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第3章

第56話 ーディラン視点ー

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「やっぱり、黒髪がコーディリア家令嬢の専属従者になんてなれるわけなかったんだな」
「そのくせ学園にはついて行くらしいわよ」
「ええ?二番目のベルタ様の慈悲なのかしら。未練がましいったらありゃしないわね」


コーディリア家に使用人に与えられた寮のロビーにあたる部分。小規模ではあるが、使用人専用の住まいに使用人同士が交流できる場が設けられてるのは珍しい事だった。

今朝もロビーで、黒髪の青年が荷物をまとめて数人の友人たちと話している。それを遠巻きに見ながら、数人の使用人たちがひそひそと陰口をたたいていた。


「……気にすんなよディラン。あいつら、口だけは達者なんだ」

「大丈夫。俺は専属従者なんかよりももっといい役割を与えられてる」


どこか得意げに黒髪の青年は笑った。そんなディランの言葉を聞いて、カイロスは苦笑する。陰口を叩く者たちはその言葉を本気にはせず、ただくすくすと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「荷物はこれだけか?」

「ああ、ありがとう」


数人だが、カイロスの他にも友人はいる。その少しの友人と別れを済ませて俺はカイロスと共に荷物を持ち寮を出た。

この使用人寮には、しばらく……下手すると一生戻ることは無いだろう。寮だけではなく、コーディリア家にも。

 
通路ですら薔薇が咲きみだれる美しいコーディリアの庭をぬけて、お嬢様が待っている馬車の前へと向かった。


「お待たせしました、お嬢様」


春の風に、眩しいほどの銀髪を靡かせる俺の一番大切な人。聖女の家系にうまれた、『2番目』のベルタ・コーディリア。いつも表情ひとつ動かすのすら億劫そうにするのに、気品や心根の優しさは隠せていない。


「……さあ、行きましょうか」


俺を見て彼女は、少しだけ微笑んだ。
……黒を基調としたフォーマルな学園の制服がよく似合っている。

俺たちは今から学園へ行く。直前にあんなことがあったせいで、結局出発は数日遅れてしまったが。


揺れる馬車の中俺はお嬢様と2人きりだった。一応俺もこれから学園に生徒として入学することになる。スラム出身で、魔族の血を引く俺が国で1番大きな学園へ入学するなど本来ありえないことだ。

俺やカイロスはあくまでも体裁的には「公爵家の推薦」で入学する生徒であって使用人として学園へ行く訳ではない。身分関係なく生徒として交流する、というのが学園のモットーなのだ。


「ふふ」

「……?上機嫌ですね?」


表情こそあまり変わってはいないが、お嬢様はこちらを見て心なしかにこにこしていた。


「貴方は顔が良いから、制服がよく似合うと思って」


恥ずかしがりもせずあっけらかんと彼女はそう言った。まるでその言葉でこちらが照れるとわかっているようだ。実際俺の頬は勝手に熱くなってしまっているわけだけど。

黒髪の俺が、黒の軍服を模した制服を着ても黒ずくめにしかならない。でもお嬢様が似合うというのなら似合っているんだろう。


「……お嬢様こそ、お似合いです」

「それは昨日の夜100回ほど聞いたわ~」


俺が着ている男物の制服と同じように彼女が身に纏う制服も黒の軍服を模したデザインだ。間近で見たことは無いが、ある程度はこの国の軍服が元になっているんだろう。

男物と違っているのは、それが膝下丈のワンピースだということ。騎士志望の者など、希望すれば女性でもパンツスタイルにすることは可能だがお嬢様はワンピースを選んだらしい。

金の刺繍が施されたネクタイは男女共通だ。軍服風のワンピースなんて最初に見た時はどうかと思ったが、少し固い雰囲気のそれはお嬢様に死ぬほど似合っていたので良しとした。


「……、この制服も久しぶりに着たわ」


お嬢様はその言葉に、返事を必要としていないようだった。

……彼女は一度人生をやり直している。お嬢様だけでなく、一番目のベルタ様も。
人生が巻き戻ったのか、夢を見ていたのか。それとも別世界に飛ばされたのか。魔法なのか奇跡なのか……わからないことばかりだが彼女たちが一度死んだということは紛れもない事実だ。


一番目のベルタ様は、聖女制度を終わらせるために奔走しているらしい。お嬢様にも協力を求めていたが、それに関してお嬢様はあまり乗り気では無かった。

確かに俺も聖女制度は忌々しく、なくなるべきだとは思う。けれどお嬢様がただそれらの問題から逃げるのが最善策だと言うなら、俺はそれに従うまでだ。

揺れる馬車の中で、窓の外の景色を見ながら思う。聖女制度やコーディリア家なんて二の次三の次でいい。俺はこれから学園で、1年後の17歳の冬にお嬢様が死ぬ運命を変えるためだけに生きると決めている。
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