28 / 59
第28話 ーディラン視点ー
しおりを挟む「兄ちゃん、ちょっと外見てもいい?」
「ダメだ、大人しくしてろ」
「ちぇー」
荷台の下から弟のルカが声を発した。それを小声で咎めるとぶすくれた声が聞こえるが、それ以上駄々をこねることはない。もう1人の弟のハルは、荷台の中で昼寝でもしているのか静かだ。
俺は今食材や荷物を運ぶ際に使う荷台を使って、弟のルカとハルを運んでいる。騒がしい市場の中、羽や黒髪を薄い布で隠せば周りから怪しまれることは無い。今日だけじゃなく有翼種である弟を運ぶ時は、いつもこうしていた。
人のいない湖や、花火の上がる祭の日には人気のない丘の上まで連れて行ってやったりした。どれも大切な思い出だ。1人で運ぶのは少し大変だったけど、今はカイロスも手伝ってくれている。
弟たちとでかけるのは、おそらくこれが最後だ。ローブで髪を隠せばいい俺と違って、2人の翼はこれ以上大きくなればもうこの荷台では隠せない。それにきっと、もうすぐに翔べるようになってしまうだろうから。
市場の外れの路地。お嬢様との約束をした場所について当たりを見渡す。どうやらまだお嬢様の馬車はいないみたいだ。あまり路地に長居しても怪しまれるから、早く合流できるといいけど。
「……ディラン、あの馬車……」
隣にいたカイロスが、ふと俺の名前を呼んだ。彼もローブを着ているせいで表情はよく見えない。
彼の視線の先には、コーディリア家の馬車があった。……でも確かあれは。
「なんで一番目のベルタ様の馬車が……?」
コーディリア家の紋章が書かれた馬車、けれどお嬢様のそれとは少しだけ装飾が違う。間違いない、あれは一番目のベルタ様の馬車だ。それは確かにこちらへ向かってくる。
本来お嬢様が来るはずだった場所に、その馬車はとまった。疑問に思いつつも俺たちはその馬車へと近づく。カイロスから聞いた話で腹は立ちはしたが、かといって俺には一番目のベルタ様を嫌う理由はない。
馬車から出てきたのはやはり、絹のような銀髪を靡かせる一番目のベルタ様だった。品のいい眼鏡をかけた彼女は俺ににこりと微笑む。
「お疲れ様です、カイロス」
「ありがとうございます、でもどうして一番目のベルタ様がここに……?」
「ふふ。二番目のベルタが来れなくなってしまって、代わりに来ただけですよ。さあ、馬車に乗って」
「お嬢様になにかあったんですか!?」
俺がそう言うと、一番目のベルタ様は困ったような顔をして言葉を濁す。憂うその顔に不安が募る。お嬢様が来れなくなった?その理由くらい聞いてもいいはずだ。
「私の口から言っていいのか分からないんですが……、実は二番目の妹は少し悪いことをしていたみたいで。今は王国騎士団の方々に拘留されています」
「王国騎士団と……!?そんなの、冤罪に決まってる!お嬢様が犯罪なんてするはずない!」
まさかの言葉に思わず身分も忘れ、使用人の立場でありながら声を荒らげてしまう。言い終わった後にハッとして慌てて謝るも、彼女はにこりと笑って許すだけだった。
「私も詳細は知らないんです。なので早く参りましょう?さあ、馬車に」
彼女の手が差し伸べられる。弟たちも、不安そうに荷台と布の隙間からこちらを見ていた。信じられないくらい、心臓の音がうるさい。
一番目のベルタ様の言う通りだ、早くお嬢様の元へ行かないと。いくら大人びて達観しているお方とはいえ、無実の罪で大人から沢山責められて平気なはずない。早くそばにいかないと。
早く。
……俺が縋るような思いで一番目のベルタ様の手を取ろうとしたそのとき、俺の腕を掴んだのはカイロスだった。
「ディラン、逃げるぞ」
「はあっ!?何言って、うわっ!?」
俺が抗議の声をあげる間もなく、カイロスは俺の腕を引くとなんとそのまま抱き上げほぼ放り込むような形で荷台に投げた。背中を酷く打ち付けた衝撃と、突然俺が降ってきたせいで動揺する弟たちの声。
何が起こったのか理解する頃には、カイロスは俺たちごと荷台を引っ張り走り出していた。
0
お気に入りに追加
3,152
あなたにおすすめの小説
冤罪モブ令嬢とストーカー系従者の溺愛
夕日(夕日凪)
恋愛
「だからあの子……トイニに、罪を着せてしまえばいいのよ」
その日。トイニ・ケスキナルカウス子爵令嬢は、取り巻きをしているエミリー・ギャロワ公爵令嬢に、罪を着せられそうになっていることを知る。
公爵家に逆らうことはできず、このままだと身分剥奪での平民落ちは免れられないだろう。
そう考えたトイニは将来を一緒に過ごせる『平民の恋人』を作ろうとするのだが……。
お嬢様を溺愛しすぎているストーカー従者×モブ顔お嬢様。15話完結です。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
精霊に転生した少女は周りに溺愛される
紅葉
恋愛
ある日親の喧嘩に巻き込まれてしまい、刺されて人生を終わらせてしまった少女がいた 。
それを見た神様は新たな人生を与える
親のことで嫌気を指していた少女は人以外で転生させてくれるようにお願いした。神様はそれを了承して精霊に転生させることにした。
果たしてその少女は新たな精霊としての人生の中で幸せをつかめることができるのか‼️
初めて書いてみました。気に入ってくれると嬉しいです!!ぜひ気楽に感想書いてください!
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?
灰銀猫
恋愛
孤児のルネは聖女の力があると神殿に引き取られ、15歳で聖女の任に付く。それから3年間、国を護る結界のために力を使ってきた。
しかし、彼女の婚約者である第二王子はプライドが無駄に高く、平民で地味なルネを蔑み、よりよい相手を得ようと国王に無断で聖女召喚の儀を行ってしまう。
高貴で美しく強い力を持つ聖女を期待していた王子たちの前に現れたのは、確かに高貴な雰囲気と強い力を持つ美しい方だったが、その方が選んだのは王子ではなくルネで…
平民故に周囲から虐げられながらも、身を削って国のために働いていた少女が、溺愛されて幸せになるお話です。
世界観は独自&色々緩くなっております。
R15は保険です。
他サイトでも掲載しています。
乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい
ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。
だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。
気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。
だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?!
平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる