2 / 11
猫耳っ娘とのそれなりの日常
#1 目覚めは飢えと共に
しおりを挟む
「ねえねぇ、カナタぁ~~」
釈然としない意識の中、ふと体を揺さぶれるような感覚に陥る。目を見開いた先、視界に真っ先に入ってきたのは俺の体に馬のりになった少女の姿だった。
「どーした、カドルサム?」
「……どうしたとかそういう問題じゃないにゃ。今が何時だと思っているにゃ?」
彼女の額から生えそろった大きな猫耳がピクピクとわずかに上下している。
「果たして今が何時であろうと眠いことには変わりないんだニャ。だからヘイ、カドルサム。一時間後に起こしてー」
「猫でもないお前がその語尾使うと不自然だにゃ。また、そうやって二度寝に入って……。
じゃ、その一時間後とやらに備えて爪をじっくり研いで待っているから」
……目を覚ますどころか永遠の眠りについてしまいそうな、いわば殺害予告である。
「わかった、わかった。起きますよー!!
いつになく必死だな、お前」
「お腹がすいてるからにゃ!!
……まったく、そんぐらいは察してほしいにゃ」
声を荒げる否や、ベットにそのままダイブ。たちまち、うつ伏せの姿勢から寝返りを打ち、顔を覗かせる。窓から降り注ぐ日差しが彼女の浅葱色の瞳に光を灯していて、とても可愛らしい。
俺はベットから起き上がると、
覚束ない足取りでキッチンへと向かうのだった。
♢♦︎♢♦︎
普段から料理をすることがないので、今日も相変わらずキッチンは汚れている。料理で飛び散っただろう油染みに、コンロの周りに所々見られる焦げた跡。最後に料理をしたのはいつだろうか。
「あれ? おかしいなー。ここらにしまっておいたはず……」
普段から料理をする機会がない俺にとって最も世話になっているであろうもの、それがこの貯蔵庫である。しまいこんだものの鮮度や温度をしまった当時そのまま保っておいてくれる代物だ。街に出掛るが度、料理をテイクアウトしてこの貯蔵庫にしまい込んでいる。
そんな今日この頃、貯蔵庫を漁るばかりの俺は、少からず違和感を覚えていた。昨日買い込んでしまっておいたはずのドーナツがどこにもないのである。
「昨日、家で食べちゃったっけ……?」
と昨晩のことを思い返してみるが、まったくもってそんな記憶は一切ない。
昨日は、立て続けにクエストを受けて疲れていたのもあって、家に帰ったらすぐに寝たはずだ。
「カドルサムー、俺って昨日ドーナツどこにしまったか覚えてるか?」
「……買ったことそのもの気のせいじゃないかにゃ? 少なくともドルドル(一人称)は、そんなの知らないにゃー」
「そうだったかなー」
そう言うものの、そのはずはない。この部屋に漂っているドーナツの甘い匂い。これは確かに昨日、俺がドーナツを買ってきたという証拠である。
「この匂いからして、今この部屋のどこかにドーナツがあるのは確かなんだけどな」
「そんなはずはないにゃ。そんなことより、お腹が空いたから早くしてほしいにゃん」
「そんなことよりって、あのドーナツは一日15個しか販売されない限定品で美味しいと巷で評判なんだぞ」
「……じゅるり」
ソファで横になっているカドルサムの口元がほんの一瞬、食欲にそそられて緩んだような気がした。
そりゃそうだろうな~。数時間並び続けてようやく手に入れた一品だ。美味しいに決まってる。
「カドルサムも食べたいってことに変わりないんだろ? なんなら、探すの手伝ってくれよ~」
「そんにゃこといって……ドルドルは知らないのにゃ」
ぷいっと視線を逸らしてソファの上でうずくまるカドルサム。一見興味がなさそうな反応を示した彼女だが、実はこういうとき、彼女のしっぽを一目見ればどんなことを思ってるか丸分かりなのである。
何か嬉しいことがあったり動揺しているときには、尻尾が波打つように動くし、何かに怯えていたり悲しんでいるときには尻尾がしんなりとする。これはいわば、彼女の癖なのだ。
今、彼女の太い尻尾は波打つようしなやかに動いている。尻尾が揺れ動く度に白い粉末のようなものを振りまきながら……。
ーーん? 白い粉末のようなもの……?
ソファに近寄ってそれが果たしてそれが何なのか確かめようとする。彼女の界隈に漂う甘い匂い。 試しにその粉末を手に取って舐めてみた。
口の中に入れた途端、舌の上で薄く広がるように溶けていく甘み……
「うん、砂糖だコレ」
ソファに手を掛けてそっと立ち上がった。今、目の前で波打つようにしなやかに動く彼女の太い尻尾。その表面では無造作に散りばめられた砂糖がきらきら輝いているように見える。
「まさか、コレって……」
ほとんど察しがついた俺は彼女に気づかれないように息を殺して彼女の尻尾へと顔を近づけていった。この甘い匂いはそういうことだったのか……。
「……いただきます」
小さく手を合わして彼女の尻尾を精一杯頬張る。一口サイズのドーナツなのでこれくらいがちょうどいい。
彼女は俺が尻尾にかじりついた途端、「にゃ!?」という声を上げ、全身に震えを走らせた。
彼女の尻尾を伝って震えが伝わってくるーー。
「そ、そこを攻めるのは反則にゃぁ……」
力なくしてカドルサムはソファの上から転がり落ちていく。今に床に叩きつけられてしまいそうなとこらをドーナツをモグモグしながらキャッチ。
「ほら、やっぱりこれドーナツじゃん」
「ドーナツだからってぇ……
かじりつくのは反則にゃぁ……」
「反則ってもそこにドーナツがあったからな。ごちそうさまでした」
「ドーナツを尻尾にはめておけばカナタに気づかれないだろうと……ごめんにゃさい、もうしません……」
ぐでーんと伸びきった体を抱え込まれながら、涙交えりの瞳でカドルサムは必死に訴える。
後日談。
二人は仲良くドーナツ屋台に向かったそうな。
釈然としない意識の中、ふと体を揺さぶれるような感覚に陥る。目を見開いた先、視界に真っ先に入ってきたのは俺の体に馬のりになった少女の姿だった。
「どーした、カドルサム?」
「……どうしたとかそういう問題じゃないにゃ。今が何時だと思っているにゃ?」
彼女の額から生えそろった大きな猫耳がピクピクとわずかに上下している。
「果たして今が何時であろうと眠いことには変わりないんだニャ。だからヘイ、カドルサム。一時間後に起こしてー」
「猫でもないお前がその語尾使うと不自然だにゃ。また、そうやって二度寝に入って……。
じゃ、その一時間後とやらに備えて爪をじっくり研いで待っているから」
……目を覚ますどころか永遠の眠りについてしまいそうな、いわば殺害予告である。
「わかった、わかった。起きますよー!!
いつになく必死だな、お前」
「お腹がすいてるからにゃ!!
……まったく、そんぐらいは察してほしいにゃ」
声を荒げる否や、ベットにそのままダイブ。たちまち、うつ伏せの姿勢から寝返りを打ち、顔を覗かせる。窓から降り注ぐ日差しが彼女の浅葱色の瞳に光を灯していて、とても可愛らしい。
俺はベットから起き上がると、
覚束ない足取りでキッチンへと向かうのだった。
♢♦︎♢♦︎
普段から料理をすることがないので、今日も相変わらずキッチンは汚れている。料理で飛び散っただろう油染みに、コンロの周りに所々見られる焦げた跡。最後に料理をしたのはいつだろうか。
「あれ? おかしいなー。ここらにしまっておいたはず……」
普段から料理をする機会がない俺にとって最も世話になっているであろうもの、それがこの貯蔵庫である。しまいこんだものの鮮度や温度をしまった当時そのまま保っておいてくれる代物だ。街に出掛るが度、料理をテイクアウトしてこの貯蔵庫にしまい込んでいる。
そんな今日この頃、貯蔵庫を漁るばかりの俺は、少からず違和感を覚えていた。昨日買い込んでしまっておいたはずのドーナツがどこにもないのである。
「昨日、家で食べちゃったっけ……?」
と昨晩のことを思い返してみるが、まったくもってそんな記憶は一切ない。
昨日は、立て続けにクエストを受けて疲れていたのもあって、家に帰ったらすぐに寝たはずだ。
「カドルサムー、俺って昨日ドーナツどこにしまったか覚えてるか?」
「……買ったことそのもの気のせいじゃないかにゃ? 少なくともドルドル(一人称)は、そんなの知らないにゃー」
「そうだったかなー」
そう言うものの、そのはずはない。この部屋に漂っているドーナツの甘い匂い。これは確かに昨日、俺がドーナツを買ってきたという証拠である。
「この匂いからして、今この部屋のどこかにドーナツがあるのは確かなんだけどな」
「そんなはずはないにゃ。そんなことより、お腹が空いたから早くしてほしいにゃん」
「そんなことよりって、あのドーナツは一日15個しか販売されない限定品で美味しいと巷で評判なんだぞ」
「……じゅるり」
ソファで横になっているカドルサムの口元がほんの一瞬、食欲にそそられて緩んだような気がした。
そりゃそうだろうな~。数時間並び続けてようやく手に入れた一品だ。美味しいに決まってる。
「カドルサムも食べたいってことに変わりないんだろ? なんなら、探すの手伝ってくれよ~」
「そんにゃこといって……ドルドルは知らないのにゃ」
ぷいっと視線を逸らしてソファの上でうずくまるカドルサム。一見興味がなさそうな反応を示した彼女だが、実はこういうとき、彼女のしっぽを一目見ればどんなことを思ってるか丸分かりなのである。
何か嬉しいことがあったり動揺しているときには、尻尾が波打つように動くし、何かに怯えていたり悲しんでいるときには尻尾がしんなりとする。これはいわば、彼女の癖なのだ。
今、彼女の太い尻尾は波打つようしなやかに動いている。尻尾が揺れ動く度に白い粉末のようなものを振りまきながら……。
ーーん? 白い粉末のようなもの……?
ソファに近寄ってそれが果たしてそれが何なのか確かめようとする。彼女の界隈に漂う甘い匂い。 試しにその粉末を手に取って舐めてみた。
口の中に入れた途端、舌の上で薄く広がるように溶けていく甘み……
「うん、砂糖だコレ」
ソファに手を掛けてそっと立ち上がった。今、目の前で波打つようにしなやかに動く彼女の太い尻尾。その表面では無造作に散りばめられた砂糖がきらきら輝いているように見える。
「まさか、コレって……」
ほとんど察しがついた俺は彼女に気づかれないように息を殺して彼女の尻尾へと顔を近づけていった。この甘い匂いはそういうことだったのか……。
「……いただきます」
小さく手を合わして彼女の尻尾を精一杯頬張る。一口サイズのドーナツなのでこれくらいがちょうどいい。
彼女は俺が尻尾にかじりついた途端、「にゃ!?」という声を上げ、全身に震えを走らせた。
彼女の尻尾を伝って震えが伝わってくるーー。
「そ、そこを攻めるのは反則にゃぁ……」
力なくしてカドルサムはソファの上から転がり落ちていく。今に床に叩きつけられてしまいそうなとこらをドーナツをモグモグしながらキャッチ。
「ほら、やっぱりこれドーナツじゃん」
「ドーナツだからってぇ……
かじりつくのは反則にゃぁ……」
「反則ってもそこにドーナツがあったからな。ごちそうさまでした」
「ドーナツを尻尾にはめておけばカナタに気づかれないだろうと……ごめんにゃさい、もうしません……」
ぐでーんと伸びきった体を抱え込まれながら、涙交えりの瞳でカドルサムは必死に訴える。
後日談。
二人は仲良くドーナツ屋台に向かったそうな。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす
こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる