58 / 59
第3章
第58話
しおりを挟む前の人生で父親に撃たれたことは今でも鮮明に思い出せる。聖女になれずとも、あそこで大人しくしとけばとりあえずは生き延びられると思っていたのだ。
これがゲームだとしたら、3回目の人生がないとトゥルーエンドにはいけないだろう。でも今このときを生きている私が、3回目に期待するのはあまりにも博打打ちすぎる。
「こちらも少しは協力するんですよね?見返りとして、一番目様の聖女の力を借りることは出来ないんでしょうか」
「確かに有用だろうけど、いつなくなるかわからないものを頼りに動くのは危険よ」
私の読みではおそらく姉の力はあと1年も持たない。
今まで私は、聖女は代替わりのときに力を失うとだけ聞かされてきた。でも実際はおそらく聖女の力……すなわち生贄の代償の価値が尽きるタイミングで、次の聖女と生贄を用意していただけだったんだろう。
お姉様はこの人生をもう既に20年近く生きている。聖女として生きた前の人生の期間の分も合わせると、お姉様の『聖女の力』が尽きるのはもうそろそろだと見ていいだろう。
「いいこと、ディラン。私たちに国を変える力なんてものはないわ。私たちは、ただの無力なこどもなの」
彼の目を見据え、手を握る。ディランは私の視線を受け止めたまま何も言わなかった。
「家も血も関係ないわ。私は聖女じゃないし貴方は魔物じゃない」
魔族の血を引くディランは、魔法を無限に使えるという魔女でも極端に力の強いドラゴンのような魔物でもない。人間の定義はしらないが、多少他の血が混ざっていたとしても私は彼を本質的な意味で『人間』だと思っている。
彼にかかっている黒髪の呪いだって、切り札という使い方しかできない。私たちは悲しいくらい何も持っていないのだ。
「だから学園では、身の程を弁えて行動するのよ」
どうか無理しないでと、そう祈りを込めるように私は彼に告げた。私の真意を知ってか知らずか、彼はいつもと同じ顔で微笑み返事をするだけだった。この子は本当にわかっているんだろうか。
ただでさえ、黒髪差別の件も心配だと言うのに。私のそんな考えを察したのか、彼は思い出したように「あっ」と声を上げた。
「そういえば今年は学園に魔女も入学するそうですね」
当然私が知っているものと思ってディランは魔女について話を続けた。
魔女狩り制度が無くなったのを皮切りに、国は確かに差別撤廃へと動きだしている。
やはりかなり長期的に見ないと差別はなくならないだろうけど、それでも動き出しているだけかなりの進歩だろう。
「うーん……正直あまり覚えてないのよね~」
「結構話題になってますけど……、前の人生ではなにか違ったんですか?」
「いいえ、多分一緒よ。ただね……たしかに前の私は、黒髪はウケが悪いからって側におかないようにしていたけれど。黒髪自体に差別意識は元々ないのよね」
なぜなら中身は日本人だから。前の前の人生では私も周りも黒髪だった。むしろ黒髪を見ると懐かしさで感動していたくらいだ。
「端的に言うと、全然興味無かったのよ」
そう、好意も憎悪もないただの無だった。
前の人生の私はそれよりも1年後の聖女試験に向けて最後の追い込みをかけるのに忙しかったし、人間関係はまだしも差別やらいじめやらに現を抜かしている場合じゃなかったのだ。
私の言葉にディランは愉快そうに目を細めて笑う。
「俺はお嬢様のそういうところが昔から大好きですけどね」
「あら、ありがとう」
好意を受け流されたと思ったのか、彼は私のお礼に対して呆れたように乾いた笑いを漏らした。
別に受け流したつもりはないんだけど、彼に相当な鈍感だと思われていそうだ。まあそれでもいいだろう。
「でも今はすごく興味があるわよ~、貴方に関係あることだもの。魔女とか差別に対する国の動きとか……、これからディランにどんな影響を及ぼすのか気になって仕方がないわ」
「……なるほど……」
少し間をあけて、ディランが顔を覆って項垂れた。狭い馬車の中どうやら私は彼に勝利を収めることができたようだ。
馬車はあと数時間はこの調子で揺れ続けるだろう。
0
お気に入りに追加
3,149
あなたにおすすめの小説
全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?
紅茶ガイデン
恋愛
「ライラ=コンスティ。貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう」
……カッコイイ。
画面の中で冷ややかに断罪している第一王子、ルーク=ヴァレンタインに見惚れる石上佳奈。
彼女は乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のメインヒーローにリア恋している、ちょっと残念なアラサー会社員だ。
仕事の帰り道で不慮の事故に巻き込まれ、気が付けば乙女ゲームの悪役令嬢ライラとして生きていた。
十二歳のある朝、佳奈の記憶を取り戻したライラは自分の運命を思い出す。ヒロインが全てのどのエンディングを迎えても、必ずライラは悲惨な末路を辿るということを。
当然破滅の道の回避をしたいけれど、それにはルークの抱える秘密も関わってきてライラは頭を悩ませる。
十五歳を迎え、ゲームの舞台であるミリシア学園に通うことになったライラは、まずは自分の体制を整えることを目標にする。
そして二年目に転入してくるヒロインの登場におびえつつ、やがて起きるであろう全ての問題を解決するために、一つの決断を下すことになる。
※小説家になろう様にも掲載しています。
身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません
おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。
ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。
さらっとハッピーエンド。
ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。
そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。
悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。
「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」
こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。
新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!?
⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
今度は絶対死なないように
溯蓮
恋愛
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」
嫉妬に狂ったせいで誰からも見放された末、昔自分が拾った従者によって殺されたアリアは気が付くと、件の発端である、平民の少女リリー・マグガーデンとで婚約者であるヴィルヘルム・オズワルドが出会う15歳の秋に時を遡っていた。
しかし、一回目の人生ですでに絶望しきっていたアリアは今度こそは死なない事だけを理念に自分の人生を改める。すると、一回目では利害関係でしかなかった従者の様子が変わってきて…?
皇太子から婚約破棄を言い渡されたので国の果ての塔で隠居生活を楽しもうと思っていたのですが…どうして私は魔王に口説かれているのでしょうか?
高井繭来
恋愛
リコリス・ロコニオ・クレーンカは8歳のころ皇太子に見初められたクレーンカ伯爵の1人娘だ。
しかしリコリスは体が弱く皇太子が尋ねてきても何時も寝所で臥せっていた。
そんな手も握らせないリコリスに愛想をつかした皇太子はリコリスとの婚約を破棄し国の聖女であるディルバ・アーレンと婚約を結ぶと自らの18歳の誕生の宴の場で告げた。
そして聖女ディルバに陰湿な嫌がらせをしたとしてリコリスを果ての塔へ幽閉すると告げた。
しかし皇太子は知らなかった。
クレーンカ一族こそ陰で国を支える《武神》の一族であると言う事を。
そしてリコリスが物心がついた頃には《武神》とし聖女の結界で補えない高位の魔族を屠ってきたことを。
果ての塔へ幽閉され《武神》の仕事から解放されたリコリスは喜びに満ちていた。
「これでやっと好きなだけ寝れますわ!!」
リコリスの病弱の原因は弱すぎる聖女の結界を補うために毎夜戦い続けていた為の睡眠不足であった。
1章と2章で本編は完結となります。
その後からはキャラ達がワチャワチャ騒いでいます。
話しはまだ投下するので、本編は終わってますがこれからも御贔屓ください(*- -)(*_ _)ペコリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる