしよう、ありがとう、ロザリーン」

オーウェンの目に感謝が浮かぶ。
わたしは微笑み、頷いた。

「わたしも戻って、自分の仕事を始めますわ」
「何が出来るか楽しみだ、いつ出来る?」
「それは、分かりません」
「君は時々、意地悪になる」
「そんな事、初めて言われました!」
「ああ、聖女を意地悪などと言っては、首が飛ぶ、内緒にしてくれ」

わたしたちは笑い合った。

『意地悪』でも、うれしかった。
距離が縮まったと感じられた。
今まで、これ程近く感じた人は居なかった。

両親、姉、妹…
近くに居ても、家族から感じるのは、《拒絶》だった。

オーウェンは、押し付けられた花嫁だというのに、わたしに優しくしてくれる。
受け入れ、近付こうとしてくれる。
わたしに《聖女の光》を取り戻させたいだけかもしれないけど…
それでも、うれしく、居心地が良かった。

オーウェンと、ずっと、一緒に居られたらいいのに…


わたしは二階の廊下の窓から、オーウェンとジャスティンの様子を眺めた。

オーウェンはジャスティンをブランコに促す。
ジャスティンは恐る恐る、ブランコに近付く。
戸惑うジャスティンに、オーウェンは乗り方を教えてやり、見本を見せた。
すると、ジャスティンは直ぐにブランコに興味を持ち、それに乗った。
オーウェンは褒めてやり、それから、後ろに立つと、その背を押した…

楽しそうな二人の姿が微笑ましく、わたしは時間を忘れ、眺めてしまっていた。


◇◇


わたしは淡い茶色の生地を使い、大きめのクマの人形を作った。
目には、濃いオリーブ色のボタンを使う。
中には、柔らかさを感じられる程度に、綿を詰めた。
それは一旦、クローゼットの奥に隠しておき、今度はクッション作りに取り掛かった。

子供用に、一回り小さい、青色のクッションと、緑色のクッション。
ジャスティンがブランコに乗っている時を狙い、こっそりと部屋に入り、ソファに並べてきた。


「ジャスティンの部屋にクッションがあったが、あれは、君か?」

オーウェンにこっそりと聞かれ、わたしは頷いた。

「はい、ジャスティンは喜んでいましたか?」

「ああ、最初は驚いていたが、使っていた。
私に青色のクッションを勧めてくれた…」

オーウェンの方がうれしそうに見えた。

「良かったですね」

「ああ、君のお陰だ、ありがとう、ロザリーン…」

わたしは頭を振った。
感謝は要らない、わたしはジャスティンを喜ばせたかっただけだ。

「前に君が言っていた、《足りない物》というのは、子供用のクッションだったのか?」

「いいえ、わたしが足りないと思ったのは、《温もり》です。
立派なお部屋ですが、子供が使うには、少し寂しい気がして…
ジャスティンは部屋で過ごす時間が長い様ですし、
何か心が安らぐ物があれば良いと思ったんです」

「成程…気付かなかった…」

オーウェンは深く息を吐いた。
肩を落とし、一気に年を取った様に見える。

「あまり気になさらないで下さい、わたしが思うだけですから…」

「いや、君が正しい、私はこれまで、仕事を理由に、ジャスティンの事は妻に任せてきた。
妻が亡くなり、これからは私が妻の代わりをしなくてはいけないというのに…
私は父親としても、母親としても、落第生だ」

「自分を悪く言わないで下さい。
ジャスティンはあなたが大好きです、それは、あなたが良い父親である証ですわ。
それに、今は、ジャスティンの傍にいてあげる事が、一番だと思います。
それは、あなたでなければ、出来ない事です」

オーウェンは「ふぅ…」と息を吐いた。
オーウェンの表情から、暗いものは消えていた。
緑灰色の目が、じっと、わたしを見つめる…

「不思議だ、君と話すと心が晴れる…本当に、《聖女の力》ではないのか?」

そんな事は、絶対にあり得ないが、それを言う訳にはいかない。
わたしは苦笑した。

「残念ですが、聖女の力ではありません」

「それならば、《聖女》というのは、恐ろしい存在だな、私には見当が付かない」

「恐ろしいだなんて!」

そんな事があるだろうか?
わたしは思わず目を丸くし、オーウェンを見つめ返していた。

「いや、心を操られそうで怖い、《聖女》はそういった事も出来るのか?」

「いいえ、心の闇を祓う事は出来ますが、操る事は出来ません。
心の闇が無くなり、本来の自分が現れるだけです。
歯が痛い時には、皆、機嫌が悪くなる、それと同じです」

「病という訳か…ありがとう、勉強になった」


◇◇


オーウェンの二週間の休暇は、あっという間に終わった。
最期の日、わたしはオーウェンに呼ばれ、書斎へ行った。

「私は明日から騎士団に戻る。
遠征ではないので、夜は戻るが、遅い時間になるだろう…
その間、ジャスティンを君に任せたい。
ジャスティンと君が、まだ上手くいっていないのは、分かっているが…
君以上に、ジャスティンを任せられる者は居ない。
ロザリーン、どうか、受けて貰えないだろうか?」

わたしはこの申し出に喜びを感じていた。
オーウェンは、わたしを信頼してくれているのだ___!
今まで、これ程強く、誰かに頼られた事は無い。
わたしは笑顔で返していた。

「はい、勿論です!その…わたしも力になりたいと思っていましたので…」

あまりに勢い良く答えてしまったので、わたしは言い訳をした。
だが、オーウェンは何とも思わなかった様だ。
安堵の表情を見せ、「ありがとう」と笑みを見せた。

「世話はメイドがする、家庭教師も頼んでいる、
君はジャスティンを気に掛けてやって欲しい」

「はい、承知致しました。
あなたは、お休みのキスを忘れないで下さいね」

「ああ、約束しよう」

それしか約束出来ないが…
オーウェンの表情から、彼がそんな風に思っている気がし、わたしは笑顔で言った。

「あなたは最高の父親ですわ!」

「いや…私は、最低の父親で、最低の夫だ…」

オーウェンは目を反らし、頭を振る。
何があったのか、何が心に巣食っているのか知りたかったが、
やはり話したくはない様で、オーウェンはわたしが何かを言う前に、
「それでは、頼む、ロザリーン」と、話を切り上げてしまった。

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