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第2章
第52話
しおりを挟む「……死ぬことが夢から覚める条件なんて、随分酷い魔法ね」
ため息をつく私に、お姉様はにこりと笑った。
「私が口頭で説明するよりわかりやすいとは思いませんか?……勿論今貴方たちが見てきた世界は紛い物なんかじゃありません、全て事実です。『私達の前の人生』であり『これから起こりうる未来』です」
一緒にお姉様の話を聞いているはずのディランは、それを聞いて俯いたまま何も言わない。それを気にすることなくお姉様は話を続けた。
「ディランはともかく、二番目はこれでわかったでしょう?私の目標は聖女制度の廃止です。当初私は貴方たち妹を蹴落としてでも聖女になろうとしていました、愚かな私では何もかも失敗に終わりましたが」
「なるほどねえ。……その言い方だと、ディランもあの世界にいたの?」
「はい、数時間だけですが」
申し訳なさそうにそう言うディランに、私は衝撃を受けた。確かにお姉様に魔法をかけられたとき彼も崩れ落ちていたけど。
一体あの世界のどこに……、と、そう考えて私はふと思い至る。
私があの世界でディランの元へ飛ばされたのと同じように、ディランも生贄となった私の元へ飛ばされていたなら。
「貴方は『私』の元にいたのね?」
「……、お嬢様と三番目のベルタ様は密室で氷漬けにされていました。……おそらく……腐敗を防いで、生贄としての価値を長く保つためだと思います」
ぎゅう、と彼の私の手を握る力が強くなる。俯いているせいで表情は見えないが、随分嫌なものを見せてしまったらしい。宥めるように、握られていない方の手で彼の背を撫でた。
「その密室で、お嬢様たちを覆っていた氷を溶かしたあとに俺は死にました」
「……?溶かす?……魔法を使ったの?」
顔上げたディランが私の目を見ながら頷く。魔法には代償が必要だ。聖女の種明かしは済んだ、代償無しに魔法が使えるのはこの世でただ魔女という種族だけ。
「……おそらく俺は一度だけ、髪を代償に膨大な魔法を使えます。2回目を使おうとしたときに俺はあの世界で死んで……、ここで目が覚めました」
「私もあなたが寝ている間にディランから話は聞きました。黒髪1本で自分の体よりも大きな氷をふたつ溶かして、おまけに大好きな貴方を数秒だけ生き返らせたとか。……まるで魔女のようですよね」
お姉様が、ディランの話を補足するようにそう話した。そう話されてひとつピンと来たことがある。数年前に流行った小説と、ディランに教えてもらったまるで童話のような話。
「もしかして……黒髪の呪いとなにか関係があるの?」
俺もそう思います、とディランが呟いた。
数年前処刑されたという、魔女が今際の際に残した同じ黒い髪を持つ者達への呪い。魔女狩りが禁止されるほどの強大なその呪いは、当事者であるディランすら詳細は知らなかった。おそらく今も大多数の者が気付いていないだろう。
ディランの言う通り、死と引き換えに一生に一度だけ使える膨大な魔力がその呪いの実態なら、国が魔女狩りを禁止したのも頷ける。
今まで差別してきた者たちが全員大きな武器をひとつ所持しだしたら、どんな強者でも焦り無闇に刺激することはやめるだろう。
「貴方が前の人生と何も変わっていなかったなら、私は意地でも1人で目標達成のために動き続けていたでしょうね。
貴方は絶対にどんな手段でも使って私を出し抜き、裏切ってきますから。悔しいことに私はそういう面では貴方に勝てませんし」
「お姉様、私のこと嫌いよね~……」
にこにこしながらそれらを言う点は少し聖女っぽいかもしれない。そして少しだけお母様に似ている。どちらもあまりいい意味ではないが。
「そうですね、でも今の貴方は結構好きですよ。こうして協力を求めに、自ら全て話すくらいには。……もっと早く、貴方から話を聞きに来てくれたらよかったんですけどね」
「それはごめんなさいね……。それで、協力というのは?」
「……私はもう聖女にはなれません。でもだからと言って大人しく死ぬのも嫌です。
なので聖女が決まる前に、聖女制度を廃止するのが今の私の目標です」
そう言うお姉様の顔は、どこか吹っ切れていた。
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