上 下
10 / 11
猫耳っ娘とのそれなりの日常

#9 猫といくバスルーム 略してネコバス

しおりを挟む
♢♦︎♢♦︎ 

「おーい、カドルサムー。起きろー」

 ようやく冷静さを取り戻す。一時期は彼女の身を心配していた俺だったが、いらぬ心配が先走りしていたようである。実際、俺が思うように彼女が何らかの病にかかって倒れたわけでもなかったし、彼女は脱衣所でただ眠っていただけだった。引き続き彼女の体を揺さぶって、起こすことを試みる。

「う~ん、カナタぁ……どうしたのにゃ?」

体を揺さぶられてむにゃむにゃ……。片手を脱衣所の床についてゆっくりと起き上がる。その顔には眠気がまだ残っていていて、他愛のない表情だ。

「珍しく自分からお風呂に入ってくれたと感心してたのにな……、まさかこうしてお風呂に入らずに済むよう脱衣所で眠ることがお前の目的だったのか」
「……仕方なかったのにゃ、カナタを説得することはできなそうだったから」
「なんでお前はそこまでしてお風呂に入ることを嫌っているんだ? 猫にしてもお前は水が嫌いなわけじゃないし、他に何か理由があるんだろ?」
「そ、それはっ……」

はにかむような表情を浮かべ、俺の視線を反らそうとするカドルサム。口元を手で覆い隠してモジモジする様子から見てやはり理由があるのだろう。しっぽも吊られて揺れ動いていた。

「話してくれ、別にお前のことを攻め立てるつもりはないから」
「そっ、そう言ってくれるのなら……」

俺のその一言で安心を覚えてくれたのか、カドルサムは上目遣いで俺のことを見上げる。そうして今にも消え失せてしまいそうな声でそっと呟いた。

「……実をいうと、のにゃ」
「お風呂に入るのが怖い? それはまたどうして?」
「この前、興味本位でギルドのククに怖い話をしてもらったのにゃ。合わせ鏡からお化けが出てくるってお話で、それからというものお風呂の鏡からお化けが出てくるんじゃないかと怖くなってきて……」

 彼女がお風呂を入ることを嫌う理由に思わず納得である。普段からマイペースでときどき生意気を抜かしてくる彼女だが、年齢的に言えばお化けや幽霊といった心霊現象を恐れるのがこの年頃。確かに俺も十に満たない頃、一人でお風呂に入ることが怖くて妹と一緒に入らなければ気がすまなかった。この気持ちは分からなくもないと、やがては一つの結論へと至る。

「じゃあ、一緒に入るか」
「ほ、本当かにゃ!? 一緒に入ってくれるのかにゃ!?」
「ああ、確かにお化けが怖いという気持ちは死ぬほど分かる。事実、俺は今でもがなきゃ、一人で眠ることができないからな」
「……それはシンプルに気持ち悪いのにゃ」

”類は友を呼ぶ”とはこういうことなのだろうか。

♢♦︎♢♦︎

「これで安心してお風呂に入ることができるのにゃ。ありがとうなのにゃ、カナタ」

 俺に感謝の気持ちを伝えてシャワーヘッドからお湯を出そうとするカドルサムだったが、シャワーがその身に降り掛かった途端その場に勢いよく寝転んだ。何があったんだと心の中で思わず呟く。

「冷たっ!! シャワーが冷たいのにゃあぁぁ……!!」
「ーー何やってんだ、お前は」

不意打ちを受けてその場で寝転び続ける彼女に代わり、シャワーヘッドの元へと駆け寄る。この家のシャワーは水道管の出口に取り付けられた二つのカランを調整してお湯を調整するタイプのものだ。

カドルサムがカランを捻った後を見てみると水が全開になっていた。カランを上手く調整して水を暖かくした挙げ句、彼女にへとシャワーを浴びせる。

「ああ、生き返ったのにゃー。まさに恵みの雨……」

ムクリと起き上がった彼女を見届けて、シャンプーを手にとり髪を泡立てる。カドルサムも俺に続いてシャンプーを手にとって髪を洗い始めた。健気にせっせと髪を洗う彼女の姿からは、小さな子どもの気質を感じさせる。

そうして彼女はシャワーで頭を流す。俺より後に洗い始めたはずなのに、ずいぶんと早く終わるものだなあと考えていると、彼女はバスルームの片隅に置かれていたバスチェアを持ってきた。たちまち、持ってきたバスチェアに足を乗せて俺の頭髪に手を添える。

「ん? 洗ってくれるのか、何だか悪いな」

俺の一言にコクリと頷くと、彼女は小さな手で俺の髪をモコモコと泡立て始めた。

「こうして人に髪を洗ってもらうのは何年ぶりだろ……。お母さんに洗ってもらったとき以来かな? なんだかとても懐かしい感じがする」

カドルサムは気にする様子を見せず、俺の髪を泡立て続けている。しばらく経った後、そんな彼女がふと声を上げた。

「ーーできたのにゃ、見て見てカナタぁー」

あまりの心地よさに目を瞑っていた俺は彼女の言われるがまま、目を開く。鏡に映る彼女は華やぐような笑みを浮かべておりとても楽しげだ。

「見てって何を見ればいいんだ?」
「髪型のことにゃ、髪型!! 気づかないのかにゃ?」 

彼女の言うとおり、視界を上げる。その視界の先、鏡に映る俺の髪にはシャンプーで髪を寄せ集めて作ったがあった。

「これは、猫耳……? 猫耳なのか?」
「そうなのにゃ!! これでカナタもドルドルとお揃いなのにゃ」

子どもの頃によくやった遊びにこうして巡り会えたことに思わず頬が緩む。一瞬、子どもに戻ったような感覚に囚われて嬉しかった。しかしその反面、もう彼女のような子どもに戻ることができないという切なさもあった。

「……フフッ、お揃いだね」

子どものように微笑んだ。そんな俺が普段見せないような一面に驚いたのか、一瞬思考が止まってしまったカドルサム。しばらくはそんな感じだったが、やがて彼女も俺に合わせて微笑み返してくれた。

しかし、この先俺を待ち構えている問題はただ一つ。


それはである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...