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第3章

第58話

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前の人生で父親に撃たれたことは今でも鮮明に思い出せる。聖女になれずとも、あそこで大人しくしとけばとりあえずは生き延びられると思っていたのだ。

これがゲームだとしたら、3回目の人生がないとトゥルーエンドにはいけないだろう。でも今このときを生きている私が、3回目に期待するのはあまりにも博打打ちすぎる。


「こちらも少しは協力するんですよね?見返りとして、一番目様の聖女の力を借りることは出来ないんでしょうか」

「確かに有用だろうけど、いつなくなるかわからないものを頼りに動くのは危険よ」


私の読みではおそらく姉の力はあと1年も持たない。
今まで私は、聖女は代替わりのときに力を失うとだけ聞かされてきた。でも実際はおそらく聖女の力……すなわち生贄の代償の価値が尽きるタイミングで、次の聖女と生贄を用意していただけだったんだろう。

お姉様はこの人生をもう既に20年近く生きている。聖女として生きた前の人生の期間の分も合わせると、お姉様の『聖女の力』が尽きるのはもうそろそろだと見ていいだろう。


「いいこと、ディラン。私たちに国を変える力なんてものはないわ。私たちは、ただの無力なこどもなの」


彼の目を見据え、手を握る。ディランは私の視線を受け止めたまま何も言わなかった。


「家も血も関係ないわ。私は聖女じゃないし貴方は魔物じゃない」


魔族の血を引くディランは、魔法を無限に使えるという魔女でも極端に力の強いドラゴンのような魔物でもない。人間の定義はしらないが、多少他の血が混ざっていたとしても私は彼を本質的な意味で『人間』だと思っている。

彼にかかっている黒髪の呪いだって、切り札という使い方しかできない。私たちは悲しいくらい何も持っていないのだ。


「だから学園では、身の程を弁えて行動するのよ」


どうか無理しないでと、そう祈りを込めるように私は彼に告げた。私の真意を知ってか知らずか、彼はいつもと同じ顔で微笑み返事をするだけだった。この子は本当にわかっているんだろうか。

ただでさえ、黒髪差別の件も心配だと言うのに。私のそんな考えを察したのか、彼は思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そういえば今年は学園に魔女も入学するそうですね」


当然私が知っているものと思ってディランは魔女について話を続けた。

魔女狩り制度が無くなったのを皮切りに、国は確かに差別撤廃へと動きだしている。
やはりかなり長期的に見ないと差別はなくならないだろうけど、それでも動き出しているだけかなりの進歩だろう。


「うーん……正直あまり覚えてないのよね~」

「結構話題になってますけど……、前の人生ではなにか違ったんですか?」

「いいえ、多分一緒よ。ただね……たしかに前の私は、黒髪はウケが悪いからって側におかないようにしていたけれど。黒髪自体に差別意識は元々ないのよね」


なぜなら中身は日本人だから。前の前の人生では私も周りも黒髪だった。むしろ黒髪を見ると懐かしさで感動していたくらいだ。


「端的に言うと、全然興味無かったのよ」


そう、好意も憎悪もないただの無だった。

前の人生の私はそれよりも1年後の聖女試験に向けて最後の追い込みをかけるのに忙しかったし、人間関係はまだしも差別やらいじめやらに現を抜かしている場合じゃなかったのだ。
私の言葉にディランは愉快そうに目を細めて笑う。


「俺はお嬢様のそういうところが昔から大好きですけどね」

「あら、ありがとう」


好意を受け流されたと思ったのか、彼は私のお礼に対して呆れたように乾いた笑いを漏らした。
別に受け流したつもりはないんだけど、彼に相当な鈍感だと思われていそうだ。まあそれでもいいだろう。


「でも今はすごく興味があるわよ~、貴方に関係あることだもの。魔女とか差別に対する国の動きとか……、これからディランにどんな影響を及ぼすのか気になって仕方がないわ」

「……なるほど……」


少し間をあけて、ディランが顔を覆って項垂れた。狭い馬車の中どうやら私は彼に勝利を収めることができたようだ。
馬車はあと数時間はこの調子で揺れ続けるだろう。
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