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本編
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しおりを挟む『ごめんね、姉さん…僕を憎んでくれていいから…』
『姉さんは、壊れないで…』
夜に聞いたクリスの声は、辛そうなものだった。
あれこそ、わたしの知るクリスだ!
それに、クリスはこの行為を、望んでやっているのでは無い様に思えた。
クリスに止めさせなければ___!!
「でも、どうやって?」
わたしに良い案は浮かばなかった。
わたしの精神は恐怖でクリスに支配されているといっても良い。
一つ間違えば、クリスを怒らせ、どんな事をされるか分からない。
それが思考を鈍らせた。
だが、冷静に考えると、クリスがわたしを犯すのは、最初こそ頻繁だったが、
最近では三日に一度位になっている。
それに、クリスはわたしを散々に絶頂へ追い立てるが、
クリスが欲望を吐き出すのは、一度だけだ。
わたしばかり乱れさせ、クリスが乱れる事は無い。
気になったのは、『姉さんは壊れないで』という言葉だった。
壊れた者がいたのか?
それは、クリス?
わたしは恐ろしい想像に、自分の体を抱いた。
「そんなの!あり得ないわ!!それに、子供は?」
わたしがクリスから奪った人は誰?
壊れたのは、その人?
怖い!!
自分の知らない所で、何かが起こり、クリスを傷つけていた事が怖い。
ずっと、一緒に育って来たと思っていたのに…
一体、いつ、道が別れてしまったのだろう?
◇
夜になり、いつもの様にクリスが姿を見せた。
わたしは夜着姿ではあるが、今日はベッドの上では無かった。
意を決し、椅子から立ち上がり、胡乱な目をしているクリスに声を掛けた。
「クリス、少し、話しましょう?」
「いいけど、手短にね」
クリスは面倒そうに嘆息した。
だが、きっと、これは演技だ___
クリスは座る事無く、腕を組み、わたしを見ている。
わたしだけ座るのも変なので、立ったまま、それを話した。
「クリス、あなたが抱えている事を知りたいの。
あなたはこういう事を、望んでやっているのでは無いのでしょう?
それなら、止めるべきだわ、あなたにとっても、わたしにとっても、良い事は無いもの」
クリスが小さく笑う。
「昨夜の事だね、聞かれてたのか…失敗したな」
「クリス、あなたは、その…誰かに、こういう事をされたの?」
「あんな事をされても、僕の心配をしてくれるなんて、姉さんはやっぱり、聖女だね」
クリスが嘲笑う。
だけど、わたしはもう、騙されないわ!
「クリス、お願い!わたしに話して!何も分からなくて怖いの!
それに、わたしは、一体、何をしたの?
知らなければ、本当の意味で、罪は償えないでしょう?」
クリスは「ふっ」と笑った。
「罪を償う事なんて出来ないよ、誰にもね___」
その通りだ。
何も無かった事には出来ない。
だから、復讐を選んだのね…
わたしは胸に手を当てた。
「せめて、心から謝りたいの…」
クリスは小さく嘆息した。
それから、じっと、青灰色の目でわたしを見つめ、言った。
「姉さんは6歳で、僕は5歳だった」
6歳と5歳!?
そんな幼い記憶がクリスにあるというのか…
信じ難い事だが、クリスは記憶力も良かった。
「その頃、僕はよく一緒に遊んでいた子が居たんだ。
小さくてね、とっても可愛い子だった」
わたしは記憶を辿る。
だが、クリスが誰かと遊んでいた姿は思い浮かばない。
「僕はその子が大好きで、一生、大切にすると決めていたんだ」
そんな幼い頃から…
「だけど、ある日、その子は死んでしまった。
本当は、この家の養女になる筈だった。
だけど、姉さんが『要らない』と言ったから、孤児院に入れられて…
可哀想に、直ぐに流行り病で亡くなったよ」
「!?」
わたしは息を飲む。
全く覚えていない。
だが、わたしの所為で小さな女の子が家を失い、亡くなったと思うと、
強い罪悪感に襲われた。
わたしは何も言えず、息をするのがやっとだった。
クリスは何も言わず、部屋を出て行った。
◇
わたしはクリスに聞かされた過去を、思い出そうとした。
だが、全く記憶の糸を掴む事すら、出来なかった。
「6歳の頃…」
わたしは一体、何をしていただろう?
優しい両親と、可愛い弟と、何不自由無く、幸せに暮らしていた。
その一方で、わたしは、可哀想な子を放り出し、殺してしまったのだ___!
「ああ!クリスは何故、わたしを助けたの!?」
『僕は姉さんに死んで欲しくはないから』
「わたしが憎いなら、見捨ててくれた方が良かった!」
わたしは軽く考えていたのだ。
何を聞いても大丈夫だと…
だが、実際は違った。
考えれば考える程に、その罪は大きく圧し掛かって来た。
「こんなの、嫌___!!」
◇
「姉さん、食べなきゃ」
手を付けられていない食事を見て、クリスが嘆息した。
優しく頬を撫でられ、わたしは反射的にその手を振り払っていた。
「…」
わたしは椅子から立ち上がると、無言でベッドに行き、仰向けに寝た。
そうする事に抵抗は無かった。
「随分、従順だね?」
クリスはわたしの上に馬乗りになると、ニヤリと笑い、わたしを見下ろした。
「…」
少しの間、クリスはわたしを見つめていたが、
息を吐くと、わたしの上から降りた。
そして、並んで横になり、わたしの手を優しく握った。
「分かったでしょう?僕の逆恨みだよ。
僕は目的の為に、姉さんの弱味に付け込んで、利用した。
それだけなんだ___」
クリスは淡々と言う。
何故、今になってそんな事を言うのか…
わたしは頭を振る。
「姉さんは子供だったし、理解していなかったんだよ。
それに、姉さんが『要る』と言っても、孤児院に出されていたよ」
「そんなの…分からないわ!」
「分かるよ、両親も反対だったから…」
「わたしが、要ると言ってたら、両親だって置いてくれたわ!」
両親はわたしにもクリスにも優しかった。
二人で頼めば置いてくれた筈だ。
それなのに、わたしは思い出してもあげられない___!
わたしは泣いていた。
「姉さん、泣いてくれて、ありがとう」
クリスがわたしの手を離し、ベッドから起き上がる。
わたしは涙を拭い、体を起こした。
クリスはわたしに背を向けていた。
その背中が寂しそうで、胸が締め付けられた。
クリスは何度も思い出し、苦しんで来たのだろう…
「クリス」
わたしは彼を呼ぶ。
わたしを犯して、憎しみが癒えるなら…
わたしを犯して、わたしの罪が晴れるなら…
「わたしを罰して…」
クリスは顔だけで振り返り、苦笑した。
「出来ないよ」
今まで、散々してきて、何故、今になって?
わたしは罰して欲しいのに!
「悪いけど、差し出されるものには、興奮出来ないんだ」
クリスが目を反らす。
罪を抱え、後悔に苛まれ続けるのは、罰せられるよりも辛い。
クリスにはそれが分かっているのかもしれない。
わたしを苦しめたいなら、それが一番だ。
わたしは項垂れ、静かに涙を零した。
償いも出来ない、罰しても貰えない…
わたしには、もうどうしたら良いのか分からなかった。
「そんなに、罰して欲しいなら…」
不意にクリスが言い、わたしは顔を上げた。
クリスはいつもの様に、明るい笑みを見せ、続けた。
「僕のもう一つの復讐に、協力して貰おうかな?」
「他にも復讐が…?」
クリスはそれには答えず、話を進めた。
「姉さんには僕の情婦になって貰う、勿論、表向きだけで、行為はしない。
だけど、人前に出る事になるから、気付かれる危険がある。
髪の色を変えて、仮面を着ければ、どうにか誤魔化せると思うけどね…」
クリスは戯れの様に言う。
わたしは『人前に出る』という事さえなければ、頷いていただろう。
もし、誰かがわたしに気付いたら…
わたしは牢屋に逆戻りとなり、処刑されるだろう。
クリスはそれを狙っているの…?
一瞬、そんな風に思ったが、直ぐに打ち消した。
何故なら、そんな事になれば、クリスも罪を背負う事になるからだ。
わたしを仮死の薬で助け出した事が露見すれば、クリスも罪に問われる。
そう、これは、クリスにとっても、危険な賭けなのだ___!
クリスは、そこまでして、復讐をしようというの?
クリスは、怖くは無いのだろうか?
問う様に見つめるわたしに、クリスは頷いた。
「危険だし、姉さんには恥ずかしい事だろうね、断ってくれてもいいよ」
クリスはサラリと言う。
本当は、わたしの事など必要では無いという様に…
「誰に、どんな復讐をするのか、教えて欲しいの…」
「きっと、直ぐに分かるよ」
クリスは答える気は無い様だった。
わたしは心を決め、頷いた。
「分かったわ…あなたに協力するわ、クリス」
わたしはそれを受けていた。
これで償いになるとは思えない。
ただ知りたいと思ったのか、それとも、クリスを止められると思ったのか…
自分でも何故かは、分からなかった。
クリスはわたしをじっと見つめていたが、
不意に腰を屈め、わたしの唇に「チュ」と口付けた。
「!?こういう事は、しないと…!?」
「しないのは性交。演技はしなきゃ、本物らしくね?
この程度で動揺してたら、直ぐに嘘だってバレちゃうよ、姉さん」
「ご、ごめんなさい…」
謝るわたしに、クリスは明るく笑った。
「いいよ、許してあげる!
色々と準備もあるし…そうだな、明後日から始めよう。
今日は晩食を食べて、ゆっくり寝る事!
死んだりしちゃ駄目だよ、姉さん、僕からもう、奪わないで」
クリスはわたしの頭を撫で、部屋を出て行った。
クリスはわたしを慕ってくれている。
それは確かだ。
恨まれても文句は言えないのに…
ずっと、わたしに優しくしてくれている…
「ごめんなさい___!」
わたしは自分の犯した罪を嘆いた。
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